2-12 サンプル・リターン①
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オオタカの依頼を受けた翌日の朝、希乃はいつも通り地下鉄に揺られて学校に向かっていた。
平日、さらに昨日の夜から雨が降っているせいもあり、空気に質量が持ってしまってなにか悲しいことが合ったわけでもないのに居心地が悪い。
しかしその空気を他所に、ドア近くの手すりにつかまって希乃が考えていることは、昨日のオオタカの探し物についてだった。
ロケット、正式にはロケットペンダントと言うようだが――、鎖の先についた金属の装飾品が入れ物になっていて、写真や薬といった小物を収納できるようだった。
そのペンダント、希乃には気になっていること……いや、どこあるか心当たりがある。
希乃はそれらしきものを一度見たことあったのだ。
(もしかして……けど見間違いだったらな)
ロケットと聞けば、希乃が真っ先に思い浮かべたのは宇宙に飛ばす方のロケットのことだった。首にかける方とは露ほど浮かばず、わかったときにはこの心当たりを言うタイミングを逃してしまったのだ。
ロケットが少しでも写っているもの一つでもあればよかったものの、それすらもオオタカは持っていなかった。
オオタカがロケットの造形を言葉で言っても、希乃には今一つ想像しきれないのである。
(コレクションって言ってたし、そんなものなのかな?)
オオタカが言う限りでは形見で、ボロボロらしいけど……。
それにこれはオオタカの盗品が取引されたという推測から外れる。
確信もない、希乃が見たときは他エリアのものだと認識もしていなかったことに加えて、二か月前のことでペンダントのデザインを言葉で伝えるには曖昧というのもある。
だが、もしオオタカが探しているものであれば、その盗品はおそらく誰の手にも行かず無傷の状態でこの依頼は解決できる。
(けど、行くにしてもこれから学校だし……、雨本格的に降らなければなぁ)
希乃が考え込んでいると車内のアナウンスが希乃の降りる駅を知らせて減速に入った。
停まった駅は二か月前に駆け回った砂洋駅、希乃の乗り継ぎ駅でもある。降りて通勤通学中の人間が作った流れに沿ってコンコースを進む。
いつも見ている同じ制服が混ざる群衆と、乗り継ぎ駅までの風景。見逃しそうな日常であったが、通路の先でポスターの貼られる案内掲示板の前にいた傘を持たない女性に目が吸い寄せられた。
服が肌に張り付くほどびしょびしょに濡れているのだ、希乃のほかにも視線を向けている人もいる。
……ここ最近の希乃は目についた人がことごとく知り合いであることが多い、遠目で見えた時点で予感はしていた。
そしてそれは当たっていた。
「あは、奇遇だね」
マーネの友達である飯島栢が登校中の希乃を見るなり手を大きく振ると、希乃はピタリと足を止めた。
栢は濡れた服を不快に感じていないようで、顔は心浮かれて紅潮していた。
「お、おはようございます、そ……」
「おはよ! ノノちんはこれから学校かー、うんうん!」
濡れた格好を希乃が聞く前に、頷いた栢はぴょんぴょんと歩き始める。
その進行方向は希乃の乗り継ぎの駅だった。
「栢さんも同じ方向ですか?」
「そだよ! これからマネちんと待ち合わせだし、それまでヒマだしさ」
いつもよりも数段階テンションが高い栢に従い、希乃も登校を再開する。
希乃と栢、二人が乗り継ぎの駅のホームに着けば降車口の前には四列に並び、乗り込めばさっきよりも居心地よりも悪い乗車になった。
最後尾に並んだ二人は座れず吊革に手をかけると、先に栢が何気ない口調で希乃に話しかけた。
「そえば、ノノちんはあーしの財布とか見てない?」
「見てないですけど……、もしかして落としたんですか?」
「そーそーマジ最悪でさ、電子マネーもめんきょしょー?も全部なくなっちゃった、ちょーウケるよね!」
「えー……」
現在身に起きている不運を笑っている栢に、希乃はもとから近い彼女との距離を少し離した。
自分の大事なものをなくしたのに気にかからないのだろうか?
本気で探すつもりはないようにも見えるが、栢は異人だ。昨日の出来事を体験して、落とし物一つでどんな不利益が起こるのか想像がつかない。
「悪用されたら不味くないですか? 落とした心当たりとか」
「あはは、昨日は雨降ってテン上げだったし、たぶんそのときかも!」
どうやら栢のテンションは沈まず、このまま来ているらしい。それも濡れた服のままで。
希乃が栢の行動を理解するのを諦めて少しだけ落とし物について考えを巡らす。そうすれば自ずとすべきことはすぐに思いついた。
「警察に行ってみたらどうですか?」
「ケーサツ? もしかして、軍隊さんのこと? なんで軍隊さんの名前が出てくるん?」
「そこまで仰々しいものじゃないですよ、警察署の窓口に行けば落とし物届けをやってますからそこに行ってみたらどうですか?」
できることなら同行した方が良さそうだが、希乃は学校で、栢はマーネとの待ち合わせだ。
栢は良いことを聞いたと本当に鱗を落としそうなくらい目を大きくし顔を近づけた。
「そマ! 軍人ってそんなことまでやってんの!」
「は、はい、って言うより割とここじゃ当たり前ですよ」
希乃は驚きつつ言うと、栢ははにかんだ。
「いーや? あーしまだ来て日が浅いし、3の地球のこととかさっぱり、あはは」
希乃にとってこれは意外だった。女子会や他の会話を思い返しても、長い交友関係だとてっきり思っていたが、つまりはマーネと知り合ってから日も浅いということだ。
そして、地球に“3の”と付け加える彼女もやはり異人だと、改めて希乃は実感する。
そうこうしている内に次の駅のアナウンスが入った。希乃の学校前まではあと二駅、ここで栢がもたれていた吊革から手を離した。
「じゃあ、あーしここで降りるから、ノノちんも学校ガンバ!」
「あ、はい」
ここに乗っている人間と変わらない容姿で、栢はついさっきと同じように大きく手を振る。
希乃が胸の前で小さく手を振り返すと、栢の姿は降車する人達であっという間に紛れてしまった。




