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ノノノ越界奇譚  作者: 雨枝蒼
【スフィア編】
52/56

2-23 マンドラゴラ②

 ◇


 オオタカからしてみれば信じられない――、信じたくない光景だった。

 マンドラゴラが串刺しにしようと放つ根を、詩ノ崎は掠りもせず避け続けている。さらには隙を晒したところに織り交ぜるカウンター。武器となるガントレットも片腕にしかなく、もう一方は守る物がない素手だ。

 それが浮人スフィアからして見ればどれほど狂気的な行動であるか。ここにいる者でオオタカ以外知る由もないだろう。


「バカな……、なぜだ! なぜ、一番弱い異人があんなことができる!?」


 まだわかる、エリア3にとっては物理的距離以上に遠い他エリアの情報を仕入れられていることなら。

 詩ノ崎には宝物庫の番をする自分を一瞬で片付けられるほど、異人との戦闘には年季の差があることなら。


 飛来するエイリアンを駆除できると同時に制御できない侵食力を持っているマンドラゴラ。装備した浮人スフィアが挑んでもたちまち返り討ちにされるあの忌まわしい植物。それを詩ノ崎(あの長)は手を抜いたような装備で相手どっている。

 こんな光景をまざまざと浮人スフィアに見せつけられて早三分、オオタカにはそれ以上の時間に感じている。

 屈辱で腑が煮えくり返りそうだ。


「あたしも行ってくる」


「あ、待ってください」


「いーや、待てない。栢がこうなったのはこいつのせいだけど、半分はあたしのせい。ここで黙って見てらんない」


 希乃の言葉に聞く耳持たず、マーネが脇の線路に落ちて姿勢を低くしながら駆けていった。

 また一人、向かっていく。


「ベガさん……」


「いたいのですよね?」


 希乃がこくりと首肯する。


「異海物は何をするかわからない、ですから。私も動けるようにしたいんです」


「わかりました。主様の意向は絶対服従の使徒ですから。ただし、私から離れないでくださいね」


「はい」


「ルル、貴方も聖水を飲みなさい。私たちで主様を守りますよ」


「う、うん」


 そして、戦わずにいる三人も。

 初めて見るマンドラゴラに敵わないとわかっていながらも立ち向かおうとしている。


「違うだろ……」


 ただ一人を除いて。


 ◇


 物足りない、詩ノ崎がマンドラゴラに対して真っ先にそう思った。

 相手を確実に排除するときには殺意を僅かながら発するもので、詩ノ崎はこれに反応して避けるか受けるか選択している。


 詩ノ崎の思う物足りなさはその殺気だ。マンドラゴラは根を伸ばすスピードは速いものの嫌らしさがない。

 せっかく伸ばせる根は長いのにも関わらず、狙ってくる急所には直線的。マンドラゴラの意思があまりにも不自由な機械的で、詩ノ崎にとっては攻撃を反射で躱すゲームと変わりはなかった。

 歩む間に受けた殺意の篭った視線に疑問を持ちつつも、左からくる根を紙一重で躱していき、ガントレットをつけた拳をぶつける。


「ちっ、ヒビだけか」


 硬い、ただその一言に尽きる。

 身体を回転させて幹を避け続けた脇腹への裏拳に、足元を狙った攻撃を足場に跳躍してからの頭に蹴り。着地して、さらにはすぐに動き出して手刀をマンドラゴラの右肩に振り下ろす。人間の身体なら右腕の欠損は免れないパワーだ。

 だが、容易に断てる手刀でも覆われた太い幹に亀裂を走らせつつも身体には届かず、怯みもせず詩ノ崎に牙を向く。

 一旦詩ノ崎はステップを踏んで、三メートルにつけた印よりも下がった。無呼吸のマンドラゴラと違って攻撃をし続けるのに息継ぎは必要だった。


「頭も反応なしか……、動いてこないだけまだマシと捉えるべきか?」


 伸びたまま根を左のガントレットで受け流せば、三メートルよりも外にいれば次の攻撃は来ない。詩ノ崎が息を鋭く吐くと、スルスルと根が戻り切る前にすぐに前進する。

 根を伸ばせる態勢に入られる前に右肩に攻撃を入れ続けられれば、あの邪魔な太い幹を壊して右腕を切り離せる。

 そう思い、踏み込んだが、詩ノ崎の意識の外から幹が飛んできた。


「……!! あっぶねえな!」


 心臓を狙った根をガントレットで防いで、さっきまでいた位置にまで下がった。

 根が完全に戻るまでマンドラゴラの左腕の動きに注意したが、攻撃は飛んでこない。

 詩ノ崎が受けたのは印をつけた三メートルよりまだ手前。空間に身体が入る前に、マンドラゴラが攻撃を仕掛けてきた。

 すぐさま動き出すと根が飛んできたことで、詩ノ崎の勘違いでもなくなった。

 じわりじわりとマンドラゴラの反撃の範囲は広がっている。


 目玉がなく、身体の変化は左腕が太くなっていく以外には見当たらない。

 唯一の外界を感知できるきそうなのは耳……、ただそれなら感知が広がっているのはなぜか。

 詩ノ崎が攻撃を加えずに一歩引いて観察をしていると、進行している右腕の状態に気がついた。


「回復なんてさせるか!!」


 詩ノ崎が根を避け続けて、亀裂が塞がろうとしているマンドラゴラの右肩に対して手刀を加えてる。元の亀裂が入ったところまで戻すどころか、このまま割る勢いで攻勢に立つが、それでも息継ぎのために下がらざるを得ない。

 そして遂にはさっきまで安全圏だった場所に立っていてもマンドラゴラが反応し始めた。

 距離を取るのに時間がかかれば、身体は回復されて余計に時間を使う。それに広がれば広がるほど、後ろの希乃たちにも危害が加わってしまう。


(ならよ……)


 詩ノ崎はまた肉薄する。

 根の槍を走力と動体視力で容易に避けると、今度は手刀ではなく拳を握る。だが、振るった先は右肩でもさらに下、マンドラゴラの身体ですらもない。

 マンドラゴラが足と右腕で支えている足元の地面を割った。


「やっぱりそうか!」


 割れた地面から覗かせているのは縫い目にも見える細く白い根だった。

 伸びているのは足からではなく、ずっと固定されていた右腕。円形に広がるようにして伸ばしていてたそれは詩ノ崎の足元も通過している。

 これが眼のないマンドラゴラの器官だ。この根が地面を通してこちらに反応していた。

 右腕の根本からバッサリと詩ノ崎はこの根を手刀で断ち切る。

 感知する器官を失い、両足と右腕の三点でバランスを取っていたマンドラゴラが片膝を着いた。


 ここしかない。晒されたままの素手の右こぶしすらも使い、マンドラゴラの右肩に畳みかける。

 がっしりとした木目が歪み、さらに亀裂は広がりやっと埋まっていた濡れた栢の肌が見えた。

 詩ノ崎が亀裂に合わせ手刀を入れようとしたそのとき、ないも同然だった殺気が詩ノ崎に飛んできた。


「危ない!」


 潜んでいたマーネの飛び膝蹴りがマンドラゴラの側頭部に当たる。

 今までグラつきもしなかったマンドラゴラが少し左に傾いたことで、止めずに振るった詩ノ崎の手刀がずれて二の腕に入った。

 そして見えた、種が埋まっていた箇所、上腕の幹の隙間から目玉が一つ手を出したマーネを捉えている。巨腕となった右腕を大振りに動かしているのも。


「マーネ!」


 名前を呼んだときにはマンドラゴラの右腕が身体の向きに逆らってマーネの身体に当てにくる。

 身体の向きからでは考えられない動きと振りの速さに乗せてマーネが吹っ飛ぶ。栢と同じどころか、壁が留めることもなく奥に突き抜けた。


「何つう馬鹿力かよ! おい! マーネ! マーネ!!」


 詩ノ崎の呼びかけに返事は返ってこない。

 三本の根を伸ばす手数で攻撃する左腕に対して、種が埋まっている箇所でもある右腕は筋肉を彷彿とさせる幹で固められている。マーネに当てた右腕の先は球状に膨れていた。


 マーネの心配を向かおうにも、右腕についた目玉が詩ノ崎を見据えている。

 下手に動けない中、マンドラゴラの機能が回復して根の攻撃が再開した。

 三本の根の槍を変わらずしゃがんで避けきったところで、右腕が差し出した顔に下から上に突き上げてきた。

 相手に変化にガントレットで辛うじてガードできたが、詩ノ崎が空中に浮かされた。成人男性よりも大きく重い身体が駅の天井に背中がぶつかり、すぐさま地面にお腹が激突する。


「……がっ!」


 急上昇、瞬きの間に急降下した詩ノ崎。

 ただ頭の中ではマンドラゴラの膨らんだ右腕の正体がガントレットで受けたことでわかった。

 あの中にはさっき取り込まれてしまったガントレットが入っている。潰れて球体となり、重さがさらに増していた。


「くっそ、ガードしただけでこれかよ」


 マーネが受けた衝撃がどれほどのものだったのか。

 詩ノ崎が四つん這いで立ち上がろうとしたときにも、揺れる視界には奥にマーネが突っ込んだ壊れた壁と、目の前に右腕をひき絞るマンドラゴラ。

 またしても繰り出される右腕を防御するしか余裕がなかった。

 ただし腰は入れられない。軽く吹っ飛ばされて、改札口に繋がる階段にまで突っ込んだ。


「詩ノ崎さん……!」


「ダメです主様、私から離れては」


 傍観するしかなかった希乃がすぐさま駆けつけようとする。詩ノ崎は自分の身を守れない希乃とルルよりも後退してしまっていた。

 細い根を切れて、固定されていたマンドラゴラが足を動かしている。

 持ち上げきれない右腕をゴリゴリと引きずりながら、攻撃することなく近づいてくる。

 詩ノ崎が呻くと、パラパラと音を立てながら背中の階段に手をついた。


「ああ……、くっそ。かっこ悪いなこれは」


 額に何か違和感を覚えた。触ってみれば右手には血がついていた。

 詩ノ崎にしてみれば自分の血を見たのはいつぶりか……、


「ははっ」


 思わず笑いが口から洩れた。


「な、なぜ笑ってられる!?」


 オオタカが困惑の色を見せる。


「いいや、なんでもねえよ。ベガ、一分だけ時間を稼げるか?」


「やろうと思えば、勝算は?」


「それを使う」


 詩ノ崎が指さしたのはルルが手に持っていたアタッシュケース。何に使うかわからなかったルルが「え、え」と手元を見比べる。


「わかったよ。その代わり……」


「ああ、わかってる。希乃、ルル、俺の傍に来て手伝ってくれ」


 詩ノ崎が希乃とルルを連れて柱の陰に隠れようと動く。

 バトンタッチとなったベガは、ズボンのポケットから押し込まれた小さいペットボトルを取り出した。


「左の根は三本軽いが、右は重い。二枚でも割れると思った方がいい」


「見ればわかるよ」


 ベガがキャップを開けながらちらりと見えた、傷だらけのガントレットに新しくつけられた丸い凹み。

 詩ノ崎の左腕を力なく垂れているところを見るに、おそらく中にまで衝撃は来ているはずだ。


「あと……成長するからな。気をつけろよ」


 黙って聞いているベガがペットボトルに詰め替えていた聖水を飲み干して、口元を袖で拭いながら空のペットボトルを捨てる。

 希乃は詩ノ崎の変形したガントレットに注目しているが、ルルはベガを心配していた。


「ベガ……」


「ルル、見ていなさい」


「おい、来るぞ!」


 安全圏に下がっていたオオタカが叫ぶ。

 マンドラゴラがついにベガを認識する範囲に入り、歩みを止めぬまま一気に根を伸ばす。伸ばした根は成長によって、三本から四本になっていた。

 だが、ベガは指を組むだけ。ベガに向けられた根は空中で止まる。


「主様も、一分と言わず、わたしが役に立つ姿を後ろでご覧になっていてください」


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