1-27 英雄
*
避けるしかなかった飛び道具は拳でたたき落とす。
近づいて応戦してきたナイフを拳でたたき割る。
拍子にがら空きになったボディに拳をたたき込む。
殴る、殴る、殴る、殴る……。
エリア6の鉱石がなんぼのもんだと、ただひたすらに近づいては殴るを繰り返しまたナイフとガントレットがぶつかる。だが打撃を耐えていた片刃ナイフが砕け落ちてただの金属片に成り下がる。これでちょうど一〇本目だ。
「さっきまで威勢はどうした、鉄仮面さんよ」
「ぐっ……」
鉄仮面がここにきて初めて苦しげな声をだした。
マーネへの奇襲後から鉄仮面はエリア6産のナイフを持ち替えて別のものを使っている。他エリア産であることは変わりはないが段違いに脆い。予備のナイフの頭打ちは青紫の刃が見えたときだ。
そして、飛び道具の手裏剣。橋の上での戦闘から始まり、おそらくは合流時の軍への攪乱、現在進行のタイマンでも原っぱに軌跡を作るほど使っている。供給に無限などない。良く動く身体に決定的な一発を打ち込めていないが、底は見えてきた。
(さて、とっととケリを付けようか)
初対面のときとは立場が逆転した詩ノ崎のワンサイドゲームは、フィールドが何もない草原から子ども専用の遊具が並ぶ広場に移り変わった。柔らかい芝生から反発する硬い舗装に踏み入れると、スウィング遊具の影で手裏剣が輝く。
「むっ!」
どうトドメを刺そうかと、頭の片隅で考えていた矢先だ。目の端で捉えると両膝を直角に曲げ、頭を下げればギリギリ黒髪数本を掠める。不自然な動きは見逃さないよう注視はしていた。だがどういうわけか別の方向から手裏剣が飛んで来た。
思い起こしたのは数瞬遅れてだ。
(……反射か)
顔を上げて睨み付ければ、保っていた鉄仮面との距離は延びてしまうどころか、反射が出来る有利なフィールドの真ん中を陣取っている。ここで仕留める気だろう。
それでも、詩ノ崎に覚悟を決める時間なんて必要はない。
一直線で、最短距離で近づくため止めていた足を蹴り出した。
鉄仮面の腕から放たれ、駆ける詩ノ崎に集中する飛び道具。斜めからの二発を右のガントレットで弾き、隠れた足狙いの一発は軽く跳んで躱す。着地の瞬間を狙ったナイフには左のガントレットでいなして失速することなく距離を縮めた。
あらゆる角度で飛んでくるのは驚異だ。だが方向はすべて正面か跳ね返って真横から来るものばかりで暗がりからの不意打ちでもガントレットさえあれば怖くない。
しかし鉄仮面は途端に動きをかえる。右手に青紫色のナイフを構えて詩ノ崎に肉迫してきたのだ。
力は詩ノ崎に分がある。鍔迫り合いに持ち込ませようと詩ノ崎は緩めず突っ込むが。
「ふぐっ」
無警戒の背中に何かがぶつかった。背負っていたアタッシュケースが押し込み、詩ノ崎の体勢を崩す。
前に踏み込んで倒れはせずともされど一瞬、
「勝ったぁ!」
鉄仮面の引いた右腕が詩ノ崎の心臓へ押し込んだ。
背後への不意打ちと渾身の一突き。フライングしてきた達成感が極まって、声さえも挙げる。
「!?」
キン、とまたしても甲高い音を鳴らした。
間に入った右の掌、紫の刃はすり傷だらけのガントレットに初めて目立った凹みができてしまったが、狙いの急所には届いていない。
鉄仮面のテンションが一気に急降下し、冷静に拳の間合いから出ようと足裏が完全に地面にくっついた。その瞬間を詩ノ崎は逃さなかった。
「……捕まえたぞ」
片刃のナイフが握られた右腕を逃さず掴み、片腕だけで空中に軽々と持ち上げる。詩ノ崎の並外れた腕力と握力で鉄仮面の足が地面から離れて、天が足下に地が頭上に逆転した。
あとは左腕を真下に振り抜くだけだ。
「おらぁ!!」
叩きつける。たったそれだけで舗装にひびを入れた。受け身では全部の衝撃を流しきれず鉄仮面が何かを吐き、右腕を放しても立ち上がることはなかった。
詩ノ崎は息を一つ漏らす。さっきの衝撃が何だったのか、背負っていたアタッシュケースを慎重に降ろした。
「ああ、なるほどな」
ナイフが真っ直ぐに一本突き刺さっていた。そして柄にくくりついてかれたピアノ線のような糸が鉄仮面の左腕に延びて、袖の影にリールのような巻き取る機構が見えて合点がいった。手裏剣に反射する構造があったように、ナイフにも初見ではわからない仕掛けを施されていたのだ。
深々と刺さったナイフを抜き取り糸も手刀で断ち切ると、鉄仮面も諦めたように笑った。
「は、ははは。さすがは“英雄”だぁ。機械に頼っても、負けます、か」
多少受け流したとはいえ笑えない身体状況、けれども鉄仮面の負けた直後の一声は賞賛だった。詩ノ崎は何も答えずしゃがみ込む。
「……トドメですか、ははは、一想いにおねがっ!があっ!」
鉄仮面が断末魔を一度ならず二度挙げた。
詩ノ崎が追い打ちに鉄仮面の両足を握りつぶしたのだ。衣服隠されている足は外傷こそは見えないもののへし折った手応え。
詩ノ崎は確かめるように手を数回開けたり閉じたりを繰り返して呟く。
「……なるほど、機械ってそういうことか」
ひとまずこれで逃げられることはない。後からやってくる軍が安全に拘束することができるだろう。一仕事終わって詩ノ崎はポケットに手を伸ばしたが苦い顔をした。天倉に置いてきたことと、この一大事でも他のことを考えてしまったことに苛つかせる。
一息入れる暇もなく、黙って転がっているもうナイフのもう一振りを拾い上げた。
「まって、ください。なぜですぅ。なぜ殺さないの、ですかぁ」
鉄仮面の落胆した震える声に詩ノ崎は一瞥だけして、ただ一言だけ。
「英雄なんてものにはなりたくないんでね」
掲げる不殺はきっと鉄仮面は理解してくれない。
案の定何か言っているようだったが、もう関係のないことだ。
二本のナイフは貫通したアタッシュケースにしまった。念のため調べて、特異な点が見つからなければ繋がりのある他エリアの業者に売却すればいい。できるならばらまかれた手裏剣も回収しておきたかったが、いつ来るかわからない軍がある。行かせた九十九とマーネに万が一にも危険が迫っていることもある。天秤にかけるまでもなく諦める他ない。
「多分、あっちか」
救出に向かった方向へ鉄仮面に背を向ける。そして、光景に目を見開いた。
空だ、煙が高くたなびき、遠くを隠す丘がシルエットとして留まることなく濃くなり続け、光は進行して地鳴りと共に遠くへ広がる。
詩ノ崎は真っ直ぐ、突如現われた光源を目指して走り出した。
*
何をも砕きそうな鋏角から火が噴く。ここは人間にとっては自然を守ろうとする公園であるのに、三人が逃げこんだ林に容赦なく放射された。
「あーもう囮とか、あいつまじで許さねぇ!」
サソリに執拗に追われているのは九十九ではなくマーネだった。
希乃を下ろしたことで思い通りに動く身体で文句を言いつつも木々を伝い、サソリの周りを縦横無尽にまとわりつく。サソリが標的に向ける火炎放射は影にも触れられず、ときには尻尾のアームで掴もうとするも届かない。
「ほーら、こっちこっち」
針葉を落とす撓る足場にしゃがみ、来いよと余裕のハンドサイン。
煽りに耐性がないのか、鞭のようにアームで木の根元から簡単にへし折った。パワーはエリア6で戦車と分類されるだけはある、しかし直撃する頃には彼女はいない。
夜空をバックに跳躍したマーネが伸びきったアームの上を顔面に向かって加速する。
「ここが弱いんだってね!」
一押しに顔の目玉らしきレンズを桜色にネイルされた爪で二つまとめて引っ掻いた。
エリア7の獣人は俊敏性が八エリアの中でも随一であり、他エリアの人間と肉弾戦を行えば、必然的に三本指に入るほどめっぽう強い。マーネはその高い身体能力に加えて、血筋で硬い爪を意思だけで伸ばせられた。
その爪で機械であるはずのサソリが二の足を踏ませ、人間臭くアームで追い払うために足を止める。
「これでいいっしょ?」
九十九が言うサソリの脆い箇所は二つだ。
一つは、マーネが潰した目、生命反応を探るためのレーダーの他に、外を映像として操縦者に見せるための受容体がある。地球に生息するサソリと同じ全部で八つ、けれどもここに来る頃には潰れていた右の三つと合わせればもう大半は機能していないことになる。
すべての目を潰す、それも良いが別にそこまでする必要はない。九十九が欲しいのは真下に死角を作り、怯ませて動かなくなる一瞬を作ること。つまり、今がそのときだ。九十九は足の間を縫って、二つ目の弱点へ地面と丸いお腹の隙間に滑り込んだ。
「お前の弱点はその柔らかい腹だ」
真上に向かって引き金を引いた。
タイミングは完璧、決定的だった。しかし、九十九は数回瞬きをする。
「……あれ?」
散らばる薬莢と潰れてしまった弾。全弾撃ち尽くしてなお見上げる腹には空洞どころか、変形もせず綺麗なままだ。
どころか、押しつぶそうと無傷のお腹が天井となって真下の九十九を襲う。変化の前に九十九は抜け出そうと死に物狂いで転がっているが、間から見える景色が狭まっていく。
「これも、あげるっ!」
ありったけの爆弾をばらまき、一つだけ中心のボタンを三回叩く。指先を離れて地面に一度弾めば、今度はカウントさせる間もなく爆ぜた。連鎖し、誘爆で巨大になる爆風。だが、それは持ち主の九十九に味方をし、限界の回転をさらに後押しする。
「ははは、ギリギリセーフ」
潰される前に林が熱烈に出迎えてくれた。
爆破の余波でロングコートはズタボロでも、五体満足ならば安い買い物だ。一難去って息詰まる閉所から離れようと九十九と両手を地面についた。
「おい、トモミ!」
枝を足場に着地していたマーネの叫び。九十九の周りに影が出来る。溶けて鋭利ではなくなったが巨体を支える脚が、立ち上がろうとする九十九の頭上に正確に貫こうとユラユラと狙いを定めていた。
マーネが動きだそうとしているのが到底間に合う距離でもない。
「あ、死んだ」
迫りくる死にも薄ら笑いを浮かべる九十九。
サソリの脚は九十九の目と鼻の先まで降りかかり ―――、また浮き上がった。
爆発にも耐えうる硬い外装には新たな亀裂が生じさせ、あらゆる機械が詰まっている機体は九十九と斥力が発生したように一回転して燃える林をなぎ倒す。
「すまねぇな、遅れて」
「いや、助かったよ」
巨体を吹き飛ばしたのは比べれば取るに足らない鉄拳を突きだした詩ノ崎だった。
残すところ二話です
次話は明日の23時に投稿予定




