2-エピローグ
「重傷が三人、軽傷二人か。大所帯になったもんだな」
「は? べつに? これくらいあたしにとっては軽傷だし。それよりも飛べないトリの方がヤバいでしょ」
「途中まで伸びていたやつがよく言う。その足取りでは自慢の狩りもできないだろ」
マーネとオオタカがどちらもフラフラと歩きながら言い返す。
マンドラゴラとの戦闘でさらにボロボロになってしまった地下鉄のホームから急いで離れたいところだが、全員が足並みを揃えるには満身創痍だ。
術の反動で身体に負担をかけてしまったベガとルル。
詩ノ崎が現着する前には栢と戦い、マンドラゴラの攻撃をまとも食らったマーネとオオタカ。
そして詩ノ崎に背負われている栢。マンドラゴラに身体を乗っ取られる前にも詩ノ崎に血を吐かせるまで痛めつけられ、種を取り出すために片腕を切り落しもした。だが、それでもなお微かに息をしていた。
「それよりも長は、自分の心配をしたらどうだ」
「あ? 何の心配だ」
「左腕、折れてんだろそれ。忘れそうになるが、あれに派手に飛ばされていただろ」
「なんだ、心配でもしてくれんのか」
詩ノ崎の言葉に、オオタカが少しむくれた表情に変えた。
「あれと戦っておきながら、平然としてるのが気になっただけだ」
詩ノ崎は栢を支えながら、後ろについてくるオオタカに左手首を動かして見せる。
「別に、ガントレットが変形してるだけで左腕は微塵も問題はねえよ。それよりも額をちょっと切っちまった方が大けがかもな」
「……強がりだな?」
「勝手に思ってろ」
いくつかの出入口は崩落で潰れているせいで通れない。マーネはその隙間を通り抜け、詩ノ崎はそのうちの一つを無理やりこじ開けてやって来た。ギリギリ全員が乗れる詩ノ崎の車に戻るには、詩ノ崎がやって来たルートを辿るのが最短ではあるが、安全性はかなり低い。満身創痍のメンバーを気にするならば、回り道をして無事な出入口を使った方がいい。
いくら身体能力が優れていようと崩落に巻き込まれてしまえばどのみち運命は同じなのだから。
階段を上り、気を張らなければいけない地下からようやく這い出てみれば、曇天の隙間から藍色の空が見えていた。
「はあー、やっと出られたーーー!」
息詰まった地下抜けて思わず声を挙げた希乃。
そんな希乃に対してオオタカは釈然としないような目線を送る。
「で、ホントのところあれはなんだ?」
「……何度も言ってるが、それはこっちも知りてえよ」
最後方から階段を昇ってきた希乃は衣服に汚れはあるものの五体満足で、この中では唯一流血なしの無傷。アタッシュケースを持ち運ぶ荷物持ちを買って出られるほど、体力はこの中では一番余っていた。
オオタカの言いたいことはわかっている。体内に入ればあっという間にマンドラゴラに寄生された栢とは違い、希乃は飲み込んだときに痛がる素振りを見せても今のところ変化はない。
「わかってると思うが、俺ら全員がこんなことができると思うなよ。あれは希乃だけが出来る芸当だからな」
「マンドラゴラの凶暴さを散々見てきたんだ、そんな勘違いはしない」
当の本人は詩ノ崎の代わりに持ったアタッシュケースを下ろして、腰をさすっていた。
「希乃、腹の調子は大丈夫なのか?」
「今のところ大丈夫です」
「ほんとか?」
「ホントですよ!」
身振りを大きく手を振る希乃に、詩ノ崎が希乃が飲み込んだ種があるであろうお腹に目をやった。
「……ホントです」
「なら良いけどよ。車まであと少しの辛抱だ、すぐ行くぞ」
恥ずかしそうにしている希乃に背を向けて、詩ノ崎は再び歩き出した。
「それで栢は……どうすればいいの?」
詩ノ崎が寝かせていた席に栢を下ろすと、最初に口火を切ったのはマーネだ。
「白森財閥に引き渡す、しかないだろうな」
「……やっぱ逃がしちゃ」
「マーネ」
詩ノ崎が名前を呼んだだけで、マーネは口を閉ざした。
「こいつは越えちゃいけない一線を越えた。越えた上で俺らに負けたんだ。そうなった以上、けじめはつけてもらわねえといけねえ…………わかんだろ」
「……っ」
マーネが詩ノ崎に噛みつきたそうに歯噛みする。
そして、マーネは栢が寝ている車に乗り込むと、ドアをスライドして一番近くにいた詩ノ崎を追い出した。
乱暴に閉めたマーネに詩ノ崎の目つきは優しくなる。
「やっぱり優しすぎるな、お前は」
聞こえない呟きを残して、今度はオオタカに顔を向ける。
「オオタカ、お前も一緒に来てもらうからな」
「ああ、今更逃げはしない」
オオタカははっきりと頷いた。
◇
詩ノ崎が車の傍で座り込んで、ガントレットを外す作業に入った。
希乃が手伝いをしようと思いきや、ベガが貢献していない分希乃の代わりにどうしてもと。
ルルと一緒に追い出されて、店の建物に寄りかかった。
「ルル、いつの間にエヌマニなんて覚えたんだね」
「こっそり……教えてもらってた」
ベガしかいないだろう。今のところ輝人の繋がりはそこしか希乃は知らなかった。
「さっきはありがとね、私を庇ってくれて」
「と、当然。ルルも主を守るため……だから」
「でも……」
「イタッ」
希乃はファンシーな効果音が付きそうな軽いチョップを一つルルの頭に入れた。
「あんな無茶しちゃだめ。私は一応ほら、身体が丈夫だから。ルルには危ないことしてほしくないかな」
間一髪、詩ノ崎の助けが入らなければどうなっていたか。
心配からくる希乃のぼやきに、ルルは希乃に抱きついた。
「ノノだって、危ないこと、してた」
ルルの声は涙声だった。
「……確かにそうだね。ごめんね。ちょっと考えなしだったかも」
制服に皺が残るくらい強く希乃に抱きつくルルに、希乃が優しく髪をなでる。
「当理希乃」
気を遣ってなのかオオタカが静かにこちらに歩み寄っていた。
タンクトップ姿のオオタカの腕には血のシミがついた包帯が何重に巻かれている。
「オオタカさん……腕は?」
「どうってことはないな、お前らはいつも大きく見過ぎだ」
「腕に穴が開いたんですよね? 小さく見るのは無理が……」
希乃の心配に、オオタカは鼻で笑って返す。
「ラーフにとって日常だったからな、取るに足らん。……お前の方が大概だと思うがな」
「……?」
オオタカが最後にぼやいた言葉は希乃には聞こえなかった。
「それよりも、お前に言うべきことがある」
タダならぬ空気を出したオオタカが希乃に向き直ると思えば、頭を九十度に下げた。
「ありがとう。当理希乃のおかげで俺は誇り高いラーフのままでいられる。そして、謝らせてくれ」
「何を、ですか?」
「俺はお前を侮っていた。所詮は戦場に知らず、何もできない平和な思考しか出来ない人間だと思っていた。でも、お前は……お前らは身を顧みず行動できる、勇敢な人間だった。……失礼なことをしてすまなかった」
「いえ……そこまで、気にしてなかったので」
「だが、破ったことを許したわけじゃないからな、それとこれとは話は別だ」
「破った…………あ」
数秒間を置いてハッとしたのは希乃。
誰も使われていない地下鉄のホームに前触れもなく詩ノ崎たちが来たのだ。希乃に約束を反故にされたと思われても不思議ではない。
素直に下げた頭を上げたときに出てきたオオタカの顔は打って変わって顰めていた。
「ち、違います。私、詩ノ崎さんに連絡なんて」
「偶々、か? 無理があるよな」
「それもそうですけど……」
「ご、ごめんなさい、それ、ルルです」
希乃が言いよどむ中、後ろに隠れたルルが顔を半分出していた。
もじもじしてオオタカの顔色を窺う。
「ルルが、マーネの場所を、当てたからで。それで、マーネのところに行ったら、ノノの反応があって……ひっ」
「ちっ」
オオタカが怪訝そうな顔をさらに深めるとわかる否や、ルルが希乃の後ろに引っ込んだ。
「だから……ノノは関係、ない、から」
「わかったわかった。もういい。言いたいことあるなら最後まで顔見て言いやがれ。くそが」
悪態を吐いたオオタカが顔を下にそっぽ向けた。
「あの」
「あ?」
「オオタカさんはこれから、どうするんですか?」
「処分次第だな、わからん。まあ、追放になるだろうがな」
「追……! そんなに重いんですか」
「なんだ意外か?」
希乃はこくりと頷く。
「やったのはあのネーヴィだが元は俺が持ってきたものだ。どこのエリアに行っても罪は罪。共犯……と言われるのは心底嫌だが、仕方あるまい。甘んじて受け入れないとな。戦士の恥だ」
オオタカに後ろめたい感情は一つも見せず淡々していた。
希乃がオオタカと関わった時間は短い。それでも彼の人となりは少し読めるようになった気がしたからか、希乃の胸に一抹の寂しさが湧き上がる。
「憐れむな。さっきも言った。お前らには感謝してるとな」
「でも私は、オオタカさんには何もしてないですよ」
「お前にとってはそうでも俺が勝手にしているだけだ、気にするな」
オオタカが希乃に見せた表情にはつきものが落ちてたようで、暗い感情が少しも混じっていなかった。
◇
「やっと外れた」
ゴトリと《爪紅》を地面に落とし、うっとうしくあった防火手袋を外すと、詩ノ崎が項垂れた。
汗ばんだTシャツを脱ぎ、ようやく自由になった右腕をズボンのポケットに伸ばす。
取り出した煙草は無茶苦茶な動きをし続けたせいで、ヘロヘロに曲がってしまっている。それでも口に咥え、ライターで火をつける。
「ありがとよ、ベガ。お前がいなきゃどうなってか」
「我が主様を守るならため当然のことさ」
「立派な忠誠心だな」
ベガが見つめる先には、希乃を中心にルルとオオタカがいる。
希乃は後ろで顔を半分だけ覗かせているルルに配慮しながら、オオタカと話しているようだ。時折、オオタカが声を大きくしてもすぐ収まる。
「いつのまに仲良くなったんだかな」
深いため息がモクモクと白い煙に変わる。
外した《爪紅》が置かれている横で、左腕に着けていたガントレットが、断面を赤くしたまま真っ二つになって転がっている。
「もう手に入らない代物では」
「そうだな、この世に二つとない特注品だ」
詩ノ崎は長らく共にしたガントレットに寂しそうに一瞥する。
「本当ならこういう場合は専用の道具があるけど、店に置いてきちまったからな、背に腹はかえられねえよ」
「あるなら取りに行けばいいじゃないか。主様もそれくらい付き合ってくださる」
「そんな暇はねえだろう。重傷者は応急処置しただけで、特別何かしたわけじゃねえ」
ガントレットの熱を冷まそうと脱いだTシャツを仰ぎ、荒々しい音で風を立てる。
「特に栢は一番危ねえ。まだ生きているのは浮人の生命力でどうにかなってるからだ。やった以上報いは受けてもらわねえと」
「犯罪者のためにそこまで……」
「……」
詩ノ崎に表情はなく、《爪紅》の熱を冷ます作業を進めている。その最中に、ベガのポケットから着信音が鳴った。
「あ、しまったな。ちょっと外すね」
「ああ」
ベガが電話の向こうにいる人に少し頭を下げながら詩ノ崎のもとから離れた。詩ノ崎もベガのフリで思い出す。
「そういえば俺も電話しねえと……ん?」
戦闘中に鳴らないよう切っていたスマホの電源をつけると着信が一件あった。
すぐにかけ直せば、軽薄な声が返ってきた。
『お疲れさん、立て込んでるところ悪いね』
「でられなくてすまなかったな九十九」
『いいよいいよ、面白いことがあったんでしょ』
「誰かから聞いたか?」
詩ノ崎の反応が予想通りだったのか、九十九がケタケタと笑い出す。
『あの詩ノ崎が臨時休業だしてるって、よっぽどでしょ。ああ、でもカルネに聞いたけど教えてくれなかったよ』
「そうかよ」
『やっぱりそっちに残っておけば楽しかったかな』
「他人事だと思って笑いやがって」
見えなくても想像できる九十九のにやけ面に、詩ノ崎がしょうもないとため息をついた。
「それで電話でかけてくるってことは緊急だっただろ。なんかあったか?」
九十九がおちょくるだけのために、わざわざ緊急性の高い電話を使うことはしない。
明日には帰ってくるのだから、報告はその時でいいはずだ。
『あーそれなら ―――――― 失礼するよ、詩ノ崎君』
「!!」
変わった声色は歴史の重みを感じる。威圧はしていないだろうが、意識せずとも声に含まれている。
名前を呼ばれただけで、胡坐をかいていた詩ノ崎が背筋を正した。
『単刀直入に聞くが、明日直接会って話したいのだが来てくれるかね』
「か、構いませんが……」
どうしても言葉が詰まる。さっきの戦い以上に緊迫してしまう詩ノ崎の話相手は……。
「――九十九だけでは話が進みませんでしたか、英一郎さん」
『そのこと含めて話したいのだ。なにせ財団の機密事項だからね。九十九君だけでは説明が食い違ってはいけない』
白森財閥の現当主、白森英一郎が推し進める。
急場を凌いで未だ収拾がついていないことが多数あるが、詩ノ崎はこの約束にノーと首を振れない。
『それと、彼女もいっしょに連れてきなさい。娘が良くしてもらった彼女にも、これに兼ねてぜひお礼をさせてほしい』
命令で詩ノ崎の耳に届いた彼女。二人の共通の認識で当てはまるのは当理希乃ただ一人だけだ。
『時間と場所は九十九君から送ってある。それでは明日、楽しみにしているよ ―――――― だってさ。僕も明日その場に行くから』
「おい、待てゴラ」
相手を小馬鹿にするような声に戻り、詩ノ崎の口調も乱暴になる。
『怖ったからって僕に八つ当たりしないでくれよ。それじゃあパワハラだよ』
「どうなった話は! どうしてこうなった!」
『恩を売れって言ったのは詩ノ崎でしょ。それに喜ばしいことに天倉が活躍できるような依頼さ』
「なにい!?」
声を挙げた詩ノ崎の目が、巻き込まれてしまった希乃に自然と移った。
『詳しいことは帰ってから話すけど、蟲人がやってくる。遠征経験者として君にも意見を聞きたいんだってさ』
オオタカとルルの異人二人と談笑し、無垢に笑っている希乃。
その姿に詩ノ崎の胸が痛んだ。
2章はこれにて終わりです。
読んでいただきありがとうございました。
次章は来年から更新する予定です。
よろしければ、お気に入り登録して気長に待ってもらえたら嬉しいです。




