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ノノノ越界奇譚  作者: 雨枝蒼
【スフィア編】
49/56

2‐20 カプセルキー

「マーネさんっ! しっかり!」


 二人が意識し合っている隙に、柱を背にして崩れたマーネに今度こそ駆け寄った。

 肩と脇腹を中心にして赤黒い鮮血で染まっているマーネのTシャツ。

 肩からの出血は止まっているようだが、抑えている脇腹に開いた傷はまだ新しく、指の間から血がポタポタと流れていた。


「応急処置……」


 場所を移せずにあたふたする希乃に薄目を開けてマーネが手で制する。


「大丈夫、こんなのすぐに治るから」


 半円の切り取り線を描く肩の傷がすでに止まっているところを見るに、栢と交戦して時間は経っているみたいだ。

 深い傷なのは明らかなのだが、マーネが意識したのは希乃自身だった。


「それよりノノ……なんでいんのさ」


 当然の疑問だ。希乃からしても栢と友達の関係であるマーネがいることが意外であっても、マーネからしたらそれを上回る想定外。オオタカと行動と共にすることにもなれば、繋がりが読めるものではないだろう。

 黙ってもためにならない、希乃は正直に答える。


「オオタカさんの探し物に協力して、なりゆきでここまで」


「やっぱあいつが元凶……、あとで絶対焼き鳥にしてやる」


 マーネが戦っているオオタカを弱弱しく睨むが、すぐに希乃に向ける。


「ノノは逃げて、ここにいたら危ないから」


「できないです、オオタカさんが今戦ってますし、マーネさんを置いてっていけません」


「あんな奴ほっときなって、あたしがどうにかしないと……っ」


 無理に立ち上がろうとしたせいで、苦悶の表情を浮かべて体勢を崩した。まだあの戦いに復帰できるまでの回復はしきっていないのだ。


「マーネさん無理しないでください」


「うっさい! あたしが止めないといけないよ、絶対に」


「だめですって! 今は安静にしないと」


 希乃がマーネを懸命に抑える。天倉一非力な自分でも抑えられているのなら殊更に行かせられない。


 マーネが弱いはずがない。八つの異人の中でも身体能力が高い獣人ビーストであることに加えて、硬い爪を伸ばせるマーネ固有の力を持っている。

 なのにマーネの体についた切り傷は顔から足元まであって、栢が銛を散々振り回し続けていたみたいだ。

 体力の消耗が大きいだろうに、栢の元気は健在だ。


「当たれ! 当たれ!」


「当たるかよ、そんなもんに!」


 心配する希乃の目先、交戦している栢とオオタカ。

 栢はオオタカを仕留めようと躍起になっている中、天井が低いながらも、オオタカは機動力を生かしてくっついては離れてを繰り返していた。

 銛との鍔迫り合いに持ち込まず、距離をとりつつ翼で積もった埃を巻き上げながら強風を仰ぐ。


「ここは地下、大好きな水もない不毛の地面の下だ……、この意味わかるってるのか?」


 風の勢いは希乃とマーネまで届き、目が瞑ってしまうほどだ。

 近くで煽られている栢は銛を振って止めさせるが、だんだんと瞬発力が落ちていく。銛を振り回すキレがなくなっていくのが、希乃の目から見ても明らかだ。


「その湿った服と血、そこから力をもらってるのはわかってんだよ。水分飛ばせば、すぐに一般人にもどる」


「マジキモいんだけど! いい加減しろや!」


 オオタカは栢を弱らせて確実に目的を達成するつもりだ。

 すると嫌がる栢が頭上にいるオオタカに、銛先を突き立てた。

 だが、力を振り絞った銛はオオタカが空中で身体を捻ることで軽々と避けられて、銛は明後日の方向に穿たれる。


「どこ狙ってるノーコン!」


 銛は天井につけられた鉄の突起に挟まり、押し倒すオオタカによって手から離れた。

 覆いかぶされ拘束された栢。オオタカの作戦通りか、あとは奪われたカプセルを探し出して取り返すだけとなった。


「やっぱりネーヴィはラーフの敵じゃないな!」


「……バーカ」


 その時、覆いかぶさるオオタカの背中に水が落ちた。地下のオオタカと栢がいるところにだけ雨が降りだす。

 水の出どころは天井に刺さった銛、歪んだ金具から漏れ出ていた。

 途端にオオタカの拘束が押され始める。細かった栢の筋肉は水を浴びたところから肥大化し、食いしばる歯も今ならマーネの筋肉も噛み切れそうなまでに尖っていく。


「スプリンクラーか! ちっ!」


「きゃはは、これであーしより下ってことじゃん」


 オオタカは力負けする前に早々に趾を放して、栢から距離を取る。

 栢は手を伸ばすも届くどころか、オオタカは天井のスプリンクラーを作動させた銛よりも後ろ。さらに一直線にやってくる腕の動きを読んで横にずれた。

 だが、その栢が掴んだのは刺さった銛。ポールに見立てて身体を一回転、水を得て筋力が上がった飛び蹴りがオオタカの羽毛に覆われていないあばらに刺さった。


「おわ!!」


 栢よりも体躯が大きいオオタカが、水を弾きながらサッカーボールのように一蹴りで吹き飛ばされる。

 縦長のホームの端、敷かれた線路を通り越して壁に激突させられた。


「マネちんもこんなことやってたしね」


 刺さった銛を回収した栢が、水たまりの上をゆっくりとヒールを鳴らしてホームの縁まで歩み寄る。やられたオオタカをにやけた表情で見下ろし眺めた。


「お? 鍵持ってなくね?」


 栢が首を捻る仕草をする。じろじろと見てからオオタカに近づこうとしている中、


「オオタカさん!!」


 希乃が咄嗟に大声で叫んだ。心配してかけた声でオオタカはもう一度立ち上がり、翼から戻ってしまった人間の腕で拳を振るう。

 だが、顔面の前でオオタカの大きい拳を栢は片手で受け止めた。


「くそっ!」


「ネーヴィがどうだっていうけど、ラーフだって同じっしょ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。言ったっしょ? あーしの方が上だって」


 オオタカは栢に腕を後ろに回され、流れるように線路の上に力で組み伏せられる。

 優位に立った栢は首の次はズボンの深いポケットをまさぐるも、またもや首を捻った。


「もしや、なくした? ポッケにもなくね?」


 マーネどころか、オオタカも歯が立たない。盗られたカプセルを取り戻して逃げる算段は破綻している。

 栢が小考し固まった間に、捕まって動けなくなったオオタカが希乃に目配せする。意味はしっかり理解できた。


「に、逃げろ……」


 だが、横いるマーネはまだ立てそうにない。肩を貸して動けたとしても、どれくらいの距離を稼げるか。

 躊躇する希乃にグルンと、栢は目を大きく見開いた顔を向ける。


「あーね? ちゃっかりしちゃって」


「……!」


 怯む希乃。

 栢がオオタカを置き去りにして線路を走り、


「待ち……やがれ!」


 苦しい顔で立ち上がるオオタカが後ろから追っていく。

 栢はオオタカが跳躍する瞬間を見るもすぐに希乃に戻す。何かオオタカにするわけでもなく、ただ持っている銛の持ち手が上になるまで振る腕を上げただけ。


「そこで寝てろし」


 銛の石突が飛ぼうとしていたオオタカの右の脇腹に入る。さっき栢に蹴られたところに追い打ちが入ったことでオオタカは変身することができず、勢いがついたまま線路に転がった。

 邪魔が入らなくなり、栢は悠々とホームに飛び乗った。


「ノノちんが持ってるしょ。あいつからなにか預かってない?」


 預かってるものは取り戻したロケットペンダントに、袖が破れたジャケットに、サンダル、それに金のネックレス。想像するも栢の言っている鍵は希乃には知らないところ。

 ただ、預かっているもの全部……。


「あー、カバンね。マジすなおじゃん」


「!!」


 濡れた足跡を残しながらダッシュをかける栢。カバンは希乃の手元ではなく、マーネのすぐそばに落ちている。

 ようやく希乃は、カバンを抱えてマーネとオオタカの言葉に実行に移した。しゃがむだけで拾い上げられる希乃の距離では競争にもならないが、背を向けて走ろうとした頃には銛の範囲。


「ふぐ!!」


 身を翻そうとしたときに服の裾を引っ張られて柱を半周、柱の背後で尻もちをついた。

 だが、銛は希乃の頭から狙いが外れた。服を掴んだのは桜色にネイルされた爪、手の主はマーネだ。


「栢、それはいくらなんでも許さないよ」


「うえーい! 邪魔すんなし!」


 すかさず希乃に銛が迫るが、これはマーネの爪に当たることで軌道を変えて弾かれた。

 ここにきてマーネの武器である爪が機能してくれた。

 やっとのことで伸びた爪は本来の長さではないにしても、弾いたマーネに栢は驚きを隠せない。


「マジで、そんなことできんの!?」


 栢が驚いた隙に希乃はカバンを抱えて走る。間の柱を盾にしつつ、マーネとオオタカを背にして階段へ向かう。


「きゃは、おにごっこ!」


「やらせ……っ!」


 マーネが膝をつく。前に入ることもかなわず、栢の踏み込みであっという間に希乃との距離が詰められる。

 栢が希乃の足元に銛を出すと、希乃は改札口に続く階段目前であっけなく転んだ。


「つっかまえた!」


 栢が取り上げようとはみ出ているカバンの底に手を伸ばすと、希乃はすぐにカバンを自分の身体の内側に引っ込めた。

 うずくまり、身体に隙間を作らないように腕と足で完全に隠す。

 これには栢は希乃の情けない姿にいつもの笑いではなく、苦笑いで銛先を振りあげる。


「……ノノちんさー、あーしその言葉知ってる。ムダな足掻きって言うんでしょ!」


 いつになるかもわからない、マーネとオオタカが戻ってこれるための時間稼ぎ。

 ……けどそれはいつまで持つかわからない。

 希乃が痛みを覚悟したその時、涼やかな声とともに銛の動きが止まった。


「不敬ですよ」


 希乃が横目で見れば二の腕を太くして歯を食いしばる栢がいる。

 けれども、銛先は希乃の背中に触れることなく、見えない何かと拮抗しているようだった。


「いらぬかもしれませんが、主様に危害を加えるのは見過ごせません」


 目前の階段から一段ずつ大きい間隔で降りてきて、ほの暗いホームに浮かび上がるのは、細身で袖と襟から覗かせる白い肌だ。

 輝人グローリアであるベガがゆっくりとその姿を現した。


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