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ノノノ越界奇譚  作者: 雨枝蒼
【グローリア編】
26/56

1-26 サソリの御前

遅れて申し訳ないです

「……いるかい?」


「んーん」


「いないとなると……、あの中だろうね」


 九十九とマーネが影に隠れる林、中央に居座っている剣呑な存在。

 詩ノ崎から聞かされていたレインコートの集団はまだ良かった。弾丸一つで体の動きを封じ、当て身で意識を刈り取れるのだから。現に詩ノ崎と分かれてから対面した相手は全員声を出す間もなく芝生で寝ている。

 しかし、数より目が行くのはその中心だ。

 視界に収まりきらない程の大きな乗り物は火花を散らしている。顔面は潰れているものの、八本の足に、甲殻類のような外装、極めつけは後方につくアーム。巨大化した“サソリ”しか例えようがなく、崩れた石碑の基礎に鎮座していた。


「あれと戦わないとダメ?」


「……ダイジョウブナンジャないかな」


「聞きにくい片言をしゃべんじゃないの、要するにわかんないのね」


「そんなことないよ、サソリとは一緒に戦ってきたから仲だから、今が走行不可なくらい悪いというのはここからでもわかるよ」


「なら、そうって先言ってよ」


 マジ勘弁だわ、とぼやきつつもマーネは見逃していないか取り巻きの動向を注視している。

 配置されている面々は銃をどこか浮き足だっている。見知らぬ土地にでてきて、どこかで仲間は戦闘中。予定外が重なり表情も険しい。

 そんな中で一人だけ落ち着きを払っている奴がいた。


「あれが氷山の大将だね」


「どれ?」


「あの戦車の前で機械をいじってる人だよ。名前はジェイ・ポガー、整備士から成り上がった元少佐」


 マーネが目を細めてみれば、同じくレインコートを着ているがフードも被らず、背中に届く赤毛から伸びる手腕は、操作するパネルを神経質に何度も無駄に叩いている。


「プライドが無駄に高いから煽りがいがあるよ」


「いらないことすんな」


 マーネに窘められつつ、九十九は相手の戦力を確認する。特にサソリの状態を正確に把握しなければこの人数だと相手取るのは厳しい。


「右足二本と右鋏は消失、アンテナもなし、目が八個中三個故障…………、うん」


 なら、と九十九がロングコートの内ポケットからテニスボールのようなものを取り出した。マーネは見たくなくても目に入ったそれに呆れ返る。


「げ、それ……」


氷人(クリスティア)にはこれが効くからね。それじゃあ、ここで暴れるから後ろから回って希乃ちゃんを救出しといてね」


「あんたもカイと変わらず適当ね」


「希乃ちゃんがここにいないなら作戦練っても無駄で、しょ?」


 中央のボタンを二回押してから見張りに向って投げつけると、テンテンと跳ねたそれは見張りの一人の足に当たった。

 もちろん、見張りは気がついたが、五カウントが終わった九十九特製の爆弾は四肢を飛ばした。


「よし!」


「やりすぎ! はやすぎ!」


 マーネは気に障りながらも九十九の元を素早く離脱する。やった本人はどこか楽しそうだ。


「手加減はしないよー!」


 木陰に隠れながら片手に持っていたサイレンサーを付けた銃で二発、さらに一人の見張りに打ち込む。狙うは全生物の急所、脳。再起不能になる瞬間は確認せずに、九十九はマーネが走った方とは逆方向に転がる。

 横に流れてくる銃弾をものともせず、木を弾除けにして一人また一人と沈める。


(流石に、この数の無力化はできないからね)


 天倉が掲げる“不殺”はイレギュラーな形で加入してしまった希乃のためにあるもので、その縛りを希乃の有無関わらず行っているのは詩ノ崎くらいだ。

 九十九からすればただ自分の身が危うくするだけで、希乃がいないのならその方針には従えなかった。そもそも、それだけで愉悦に抗えなかった。


(あと十人……)


 注目の的となったこの場で残りを鼻歌交じりに数える。

 固まりながら戦車に後退する集団にさっきと同じ爆弾を投擲すればすぐに蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「はずれかー」


 またしても爆ぜる。誰も巻き込まれなかったのは相手が警戒しているだが、爆弾にびびって手が止まった異人から九十九に撃ち抜かれていった。


「まだ……おっと!」


 不意に伸びてきたナイフ。詩ノ崎より一回り大きな異人は広場からではなく、隠れた林を通って回り込んで来た。そしてえぐれた火傷の痕をアップグレードされていようとも香織に見せられた同じ顔、ただの軍人崩れだ。


「とろいっ!」


 広場には爆弾で牽制しつつ、男の手から引きつけ逃げ回る。


「女のくせにちょこまかと……!」


「ざんねーん、男だよ」


 乱暴にナイフを振りきった瞬間、九十九はつま先を強く地面を叩き、その足で脇腹に突き立てた。世の女性のような痩躯で筋肉量もないハイキック。だが、その男は突かれた箇所を抑えながら膝から崩れ落ちた。


「仕込み靴だよ、油断したでしょ」


 見上げることしかできないその男は、他の見張りと同じ運命を辿った。

 それも九十九にとっては記憶に残らないほど相手であり、すぐに予定通りに進む見張りの数減らしを再開する。

 常に行き交う銃声と時々混じる爆音、存在感が薄い音は耳元に来ない限り近づかないと気づかないほどだ。


「そこまでだ」


 そんな最中でも良く通る声で九十九の耳にも届いた。

 九十九も敵もピタリと手を止めれば、ジェイが戦車の前で苛ついた目をして現場に向かって叫んでいる。そして、その横には攫われた希乃が拘束具を巻き付けられて銃口を向けられて立たされていた。


(マーネはまだなのか……)


 銃弾の雨が止み、九十九はジェイに耳を傾ける。


「こいつの命が欲しかったら出てこい、すぐにだ」


 ジェイは今にも銃弾が希乃のこめかみに放ちそうな形相。

 銃を構える取り巻きは孤軍奮闘にしては楽勝で削って残すところ三人。相手が取った脅迫は普通の人ならばどうすることも出来なくて、一方的に殴れて効果的だ。

 九十九は溜息をついて、静かになった広場に姿を現わした。あくまで軽やかな足取りで、和やかに笑いながら。


「やあやあ、お久しぶりですね、()()()()()?」


「……俺はお前のことなど知らないがな」


 引き金に絡む指が強くなる一方で、捕まっている希乃はどこか呆れた顔をしていて、誘拐犯と捕虜で緊張感の差が生まれている。


「いえいえ、僕たちは間違いなく会ってますよ。ほらポガー少佐が部下を黙らすために戦闘機の演習で大人げなく圧勝したところも見てましたし、共同作戦も楽勝だったのにポガー少佐が……」


「その少佐、少佐っていうのを辞めろ!」


「ふふふ、そんなにかっかしないでくださいよ」


 おちょくっても人質を撃たないだけまだ理性を働かせているようだが、ピクピクと動く眉はもう限界に近い。相手の怒気に九十九は思わず吹き出してしまいそうになる場面で、視界の端、全員が背を向けた戦車の後ろでマーネの影が現われた。


(了解、右からね)


 会話の裏で進むマーネの別行動に相手は気づくこともない。


「そんな話術はもういい、今度はこっちの番だ。まずは手に持ってる武器を落とせ」


「一つだけ?」


「全部だ! 今度口を開けたら撃つ!」


 九十九は肩を上げる仕草で両手を上げて、二丁の銃を放した。爆発で凸凹になった地形でしゃがむだけでは届かないところまで転がる。


「おい、回収しろ」


 取り巻きの九十九に一番近い一人が銃を構えたまま、命令を静かに聞き入れる。何かするのではないか、九十九へ集める全員の目は懐疑的だ。


(別に僕は何もしないのになあ)


 心中でほくそ笑む九十九より遠く、ジェイと戦車に一番近い取り巻きの構えていた銃が暴発した。

 その音にジェイは視線をずらし、他二人の取り巻きも反応し振り返った。

 マーネとのアイコンタクト通りの奇襲。それを合図に九十九はポケットから一丁、予備である銃を取り出して拾い上げている取り巻きの足と銃を持つ手に一発ずつ。

 そして、ジェイの肩口に銃弾を浴びせ、少量の鮮血が飛び散った。


「ぐおおおお!」


 絶叫するジェイは拘束具を持っていた右手で押さえ込み、


「希乃、走って!」


 もう一人を無力化せんとするマーネが叫ぶ。

 拘束具が重く、腕が振れず走りにくくとも、希乃は今も応戦している九十九に向かって駆けた。


「させるかぁ!」


 だが跪いたジェイは吠える。

 右手に持ち替えられた銃が、咆吼に振り返った希乃のこめかみを正確に捉えた。

 九十九とマーネが手負いのポガーを後回しにして最後の一人の無力化をした後のことだ。九十九が銃声の方へジェイの武器を破壊し、マーネは詰めて両足を蹴って飛ばした。

 水切りのように地面を飛び戦車が座する礎石に背中を打ち付ける。骨が砕けたのか足の関節が増えたようだが、ジェイの笑い声が次第に大きくなる。


「見たか!! お前らが、大人しくしていれば、小娘は死なずに、済んだんだっ!」


 横たわる仲間は息をしていないか、最低でも伸びている。九十九の見立てでも異人たちの任務の成功はもうない。だが報いた。抵抗する仲間の前で人質を殺したと、ジェイはしてやったとばかりに独り嬌笑する。

 しかし……、


「すみません、誰か起こしてくれませんか?」


「……は?」


 ジェイは口を開けたまま笑いを止めた。

 一矢報いたはずの人質が口をきいたのだ。九十九がこれで終わりだと散らばった銃を拾い上げてる間に、マーネは希乃の拘束具を持ち上げて立たせて見せた。希乃の髪に絡まっていた銃弾が落下するところを見ても、思考を放棄してしまったジェイは呆然としている。

 昔を知っている九十九、人とナリも知らないマーネは哀れみの目を向けた。


「傲慢なところ治さないといけないって、あれだけ上層部に言われていたのにねえ」


「はは、仲間に信用されてないとか、だっさ」


 ジェイには何が起こったのか、まだ理解してなくとも、馬鹿にされたことには言い返せず震えが止まらない。意識はあっても武器を持てず、立てず、何も抵抗もできないジェイをマーネは一瞥してまともに動くことができない希乃を担ごうと腰を入れる。


「……重っ」


「え、ごめんなさい」


「いや、ノノは重くないよ全然。この金属がバカ重いのが悪い……。これ解けないの?」


「鍵はごめんなさい、見てないです」


 九十九が拘束具に顔を近づける。手錠のような鍵穴すらも見当らないなければ、関節部や隙間もない。間違いなく他エリアの産物だった。


「何だったかな、筒みたいな……、そう携帯ストラップの懐中電灯みたいなの誰か持ってなかった?」


「……? いえ、それも見てないです」


「うーん、そっかー。ポガーが持ってたら良いけど……」


 すると、九十九のポケットが小刻みに震えた。取り出せば、地図として渡された詩ノ崎の携帯が着信を知らせている。


「誰からですか?」


「飛翔くんから」


 目を丸くした希乃を尻目に九十九は他人の携帯でもためらいなく緑の着信ボタンを押した。


「はーい、何かあった?」


『……おい、詩ノ崎さんじゃないのか』


「今お取り込み中、代わりに僕が聞くからさ」


 協力者からの連絡、つまりは緊急事態ということだ。


『やばいぞ、軍が居場所を特定したらしい』


「ああ、やっと」


 チラリとジェイの様子をのぞき見る。うなだれていて気を失っているようにも見えるが、最低でも不審な行動は今のところはない。


『どのくらいでかかるかはわからないが早くしなければならないぞ。ところで、希乃は、希乃は無事か!?』


「安心して、希乃ちゃんは救出したから」


『おお! 本当か!』


「うんうん、だからすぐ向かうから、ちゃんと車で待っててね」


 互いに切羽詰まっている様子もなく九十九から電話を切ると、


「さ、それは帰ったら解除しよう」


「え、でも……」


「時間がないそうだよ」


 九十九が大げさに肩をすくめた。マーネは諦めたように希乃を米俵のように小脇に抱える。この方がいくらか速さの面ではマシだった。


「で、こいつらのトドメはなくていいの?」


「このままにしとこう。どうせ何も出来やしないよ」


「あっそ、じゃお先に」


 鼻を鳴らしてマーネは砕けた石碑から伸びている舗装路を辿って走った。

 九十九も後に続く、の前に戦車の前に無様に伏せるジェイの顔の前にしゃがみ込む。


「それじゃ、これから軍が来ますので僕らはこれで、お達者でポガー少佐」


 ここぞとばかりに嫌らしく笑う九十九。ジェイは血で濡れた土を握り皮膚にめり込む勢いで握った。


「てめぇの面、覚えたからな」


「あはは、頑張って」


 もう二度と会うことはない、と嘲笑い、手を振る。これがあるから九十九には煽るのが辞められないのだ。辺りは血塗られ死屍累々、動ける残党もいないことを確認して先を行くマーネを追いかけた。

 愉快そうな背を見ることしかできないポガーは怨嗟の声を吐き出す。


「……今に見てろ」


 残された力で這いずると、失神し出血量が少ない部下の脹ら脛を掴んだ。




「やぁやぁ、お待たせ」


 軽く走るだけで原っぱをかけるしなやかな背中に追いついた。やはり人一人を抱えるとなると、エリア7の筋力であろうと酷ではあるらしい。


「遅い、何したの?」


「別に、ちょっと旧友に別れの挨拶をね」


「それなら鍵の一つくらい取って欲しかったんだけど」


「忘れてた、あはは」


 他人事のような笑いにマーネを軽く舌打ちをした。


「解けなかったらどうすんのさ」


「大丈夫さ、なんとかしてくれる」


 えらく楽観的な九十九だが、希乃は二人のやりとりにシュンとしてしまう。


「ごめんなさい、迷惑をかけてしまって……」


「なーに、異人が絡むといつもこんな感じだから謝ることじゃないよ」


「そうそう、五人全員で来て誰も犠牲にならなければそれで充分でしょ」


「五人って……、九十九さん、マーネさん、詩ノ崎さんとあと……」


「ここにはいないけど飛翔くんとルルちゃんも来てるし、香織ちゃんも間接的に協力してくれたよ」


 希乃は「ルルも……」と、戦闘が出来ないであろうヒナピリウルまで来ていたことに呟き、そして泣いた。


「はいはい、ノノ、まずはここ逃げ切ってからね、それからお礼を言いなさい」


「うん、詩ノ崎も回収しないとだし……ん?」


 三人の隠れていた影が濃くゆらゆらと揺れる。周囲が無差別に明るくなったからだ。

 光源を一斉に見れば異人集団がいた林は炎に包まれ、生息地を広げようと火の粉をまき散らしている。

 マーネが訝しげな目で、最後に挨拶をした九十九を見た。


「……ホントは何したの?」


「ちょっとからかっただけなんだけどな」


「あんた、そんな子どもっぽいことやってこんな大惨事になるとか、ホンットやってられねぇ」


「マーネちゃんも一緒にバカにした仲なのに、そんな突き放さないでよ」


「あの、何か出てきますよ……」


 地震かと思わせるほどの振動。炎をくべる薪となった木々が連鎖して倒れていく。そして、鎮座して動いていなかったサソリが顔を覗かせた。


「一応確認するけど、全員やったよね?」


「サソリの中もみんなやった」


「それなら、あれはフルオートかな?」


「そんな家電みたいなことできるんですか」


 あまりに唐突で、どう見ても危険だが呆然として動き出せない。

 まじまじと見れば所々に亀裂が走っている。半壊した顔は三つの目が潰れているし、右腕のハサミもなければ右足も半数はもげて胴体は地面に接していて満足に動ける状態ではない。

 しかし、機械にあるはずのないドス黒い殺意が確かに漏れ出ていた。

 そのサソリと三人は目が合った。


「うーわっ!やっば!!」


 マーネの絶句を皮切りに九十九も一斉に逃走を再開する。

 抱えられている希乃は振り返れば、サソリは引きずりながらもシャカシャカと残る足でやってくる。本来の速さでないにしろ、トレーラートラック数台が優に収まるでかさだ、一歩が人とは比べるべくもない。


「ダメです、追いつかれちゃいます!」


 危機にあおられて九十九が銃を抜き、少しでも遅らせようと走りながら発砲するが、


「やっぱり正面じゃダメか」


 熱された外装には焼け石に水だった。

 近づく不規則な地鳴り。マーネには後ろも見ずとも、立てた耳で近づいてるのがわかった。


「なに!? あいつめっちゃ速いじゃん!」


「全力で逃げても追いつかれるし、これは迎え撃つしかないかもね」


「あんな巨体どうやってスクラップにすんのさ!」


「そうですよ! さっき銃も効かないこと確認したばっかりじゃないですか」


 走っていても非難轟々。しかし、九十九の一言に二人は表情を一変させる。


「じゃあさ、あの戦車の弱点知ってるって言ったら協力してくれる?」


次回は明日の21時に

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