2-4 二つのアタッシュケース②
「お待たせしました、ご案内します」
何食わぬ顔で出てきた詩ノ崎は待たせたお客を誘導する。裏では九十九を強制的に退去させ、急ピッチで掃除と消臭を済ませたのだ。特に難敵、九十九に当て身を食らわせるまでが待たせてしまった原因の大部分を占めていた。
お客はそんなことも露知らず待たされた不満もなく、詩ノ崎とともに二階に消える。
一方の手伝った希乃はカウンターからその様子を目で追い、そして胸を撫で下ろした。
安心してみれば、廊下の曲がり角からルルがこちらを覗いていた。
「……ルル、どうしたの?」
「大きい、お客さんが……、ちょっと変わってる」
「うん、そうだね」
それは同感だと希乃は頷く。
知らぬ土地に来た異人だとしてもあそこまで人間不信というのも珍しい。かく言う初めのころのルルは恐怖に感情が振り切っていたが、そのルルが言葉を続ける。
「けど、悪い人では、なさそう」
「……そう、かな?」
希乃は苦笑いをしてしまった。意外にもルルの感触は悪くないらしい。自分から噛みついたとはいえ、第一印象が威圧的だっただけにまだ悪感情が残っているのだ。
ルルは興味をなくすと倉庫に戻り、希乃も対応前にやり始めようとしていた仕事に戻ろうとした。
このままトラブルもなく進んでほしい。
そう希乃が願った矢先、すぐに詩ノ崎が一階に降りてきた。まだ、査定が始まって三分も経っていなかった。
「え、早くないですか!?」
「いや、資料取りに来ただけだ」
手には鑑定室の鍵とガラスの戸棚の小さな鍵が握られていた。
それを意味するのはアタッシュケースの中身は……、詩ノ崎は悩ましげに漏らした。
「ちゃんと査定してねぇからわからねぇが……、やっぱ専属鑑定士を呼び戻しておくべきだったよ、これは」
*
天倉による査定の値付けはネットが繋がっていれば行える。品物を穴が開くほど観察し真贋を見極めた上で、状態を見て、新品の値段やネットオークションの落札価格と照らし合わせることでつけられるのだ。
しかし、これはあくまで一般に出回っているエリア3の品のやり方。
他エリアの品であるならその枠にはまらない。
(うーん……、これも本物だな)
盗み見防止加工を施した極秘ファイルを黒の仕切り板の内側で広げつつ、タブレットの電源を入れたまま詩ノ崎はアタッシュケースの中身を吟味する。
特注サイズの白手袋を左手につけ、右手の懐中電灯を当てて観察しているのは他エリアの腕時計だ。裏ぶたにある品番は数字やアルファベットではなく、象形文字のような鳥と魚の絵がタコ糸の太さにも満たない線で刻まれている。それを見ただけで、詩ノ崎は概ねのどこのものかは理解できる。
チェーンベルトからケースまでの金属は金のような光沢を反射させ、レンズについた傷もない。
何よりどれも状態が良い。
黒のスポンジが敷き詰められたアタッシュケースに収められた十本の腕時計、全てに言えることだ。
「……よく手入れされている」
思わず口に出た詩ノ崎に、ここまで黙って監視していたお客は身を少し乗り出す。
「お、わかってくれるか」
「ええ、大事にされていたようで」
「そうだろ、やっぱりわかる奴にはわかるものだな」
すると、悦に入ったお客は詩ノ崎の右手首に巻かれたボロボロの腕時計に目線を向ける。
「あんたも良い腕時計をしている、エリア3で作れられたやつだな」
「お客様のものとは比べられないほどのものですよ」
「わかっていないな。俺が言いたいのはそこではない」
お客は謙遜ともとれる詩ノ崎を嘲笑する。
それでも詩ノ崎は構わず腕時計の査定を続けるも、お客は再び「なあ」と得意げに声をかけた。
「価値ってのは何で決まるか知っているか?」
詩ノ崎は一度手を止める。顔を上げると話したくてしょうがないお客の笑みに、詩ノ崎は話を合わせておくかと、間を開けて言う。
「……さあ、ものであれば他人によって決まるものでは」
「ほう、なぜだ?」
面倒だ、と思いつつも詩ノ崎はお客の腕時計を埋まっていない窪んだ黒スポンジに戻すと、自分の腕時計を外してテーブルに乗せた。
「例えば、この腕時計を売るとしましょう。ケースは擦り傷だらけでレンズは曇っていて、バンドも変え時なほどボロボロです。味があるといくら言ってもこれを置いても誰も見向きされるどころか、天倉では買い取らず引き取るか返すでしょう。それにこれをお客様は買いたいと思いますか」
「そうだな……、金は出さないだろうな」
「そういうことです、俺もお客なら買わないです」
詩ノ崎は外した腕時計を元に戻さずに邪魔にならないようテーブルの端へよけると、お客は不敵に笑いながら反論してきた。
「だが、それでも長がそれを続けているのは自分にとっては価値があるからだろう。だから俺はこう言う、価値は自分で決めるものだとな」
「はぁ、そうですか」
討論する気も起きない。お客が一方的に話しているが、適当に相槌を打って肯定していると、十本分の腕時計の査定は終了した。
ここまで一時間。価値がありエリア3に馴染みのないものほど、状態を確認するのに時間がかかる。
さらに二つ目のアタッシュケースがまだ残っている。
(こっちが問題だな)
最初の様子見のときに見えたのは、刺々しく石がへばりついたままの鉱石が三つもゴロゴロと転がっていた。一見すれば価値のないただの石ころと捨て置くだろう。
だが、次に開けたあの腕時計のあとではその偏見は捨てた。この鉱石は何か、詩ノ崎は手袋を履いた左手で慎重に掴み上げ、中心にある汚れた紅色の鉱石が見えると目を見開いた。
まさかエリア3でエリア5の原鉱を見られるとは思わなかったのだ。
(ヒイロ……だと)
今度は話しかけられないように心の中で呟いた詩ノ崎は、右手でファイルのページを何でもないようにめくる。原鉱も加工されたものも見たことのある詩ノ崎には見間違えることはないが、確認は絶対だ。
そして開いたページで確認するが、記述との食い違いは一つもない、本物だった。
“ヒイロ”は精錬すればダイヤモンドよりも硬く、マグマの中でも変形しない耐熱性を併せ持っている。その分精錬が難しく、もちろん天倉にそんな場違いな設備は持っていない。
だがエリア3のリサイクルショップの手に渡ることは万に一つもない希少鉱石。
だから、詩ノ崎はこの大きなチャンスとは裏腹に焦った。
(金庫にある金で足りるか……?)
事務室の机下に取り付けられた金庫の中身を思い出すが、ギリギリ足りない。リサイクルショップの買取金額が落ちるとしても、ヒイロが三つに加えて他エリアの腕時計ではそれほどに価値が高い。
さて、どうしたものか……。
鉱石を元あったアタッシュケースに戻して詩ノ崎は頭を悩ませるが、お客はそのタイミングで口を開いた。
「二か月前、静関公園の火災は覚えているか」
脈絡もなくされた質問に詩ノ崎は返事をすることができずにお客を見た。
「聞いた話によると過激派の異人が大暴れしたらしいじゃないか。にわかに信じ難いが、確かな筋がそう言っていた」
「……ニュースではそのようなことを言ってませんでしたが」
「そんなとこでは言わないだろ。……天倉の長よ、あんたは異人の味方なんだろ。俺らのコミュニティーでも話していたんだ、耳にしていないはずないんだがな」
詩ノ崎は釈然としないお客の目を見る。
財団や財閥との深いつながりを見せたくないのもそうだが、天倉はこの件には一切関わっていないと白を切らなければならなかった。
「さあ、俺たちはただのリサイクルショップですので、詳しいことはなにも」
「嘘はいけないな」
凄みが増したお客のサングラスの奥の瞳孔が色濃くなる。
それはこのお客が鉱石の産出地であるエリア5の浮人と決定づける証明だった。
「こっちはそいつらから被害にあったんだ、知っていることを話してもらいたい」
なるほど、どうやら売るための査定ではなく、依頼が目的だったらしい。




