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ノノノ越界奇譚  作者: 雨枝蒼
【スフィア編】
48/56

2-19 ラーフとネーヴィ

 ◇


「いいか、俺が目的のブツを奪い取ったら希乃に渡す。渡したら先に地上の出口に向かえ」


「オオタカさんは?」


「もちろん俺も後を追う。外にさえ出れば誰も追いつけだろうよ」


 なるほど今と同じく空を飛んで逃げ切るつもりらしい。

 相手から逃げ切れる算段をつけているのが、下から見える自信のある表情から窺える。


「もしかしてオオタカさんは誰か予想はついているんですか?」


「さあな……ただ、空を飛べるのは同胞ぐらいしかいないだろ、そっちではないだろうからな」


 同じラーフではないことは確定しているらしい。

 そういえば、彼女の出身を聞いたことはなかった。その不確定要素が希乃の不安につながっている。

 よくよく思い返してみればおかしいのだ。

 今日の朝、希乃は乗り継ぎのために改札を通らない、地下鉄のホーム直通の通路を通っていた。

 栢と会ったのは偶然みたいだったが、地下鉄で話を聞いたときに疑問に思うべきだったかもしれない。

 お金も電子マネーもない栢はどうやって改札口を通ったのか?

 お金関係はすべて財布に入れている彼女が通れるわけもないし、あの時点ではまだ見つかっていない口ぶりだった。

 きっと最初から落としたわけではない、栢は希乃に嘘をついたのだ。

 そうなると、落とし物が行きつくところを知って何をするのかも怪しくなる。警察という存在を教えたのはどちらも希乃だ。同日で希乃とオオタカより一足先に先行しているのが、早く教えた栢ならできることだろう。

 ……ただそれは地下鉄に乗っているときに浮かんだ仮説であり、希乃からしても過剰な妄想というべき代物に過ぎない。

 むしろそうであってほしかった。


「抜けるぞ……!」


 風を感じる程乗ったスピードで丘柵駅のホームに出た。

 誰かの話声が聞こえた、強い光に当てられた人影も見えた。オオタカがその人の頭上をふわりと空中で留まる。


「よぉネーヴィ、元気にしてたか?」


「あーあ、おひさラーフ」


 邂逅するオオタカ(ラーフ)(ネーヴィ)

 二人に驚きはなく、むしろ栢に至っては再会に喜んですらいる。ただ希乃はそれよりもその隣にいる人影にギョッと目を見開いた。

 栢が持つ棒を追えば、希乃が目についたのは半身が真っ赤に濡れて柱に寄りかかるように座り込むマーネだった。



「マーネさん!!」


 バタバタした希乃がオオタカの足から飛び降りた。

 少し痺れる着地をした両足で駆け寄ろうとしたが、希乃の前を栢が遮る。


「ノノちんも仲間に入る?」


 邪悪な笑みを見せる栢に希乃は足を止めた。躊躇わせたのはマスクが外れて露わになった口元から首にまで乾いた血だ。

 さらに栢が手にした棒が銛であることと、マーネの手の隙間から見える横腹で、自分の出した答えへの懐疑心はすぐに捨てられた。

 マーネのもとに向かおうと、希乃は自分の頑丈さを信じて突進しようと地面を蹴った。


「おい、また無謀なことをするな」


 だがそれを暗い顔をするオオタカが希乃の襟を掴んで止める。

 正面で対峙する栢を見るが、すぐにオオタカの目は柱にもたれながら息を荒くして薄目を開けるマーネに向けられた。


「言った通りだったろ、小娘。身内には気をつけることだってな」


「……うっさいわね、絶対お前は許さないから」


「威勢だけは立派だな」


 受け答えは普通出来ないのかと、マーネがオオタカの悪態を口悪く返す。ただ、どちらも表情に余裕はない。

 栢だけはそのやりとりに哄笑する。テンションがいつもよりも高ぶっているようで甲高い声がホームを反響する。


「きゃはははは、もしかして気にしてるカンジ? 草生えるわ」


「その耳につく笑いをやめろ、ネーヴィはネーヴィらしく根暗で過ごせばいいものを」


 前のめりの希乃を強引に後ろに引っ張り、希乃は「わわっ」とオオタカの後ろでよろめいた。背中越しで見る二人は同郷、因縁は少なくなくぶつかる目線だけで火花を散らす。


「盗ったものさっさと返してもらうぞ」


「もしかしてー、これのこと」


 栢が見せたのはロケットペンダントよりも小さい、錠剤のカプセルの形をした石。そこらの河原で拾えるものではなく、表面の滑らかさは冷たく光を反射している。

 確かに珍しいものなのかもしれないが、オオタカが必死で頭を下げるまで探しているものがあんな小さなものとは。


「これもノノちんのおかげ、ケイサツなんて神がかってるわ」


 やはり先に警察署に行っていたのは栢であった。

 どういう経緯であれ、この一連の出来事に栢は関わっていた。


「なんでですか? それはオオタカさんの物ですよね、まさか盗みに入ったのも栢さんが」


「あーね? あーしはそんなことやんないよ」


 栢が冗談めかして手を振る。希乃とオオタカは厳しい視線を送るも、態度は変わらない。


「ウソじゃないよ、あーしはやってない。けどやってくれた人と連絡取れなくなってね。もうマジ萎えってかんじ。まさかホントにあるとか期待してなかったけど、マジ神ってる」


「質問に答えてください、なんでそんなことやったんですか?」


「ふーん、言われてんよ、そこのラーフ。たしかサ()ミナって名前だっけ?」


 なぜか栢は黙っているオオタカを目で指し示した。


「仕事バックレた腰抜けラーフ、ここじゃチキンって言うんだっけ? お似合いの名前じゃん」


「…………」


 言い返すはずのオオタカはここでは口を噤む。ラーフという種族に誇りを持っているあのオオタカが栢の口を止めない。


「あーしの聞いた話だと、もう五年前っしょ、ここに来たの。対エイリアン用の植物を育てて、種をりょーさんしてエリア5に送るって、ホントにやばい仕事だよね」


「植物……? それって異海化じゃ……」


 想像だけで希乃は青ざめる。つまり栢が今手にしているあれは異海物。

 それなのに、目の前の栢はなんとも思っていない。むしろハイになって、嬉々として、饒舌に話している。


「連絡は来てるけど、ぜんぜん行動に移さないしさ。別に急ぎではないけど早く数揃えたいじゃん?そしたらあーしが行くしかなくね、ってね」


「……オオタカさん」


 オオタカの背中を見る希乃に、オオタカは小さく頷く。


「事実だ」


 栢の言う真実に愕然とする希乃。そんな中で、栢は石のカプセルを隠すと、その手でオオタカに前に差し出し要求する。


「それならさ仕方ないから、代わりにあーしがやってあげる、だからこれの鍵ちょーだい。持ってないなんて言わないっしょ?」


 その返答に口数少なくなっていたオオタカが口を開いた。


「断る、それはネーヴィのお前が気安く開けていいもんじゃない」


「うへー、そんなこと言っての? あれってさ、あんたのだけじゃなくてあーしらの物っしょ? 独り占めはダメっしょ」


 うんざりして吐き出す仕草をする栢にオオタカは毅然として答える。


「違うだろ、それは先駆者から受け継いだものだ、ネーヴィが持っていいものじゃない。長から教わんなかったのか」


「だーかーらー」


 癇癪を起したように栢が銛の石突で地面を強く突いた。


「そういって使ってないなんてタカラの持ち腐れじゃん? あーしが使えば? 浮人(あーしら)は救われて、ネーヴィは力を持てる、あんたは汚れ仕事をしなくてすむし、ラーフの好きぴなプライドも守れる。全員ウィンウィンってやつじゃん。なんか問題でもあんの?」


「あるだろ」


 オオタカがボロボロになった地面を指さした。


「ここはどうなる? それをこんなところで開ければ、間違いなく陸の果てまで広がる。ここのやつらはまず助からないぞ」


「そんなの知らんぷりしちゃえばよくね? あーしらからしたらまだ未開っしょ?」


「未開だと?」


 オオタカの顔が一層険しいものになる。


「あーしらのところまでめーわくかけないし、ここなら島一つなくなっても気にすることじゃないじゃん。もしかして、ホントに愛着ってやつが芽生えちゃった?」


「そんなものはない、おれはここが大嫌いだからな」


「きゃはは、ならいいじゃん別に」


 嘲笑する栢の一方で、希乃は不安そうにオオタカを顔を盗み見る。


「ここの奴らは危機感がない。いつどこで何が起こるのか理解していないお花畑なやつらばかりで虫唾が走る、こっちの危機感もなくなりそうだ、気持ち悪い」


「え……オオタカさん?」


「希乃も俺らがいた世界を一度体験してほしいところだ。少しは考えも身体もマシになるだろうが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だが、これは間違ってるだろ」


「違うって? やり方が? 持ってきたあんたが言うの? きゃはは」


「調子に乗ってよくもベラベラと、その笑いはやめろと言ってるんだ」


 オオタカが跳躍して翼と趾を持つ姿に変身する。栢の顔が笑った口の形のまま固まった。


「いいか、それをここで育てる行為はな、無差別に侵略するあいつらエイリアンと大差変わらないと言っているんだ! 空の戦士として……、いや違うな。浮人スフィアが、エイリアンと同じ薄汚い侵略者に落ちてたまるか!」


「オオタカさん……!」


 高らかに宣言するオオタカに、栢も抜いた銛を構えて臨戦態勢で応じる。


「覚悟は良いな、エイリアンのネーヴィ! 殺してでも返してもらうぞ!」


「きゃはは! 返り打ちにしちゃうよ、裏切り者のサイミナ」


「サエミナだ! 覚えておけ!」


 オオタカの趾の爪と、栢の銛が交錯する。


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