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ノノノ越界奇譚  作者: 雨枝蒼
【スフィア編】
30/56

2-1 運転手の苦慮

お久しぶりです

また良ければ読んでいってください

 天倉の抱える問題の一つ、それは運転手が店主一人しかいないことだ。

 配達は週に四回、往復の移動時間も考えれば所要時間は最低でも二時間。つまり店の主はこの間、働いている異人(問題児たち)の把握ができずに店を空けることになる。

 不測の事態に陥らないように社員は二人いるが、一人は仕事の都合で不在、もう一人は連絡をわざとしない畜生ときた。

 そもそも平日の今日は当の社員は誰もおらず店番はマーネだけ。

 お客に失礼を働いていないか、預かった査定物を粗末に扱っていないか……。

 今日も詩ノ崎は、やきもきする心を落ち着かせるために煙草の先に火をつけた。縦に水摘の点線がついた窓をギリギリまで開けて、エアコンを全開にして外に紫煙を逃がしはするものの、買い換えて二か月の新車の臭いはすでに上書きされている。


「ふぅ……」


 けれども、たった一つだけ安心できることもある。

 吐いた煙の向こうにあるのは六階建てのマンション、その二階に目をやった。

 煙がなくとも雨粒で視界が薄く白に濁る中、外廊下の手すりから黒髪の頭がゆっくりと横移動し、インターホンの前に立ち止まる。

 頭が左右に揺れたと思えば、片腕を慎重に伸ばして、すぐに手すりの陰にひっこめる。

 小学生の背丈であろうとも片腕を伸ばせば届く高さ、試行錯誤するものでもない。しかし、彼女の手持ち上、そうはいかなかった。


「こ、こんにちは、天倉、です……」


 雨音で打ち消されかけているルルの細い声が詩ノ崎の耳に届くと、程なくして住人が顔を出した。友好的な笑みと穏やかな口の動きから、希乃と同じく可愛がられているのは間違いなかった。

 少しのやり取りのあとに両腕で抱えられた段ボールが受け渡される。その流れは滞りない。


「板についてきたな……ん?」


 設置されたスマホに浮かび上がるは“天倉”という文字。問題発生だと着信音がけたたましく詩ノ崎に知らせる。

 詩ノ崎はまだ長い煙草をドリンクホルダーにピッタリにはまっている灰皿の縁に置くと、通話ボタンを押した。


『もーしもーし、あたしあたし、わかる?』


「どうかしたか、マーネ」


『いやー、ちょっとメンドーなことがあってさー……』


 かけてきたマーネは気だるそうだった。

 確かに現状の詰め込み具合では申し訳なく思うがこれも仕事、シャキッとしてほしいものだと詩ノ崎はため息を押し殺す。

 それに、店内が少々騒がしい。いつも流している陽気なBGMではなく、耳に届くのは言い合いをしている喧噪。

 もちろん、詩ノ崎はこれを咎める。


「おい、店内で何が起こってる?」


『いや……まぁ、うん。それは一旦置いといてさ、電話したのはさ、配達ってあとどれくらいで終わるかなーって思って』


「あぁ?」


 妙な間とはぐらかしに詩ノ崎は疑いの目を向ける。

 ただ、それを問い詰める前に質問は答えなければ。振り返れば後部座席に積まれた段ボールは連なる山脈となり、リアガラスの半分を埋めている。まだ配達は始まったばかりだった。


「まだかかるぞ、少なくとも三、四時間はかかんじゃねぇか」


『いっかい切り上げんのも無理っぽい?』


「できないのはわかんだろ、距離的に」


『ですよねーーー、お客さーん……』


 マーネの声が遠くなる。何か話しているが耳に入らない。だがこの途端に喧噪は止んでいる、つまり言い合いをしていた一人は用件があったお客さんみたいだ。


「おい、マーネ。そのお客さんは依頼に来てんのか、それとも苦情か」


『……いや、ただの査定』


「……? なら、上にいるカルネに任せれば解決することだろ」


 いくら犬猿の仲でも頼み事ができないほど悪くはなかったはずだが。

 詩ノ崎はまた喧嘩したのかと勘繰っていると、マーネは早口に言った。


『しょうがないじゃん。やんなら専門職、ダメなら(おさ)が責任もってやってくれって言うんだもん。下っ端ができる仕事じゃないってさ』


 漏れ出る苛立ち。マーネにしては我慢した方ではあるらしい。

 詩ノ崎は面倒くさそうなお客に唸るが、現状すぐに戻ることもできないならば、またいる時間に来てもらうか、預かって後日取りに来てもらうか。どちらにしろお客には二度手間をかけることになる。


「マーネ、そのお客さんに代わってくれねぇか」


『そうしてもらうわ、ちょっと待ってて』


 また遠くなるマーネの声。

 天気は電話がかかってくる前より雨足が強まり、車の中に侵入している。詩ノ崎が全開に近かった窓を空気の通り道分の隙間まで閉めていると助手席のドアが開いた。

 自分の分の配達を終えたルルが太ももまでかかる黒いウィンドブレーカーで雨粒をはじきながら飛び乗ったのだ。そして、荷物の代わりに三つの飴玉が片手に握られていた。


「雨、ひどいな」


「なんだか、本降りに、なってきた」


 ルルがフードに乗った水滴を払うと、もらったであろう飴玉を一つ口に入れた。


「電話、中?」


「まぁ、そんなところだ。少し静かにな……」


『ドン! ガシャン!』


 不意にスピーカーから響いた打撃音。何かが倒れる音もそれに続く。


『迷惑かけといて拒否するとか、どういうつもり!』


『……………』


『……! ………!』


『………………』


『待てや! それなら最低でも名前! それくらい教えてくれないと伝言残せないじゃん!』


『………、…………』


『はぁ?????』


 やってしまったか。敬語も忘れたマーネの苛立ちに詩ノ崎は片手で顔を覆いながら首を振り、ルルは青ざめてスマホを凝視している。

 相手からの声は聞こえない、まともに取り合わず冷静に受け答えしているらしい。

 マーネの一方的な怒声から三十秒もしないうちにドアベルが微かに聞こえると、息を荒くしてマーネの声が返ってきた。


『……もしもし』


「なにやらかしてんだ」


『はいはい、手は出してませんからご安心をー』


 反省の姿勢を一切見せないマーネ。詩ノ崎はやれやれと呆れ顔で眉間を軽くたたいた。


「それで、そのお客さんはなんて?」


『十八時にまた来る。それだけ』


「十八時ね、わかったよ。後に来る希乃に引き継ぎしとけよ」


 マーネが『わかってる』と渋々と了承する。

 詩ノ崎はそのまま切ろうとしたが、最後にマーネが喚いた。


『あんな最低なやつ相手にする必要からね! ちゃんと断ってよね!』


「それも無理な話だな」


 そう一言残し電話を切ると、シートに深くもたれかかった。


「お客さん、大丈夫、かな」


「マーネ曰く何もしてねぇみたいだから問題ないだろうな。まぁ、苦情がくるだろうがそれは俺が謝ればいい」


 燃えて崩れた煙草を咥えて煙を取り込んだ詩ノ崎はエンジンのスタートボタンを押した。

 ……査定をリサイクルショップに来て鑑定士か店長に要求する。持ち込んだものが碌でもないものだとそんな気がしてならない。


「にしてもなに持ってきたんだ」


 独り言ちる詩ノ崎につられてルルも不安そうな目をしていた。


しばらくは毎週土曜日に投稿する予定です

次回は10月8日

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