1-25 借り
「……ここ、うごかないで、いる」
反応が止まったのは川を遡って中流、保全として緑が残る立派な都市公園。
その園外の南で息を殺すようライトを消せば住宅街が近くとも誰も気にも止めない。
奥本はギアをパーキングに変えると深く溜息をついた。
「まさか……こんな用事でここに来るとは」
「仕方がねぇだろ、こうなったら。言うなら希乃を攫った敵さんに言ってくれ」
「本当だったらここ当理さんと桜を見る予定だったのだぞ!」
「はいはい、妄想乙」
マーネが両手を上に軽く伸びをしながら、奥本の妄言を適当にあしらう。
「静関公園ね、なかなかにくつろげそうなとこだね」
九十九が流し見ている静関公園の施設案内には手入れされた林と小高い丘と子ども遊具が紹介されている。これに野球場も悠々に入っているのならば、公園の広大さも窺える。
「身を隠せるのところが少ねぇな、希乃を取り戻したら無駄な戦闘は避けて逃げるに限る」
小さい画面に映された公園の見取り図を詩ノ崎の太い指で、今いる南から左に寄った赤ピンを通って最後に東へ回る道筋をなぞる。
静関公園の東側に流れる河川。そこにかかる橋に目を付けた。
「ここから取り戻したら東側に出よう。ここなら万が一追われても最悪橋を落とせば逃げ切れそうだ」
「げ、まじ」
マーネが引いた目で見るが、なりふり構っていられない理由が他にもあった。
「時間がねぇんだ。ここで手こずれば軍に見つかってアウトだ」
「いまのとこ別に正確なこと言ってないし、無視でよくね。もう用済みだし」
マーネが無線機を使えないと一瞥する。まだ軍では情報が錯綜しているのだ。
「いや、遅かれ早かれ絶対に見つける。……て言うより来てもらわねぇと困る」
「そうかい、なら急がないとね」
「ああ、だからマーネと九十九と俺で行く、奥本とルルは車を橋の近くに停めてくれ、そこで落ち合おう」
「おるすばん……」
ヒナピリウルが不満そうにしょげるが、まだ役割は終わっていない。
「希乃を連れて逃げ切る手段がこれしかねぇ。ルルなら希乃の場所がわかるから予定外のことが起こっても対応できんだろ」
「…………」
「これも重要なことだ、頼んだぞ」
「……うん」
そう言うと詩ノ崎は降りて車のトランクに預けたものを取り出した。
転がっているのは手首ほどまでしかない金属塊の手袋。
それは詩ノ崎の手をもってしても隙間があったが、嵌めれば生きているかのように持ち主に合わせて収縮する。どころか鈍い光沢感は上に上に伸縮すれども、金属の厚みはそのままに前腕を覆い切った。
「ん、問題ないな」
腕を振り、拳を握る動作をしても動きにくい心地はしない。
現役時代から酷使して破損と修理を繰り返しても、詩ノ崎のガントレットは健在であった。
「……すごい」
その一部始終をヒナピリウルが立ち膝で後部座席から見入っていた。隣では車のルーフに腕をついて九十九もうんう頷く頷く。
「そうだよね、わかるよ。前に付けさせてもらったけど、なんであれで動きやすくなるのかね」
「え、でも、おおきさが」
「なぜかぴったりに合うようになってるんだよ、まさに技術の結晶ってやつだろうね」
「ルルも、つけられる」
「いけるんじゃないかな、今度快に頼んでみればいいよ」
魅力的で目を輝かせるヒナピリウル。
だが、なぜか準備をしていない九十九は重装備な詩ノ崎とはあまりに対照的でまじまじと見てしまった。
「つくもは、つけないの?」
「僕はほら、身軽な方が良いからさ」
「みがる……?」
九十九が袖を通しているロングコートは、闇に隠れられる黒さだが重そうな生地をしている。硬い金属で覆う詩ノ崎より脆そうで、露出が多いマーネより動きづらそうな装いで、本人の言う身軽とはほど遠い。
ヒナピリウルが小首を傾げていると、さらに黒いアタッシュケースを背負った詩ノ崎がごついガントレットで慎重にバックドアを閉めた。
九十九もゆらりとドアの縁に持ち替えて、ヒナピリウルに小さく手を振る。
「じゃあ、またあとでね」
閉められたドアを隔てて、九十九と道端で柔軟をしていたマーネが会話をし出す。
奥本が窓を開けてくれたが、しているのは場違いなただの他愛のないの言い合いだった。
そんな緊張感のない二人の環には入らず集中する詩ノ崎が振り向き、顔を出すヒナピリウルに口元を緩める。
「行ってくる」
待機組が見送る中、突撃組の三人は無人の南出入口は詩ノ崎の合図で駆け抜けていった。
救出に行くには心許ない人数ではあるが、頼もしく思える背中だ。ヒナピリウルの目にはそう映った。
不自然に間隔を離される木々の隙間を縫って外周の舗装路に足をつければ、黒に塗りつぶされた原っぱは目の前。
蛾が無心に群がる外灯の下を避けて詩ノ崎、マーネ、九十九が暗がりを進む。
「その赤ピンって何があるところなんだろうね」
「さぁな、区域外だしそもそも来たこともねぇ」
赤ピンが刺された方向は小高い丘で遮られてまだ見通せない。正確な位置関係はまだに読み切れなくとも、この丘の麓よりも離れているだろう。
マーネが思いついたように詩ノ崎の背に告げる。
「っていうか、これスナイパーにガン狙われね? あたしは反応できるけど、あんたら二人はいけんの」
「マーネ、さては聴いてなかったな」
先頭で苦言を呈す詩ノ崎。移動中ですでにトランシーバーからの報告をもう一度確認する。
「狙撃手はどうにも死んだらしぞ、第一班がやったらしい」
「もし二人目がいたら?」
「そんときはそのとき、臨機応変にやろう」
「大雑把すぎ」
「そっちの方が自由に動ける、危険なのが戦車だけだ方針は変わらん」
「ねぇ、その狙撃ってシマちゃんとどっちが上手いのかな?」
最後尾でついてくる九十九の質問に詩ノ崎は悩んだ。ターゲットが見えにくい状況下でも正確な狙撃だったことからして……。
「どっこいどっこいか? いや、今回の狙撃手の方が一枚上手だな」
「へぇー、尚更死んでくれてラッキーだね」
「ああ、借りを返せないのが残念だがな」
和やかに笑う九十九。マーネが少し振り返って目を向ける。
「シマって?」
「元部隊にいた凄腕スナイパーちゃん」
「ふうん」
さほど興味のないマーネには充分な答えだった。
生返事で返してから詩ノ崎の背に目線を戻したとき、マーネのむき出しの猫耳がピンと張った。
「……うわっ!!」
右に九十度首を捻れば紛れて忍び寄っていた鉄仮面。
紫色の凶刃の届く間合いに入れてしまったことを察知して、マーネは思わず声を出した。
しかしナイフの切っ先は反応した詩ノ崎のガントレットによって弾かれて、すかさずレインコートの鳩尾辺りに蹴りを繰り出す。
手応えは乏しく後方に飛べども、ダメージは入っているような素振りを見せていない。むしろ嬉しそうに体をだらんと揺らす。
「来た来た来た来た来たぁ」
「ちょっと、いつのまに」
マーネが目を見開く。気配を察せずにここまで近づかれるのは詩ノ崎にしても驚いたことだ。
九十九は鉄仮面に銃口を向けたまま、詩ノ崎に落ち着いて確認する。
「これ、見つかったってことでいいよね」
「……だな」
狙撃手も厄介だが、目の前の鉄仮面も相手をするには時間がかかりそうだ。三人全員が足止めを食らえばそれこそ隙を突けなくなる。
空白の多い作戦に手を加えなければいけない。
「こいつは俺がやる」
手の内がわかっている詩ノ崎の方がやりやすい。言葉が短くても、背後で構える二人には意図は伝わった。
「……っ、わかったわ」
「りょーかい」
「あと、これ頼む……」
持っていたスマホを後ろに投げた詩ノ崎は地を蹴り、鉄仮面に肉迫する。
振り下ろすガントレットとそれを受け止めるナイフ、甲高い音を合図に二人は詩ノ崎の背後から消えた。
(……すまねぇな)
心の中で先行く二人に謝りながら、表情のない鉄仮面を睨み付ける。
「待たせたな、お望みの第二ラウンドだ」
「……楽しみですねぇ」
やはり、一度やられた借りは返さなければ気が済まないのだ。
*
「厄介ね、あれは」
マーネが離れていく最中、そう歯がみする。もう隠密の意味もないのならと、速さ重視で駆け抜ける。
「具体的には?」
「……あいつがあたしと同じだからよ」
「ははーん」
九十九は笑っているが余裕はない。マーネの足、抑えているといえでもついて行くには体力差がありすぎるのだ。
だが、マーネは九十九に気を遣わず話の続きを促す。
「それで、カイは大丈夫だと思う?」
九十九は余裕のなさを隠して笑う。
「それは野暮だよ、マーネちゃん。心配されるほど弱くなっていないよ」
「……あっそ」
素っ気なく会話を切ったマーネ。
詩ノ崎の代わりに先頭を走ると地図通り、赤ピンに刺さってる地形が見えてきた。
「おいでなすってるわー」
マーネの夜目は林から飛び出す人を捉えていた。
次話は7/4の23時に投稿予定です




