2‐26 器
「今度はいったろ!」
マンドラゴラが植えられた右腕が離れて、頭から足にかけて巻き付いていた植物が急激に枯れて塵と化す。
解放された栢が、糸が切れたように支えもなくなり倒れた。
だが、まだ切り離した栢の腕が残っている。
「っ!」
振りあげた体勢から詩ノ崎が息を入れて両腕を後ろへ引き絞る。
異海物を取り込んでしまった栢の腕は完全破壊しなければならない。地面に落ちきる前に取り込んだ腕ごと粉砕しなければ今度はこの土地に芽吹いてしまうのだ。
集中は一段と高く、力のギアも限界までいれて、溜めに溜めた鉄拳で異海物を挟み込んだ。
まき散らす腕に残った血と、混じった肉と、粉々になった骨。鉄拳が振りぬかれて、瞬きの間に形あるものは液体に変わる。
動作の終えた詩ノ崎に、腕を破壊した手ごたえが遅れて伝わってきた。
(手ごたえが………………ない!)
砕いた数が万にも届かんとする拳が、目標を完遂していないと告げている。
詩ノ崎がすぐに首を振って探しても血肉の中に種らしきものは見当たらない。
「上だ!」
発したのは人の姿に戻ったオオタカ。詩ノ崎よりも離れたところに倒れていたことで、種が上がる一部始終を見ていた。
詩ノ崎は目線を上階に繋がった天井に向ける。
種はやはり砕けていなかった。ガントレットに弾じかれて、姿をホームの薄暗さと血飛沫で隠されていた。
一度見失ったことで詩ノ崎の反応を鈍らせる。視界では五センチもない種が弧を描いてスローモーションのように落ちていく。
「んにゃろ!」
詩ノ崎が種の下へ飛び込む。
思考する余裕もなく、地面とスレスレで触れようと両腕を伸ばしてガントレットを差し出す。
しかし、遠い。詩ノ崎から離れながら落下する種にあと数ミリが足りない。
「くそがっっっ!」
種が地面に着こうかという瞬間、オオタカが吼えるとともに風が吹く。這いつくばっていたオオタカが、両足が地面から離れたその一瞬で翼を羽ばたかせる。
天候を受け付けない地下で渦巻く突風が地を這い、軽い種を上へまき上げる。
詩ノ崎が受け身も取れずに、身体を地面を打ちつけているときも、風はまだ種を地面につかせまいと残っていた。
吹っ飛んだ種は根本だけの残った柱の真上を通り、反対方向のホームの外、廃線となった線路へ投げ出される。
異海物には動ける体はないはずなのに、種は意思を持っているかのように詩ノ崎から再び遠ざかる。
「まだだ……!」
しぶとく詩ノ崎が起き上がり、反転する。貰ったチャンスを潰さないように、種の着地点に駆ける。
しかし、渾身の力を使っても粉砕できないとなると、あの種の破壊は期待できない。さらには、ここで地面に落とさないように体を張ったところで、栢のように二の舞になってしまう。落としても終わりではあったが、防いだとて次に乗っ取られていたのは詩ノ崎だった。マンドラゴラの対抗する手段を持っている詩ノ崎が乗っ取られれば、ここにいる満身創痍の人たちは抵抗できずに終わる。
となると必要なのは、種が閉じ込められていた状態に戻すこと。
(そうだ、入れ物だ。頑丈な……根を貫かない入れ物が)
そのとき栢の傍に転がる、丸まった金属の塊が視界に入った。
取り込まれる前はガントレットだったものだ。
だが、そこに穴はない。わずかな指との隙間はあっても、金属の球体はマンドラゴラの根に侵入を許してはいなかった。
根よりも頑丈な入れ物、それは詩ノ崎の手にもあった。
(左腕を犠牲すれば……!)
ガントレットで種の容器をその場で作るしかない。
左腕のガントレットに隙間ができないように、熱で溶接。それも根が伸びる前にやり遂げなければならない。
調整が不十分だからオーバーヒートの危険が孕むうえに、力の加減が効きづらい詩ノ崎の不器用さもある。
(……関係ない!)
やれなきゃ待ってるいるのは一帯の破壊と大勢の死者。覚悟を決めるのに時間は必要はなかった。
《爪紅》の熱を限界まで引き上げる。熱は中の防火手袋を貫通するほどだ。
詩ノ崎が線路に向かって飛び込もうとした瞬間、同じタイミングだった。壊された柱の影から線路へ希乃が出てきた。
「待って……ノノ!」
ルルが叫ぶには時すでに遅く、落下する種の先に、希乃が身体を正面にして跳んでいた。
スポーツ経験のない希乃が行ったジャンピングキャッチ。受け身は意識の外に置いて、線路を背面にして、後ろに流れながらホームから落ちていく。
そんな中で希乃の片手が種を手のひらに収めた。
「やった!」
挙げていた腕と後頭部はタイルの抜けた壁に打ちつけ、間も開けずズルズルと落ちてさらには足が鉄骨にぶつかった。
もちろん痛い。だがそれよりも希乃が種を握っている手の方がたまらない。
放してしまいそうな痛みに耐えてゆっくり立ち上がる希乃。恐る恐る手の中を覗けば、異海物としての種はグラグラと揺れ動いている。希乃を取り込もうと、皮膚に先ほどとは比べ物にならない小さい根を伸ばそうとしていた。これが両手の痛みの原因だった。
しかし、乗っ取ろうとしている身体が覆われているのは外界と隔絶させる皮膚。頑丈な根は希乃の身体の前に弾かれている。
希乃が種を目の前にして生唾を飲み込んだ。
「こっちだ希乃!」
詩ノ崎が駆け寄る前に希乃は両手を口に近づける。首を上に傾け、喉が上下に動作するところ、希乃が種をどうしたのか――。
「飲み込んだ……!」
その瞬間を見ていた詩ノ崎、そして這いながら覗いていたルルは絶句する。
栢は体内に種を取り込んだことで、マンドラゴラが発芽し、体を乗っ取られたのだ。
自ら飲み込んだ希乃は果たして――。
見守る中、無謀にも飲み込んだ希乃が両手と膝を線路についた。今にも嘔吐しそうに希乃は両手で腹を押さえ、嗚咽し、苦しみだす。
「ノノ! ……っ!」
ルルは無理に身体を起こそうとしたが、詩ノ崎が手で制す。そして、希乃を凝視しながら柱の根本で転がっているアタッシュケースの元まで行く。
詩ノ崎の想像よりも遥か上、希乃の乗っ取りに成功されれば鬼に金棒どころではない。恐怖の瞬間を見守ることしかできないのが詩ノ崎でも歯がゆい。
フッと希乃の反応が止んだ。
「……はぁーーーーーーーー」
急に希乃が息を吐きながら上体をあげた。
顔を赤くして、短めに呼吸をする。
しかし、その間に異海物は出てくることはなかった。
変化を見せないところを見て、詩ノ崎は息を吐くとホームから飛び降りる。
目も半開きになって覗く黒い瞳が詩ノ崎を映すと、希乃がはにかんだ笑顔を見せた。
「えっと、ごちそうさまでした?」
その言葉に、詩ノ崎も思わず口角が上がる。
「無理するよ、全く」
次話でこの章はラストになります




