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ノノノ越界奇譚  作者: 雨枝蒼
【スフィア編】
42/56

2-13 サンプル・リターン②

……

…………

…………………


(……さて、と)


窓を見る。帰りのホームルームが終わっても雨は止まず、暗い空で教室の蛍光が明るい。まだ傘の出番は必要のようだ。

重い腰を上げた希乃は玄関まで来ると朝も使った傘を差して外へ出た。目的地に行くまでのこの雨中、希乃の顔が自然に下がる。

すると誰かの足が希乃の前に立ちはだかった。

この雨の中で裸足にサンダルを履いて、校門を出る行く手を塞ぐ。

希乃が顔を上げると、立っていたのはオオタカだった。


「よお」


「…………」


「そう邪険にするな、声をかけただけじゃないか」


まだ額の包帯が取れていないオオタカに襲った時のような敵意は見えないが、希乃は眉を顰めて傘の持ち手を両手で握る。

依頼した詩ノ崎に用はあっても、店員の一人でしかない希乃にはないはずだ。


「……あの、何ですか?」


「どうだ、乗ってかないか? この雨だしな、送ってやるよ」


オオタカは親指で後ろのハイブリット車を指した。四人乗りでCMでも見たことがある有名な車種。

雨を防げることに関しては渡りに船だが、間違いなくこの誘いに乗るのは危険。

だが、希乃は傘を閉じた。


「わかりました、お言葉に甘えて……」


オオタカが「そう来なくては」とニタリと口角を上げると、助手席のシルバーのドアを開けた。

希乃が乗り込む横目では校門を通過する生徒の珍妙な目でその光景を見ている。次の日にはまた違う噂話が希乃を付きまとうことになるだろう。

オオタカも運転席に乗り込むと、希乃が座る助手席のドアのカギを操作して閉めた。


「少し走らせるがいいだろ」


「どこに行くんですか」


「なに、ただのドライブだ」


行先も聞かず、オオタカは勝手に車を走らせる。

腕を窓の縁に伸ばし、かったるそうに片手でハンドルを握る。とてもガラのいいものではないが、なぜか酔わない丁寧な運転だった。


「私の学校がどこか、言いましたっけ?」


「今ひよっこが着てる制服、ここら辺住んでれば見分けられる」


私の制服? いつ? どこで? 

希乃にはオオタカに自分の制服姿を見せた覚えはない。


「私いつも天倉の服で仕事しますよ? 私、オオタカさんに見せた覚えは……」


「何を寝ぼけたことを言っているひよっこ、俺が入店したときはその制服だっただろ」


「……あ」


そうだ、オオタカが初めて来店したあの日、希乃は急ごしらえで店に出勤した。上からエプロンをつけただけで、学校の制服は着替えずに。


(あの一瞬だけで……)


当てられた恐怖よりも、あの制服姿だけでどこの学校を当てたオオタカへの驚きが、希乃の中で勝り呆然とする。

その間にオオタカは急に路肩に車を停めた。雨にぬれて歪んだ窓に映るのは大通りより車通りが少ない道路であり、希乃の土地勘もない場所だった。


「さてひよっこ、お前なんで乗せられたかわかるか?」


「私がオオタカさんのロケットに心当たりがあるから……ですか?」


「ああ、わかってるじゃないか」


声色に少し邪気が含む。希乃はため息を一つついて、オオタカに面と向かった。


「どうしてわかったんですか?」


「昨日のロケットの画像を見たとき、お前動揺したろ。じっくり見てて、動きも一瞬止まってたぜ」


まさか、あの一瞬も見られていたとは。本当によく見ている。

直感とは言わずに論理的に言われた希乃は言葉に詰まらせた。


「それで私を待ってて……」


「ああ、こっちもなりふり構っていられないんでね。もちろん、依頼人の頼みだきちんと案内してくれるよな?」


オオタカは威圧するように希乃の顔に近づいた。

ノーとは言わせないつもりらしいが、希乃はもとより案内するつもりだった。なにせ確認する手間が省ける。


「……わかりました、けど約束してくれませんか?」


「内容次第だ」


「絶対に暴力沙汰は起こさないでくださいね」


オオタカはきょとんと思考が一瞬置いてかれたようだった。


「そんなことでいいのか? つくづくわからないな、天倉の異人は」


「これは重要なことです、下手したらこっちにも迷惑がかかりますし」


昨日の激高するところを見れば希乃も釘を刺したくもなる。

言っている希乃は大まじめだが、いまだにオオタカは半笑いで口角を上げる。


「それくらいお安い御用だ」


「忘れないでくださいよ」


「ああ、ラーフに二言はない」


かくして二人は合意を果たし、希乃の案内のもとロケットの心当たりの場所に行先を変えた。




「おい、本当にここか?」


「はい、そうですよ」


希乃はシートベルトを外しながら降りる準備に入るが、オオタカは案内した希乃を訝しげに見た。


「見たところただの建物だ、それも権威が低そうで持ってるとは思えないんだが。……さては騙してるわけじゃないな」


「そんなわけないじゃないですか、早く行きますよ」


ウダウダ言うオオタカを待たず、希乃はカバンだけを持って車を降りた。

長時間の雨がここにきてようやく小降りになって、傘は必要なくなっていた。

オオタカも希乃が降りるや否や、険しい顔をして運転席を降りる。

目に映る建物は警察署――、希乃は落とし物としてロケットを届けていたのだ。


「まさかケイサツとやらが持ってるとはな」


どこかで聞いたような口ぶり。

希乃は警察署のドアを引く直前で、オオタカの前で仁王立ちをして再度警告する。


「オオタカさん、約束、覚えてますよね?」


「約束? ああ何だったか、決してこの建物で暴れないだったか。ひよっこもくどいんだな」


あまり希乃の忠告を意に介していないオオタカ。

それほど希乃としては問題を警察沙汰にしたくはないのだ。こんな世にも不思議な話を警察の耳に入れては、まずオオタカの身は保証できないのだから。


「覚えてるならいいです、行きますよ」


オオタカの不敵に笑い、希乃は止めていた足を進めて警察署に入った。

希乃としては知っている警官がいてくれると、話がスムーズになるはずだ。それこそ、ペンダントを届けて面識ができた警官がよかった。

警察署の窓口の奥、希乃が入った瞬間に警官と目が合った。そのあとに視線が少し動いたところを見るに後ろのオオタカにも視線がいったのだろう。


「……!」


窓口に立ったとき、希乃は頬を引きつらせた。

なにせ、窓口にいる警官は、あのとき二か月前にルルを保護しようとしていたあの若い警官だったのだ。


「なにかありましたか」


「落とし物、届いてると思うんですけど……」


「はいはい、落とし物ですね、どんなのですか」


若い男の警官は希乃を見ても大きな反応を見せたり、リアクションをしたりしていない。ただ目だけは忙しなく微かに動かして、希乃とオオタカの違和感を探している。


「私が届けたものでロケットペンダントなんですけど、まだありますよね?」


「まずは届けた日付と名前を教えてくれる?」


希乃は言われるままに聞かれたことを言うと警官は「ちょっと待ってて」と言って窓口の奥に引っ込んだ。

なにやら座る上司のような人と話しているようで、チラチラとこちらを見ている。


「なんだ随分と平和ボケしているんだな、ケイサツとやらは」


「いいことじゃないですか? 犯罪はない方がいいに決まってます」


「今ここも安全ではないと言ってもか?」


物騒なことを言うオオタカに希乃は眉を顰めざるを得なかった。


「まさか、何か起こすつもりですか?」


「いや、俺は何もない。ただな、仮にもケイサツは暴力を独占している軍隊のようなものなのだろう。果たして、緊張感のかけらもないのはどうなんだと思ってな」


そんなこと言われても、と希乃は思った。

見る限りでは、警察官の反応はこちらを疑っているようにも感じていた。希乃が後ろのオオタカを気にし過ぎて空気に敏感になっているからかもしれないが。

戸惑った希乃は上司らしきに話していた警察官が隣の部屋に見えなくなったところでやっと答えを出した。


「異人を知らないから……じゃないですかね」


おそらく、ここで公表されれば世の中は混乱するし、今の生活は確実に変わる。立ち入れなくなった場所が多くなっても元の生活が続いているのは一重に一部の人間が働きかけているからだ。


「遅かれ早かれ知ることになると思うがな」


オオタカは鼻を鳴らして窓口から壁に貼られたポスターを眺めだした。

しばらくして、警官が戻ってきた。


「これかな、当理さんが拾ったのは」


見せられたのはクリーム色の卵型の装飾、この地球にあっても違和感のないデザインをしている。

そして、付箋に書かれた日付と拾った場所、確かに希乃が拾ったものだった。


「ただ、拾い主のものになるまでは三か月なんで、まだ当理さんのものになるには……」


「……これは俺のだな、ああ、コレクションの一本だ」


オオタカは他の誰かに許可を得る前にロケットペンダントを素早く手に取ると、ロケットペンダントの状態を見た。目は据わり、瞬きもしていない。

垂れ下がる鎖を見て希乃は、やっぱり地球のものではないと気付いた。細い鎖は男がつけるものにしても長く、希乃がつければ鳩尾まで届きそうだ。

すると、外見を見終わったオオタカは小さいボタンを押して装飾部分を開けた。

希乃が背伸びして覗き見るとそこにあった写真だ。異形の姿に変身していない二人組の人型が凛々しく並んでいて、どこか格式がある写り方をしている。

なるほど、と希乃はロケットペンダントの良さを理解した。ああやって中に大切なものをいれるらしい。


「よかったですね!」


一つでもコレクションが見つかったのは朗報だ。希笑いかけたが、凝視するオオタカの耳には入っていないようだ。

オオタカが装飾にはまった写真を触れたところで、若い警官が後ろを見ていた希乃に声をかけた。


「それならこれも、彼のですか?」


「……これも?」


希乃が聞き返す間もなく別のロケットペンダントが三本、警察の手で窓口から出された。装飾に使われる色が違うが、装飾の形から鎖まで希乃が拾ったものと瓜二つだった。


「「……なっ」」


あっさり出てきた三本に、希乃も、ロケットペンダントを確かめていたオオタカも息を飲む。

その内の一本がこれでもかというくらいに傷ついていた。

オオタカが今度はそれを分捕るように焦った手つきで取る。すでにすり傷だらけの装飾に気にすることなく、一番に装飾を開けた。


「こ、これってどこにあったんですか?」


「これは……ここと、ここと……」


貼られた近所の地図が差されたのは希乃が拾った場所はまばらで法則性もなく、付箋に書かれている日付も全てずれていた。

そして最後に拾われたペンダント――、オオタカが目を真っ赤にして見ているそれの付箋には希乃が攫われた翌日の日付が記されていた。


「そういえば、さっきの人もその落とし物で同じ反応していたな」


奥で上司らしき警官が眉を傾けながら、そう若い警官にたずねる。

聞き逃さず、希乃は体を乗り出して若い警官に詰め寄った。


「は……え、このペンダントを探していた人がいたんですか!?」


「あ、ああ、身分証もなくて、話が通じなかったのでおそらく外国人だったんだけど……」


警官が余計な事を言ったその瞬間、オオタカの目が血走る。歯も軋み、頭に血が上っているのが傍からでも分かった。

オオタカは窓口に無防備にしてあったペンダントをまとめて取ると、警察署の出入口へ早足に出ていった。


「あ……、ちょっ」


あれほど念を押したにも関わらず、問題が起こってしまった。

若い警官が「おい、止まれ! おい!」と叫んでも制止は聞いていない。希乃は駆け足で後を追い、雨を凌げる警察署の軒先から外に出る寸前でオオタカの手首を掴んだ。


「ちょっと、戻ってください。どこ行くつもりですか?」


「決まってるだろ! そのガイコク人とやらを探す! ひよっこは引っ込んでいろ!」


オオタカは腕を力なく振り、希乃から逃れた。小ぶりの雨が降る空模様の下へ出ようとしているが、しぶとく希乃がまた反対側の手首を、今度は力いっぱい自分の体重をかけて引っ張った。


「まだ書かないといけないものもあります! 今行くのはまずいです!」


「喧しいぞ、ひよっこには関係のない話だろうが!」


いともたやすく、希乃を突き飛ばす。興奮状態のオオタカは意に介してもいない。

ここで希乃の背後で警官が他の警官を引きつれて叫んだ。


「おい待て! その子に……」


尻もちをついた希乃が警官の声に咄嗟に振り返るが、オオタカは構わず軒下からジャンプして飛び出す。

気を取られた希乃がもう一度オオタカを見た次の瞬間、今日も来ていたスカジャンの袖がぶくぶくと膨らんではじけた。


(あ……やばい!)


希乃がすぐさま立ち上がり、今までにないくらいに地面を蹴った。滑りそうになるローファーをこらえて、変身したオオタカの体に飛びつく。

警官が玄関を出たときには、オオタカは翼で曇天へ羽ばたいていた。


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