2‐22 マンドラゴラ
「おいおいおい! エリア8だと! ふざけんな! なんちゅうもんを持ってきてくれてんだ!」
詩ノ崎が唾を飛ばして激昂するのも無理もなかった、異海物が芽を出しているのだから。
その異海物に関心を示したのはベガ、エリア8から縁遠い人間だった。
「むこうのですか、道理で知らない植物ですね」
「そういうあんたは知らないな……どこのもんだ?」
「名乗る者でもないですよ、ただの1の人間です」
「そこのひよっこと同じか、はっ! なら知らないのも無理はないな」
「偉そうにいうもんじゃないぞ、これはよお!」
芽吹いてしまった後に駆除できた事案は世界から見ても少ない。発見したときにはすでに異海物の範囲は広がり、対処が遅れてしまうからだ。こうなってしまえば、止めるのではなく侵食を食い止めるのが優先するくらいに。
それは地球でいきなり立ち入り禁止区域が年に一つや二つ増えていることがその困難が物語っている。
だから財団は後手になる前に持ち込まれた異海物を回収している。
この異海物も放置すれば、大人しいままであってもいずれは成長して人間の生活圏まで種は芽吹かせる。
そして、異海物に気圧されている輝人がもう一人、ルルが希乃の後ろに隠れながら言った。
「あれって何なの? ただの植物、じゃないの?」
「違うな。あれは死肉で育つ植物だ」
「死肉だあ?」
すんなりと答えたオオタカだったが、詩ノ崎が聞き返す。
「5にはマンドラゴラ専用の大地が用意されていて、俺たち浮人が死んだらそこに送られることになってる。それはもうすごいぜ。生きて近づいたやつはあれに貫かれて死体にされんだからな。そして種を植える。増やして増やして増やして、エイリアンの守りはより強固になる!そうやって大地を守ってきたんだからな!」
「……それであれを殺ったことはあるか」
「はは、ないね」
オオタカはまたしても鼻で笑う。
「あれは獰猛でね、陸続きである限りは枯れるまで止まらないんだよ」
オオタカは諦め、やけになっている。そこにまたもやマーネが離された距離を詰める。
「何無責任なこと言ってんの!? お前が持ち込んだんだから、何かホーホーあんでしょ!?」
「何言ってんだ、あれはもうダメだろ。今のうちに殺すのが友達の名誉のためというやつじゃないのか?」
「そうしたのはお前だろうが! テキトーなこと抜かすなよ!」
「状況見誤ってんじゃねえぞ!」
オオタカの凄みが急に増した。
「いいか小娘、あれは死にぞこないだった。ああなっているってことはな、もう死んでるってことをいい加減受け入れろ! 助ける方法なんてもんはありはしないんだよ!!」
「いや……まだなんとかなるかもしれねえ」
「……あ?」
急に動き出さないよう見張っていていた栢から、詩ノ崎が横目で希乃を見るとすぐに離して警戒に戻した。
「おそらく体を乗っ取っただけだ、まだ命までは取り切れていねえ」
「はっ、何を根拠に」
「あれは腕から生えてんだ、異海物の根が脳か心臓まで行くまでもしかしたら時間がかかるからじゃねえか」
嘲るオオタカに言う確固たるものはない。詩ノ崎にとってもマンドラゴラは初見の異海物であるからだ。
ただ、栢がまだ死んでいないのは判別がつく。
直前に起きた現象を、他エリアの遠征で培った詩ノ崎の経験則と、さっきのオオタカの言動で推測は建てられた。
オオタカが胡乱げにこちらを見てくるが、詩ノ崎にはこれにかけるしかない。
「そうかよ、俺のところじゃそんな話はないぞ」
「それならこの仮説を実証する。そうすれば救えるものも増える、そうだろ?」
詩ノ崎が木人となった栢――、マンドラゴラに足を向ける。
「おい! むやみに近づくな!」
「どちらにしてもここでやらねえとならねえだろ。財団が呼ぶには遅すぎるからな」
オオタカの制止には耳を貸さず、静かに歩を進める詩ノ崎。
全身に巻き付いた根によって少し太く大きくなった栢の背は、詩ノ崎と同じ目線。目のような器官が木目で覆いかぶされているはずだが、その正面から突き刺さる視線を感じる。
警戒されていると見ていい。だが、ただの植物のようにマンドラゴラは不動で、詩ノ崎が近づこうが反応はない。
そして詩ノ崎の拳が届きそうな距離まで難なく……。
「っ!」
違った。
三メートルほどの距離で、マンドラゴラの左腕が瞬時に変態する。
岩盤を砕けるのではないかと思えてしまうような、根の先端が詩ノ崎の首に目掛け放たれる。目視で脳が気づくにはあまりに遅く、拳を構えるのも手遅れ。詩ノ崎は反射で、踏み出した一歩を後ろに下げて身体を横にずらした。
詩ノ崎の避ける行動は最適だった。しかし、直線的に伸びた根が向かう先にはオオタカとマーネがいた。
「わっ!!」
希乃は驚きのあまり声を出した。先端が細く尖った根がマンドラゴラの体長よりも何倍も長くなり、オオタカとマーネがいるところまで届く。
さっきまでいがみ合っていたオオタカは腕を翼にして、マーネは純粋な反応で大きく避ける。
当たることなく、二人のいた位置で止まるとすぐに根は縮んでいく。
詩ノ崎が遅れて拳を構えたが、その次はなかった。マンドラゴラからしてみれば追撃を加えられそうな距離ではあるのに、また元の静かな植物に戻って動かない。
「あの長イかれてんのか!? 下がれ! 下がれ!!」
オオタカが無理やりにも希乃たちをさらに階段に押し込む。
「おい! 長も!」
「ここからか……」
――エリア8の植物というだけある。
ガントレットで線を引き、詩ノ崎は確信する。マンドラゴラと呼ばれる植物は知識通り当てはめれば、自分のテリトリーに入った相手襲いかかる異海物。テリトリーは狭いながらも、一撃で仕留めようとする速度がある。
今の成長段階での引かれた境界線は詩ノ崎のつま先。
ここを超えれば、マンドラゴラは反応する。
「ベガ! そっちは頼んだぞ!」
「言われなくても」
「おい、よせ!」
仕方なく笑うベガ。けど、オオタカは未だ制止を続ける。
それでも詩ノ崎は栢に植え付けられた種を取り出すため、そこに踏み込む。
たった一歩、されど一歩。マンドラゴラが詩ノ崎に攻撃を始めた。




