2-6 女子会3:1
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オオタカがやってきた翌日の放課後。
授業から解放された生徒がまばらに出ていく校門で希乃は立ち止まった。
バイトが休みでも天倉に寄ろうかそのまま帰ろうかの二択を考えていた矢先、視界に入った三人組に見覚えがあった。
「ど、どうしたんですか?」
学校帰りの希乃を待っていた三人――、マーネ、栢、和奏は明らかに周りから浮いていた。規律のとれた制服の中に乱した私服があればそうなるだろう。
昨日は出勤前に会ってはいるが、わざわざ学校の授業終わりに会いに来たのならば何か重要な案件だろうか……と、希乃が思ったのはマーネの顔つきがいつになく神妙であったからだ。
だが、第一声はマーネではなく、とびきりな笑顔の栢だった。
「ノノちん、女子会しよう!」
「女子会……?」
唐突な誘いに傍にいるマーネを見たが、無情にも首を静かに横に振った。
「私を入れて、ですか?」
「そだよー!」
栢の艶々と磨かれた黒のマスカラをした指先が希乃の頬をつんとつついた。
「あーし、まだノノちんと交流してないしー、昨日バイトみたいだったけど、今日は休みっしょ?」
「たしかに何もないですけど……」
「なら、行こうよ! いいでしょ!」
距離が近い。
顔見知りだけの栢に希乃が若干たじろいだところで、一歩後ろにいた和奏が見かねて栢の肩に手を置いた。
「ごめんね、別に断っちゃってもいいよ、こいつが強引なだけだから」
「そんなこと言わないでよ!」
「一方的なのはよくないでしょ、花の女子高生なんだから用事があるかもだし」
「あの、私は構わないですよ。ちょうど時間もありますし」
戸惑いこそはしたものの、時間を持て余していてきっちり断る理由もなかった希乃。断りそうな流れからもらったオーケーに「ほらー!」と栢の反応は速かった。
和奏に喜ばしい顔を見せた栢に和奏が肩から手を離す。
「ほんとにいいの?」
「はい、帰ってもやることないですし。マーネさんもいいですよね?」
「……ん」
希乃が急にマーネに話を振ると、心配になるほど静かに首肯する。よくマーネを見れば目の下に淀んだ隈は見えないが化粧がいつもより不自然に白く厚いようにも感じる。
希乃が触れた方がいいかと声をかけようとしたが、マーネが栢を見下ろす。
「それで場所はどこにすんの?」
「これから考える!」
行き当たりばったりな女子会だ、栢はなにも飾り気のないライトブルー単色のラバーケースをつけたスマホを取り出した。栢の身振りはせわしくなくはあるのに動かす指の動きはぎこちない。
希乃の思ったより時間がかかりそうではあり、マーネが煩わしそうに希乃を見る。
「すぐに決まんないならさ、ここ移動しね?」
マーネの目線で希乃はふと周りを見渡すと、その言葉の意味がわかった。
通りがかる生徒全員に注目を集めていたのだ。ある二人組の男子生徒は二度見して釘付けになり、女子生徒からもまた別の視線をもらった。その中に自分のクラスメイトの姿を見つければ、希乃の落ち着きつつあった心の内もまた荒れる。
「そ、そうですね。移動しながら考えましょう!」
「えー、けど歩きスマホはだめっしょ?」
砕けた言動や溶け込まないような服を着ているのに、栢の口からでたのは正論。
(そうだけど……! そうなんだけど!)
なぜかここだけ律儀な栢に希乃はぐうの音も出せない。
「でたよ、律儀ないい子ちゃん」
「マナーは守んないと、ほらノノちんも調べてよ!」
一分一秒早く、この場立ち去りたい希乃はスマホを出すのもためらう。
そして、周りを気にしながら考えついた回答を希乃は苦し紛れに出した。
「それなら私いい店知ってます!」
「え、まじ? ノノちんおすすめとかどこ!?」
「それは……着いてからのお楽しみ……です! 早く移動しましょう!」
顔が赤くなるのを自覚しながら早く立ち去ろうと三人組より歩幅が広くなる。
実際、希乃が思いついたお店は異人を連れるにはぴったりで、何度も出入りして勝手を良く知るところだ。
ただ一つ、懸念事項はあったが。
……
…………
………………
「やあやあやあ! いらっしゃい、いらっしゃい。奥本飛翔の喫茶店へ!」
「「「…………」」」
希乃を見るや否や、仰々しくなった奥本飛翔との間に空白の時間が生まれてしまう。ただ、栢だけは「おおー-!」とテンションに火を灯すようにリアクションしただけで完全にしらけはしなかった。
希乃の懸念事項……、それは彼を毛嫌いしているマーネの反応だった。
「……ねぇノノ、何でここにしたの?」
「……ごめんなさい、ここしか思い浮かばなくて。ここ以外だったら猫カフェくらいしか自信もって紹介できなかったですし」
「あたしはどこでも良かったんだよ。メッグでも、コーヒーならムンバでも。でもよりによってここって」
この店を選んで気が差している希乃の横で、マーネはげんなりしてその場でしゃがみ込んだ。
「けどここなら、話したことはここなら漏れないですし。結構いいところですよ」
「知ってる、あたしも行ってるし。けどそれノノが客じゃないときでしょ? つまりさ……」
いつの間にか目の前まで近づいていた奥本が、希乃の手を彼の肌荒れのない両手で握った。
「当理さんありがとう! まさか、手伝いだけでなくお客を連れてきてくれるなんてやっぱり当理さんは僕の店の女神だよ!」
「うるせえ! おめえの店じゃねえだろ……、くそ」
確かにマーネの言いたいことがわかった。
店の壁は木目が良く見えるし風景画が飾られている。夕方に近いこの時間、おしゃべりに来る人もいれば黙々と読書をする人、各々がゆったりした時間を過ごしている。
温かみをもつ木々と、コーヒーの芳香が希乃のさっきまで荒れていた心を落ち着かせていた。
「さぁさぁさぁ中へどうぞ、四名様ご案内です!」
けれども、すぐさま居酒屋にいるかのようなよく通る声がせっかくの雰囲気を台無しに。
「いつもこんなことやってないのに……」
手伝いで勝手を知る希乃は、四人席に着くとぼやいた。
せっかく刺さる視線が痛くて逃げてきたのに、店内にいるお客からも注目されては希乃も俯いてしまう。
まだ立ち直っていないマーネも詩ノ崎に似た深い深いため息をついた。
「ま、とりま。メニュー選んで忘れよ。付き合わせちゃったしあたしが出すよ」
「いえ、心配には及ばないです、私が行きたいって言いましたし」
「遠慮すんな。女子会の発端、あたしが言ったことだし」
希乃の隣に座るマーネが茶革のメニューを開いて、向かいに座る栢と和奏に見えるように逆さに置いた。長期休みの間に手伝いをしていた希乃は暗記している内容だった。
まもなくして飛翔が水を運んでくると、マーネが飛翔の顔を一切見ずに注文する。
「あたしはタピオカでいいや、栢は?」
「あーしも!」
メニューに目もくれずに頼む栢に、和奏はトンと軽く差し示す。
「アイスラテにする」
「私はケーキセット、ホットで」
「なにそれ! やっぱあーしもそれ!」
「かしこまりました! ほかにご注文は?」
栢のメニュー変更を打ち終わると、希乃が三人に聞いた。
「あのトッピングは?」
「トッピング? なんそれ?」
「ドリンクにつけるものです、こちらにございます、宜しければ番号でお伺いします」
飛翔がメニューのページをめくると、最後の一ページに番号と違うメニューが載っている。そこには言語が渋滞して一種のアートのようだった。
書いてある文字の羅列、トッピングの正体は他エリアの物質だが、地球に害を与えない合成物質であり、働いていた希乃にも番号で伝えられるため中身がどんなものかはわからない。
実際、知っていたマーネは答えられた。
「あたしはいい、味変わんの嫌だし」
「わたしも」
だが、ここまで行き当たりばったりなりつつもはっきりと答えていた栢が少し唸る。
「うーん……じゃー、あーしもやめとく」
奥本は満足気に「かしこまりました」と落ち着いた言動のあと、スキップのような軽い足取りでレジ奥に戻っていった。厨房から元気な声が聞こえてくれば希乃は苦笑いして、マーネはむすっとした表情のまま。
そのあと、奥本がやってきて注文されたものをテーブルに並べられた。
「ありがとうございます」
「いえ、当理さんですし……、あとお代は結構ですから」
マーネがミルクティーからのぞく氷と黒い玉の入ったグラスを両手で持って言った。
「やった、ラッキーじゃん」
「ほんとは当理さんだけなんですが僕自身、マーネさんにも大きな恩がありますので」
澄ました顔をした奥本に、マーネが豆鉄砲を食らったような顔をする。
「はぁ? あたし何かした?」
「いえ覚えてないなら結構です。それではごゆっくり」
ニコリと四人にいつもの笑顔を見せると奥本は今度こそ普通の業務に戻った。その姿を見送りながらマーネはズズズとタピオカをすすっていると、栢がいち早く食いつく。
「なになに、ラッキーだけどなにかあったの?」
「さぁ、あたしはさっぱり……ノノはわかる?」
「まぁ、たぶんですけど」
ぼかして、希乃はコーヒーに口をつける。
希乃が思い当たるのは静関公園でサソリに追いかけられたときだろう。奥本がルルの代わりになって吹き飛ばされたのだが、そのときに受け止めたのがマーネだった。希乃が捕まってパニックなる寸前だったが、そのときの光景をなぜかよく覚えていた。
「えー? いいじゃん教えてよ」
「だめです、秘密ですよ」
ただこのことは目の前の二人の耳には入れられない、言わずもがな触れてはいけない事例。これ以上言及されるのを嫌がって希乃は栢の手元に目を向ける。
「それよりもせっかく来たんですから食べましょう、ここのケーキ甘すぎなくて好きなんですよね」
希乃はコーヒーと並べられたフルーツケーキにフォークを入れる。むかれた大粒のミカンとともにケーキを一口大にして入れたところで、栢が「うげっ」ととんでもない声を出した。
「苦っ! なにこれ毒でも入ってんの!?」
マーネが甘ったるいものを飲んでいるにも関わらず、苦い顔をする。
「栢、あんたまさかコーヒーって何かもわかんないで頼んだの?」
「だってノノちんが飲んでるんだよ、あーしだってこんくらい……」
大人の味を飲む希乃に触発されたらしい栢に、和奏がメニュー立てのそばにある砂糖の小瓶を近づけた。
「苦いなら無理しないで砂糖使いな」
「うーん、やむなし!」
栢が砂糖を加えて、一口目よりも少なめに口に入れると「甘―い!」と叫んだ。
「よくこれなしで飲めるねノノちん。もしかして胃袋、鉄でできてる?」
「大げさですよ」
少し笑った希乃は、ケーキをまた一口運べば残りは半分。
実際、希乃の体は外側よりも内側が頑丈であり鉄の胃袋どころかブラックホールとも形容できるほどだった。
薬を投与しようが効き目がなく、輝人以外には火傷と似た症状を出す“聖水”でも辛いと味の感想だけで済んでいる。
だから、希乃としては自分の体について予想がついた。
(きっと毒物でも大丈夫そうなんだよね……、ためしたいとは思わないけど)
頭の片隅で呟いてコーヒーに口をつけた。
すると、マーネがなんともない口調で希乃に話を振った。
「そういえばあれどうなったの?」
「あれ、ですか?」
「査定よ、あのむかつく奴の。断った?」
希乃は「あー」とさっきまで記憶から薄れかけていたあのお客の猛禽類の目つきを思い浮かばせる。
オオタカ、そう名乗った後に、詩ノ崎はぼやいていた。
「査定はしましたよ、ただ買い取るかは保留とかなんとか……。詩ノ崎さん相当頭抱えているみたいで」
期待外れの答えに、マーネは目を嫌そうに細める。
「はぁー、中途半っ端ね」
「独り言を聞いた限りだとお客さんから持ち掛けられたみたいですけど、何言われたんですかね?」
「あたしに言われても知らない。カイとはまともに顔合わせてないし」
今にも眠りそうなマーネはぼんやりとテーブルに肘をつくと、和奏が反応した。
「もしかしなくても、昨日来た客?」
「まぁね、ほんとにあいつ……、とっととくたばってくんないかな」
「マネちん辛辣! あの目つきは生まれつきなんだか大目に見てやんなよ!」
「別に目つきが問題じゃないの、態度の問題、あたしが店長が速攻で追い返してるわ」
ケーキを食べていた栢も会話に入ってきて、希乃が困惑して首を傾げた。
「なんでお二人は知ってるんですか?」
「知ってるも何も、わたしたちその場にいたから」
まさかの情報漏洩どころか現場にいた、和奏の返答に希乃は「えっ」と声を挙げる。
「だいじょーぶ! あーしらそこまで口は柔くないよ! この会話も、もちろん秘密だし!」
「はぁ……」
ケタケタ笑う栢に希乃は生返事する。この二人は希乃以上に知っていることもないだろうし、希乃も会議室での査定で何があったかもわからない。
だが、栢が身を乗り出してきた。
「それでここだけの話、あのスーツケースの中身なんなの?」
「さぁ……、査定するだけですしブランドものかもしれないですね」
希乃がごまかすと、マーネが気に入らないそうに否定した。
「どうせ他エリア関係でしょ、ブランドもなにもないんじゃない。見た感じ出身がエリア7に近い所っぽいし、あの客のことだし趣味が悪いアクセだと思うよ」
「アクセ! いいなあ! ネックレスだったら、あーし買いたい!」
「あんた今金欠でしょ?」
「それはそれ、これはこれだよ! 今この波に乗らないと置いてかれるじゃん!」
ついに腰浮かせるまで熱をあげる栢にマーネは「はいはい、来たらね」と軽くあしらう。
どうやらいつも明るいテンションの栢をさらに上げさせるのはアクセサリーの類らしい。
その中で、逆にテンションが低そうな和奏が平坦な口調で希乃に聞く。
「その詩ノ崎さんって、そういうの好きなの?」
そういうの、つまりアクセサリーのことを言ってるのだろうか。希乃は深く考えなかった。
「つけてるところは見たことないですね、Tシャツ姿しか見ないですし」
「ふーん、休みの日もそんな感じなんだ」
「カイの三大欲求死滅してんだから、ものを欲しがるってことなんてないない。着てるTシャツいっつもダサいし、煙草ないと生きていけないし、ね?」
「そうですかね……、あ、でも……」
容赦なく雇用主の悪口を言うマーネに希乃は濁すと、そのあとの言葉に詰まった。
なにせ詩ノ崎の思い立ちはしたが、それには何か理由があるような気がして口にするのを躊躇ったのだ。それに加えて、自分の思い付きで紹介したこのお店でマーネに我慢させたこともあったばかり。
不自然に言いよどむ希乃に、二人の視線も希乃の方に向き、栢は顔を覗き込んだ。
「どうしたん、ノノちん」
「いや、なにも」
希乃は咄嗟に右下に視線を逸らそうとしたところに、栢が猫なで声で言った。
「そんなこと言って気にせず言いなよ~」
「別に言いづらいことならいいよ」
聞いてきた和奏はすぐに引いたが、なぜか栢は続けようと手を合わせた。
「頼むよ! この片想いの幸せ者にご助言を!」
「……片想い?」
「ちょっと!」
聞き直した希乃の前で、和奏が拳をテーブルに叩いた。
大振りではないが、カップの水面が揺れていて、暴露された和奏の怒りの度合いを如実に表していた。
「あー和奏、どうどう」
「そうそう、めんご」
起きてなだめるマーネと、口先だけ謝る栢。希乃は冷や冷やしながら、反省の色が全く見えない栢に呆れ返ってしまった。
(やっぱり、栢さんにはあまり漏らさないにしないと)
だがまさか、和奏が詩ノ崎を慕っているとは。希乃はぼんやりと眺める。
マーネの友人である和奏、本名はまだ知らないほど短い間柄だが話す限りでは特別おかしなところはない、常識人の部類に入る。
(この人なら大丈夫だよね……? マーネさんの友達だし)
値踏みをしてしまった希乃は自分に嫌悪感を心中に込めながら、和奏にさっきまで迷っていたことを言った。
「和奏さん、たぶんですけど腕時計ならどうですか?」
「腕時計……」
「もしかしたらですよ、持っているのいつもつけてる十年前にもらった一本だけみたいですし、あったら喜ぶかなと思いまして」
「…………」
ボロボロで今にも針が止まりそうな腕時計。詩ノ崎が唯一つけているアクセサリーだが、あれは詩ノ崎がリサイクルショップを始める前から使っているという年季ものだ。
物を動かなくなるまで使い潰す使う詩ノ崎、けどもらったものは必ず使ってくれる。希乃はそう理解していた。
それを聞いた和奏が指を唇に当てて考えるように黙り込んだものの、それも一瞬で、顔を上げて微笑んだ。
「ありがとう、参考にするわ」
「はい、また何か聞きたいことがあれば」
女子二人の間の和やかな空気に、栢は目を爛々として希乃を見ていた。
ただその一方でマーネは違った。
「……余計だったかなぁ」
タピオカを飲み切ったマーネは聞こえないよう呟くと、立てかけたメニューをもう一度手に取った。
また来年もよろしくお願いします
良いお年を!




