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ノノノ越界奇譚  作者: 雨枝蒼
【スフィア編】
44/56

2-15 サンプル・リターン④

 ◇


 オオタカ――アルブレット・サエミナが生まれ落ちたとき、ちょうどエリア5全体は狂い始めていた。

 時代のターニングポイント。異人の存在が浮人スフィアの巷で公になり、密に行われていた交流が本格化した。

 異人の手で未開拓のエリア5に流れ込んだ技術は鉱石の採掘とその加工。

 今まで使えないと思っていた石が有用性に富んだ鉱石だったと判明すれば、すぐに採掘がなされる。狭小で、神聖で、掘ることを禁忌とされた地面さえもだ。

 神聖視された土地とはいえ、ネーヴィには四方八方を海水に囲まれた島があるし、ラーフにも浮島と呼ばれる海に接地しない空に浮かぶ島がある。双方、不可侵の住処があって困るものではない。

 削って作られた岩石が中心の武器が、丈夫で簡単に扱える兵器に変わるにはそう時間はかからなかった。

 するとどうなったか、みるみるうちに陸地は減った。海と陸が九:一が今やその半分の十九:一。

 それも必要な犠牲だと割り切るしかない。

 悪しき伝統を断ち切るために、エイリアンの蹂躙による被害を最小限にするために。

 来る日、エイリアンの襲来に対抗するためにラーフとネーヴィは牙を研ぐ。命を使い捨てる古い戦法を捨て、近代の強力な武器を量産した。

 だが蓋を開けてみれば、エイリアンには一新した武器は通用しなかった。エリア5のほとんどの世界で浮人スフィアの死者を増やし、滅んだ世界すらもあった。残ったのは死体の山と、限界まで採掘した挙句にエイリアンに荒らされてしまった土地だけだ。


 継がれる伝統を絶やしてはいけなかったのだ。

 そうすることに意味があり、よく物事を見ていた先祖が最適解を積み重ねてきた。

 それを壊したツケが回ってきただけのことだった。

 次のエイリアンの襲来までに絶やした質の悪い伝統をまた始めないといけなかった。

 ただ、それをするための土地も人間も、材料も足りない。減ってしまったものはすぐには回復しない。


 ……ならば、他から持ってくればいい。


 空の戦士、宝物庫番のアルブレット・サエミナ。どこにでもいるラーフの一人。エイリアンを殺したことがあり、人一倍の力の自信は若さの至りではない。

 祖国のため、そして少しでも死んでしまった同胞に報うために預けられたロケットペンダントと鎖のネックレスを首にかけ、エリア3の地に降りた。


 ◇


「っくちゅん!」


 地下鉄の車内で希乃は口を抑えた。

 服や髪を拭く間もなく地下鉄に乗り込んで、座ってじっとしていては体が冷える。コンビニでタオルを買う時間すらも惜しいのだからしょうがない。

 寒気で鳥肌が立つ感覚と座席のカバーに伝っていく湿り気に苛まれながら、砂洋駅の到着のアナウンスを待った。


「これ預かってろ」


 希乃の膝に乗せたカバンの上に袖だけが破れたスカジャンと四本のロケットペンダント、そしていつも首にかけていた金のネックレスが優しく置かれた。


「ペンダントはわかるんですけど、なんでネックレスまでなんですか?」


「一族のものだからな、わかってるなら預けるまでだ。……恥の上塗りはなんてのは許されない」


 オオタカはやられたことを想起させたようで、顔に悔しさを滲ませている。

 あのときの落とされたのはこのネックレスが原因だ。

 昨日ちぎられたネックレスのチェーンに歪な輪はなく、色の違う金属が繋げて元にネックレスの形に戻されている。

 ただ、まじまじと見れば修理ではない、よくわからない装飾が目についた。

 輪となったネックレスに一センチくらいのブロックが二つ並んでいる部分が対極に二ヶ所。違和感はない、むしろ色が浮いてないからか溶け込んでいた。チェーンの調節部分というわけでもないから、おそらくはデザインなのだろう。

 まだ遠い移動中に闘志を出すオオタカに希乃が浮かない表情を見せる。


「……ぶつかりますよね、やっぱり」


「どうした不安か? さっきの威勢は飛んでいったか?」


「いえ、そうではなく……」


 無人の丘柵駅に誰かいるというのはもう二人の共通認識だ。

 希乃は言葉を選ぶために一呼吸置いた。オオタカの目が希乃のことを怪訝そうに見る。


「違ったらいいなと思いまして」


 希乃が言えたのはこれが精一杯だった。

 静かにカバンを誰も近寄ろうとしない隣の席に置いて、スカジャン、金のネックレス、ロケットペンダントの順に大切に入れていく。

 最初の畳んだスカジャンを無理やり詰め込めばあとの小物のアクセサリーは楽に入った。

 最後に傷ついたロケットペンダントを持つと、たまたま開いて写真が見えた。


「この写真に写ってる人は兄弟ですか?」


 写真の二人はよく似ている顔つきだ。

 仕舞わずに覗く希乃を、オオタカは目だけを動かして沈んだ声で言う。


「……兄貴だ」


「やっぱりそうですよね、顔のパーツがそっくりですし。今はエリア5にいるんですか?」


「いいや、もうどこにもいないよ」


 彼の沈んだ声の意図を知って、聞いてはいけないことだったと希乃は声をしぼませる。


「え……あ、すみません」


「謝るぐらいなら、聞かないでくれ」


 オオタカからのお叱りの言葉に希乃はしゅんとして、手に持っているロケットペンダントを眺める。

 つまりは言っていた形見の前の持ち主は、きっとそのオオタカの兄なのだろう。コレクションとしてのロケットペンダントよりも大事なのもよく頷ける。

 気まずい時間が輪をかけて重くなった中でも、オオタカもまた希乃が持っている写真から目を離せずにいた。


「兄貴は強かったよ、弱かったのにな」


「え……?」


 強いのに弱い……、矛盾していることに希乃が首を捻ってオオタカを見ると、目線は正面に戻っていた。


「力は俺よりもなかったくせに中々に諦めが悪かったんだよ……、少し度が過ぎてるぐらいにな」


 話しているのは隣に座る希乃だけではない。向かい合う真っ暗のガラスに映りこむ、深く座った虚像にもしているようでもあった。


「夜盗が来た時も、初めて街に降りた時も、エイリアンの時も……、そういえば危ないときには絶対に兄貴がいたな、思い返せば。最期までの最期まで俺を心配してよ、俺のせいでこれから死ぬっていうのによ……」


 オオタカの声がさらに深く沈む。ちらり、とロケットペンダントがある手元ではなく、希乃と目を合わせた。


「お前は兄貴に似ているよ」


 哀愁に満ちた目がオオタカには合わない。ただ、希乃は黙ってオオタカの言葉に耳を傾けるしかなかった。

 そんな目もすぐに引っ込み、元の獰猛そうな目に戻った。


「今のも聞かなかったことにしろよ」


「……言われなくてもそうします」


 希乃は最後の一本のロケットペンダントも大事そうにカバンに仕舞いこむ。

 ここでようやくアナウンスが砂洋駅の到着を知らせた。


「いいか? 何度でもいうが、ロケットとネックレスだけは絶対に守れよ。失くしたり、盗られたりするのももっての外だからな」


「大丈夫ですよ、そんなこと起こりっこありませんから」


 要はカバンを肌身離さなければいい。自分の貴重品の心配をするオオタカに希乃は自信満々に返す。

 終点の砂洋駅で全員がドアの前に殺到する。その人混みの最後尾に希乃とオオタカは地下鉄を降りた。

 地上に出たら丘柵駅まではタクシーを拾うのが一番だろう。動き出しが相手よりも遅いながらも、これが縛りのある中での最短だ。


「……」


「オオタカさん?」


 改札口へ上る階段の前、オオタカは人の流れの真ん中で止まる。

 地下鉄の車両を見つめだしたと思えば、流れに逆らって再び地下鉄に踵を返しだした。


「あっ!」


 呆気を取られた希乃はすみませんと言いながら、流れとは直角に動きオオタカにはぐれないようついていく。

 グングンと地下鉄の先頭車両へ、オオタカは人が次々に地上に出るか、地下鉄に乗り込むかで捌けだすホームを進む。


「オオタカさん……ちょっと」


 登校前より重いカバンを肩にかけ直して後を追う。やっとオオタカが足を止まってくれたのは地下鉄の無人の運転席よりも先のホームの端だった。


「希乃、お前確かこの地下鉄はオカサクエキに繋がっていたと言ったな」


「……はい、そうですけど」


「ここから行けば近いんじゃないか?」


 途切れてしまった終点に停まる車両、そこから伸びる明かりをつけていない線路。丘柵駅へ繋がる線路は撤去されずまだ残っていた。

 確かにここからなら丘柵駅への大幅なショートカットになる。加えて人目もないから、タクシーよりも速いオオタカの飛行も充分に発揮もできる。

 ただ、侵入のときにホームにいる人の目を気にしなければ……。


「たしかに……あっ」


 希乃が逡巡しているうちにオオタカが勝手に腰の高さの柵に手をついて飛び越えた。


「何してる、行くぞ」


 有無を言わせず、希乃も背後の人目を気にしながらも乗り降りする客とは違う場所へ跨って乗り越えた。

 廃線となった線路の通行止めは簡易的だった。車両が入ってこないようにする錆びた看板が線路の上にポツンと設置しているだけで、人間も侵入しようと思えば一息だけで丘柵の境界に踏み越えられる。

 浮人スフィアにとっても壁はないも同然。


「ほらこれも頼む」


 地面に脱いだサンダルを指さすと、オオタカは線路へ躊躇せず飛び降りた。同時にオオタカの腕を翼に変身させる。

 低空での浮遊、死角になる車両の下にふわりとそこだけ無重力のように着地する。


「早く降りてこい、見つかるぞ」


 人間の手にわざわざ戻して手招きするオオタカ。急かされる希乃はサンダルをカバンに押し込むと、えいと線路にホームに手を着いて降りる。

 両足着地にカバンも合わさって電気が走るような衝撃が駆け巡り膝をついた。急がなければいけないのに、動き出すまで少しかかりそうだ。


「やはり貧弱だな」


 オオタカは一つ跳躍すると再び翼と趾を持つ人型に変身する。

 すると少し涙目になってしまった希乃の両肩を趾で掴んだ。


「え、もっといい運び方はないんですか?」


「生憎だな、俺はこれしか知らない」


 これじゃまるで巣に持ち帰られる小動物ではないか。

 乗り方について四の五の言う前に、希乃がついていた膝が浮き始めていた。


「舌噛むなよ!」


 オオタカの合図で、希乃は「え、ちょっと……」と決心もつかないまま命綱の趾を握る。

 希乃を宙ぶらりんにしてオオタカは颯爽と暗いトンネルを飛んだ。


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