1-28 蛮勇も勇気のうち
少し長いですが
「ちょっと、あんた無事!?」
遅れながら九十九の元に着地したマーネの第一声は責めているような言い方だったが、
「ギリギリだったよ、それよりも心配してくれて嬉しいな」
「そんなの知らない」
余裕をにおわせる笑顔で茶々を入れる。いつも通りの様子に詩ノ崎が無意識に溜息をつくと、手をさしのべた。
「希乃の方は? 無事か?」
ガントレットを掴んで九十九はよろめきながらも立ち上がる。飄々としても直前に見えた自爆によるダメージはあるらしい。
「軍に居場所がバレたから、北出入り口に向かって逃がしたよ。もうそろそろ着く、はず」
「そうか、捕まってないならいいか、早いとこと合流しないとな。さっきの鉄仮面は動けなくしたし横やりの心配もねぇぞ」
「……そうしたいのは山々だけどね」
含みの言い方をする九十九。詩ノ崎だって見ていれば分かる。
宙返りしたサソリの足はないはずの地面を蹴っていたが、尻尾のアームで体を持ち上げて地面に着地したのだ。
「おお、おお。まだやる気か。良い当たりだと思ったんだがな」
「もうさっさと逃げない? 上手く逃がしたし、もう服も煙を吸ってマジガン萎えなんだけど」
威嚇するようにアームの尻尾を高々と上げて、その先端と片鋏を並んでいる面々に向ける。
誰一人逃がすつもりがない意志表示だろう。
「いや、ここで再起不能にする。逃げんのはそれからだろ」
「共有しとくけど、僕の銃弾もマーネの爪も外装には効かなかったよ。爆弾も耐えきったし前の侵攻のときよりも確実に強化されてる」
「あ? んな面倒な……」
「でも、カイのパンチは効いてるっぽいよ」
「そう簡単にやらせくれるかねっ」
会話の最中お構いなしに新しく炎が噴射され、三人はそれぞれ回避する。
マーネと九十九は鋏のない安全圏の右に横っ飛びし、詩ノ崎が左サイドに踏み込む。炎は脅威と認識した詩ノ崎に吹き付けるものの焼けたのはアタッシュケースの背負い紐だけで、ガントレットの防御で突破した。防いだ片手は陽炎を纏い、使わなかった片手は力を溜めて温存。もう一度たたき込もうと拳を真っ直ぐ放つ。
直撃、とはいかずひび割れた外装の代わりに受けたのは四本のアームを持つ尻尾だった。先端の一本が折れて尻尾はあらぬ方へ飛ぶ。
「次は当てる」
アッパーを食らわせる距離まで近づいているサソリに防ぐものはない、詩ノ崎は体を連動させ地面をさらに強く踏み込もうとした。
しかし、そのときにはサソリはなぜか一転していた。
攻撃対象の詩ノ崎に目もくれず、炎の壁を抜けて遠くへ。粘着質なタチだっただけに潜んでいたマーネも、銃弾を込めていた九十九も、呆気を取られた。
「何? まさか逃げた?」
「ここにきてか……、いや違うな」
マーネの考えを否定して詩ノ崎は考え込むが、先に九十九が結論に達した。
「あ……、あっちって希乃逃がした方角じゃあ」
無言で詩ノ崎とマーネの目が合わせる。遠くに見えるサソリの背中と胴体を引きずった一線と張った根ごと持って行かれた倒木。追いかける時間が長かった一日の中では痕跡がわかりやすく残されている。
「あたし、先行ってる!」
マーネが足並みを合わせることを嫌って疾風のごとく駆けだした。人間である詩ノ崎は落としたアタッシュケースを小脇に抱え、九十九も遅れながらも走る。
「今日は走ってばっかりだ、全く」
愚痴をこぼす九十九、動きの精細さは影を潜め息がすぐ上がる。けど、口と脳は良く回っている。
「うーん、レーダーも破壊しないといけなかったかな」
「レーダーねぇ、あれにそんな高性能だったイメージはなかったが」
「目は残り三つ、潰したというよりすでにほとんど壊れてた。だから見えなくなっていたアンテナも壊れたものだと思ったけど、あの距離から探知できるならあるんだろうね」
詩ノ崎はピンとは来なかったが、戦った九十九がすでに確信ようだった。
「チャネルなしに裏に飛べるようにもなってるし、それにつられて強化されてるのかもね。いやはや、6の技術発展もめざましいよ」
確かに、いかに機能を強化しようと裏を移動しようものならどんなものでも浸食されて使い物にならなくなる。あの足の損傷の仕方がそれだ。張られた液体は現時点の物質では耐える事が難しい。どこでも跳べると言うにはまだ課題があるみたいだ。
けれど、詩ノ崎からすればあの機体は十五分も裏を移動できるのだ。心配せずにはいられない。
(さて、あとどれくらい時間が残されているやら)
前方の振動に隠れきれない程、後方からは消防のサイレンの音が聞こえ始めていた。
「九十九、頼みあるがいいか?」
「……なに、改まって」
「希乃を解放した後のことだ」
*
端から見れば無様だ。蓑虫みたいな格好で丘が並ぶ原っぱを手は満足に振れないまま走る。転びでもすれば受け身もとれない。
どのくらい走ったのか、後ろ見ればすぐに測れる。しかし、それはできない。
『マーネが引きつけて、僕がサソリをスクラップにする。そして、希乃ちゃんはこの隙に迂回して逃げる。倒せればそれで良し、倒せなくても時間を稼げれば希乃だけは完璧に逃がせる。どうだろう?』
『……もうそれでいいわ。ノノを逃がせるならそれで』
『でも、二人は……。ここにいない詩ノ崎さんも』
『快は来るよ、ここまで派手にやって気づかないわけないからね』
『どうせもう終わってるっしょ、そしたら楽勝よ』
『だから、心配せず逃げなさい、振り返らずに。ここで逃げ切ってくれなかったらここまで全部無駄になるから』
……。
…………。
………………。
戻りたくても、九十九さんの言葉通りあっちでは足手纏いだ。
結局、自分には逃げるしか選択肢はなかった。
自分の体にはあらゆる耐性がある。殴打、熱、圧力、あらゆる物理にはめっぽう強く、毒も薬も通さないらしい。怪我することもないし、病気になったこともこの体になってからはまだ一度もない。
しかしそれだけだ。他の人間より特別頑丈なだけで、怪我相応の痛みはやって来る。危害を加えようものなら追い払うだけで一苦労。いつも周りで働いている先輩方みたいな特別な戦闘技術なんて一般人の期間が長かった希乃には持ち合わせていない。
そもそも、あればこんなことになっていない。
―――そうだ、私は非力だ。
「あふっ」
足がもつれて転倒。芝生は優しく痛みを和らげてくれるが、そこから起き上がらせてくれない。あのとき引っ込んだ涙がまた涙腺を登り始めれば、嗚咽も鼻水も自然と出てくる。
自分の身体も精神もキャパは、すでにK点どころか極限以上のL点を超えていた。
「違う、泣くな! 私が今やるのは泣くことじゃない!」
後ろではまだ地鳴りと爆発音の重低音が鳴り続けている、すなわち戦いは終わっていない。振り返ることも許されないのに、泣いている時間なんてあるはずもないのだ。
歯を食いしばり、身をよじり、顎に土を付けて立ち上がる。流れる涙は止められないが、走ることだけはやめていけない。
俯いた視界が映っていた色が滲んで芝の緑や影の黒、炎の赤もグチャグチャに混ざってしまう。
そして、そこに違う色が追加されても希乃は気づけなかった。
「のの」
不意に頭を上げた。
幻聴かどうか定かではない、しかし声だけはわかった。
「ルル……」
「無事で、よかった」
ヒナピリウルも目に涙を浮かべて、二人共々へなへなと芝に座り込んだ。
「ごめんなさい、ルルのせいで、ひどい目に……」
「違うよ。私が、私がやっちゃっただけだから」
希乃は俯きながら首を振る。
「でも、ありがとね、ルル。私のために協力してくれたんでしょ、私はそれだけで……」
「おーい、ルルさん! 勝手に出てきちゃ、ダメだよ」
飛翔がバテバテでヒナピリウルの後ろから出てきた。希乃の前で膝に手をついて、息を整える。
「奥本さん……」
「そうだよ、奥本飛翔が助けに来たよ、ってこれはどう外せばいいんだ!」
奥本は走った息苦しさを忘れて希乃を拘束する金属に手をかける。「あと、これも」と奥本がヒナピリウルに手渡したのはタオルハンカチ。これで濡れた顔を綺麗にしろということだ。
「なんでここまで、車で待ってるんじゃ……」
「ルルさんが急に飛び出してここまで来たんだよ」
奥本が懸命に力を入れるも非力な人間では開くことはできない。
その間にもヒナピリウルが軽く撫でるように、刺繍のされたハンカチは希乃の涙を拭き取る。
「だって……、あんな火が、ここからみえたら、しんぱいだし、それに……、ののだったらそうするとおも、って」
途中からヒナピリウルの声が尻すぼみしていったが、顔が近ければはっきり聞こえる。
ここは今戦場であり、簡単に命を奪うような連中に対してわかっていて来たのだ。希乃もこれまで何度もしたことが、来たばかりのヒナピリウルはしようとしなかっただろう。なんと言えばいいのか、迷っていると開けるのを諦めた奥本が立ち上がらせようと手を貸してくれた。
「僕らも先に移動して詩ノ崎さんたちを車で待たないと、軍が包囲し始めていてそれどころじゃあ……」
無風での火の回りはゆるやかで、近くに火はない。
ところが希乃の背筋に寒いものを感じた。一度止んだ地鳴りがまたなり始めたどころか、大きく近づいてくるのだ。背後で今も燃え続ける林からだ、損傷がさらに激しくなったサソリが大きな火花を散らし、三人が一歩踏み出す間もなくアームの可動圏内に入ってしまった。
「うおおおおおお!!」
立ち上がらせた奥本が咄嗟に希乃とヒナピリウルを突き飛ばした。尻尾の軌道はそのまま奥本が欠けた三本のアームで掴まれて二本の足をばたつかせる。
「奥本さん!」
「当理さん、逃げて!」
叫ぶのがやっとだ。いらないとばかりに後ろへ山なりに高く放り投げられる。
その間にヒナピリウルが希乃を立たせようとしたが、その尻尾は進路方向に突き立てられて、二人で尻餅をついてしまう。見下ろすサソリの威圧が、蛇が蛙を睨むように希乃を動けなくした。後退るも腰が引けて、自力で立ち上がれず、稼げた距離など微々たるもの。
芝を削り伸びる尻尾は遂に希乃を確保した。
「くっ、離してっ」
尻尾は高々と上げる。公園の様相が一望出来て、希乃にはひどくスローモーションに見えた。
掲げ、声と表情はなくとも愉悦に浸っているサソリ。
放り投げられた奥本がマーネにキャッチされる瞬間。
炎上する林から出てくる人影と、川辺の出入り口に固まる赤の点滅。
そして、コツンと足下で軽い音がした。
希乃と水を差されたサソリは共に足下にいる人物を見やった。投げるポーズのまま固まったヒナピリウル。
恐怖があるのは当然だ。しかし、いつの間にか身につけたのか、弱々しい目ではない、意志のあるものだった。
「ルル……」
けれど、所詮は無駄なあがきだ。サソリは脚を微調整して、ヒナピリウルの正面で鋏を開ける。
「ひ……ぁ」
「ルル!」
希乃が尻尾を揺らして抵抗をしても、まだ冷めない鋏の奥から光が強まっていく。
だが今度はガンッと小石よりも強く勢いのある衝撃で何もない原っぱに放たれた。
何が起こったのか、不安定なアームがさらに揺れる中、原っぱから走ってきた姿。そこには先行するマーネと詩ノ崎、そして、
「シマちゃん程じゃないけど、この距離は外さないよ」
後方から、九十九の発砲。またサソリはたたらを踏み、半壊した顔に残る目玉はあと一つだけ。だがサソリが掴んだ希乃をまた人質として無事な目玉の目の前に。
縦になった希乃で狙撃は止まった、しかし詩ノ崎とマーネは充分な距離まで詰められている。巨体を回転させ詩ノ崎たちに向き直り、近づけさせないと炎をなぎ払うようにして横へ振った。
原っぱに出来た炎の壁は二人の姿が見えないくらいに厚い。
しかし、まだ息はある。銀色のガントレットが赤い光景の中を動いたからだ。
希乃の目線からも反射する武装が右へ移動しているのが見えた。サソリはさらに尻尾の高度をさらに上げる。
「え、ちょ、ちょ、きゃあああああああああ!!」
希乃を急に襲った浮遊感はジェットコースター以上。悲鳴を上げながら、ガントレットの持ち主めがけてダイブする。
金属の甲高い音に隠れて微かに鈍い音。
だが、希乃が目にした装着者は詩ノ崎ではなかった。
「ここではこう言うんでしょ、バカが見るって」
マーネが脂汗をかきながら、してやったりと八重歯を見せる。
振り下ろされる力は対象者を押しつぶそうと捕まっている希乃にも圧力がかかる。ガードする腕に右手添えてもなおも耐えかねて嫌な音を奏でながら下がっていく。ガントレットで覆われていてもその細い左腕では跳ね返せない。
しかし、攻撃手段の尻尾を引きつけるその姿勢は左へ回り込む詩ノ崎の時間を充分に稼いだ。
炎を抜け、右腕につけられたガントレットでサソリの横腹を真下から打ち上げる。
左脚が浮き上がり、欠けた右脚ではバランスも取れず、詩ノ崎に黒い焦げ後が残る腹を無防備に晒された。
「これで、終いだ!」
右腕がうなり、左足が大地を踏みしめ、ガントレットの機構全てが乗った全身全霊が補強され爆発にも耐えきった外装に打ち込まれる。巨大質量のサソリは丸い腹にクレーターを作り、異界の破片をまき散らしながら低く直線に土を深く巻き込みながら飛んだ。
「……やりすぎよ」
ガントレットに覆われた左腕を押さえながらマーネがぼやく。
あれだけ目立つなと言った本人が、怪獣が暴れたと信じてしまうほどの跡を残してどうするのかと。
詩ノ崎が一人、周辺が炎上して近寄れない広場に踏み入れる。
制御を完全に失い、奇しくも異人が潜伏していた林に突っ込んだ。石碑の台座にひっかかった機体はひしゃげて装飾もなくなれば、元がどんな形をしていたのかもうわからない。
だが、唯一原形を残す尻尾の伸びる先には……。
「……すまん、やり過ぎた」
「いえ、その……、助けていただいてありがとうございます」
林が燃えて悪い空気を発生させる中、ここまでやっても希乃の身体は健在。
詩ノ崎が吹き飛ばしたその腕で残骸を投げ捨て、未だ離そうとしないアームをへし折り、拘束する金属を手刀で割れば自由の身だ。
希乃は解放されてふらっと千鳥足で詩ノ崎の体に寄りかかった。肌に土をつけて、貸した服は昼間の爆発に巻き込まれたとき以上に布がすり切れて再利用も出来ない。そんな彼女を何もなくなった大きな背中に背負った。
「あの、大丈夫ですよ、私歩けますし」
頬を染めて希乃は断ろうとするが、詩ノ崎は浮ついていない深刻な顔つきだった。
「……いや、ホントに悪いが、もうちょっと付き合ってもらってもいいか?」
「???」
歩きだす詩ノ崎は出入り口に真っ直ぐ向かわず、広くなった広場と林の隙間にまで目を皿にして何かを探す。
「マーネさんは……ルルも無事ですか」
「無事だよ、マーネがでっかいの食らって骨折したって元気に言ってくらいだ」
「結構な大けがじゃないですか」
「薬付けときゃ一週間で治る、出身が出身だから……あった」
見つかったのは運良くサソリの炎から免れたかつ詩ノ崎よりも体格が大きい異人。血は少量ながら腹部のレインコートに染みつき、持ち上げた頭には数個の穴が開いていた。
「ひっ……!」
空虚を見詰める瞳と目があった希乃は体の奥から悲鳴を出して、無意識に詩ノ崎の首を絞めてしまう。
腕を叩いて「やめてくれ」と言うも聞いてくれやしない。希乃の瞑る瞼と回す腕は強くなったが、詩ノ崎は先に異人の瞼を閉じさせ、手際よくレインコートと付けている服をはぎ取った。
追いはぎまがいをする詩ノ崎に混乱する希乃だが、勝手に説明する。
「異人は多分全部片付いた、もう希乃とルルを攫おうとするバカはしばらく現われねぇと思う」
淡々と状況を確認しながら、はぎ取ったこの布を縛っておんぶされている希乃を固定する。丈夫さと特有な伸縮性を兼ね備えたエリア6の防暖具である遮熱服がおんぶ紐の役割として最適だった。
「けど、今度は俺らが追われる番になった」
「な、何にですか?」
「財団の軍だよ、もう包囲して南口から突入するってよ。だからこうして」
さらにその上から、詩ノ崎をもってしても大きめなサイズのレインコートを希乃ごと羽織る。
「あとは俺が深くフードを被れば誰かはわかんないだろ」
体格は不自然に膨らんだ肉だるま、レインコートの丈が足りず迷彩柄の裾が脛辺りまで見えている。着ていた異人のようにくるぶしまで隠れていないが、動いても馬脚を現わすこともない。
「あの、九十九さん達はどうしたんですか?」
「車に戻ってもらって、一足先に逃げてもらったよ」
詩ノ崎の見立てではこのまま回収して戻る頃には、希乃を連れた詩ノ崎か、奥本の車が包囲中の軍に見つかるだろう。了承してくれた奥本がどうなるか忍びないし、立場が明確に決まっている香織の意志にも背く。
だからアタッシュケースは九十九に預け、ここまで炎をくぐって来たのは自分一人。
希乃が連れ攫われたのも、サソリを壊すことだけ考えて吹っ飛ばしたのも、誰でもなく詩ノ崎だ。自分の不手際は自分で拭わなければ世話ない。
レインコートの袖が入りきらない片手だけに付けられたガントレットの動作を今一度チェックして、希乃への合図とともに自分自身にも発破をかけた。
「さて、最後にもう一仕事だ、しっかり捕まってろよ」
「は、はい!」
熱くなった腕は抱きしめる力がまた強くなる。
果たして、あっちは無事逃げ切れているか、そんな心配する余裕もなくまた広場の炎をくぐった。
つぎが最終話になります
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