2-11 ラーフ
◇
オオタカは俯きながらソファーに座る。
ここの長である詩ノ崎は検査に使った器具と薬品をしまうとリビングを出ていき、希乃とルルもこそこそお喋りをしながらキッチンにいるようだ。
誰もいないこの時間、上っていた頭の血は降りてきつつも、内心ではまだ苛立っていた。
(くそ、何をやっている俺は!)
オオタカの目的は喧嘩をするためではない、盗難品を取り戻すことの一点だけだ。
盗難に遭ってからの二か月、犯人に当たりをつけて調査をして、関連する情報も他所から買った。
しかし、それもすぐに限界を向かえた。土地を管理している財閥はこの盗難を汚点として事件のことをなかったことにしたのだ。
かと言って、故郷から持ち込んだ品の一つであり、中でも一族から託されたものを使ったのではなく盗まれたとあっては見せる顔がなく、同業者からの協力もできない。
そこで奇妙な話を小耳にはさんだのだ。なんでも他エリアの物品を売るリサイクルショップで、異人の頼みを聞いてくれる物珍しい店長がいるだとか。
しかも、二か月前の過激派の組織の壊滅に一枚噛んでいるという噂も。
査定は口実。報酬を持って行ったのはその店長である詩ノ崎の仕事ぶりを見たかったからだ。依頼を聞いてくれるとはいえ無能であれば意味はなく、本当の物の価値がわからない輩にも頼めない。
だが実際に行ってみれば聞いていた通りの実直の言葉がよく似合う漢だ。信頼に値する……はずだった。
(なぜだ、あれは錯覚……いや紛れもなくあれは……)
肌が粟立つ感覚がよみがえる。
いついかなるときでも外したことがない視角から得られた第六感は間違いなく警鐘を鳴らしていた。
だから、オオタカの懐疑心は自分の信じてやまなかった感覚だけでなく、検査を主導した詩ノ崎にも向いていた。
(どっちだ? もう一度見ればわかるのか?)
キッチンにいる希乃とルルは見るからに非戦闘員。詩ノ崎が席を外している今なら傷が癒えていない身体でもカルネのいる三階まで強行できる。
自分の疑問に決着をつけようと、両手を両膝に乗せる。
――ガチャリ。詩ノ崎がタイミング悪く戻ってきた。
「……なにしようとしてんだ?」
「いや……俺のコレクションはどこかと思ってな」
咄嗟にでた回答にしては上出来。オオタカは座り直すのを装って仕切り直すと、詩ノ崎が少しこちらを訝しむ様子を見せながらもテーブルにドカッと紙の束を置いた。
「お客様の大切なものだからな、鍵付きの場所に厳重に保管してるよ、あとネックレスもな」
「手出しは……」
「してねえよ、自分で落としてるみてえだから中身はあとで確かめることだな」
詩ノ崎の表情は読めないが、長の仕事ぶりには信頼できる、おそらく本当だ。
それにしても、オオタカは自分のコレクションよりも詩ノ崎が持ってきたものが妙に気になった。クリップ一つで留められた紙の束、全部に目を通すのに一苦労しそうな分厚さでざっと見て百枚はありそうだ。
詩ノ崎はそれにトントンと指先で叩いた。
「んで、ここからが本題だ。ここにお前が依頼していた二か月分の天倉と本店の買い取りのデータが書かれてる」
しおらしくなってしまったオオタカは目を見開いた。
まさかの自分の求めている物が手の届くところまで……、というよりここにきて依頼の話がまだ続いていたことに驚いた。
そこに詩ノ崎は「ただ」と付け加える。
「当たり前だが信用問題になるからな、個人にこの中身をそのまま見せるのはいくら積まれても流石にできねえ、だから条件付きだ」
一瞬期待したが、やはりそうか。
自分のやったことが正義のためであっても、無実と一度でも認めた異人を襲った事実には変わりはない。
弱気になっている姿は見せず、オオタカは首を前に伸ばし眼を見開いた顔を詩ノ崎に少しでも近づけた。
「なんだ?」
「探し物と連絡先を教えてくれ、探し物さえわかればそのデータだけ見せてやる」
「……はぁ? いや……はぁ?」
拍子抜け。また一から、いやマイナスからの再スタートすら切れずにエリア5に帰されることも覚悟していたオオタカはそもそも自分の依頼を受けるつもりである詩ノ崎に唖然とする。
「お前が慎重なのはわかる……わかるけどな、こっちに頼む以上は信用してもらわないとこの仕事は成り立たねえんだよ」
そんな詩ノ崎が数えるように二本の指を立ててみせた。
「今重要なのは何を探しているのかと、依頼人とコンタクトをとるための連絡先。これが最低限必要な情報と最大限の譲歩だ、これ以上は折れねえ」
ここで首を横に振れば、困ることになるのはオオタカだけ。糸口である天倉との繋がりは断たれ、暴力沙汰が示談で終わったとはいえ後に財団に漏される可能性だってある。
つまり詩ノ崎は暗に天倉のお客である以上は契約すれば秘密を守ると言っているのだ。
「……拒否権なんてものはないのか」
まだ取り返すチャンスが残っているのと同時にエリア5への送還を詩ノ崎に握られている知ったオオタカは首を縦に振った。振るしかなかった。
詩ノ崎が頷き返したところで、要求を飲んだオオタカのもとに新しい麦茶が希乃とルルの手で出される。
目の前の飲み物を見てオオタカは喉が渇いたと気がついた。それと同時に自分の肩の荷も下りたことにも。
オオタカは気を持ち直すため喉の渇きを我慢していると、希乃が視線をオオタカから外してからはばかりなく聞いてきた。
「あの聞きたいんですけどいいですか、“ラーフ”ってなんですか?」
一度隣に小さく座るルルを見るからに質問の代弁らしい。
オオタカは右腕を肩の高さまで上げると、ふっと力を抜いた。
柔らかい肌に覆われた腕の面影はなくなり、羽根が一斉に生えた。一見変化に何の予兆もなく、希乃とルルはぎょっとする。
「浮人の勇敢な空の戦士のことだ……負けて形無しだがな」
腕を下せばあっという間に翼が引っ込み、ひらひらと抜けた羽根がソファーに落ちる。
希乃は膝元まで舞ってきた羽根を拾い上げると、その名を呟いた。
「ラーフ……、私初めて聞くんですけど、浮人って種族なんてあったんですか?」
「獣人ほどじゃねえがな……エリア5がどんなところかは知っているか?」
詩ノ崎の問いに希乃は首を傾けるが、ルルがもじもじしながらも希乃の背中から片目だけを出して答えた。
「たしか、九割が水しかない世界。地面は少しだけで、珍しい石が、採れるところ」
「……輝人の割にしては知っているじゃないか」
「円周の故郷でも、他エリアの特徴を教えられるのは、常識」
流石は初めて他のエリアと交流を始めた異人の出身なだけはある。よく教育がいきわたっていることだ。
それと比べてまだ発達途中のエリア5の人間としてオオタカは鼻を鳴らした。
「ま、正確には九割五分が海だがな、知識は正しく覚えないといけないぜひよっこ共」
希乃はタジタジに笑い、ルルはなぜかあまり意に介していないようだった。
そこに詩ノ崎が自然に説明に入った。
「住処が空と海で二分されてんだ。こいつはその空に住んでいる“ラーフ”、海に住んでいるのが“ネーヴィ”って呼ばれてる。希乃がよく相手してるのはその“ネーヴィ”だから知らねえだろうな」
「なるほど……」
「しかも、ラーフはエリア5の防人だからな、余計に来ねえ。よっぽどのことがないとな」
こちらを見て目を細める詩ノ崎にオオタカはたじろいだ。
「リサイクルショップの長にしては詳しすぎじゃないか、さっきの薬品といい、どこまで知ってんだ?」
「仕事だからだよ、他エリアの知識はあるに越したことはねえだろ」
知識としてあってもおかしくはないが、纏う視線がそれ以上になにかに勘づいているようにも感じた。
探りを入れた方がいいか、オオタカは頭を巡らせていた一方で、全てを聞いた希乃は納得顔になった。
「ネーヴィもこういう風に、ラーフみたいには変身はしないですけど、シルエット変わりますもんね。そう考えると同じ浮人……」
「おいおい、下海に住む奴らと一緒にするな」
ラーフとネーヴィは同じ浮人であるが仲は良くない。
ラーフからすれば陸よりも下に棲む根暗な人間であり、ネーヴィからしても空で偉そうにしているいけ好かないと互いを嫌い合っている。
生態がほとんど違うのに同じ土地に住んでいるおかげで一緒くたにされるのが、双方にとって文句を言いたくなるほど嫌なのだ。
「まあそのネーヴィが云云は今はいいだろ。それよりも依頼の話だ、一体なにを盗まれたんだ?」
詩ノ崎に話を戻されたオオタカの胸から忌避感がこみ上げるが、抑え込み言葉を絞り出した。
「俺が盗まれたのは……ロケットだ」
「……ロケット?」
希乃は目を白黒させる。彼女はほんとに知らないことが多いらしいと、オオタカは希乃に目線を入れる。
「知らないか? 首に下げるアクセサリーのことなんだが」
「もしかしてネックレスですか?」
「いやペンダントのことだな、ほらこれ」
まだピンと来ていない希乃に、詩ノ崎が仕事用のスマホを使って助け船を出した。
ネックレスのような細いチェーンに装飾品がぶら下がっているアクセサリー。見せられた画像には装飾品として卵型の球体がついており、まさにオオタカが探しているものと同じ形態であった。
「へぇこういう……うん?」
画面を覗く希乃の表情が僅かに曇る。
オオタカはそれを機微に感じ取ったものの、追及することはなく詩ノ崎が顔を上げてオオタカに尋ねた。
「たしかコレクションって言っていたな、何本盗まれたんだ」
「全部で八本だ。大きさ形は同じだが色が違う」
「それら全部の出どころを探せ……ということか」
「違う」
オオタカのはっきりとした否定に詩ノ崎は理解をしていた顔の眉をひそめる。
「一本だけでいい、擦り切れだらけで価値としては落ちたものだがあれは……形見だ。あれだけは他人の手に渡ってはいけないものだ」
オオタカが感じていた忌避感が徐々に消えていき、逆に抑え込んでいた言葉が反動であふれる。
いつも通り抑え込もうともさっきの肩の荷が下りて気が緩んでしまったことでそれもかなわない。
三人がオオタカの言葉に聞き入っている中、オオタカの動く口のブレーキは効かせることができずに遂には自分から頭を下げた。
「虫が良いのはわかっている。だが……もう頼る手段がないんだ、頼む」
「……わかってるよ。だが、残念だがこのリストにロケットの名前はねえな」
ここまでして空振りに終わってしまいオオタカはすとんと力が抜けて項垂れる。
すっかり猛禽類の威圧は鳴りを潜めていて、豪語していたラーフの勇ましさは見る影もなくなってしまった。
しかし、詩ノ崎は頭を掻いてから言い難そうに言う。
「そう落ち込むな、うち以外にならあてがある」
「……本当か?」
「ああ、多忙な奴でなアポ取っても時間がかかんだよ……欲しいものが必ずあるとは言い難いが聞くだけ聞かないとな」
オオタカは呆けた顔でまだ手を残していた詩ノ崎を見る。手には希乃に見せていたスマホがあり、オオタカに電話番号の画面を見せた。
「というわけだ。約束通り番号残せよ」
「……うっ」
聞いた瞬間にナーバスな気分のオオタカは周りに聞こえるほど呻く。
それでも拒否ができないのはわかっている、震える手で自分の番号を書き、苦虫を噛んだような顔で渡した。
「そんなに嫌か?」
「こんなことでもなければな」
例え詩ノ崎が信頼に値しようとも、オオタカには個人情報を預けることの不安はまだ拭えなかった。




