表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノノノ越界奇譚  作者: 雨枝蒼
【グローリア編】
23/56

1-23 それぞれの目的

 助けとしてマーネが橋に来た頃にはバイクは燃えさかったまま、天倉の車は詩ノ崎が邪魔にならない河川敷の橋の下に運んだ。このことは警察に証言をするわけにはいかず、財閥の香織を通して連絡する他ない。大事な証拠になり得るものを勝手に処分するわけにもいかないのだ。

 これをやりきった詩ノ崎は冷静に見えるのだが、


「さて、どうしようか」


 ニコニコと呟く九十九が見守るのはリビングの中心。切り裂かれたTシャツ姿のままの詩ノ崎とそれに加勢するマーネ、そして頑なに引き下がらない香織。

 三人の空気は、未だに修理していない窓ガラスが風通しを良くしても殺気に満ちて重苦しい。


「とっとと居場所を言え!」


「だから何度も言ってるでしょ、無理なんだって」


「どうする? 一回痛い目みないとわかんないんじゃね?」


「それをすればあんたたちがただで済むと思ってる? それとも脳筋にはわからない?」


「あ? その面剥ぐよ?」


 なんども続く押し問答は主を守ろうとする従者を挟みつつも一触即発の事態。

 その外を余裕そうな九十九と部屋から出てきたカルネは、それに加勢せず止めにも入らず傍観者として務め、そして厄介事を持ち込んだヒナピリウルはただただ不安なまなざしを向ける。

 ヒートアップする中、カルネが九十九に声を潜める。


「聞きづらいんだけどさ」


「何かな?」


「これって財閥の軍ってやつに任せたらダメなの? 俺らが行くよりそっち任せた方が適任じゃないかと思うんだけど」


「聞いてみれば?」


 九十九がクツクツと笑いながら口論の渦中を指をさす。


「ヤダよ。だからしょーーーがなく九十九に聞いてんのに」


「侵害だねぇ、そんな人望がない人みたいな言い方」


「……違わないだろ」


 カルネが痛いところを突いても九十九は構わず少考する姿勢を見せて、


「まあ、希乃が無事で済まないからじゃないかな」


 わかりきったことを口にする。肝心なことをもったいぶる九十九に、カルネが構うだけ無駄だと仏頂面になり肘を突いた。


「端折りすぎだし、そんなの見ればわかるよ。それがなんの根拠があってシノザキは軍を信用してないのかって話だよ」


「……話長くしてもいい?」


「短くしないと飽きる」


 首を大げさに竦めた九十九は、居住まいを正すように足を逆に組み替えた。


「まぁ今回の作戦は武装した異人集団の殲滅、罪状はわかってるだけでも密入界と街中への破壊行為。世界に行けばどこかしらで起きてることだけど、日本は滅多にないことでしょ。最近だと……」


「五年前でしょ、丘柵事件だっけ」


「そうそう。前回はこの処理に遅れたせいで財閥に被害被っちゃってさ。今回は過敏に反応して、入念に準備しているじゃないかな。退役してる僕に情報提供求めてきたし、今回は意地でも成功させるつもりだと思うよ」


「良いことじゃん。失敗しなくなるってことは希乃は無事に戻ってくるってことでしょ」


「さぁ、それはどうかね?」


 悪戯っぽい笑みを香織に向けた。当の本人は視界に入らずまだおしゃべりの真っ只中だ。


「作戦の責任者がさ、香織ちゃんの叔父なんだよ」


「おじ?」


「血縁者だよ、カルネくんがだーい好きな」


「……」


 カルネの殺気を放った冷たい目と合った九十九はおちょくるように口の端を釣り上げて、両手を挙げる。


「おお、怖い怖い。冗談だよ、それくらいでかっかしないでよ」


「……いいから、早く続きを言って」


「ああ、そうだね。その叔父さんは白森財閥に合わないんだよ、本当に香織ちゃんと同じ血があるのってくらい。でもって理念が単純明快だから読みやすい」


「どんな?」


 九十九は人差し指をピンと立てた。


「異人を地球から根絶やしにすること」


「……大層な野望だね、玄燐財閥にでも行けばいいのに」


「そう単純な話ではないさ。だから今回の作戦、人質があったところで……」


「おじさんはきっと希乃諸共、殺し尽くす気でいるのよ。おじさんからしてみれば人質はいらないことを知ったただの人間だからてね」


 答えたのは当人をよく知る香織だった。

 言い合いをしていた詩ノ崎とマーネ、不安げに見詰めていたヒナピリウルも行き詰まった状況でも楽しそうにしている九十九とカルネに注目している。


「おや、終わったの?」


「終わってねぇよ、何も」


 からかうような九十九の問いに詩ノ崎はわずかな苛立ち覚える。ただ一番の原因は香織の強情さだ、彼女に向ける強面の眼差しが一層に鋭くなる。


「そこまでわかってるなら、なんで情報を隠す? こっちはな、希乃が連れ去られたんだぞ」


「私の口から言うわけないでしょ、あんたたちが行ったら何が起こるかわかったものじゃないわ。天倉に依頼しているそこの輝人(グローリア)の護衛を忘れたわけではないでしょ?……最も、早く口を割ってくればこんなことにはならなかったと思うけどね」


 振り返った令嬢が放った鬼をも射殺せそうな据わった目。睨まれたヒナピリウルはなにも出来ずに固まった。


「ヒナピリウル、もしこれで当理希乃に取り返しがつかないことになれば、あんたをエリア1に送り返すから覚悟することね」


 本来の香織は感情がジェットコースター並に起伏があるが、こと商談や大事な局面においてそれを隠すのは当然だ。冷静さを欠いてしまえば白森家の名に泥を塗ることになる。

 今の彼女の顔はそれだ。淡々と白森家の令嬢として話しながらも、根底には友人が危機に陥った要因に対しての怒りがあった。

 口論の相手だった詩ノ崎には推し量れてしまった。

 ストレートに責められたヒナピリウルは意気消沈として力が抜けてしまっている横で、香織が鼻を鳴らす。


「それじゃあ、私は少し出かけるわ。ジョージ行くわよ」


「おいってめえっ!!」


 マーネが噛みついても香織にとりつく島もなく追い払う仕草をして、詩ノ崎に面と向かう。


「希乃に関してはこっちで連れて行かれないよう努力はするわ」


 天倉の面々にこれ以上用はないと香織は背を向ける。

 沸点の低いマーネが隙を晒した香織に真っ先に突進しようと踏み込んだが、それは九十九の羽交い締抑えられる。振り切ろうとするマーネの歯ぎしりがギリギリと止まらない。

 襲われそうでも余裕な香織が「そうそう」と身を翻してスカートを舞わせる。


「私、朝七時になったらまた来るから、そのときにはちゃんと返してちょうだい。それでは、ごきげんよう」


 お嬢様らしい文言でしめて、今度こそ香織は去って行った。


「なにがごきげんようだ!! あのクソアマ!!」


「はいはい、言葉が汚いよ」


 マーネの荒げた声が外に吹き抜けるリビングにこだまする。発散しようにも相手がおらず、鬼の形相をして暴れだそうと髪が乱れに乱れる。

 九十九は羽交い締めを緩めず、詩ノ崎に確認する。


「それで、どうするの快? このまま待つ訳ではないでしょ」


「……ああ」


 すっかり打ちのめされてしまったヒナピリウルをソファーに座らせて、しゃがみながら詩ノ崎が頷く。

 しかし、頼みの綱である香織が何も漏らさず出ていってしまい希乃を攫った奴らの居場所は闇の中だ。場所もわからないのに希乃を助けに行くのは難しい。

 ただ香織はヒナピリウルを守れと言いつつ、助けに行くなとは一言も言わなかった。なら香織の朝七時にまた来るというのは、この時間までに助けろということだろう。


(しかし返すとはなんだ)


 ヒナピリウルのことにしてはニュアンスが違う。けど、それ以外に預けられたものなど覚えがない。

 あまりに困りすぎて詩ノ崎は眉間を叩いた。だが、それはすぐにカルネが解消した。


「それなに?」


 カルネが指したのはソファーの横にある異質な黒いビジネスバッグ。

 女性である香織が持つにしては似合わないし、従者がいつも持っているものでもない。だがここに居る全員のものではないなら、香織たちの持ち物だ。

 落ち着いたマーネの羽交い締めを解いて、九十九はプライバシーもなく中を漁った。見つかったのは一つだけ。


「無線機だね」


 手のひらに収まるサイズのトランシーバーが詩ノ崎に投げて渡された。

 裏に記された八桁番号と御旗のロゴで、一目で詩ノ崎がどこのものか理解した。


「これは軍が使ってるやつだな」


 電源を入れても耳障りな砂嵐の音しか聞こえない。

 詩ノ崎は迷いない手つきでトランシーバーに映るデジタル数字をいじっていると、様子を窺っていた天倉の面々がソファーの背もたれからこちらを覗いてきた。


「わかんの?」


「使ってた」


 マーネが「うへぇ」と、感嘆とはまた違う声を出す。

 周波数が変わっていなければ傍受できると、昔使用していた数字に変えていく。

 すると、砂嵐が晴れて聞こえてきたのは……。


『……こちら第二班、目標の地点につきました……』


 全員顔を見合わせた。

 男の声で軍の淡白な最低限の報告。詩ノ崎はトランシーバーをローテーブルに置いて静かに動向を窺う。


『……了解、そのまま待機せよ……』


 ザッ……


『……第二班、了解……』


 ザッ……


『……こちら第四班、六時の方向から目標地点に移動中の人影を確認……』


 ザッ……


『……了解。そのまま様子を見て、合流するようなら処理しろ……』


 ザッ……


『……第四班、了解……』


 詩ノ崎たちが香織と言い合っている間にもすでに戦況は動いていた。

 しかし、これで部隊同士の会話はこちらに筒抜けとなり、場所の特定も容易くなった。


「まさかの置き土産だな」


「……素直に渡せばいいのに」


 マーネが苦い顔をして舌打ちするが、財閥としての立場がありながらも危険を顧みずに渡したのは、純粋に希乃の友人として助かってほしいのだ。

 だがこれでも足りない。


「でもこれじゃあ、正確な場所まではわからないよね」


 九十九の指摘通り、正確な場所は依然として不明なまま。希乃がいるであろう敵の場所が“目標地点”としか呼称されないのがもどかしい。


「ねー、やっぱり今からでも追っかけて、引っ張り出せば……」


「それは辞めとこう」


「ダメでしょ、というかさっき止められてたじゃん」


 九十九とカルネに抗議を受けて、マーネがつまらなさそうに口を尖らせる。


「じゃーそういうあんたは持ってないの、ジーピーエス? みたいな」


「仕事用のやつ持ってたら出来たよ、けど希乃も詩ノ崎も完全に機能停止してもう使い物にならないもん」


「はーーー、あんたも使いものにならないわ」


「は? そもそも助けに行って間に合わなかったおまえに言われたくないんですけど?」


「あ?」


 けんか腰で対応するのが決まりなのかと詩ノ崎はすぐに仲裁に入ろうと青筋を立てて苦言を呈す。


「おまえら、いい加減に」


「あの……」


 思わぬところで手が挙がった。

 見ればヒナピリウルが何かに耐えているように口を真一文字に結んでいた。胸倉をつかみ合っているマーネとカルネも手を止めて、視線はソファーに小さく座るヒナピリウルに集中する。


「わかり、ます……。る、……るるなら、のののばしょが、わかります」


 唐突なカミングアウトに空回りしていた空気が一周して戻った。

 理解するのに詩ノ崎を含めて数秒の時間が必要であり、その空白の間がまたヒナピリウルをまごつかせる。

 最初に突っ込んだのはマーネだった。当然、それは否定から入る。


「いやいやいや、そんなのアンタにわかるわけないっしょ」


 なぜ何も手段を持ってない彼女がわかるのか、この状況下で冗談を言う人ではないにしても信じがたいのだ。


「大体、あんたに何が出来るっての? あの狂信者みたいな変な力なんて持ってないし、精々逃げ回ることしか出来ないみたいじゃん」


 そうだ、例えベガのように賢者の秘術を使えたとしても知りうる限りそんな効果はなかったはずだった。

 しかし、威圧するマーネに対してヒナピリウルは弱々しい目をしつつも抵抗する。


「わ、わかるの。ノノが、どうなってるかまでは、わからないけど……、どこにいるか、だったら、ちゃんと……」


「あんたねぇ、あたしたちでわからないことがなんでわかるのよ、電波でも入ってんの?」


「だって……、る、るるが……」


「ルルは? 何?」


 バカにした半笑いをかますマーネ。

 何度も何度も「るるが……」と続く声が、言う度に小さくなっていき耳に届かなくなる。

 だが、遂には覚悟を決めたように鋭い目つきで涙を溜めながら撥ね除けた。


「……ルルが、“スクラプトラ”だから」


 ヒナピリウルの一言が反応を二つに分かれた。


「……?」


「スク……なに?」


 わからず首を傾げた者と、


「「…………」」


 沈黙してしまった者だ。

 突っかかっていたマーネは完全に言葉を失って二の句を継げずにいる。九十九とカルネがわかっていないのなら詩ノ崎が聞くしかなかった。


「……ルル、なんで今まで黙っていた?」


「だって、わかったら、還される、っておもって」


「天倉が賢者と繋がってると思ったのか」


「……はい、ごめんなさい」


 今度のヒナピリウルはいつものように目を彷徨わせている。香織の言うとおり、肝心なことに口をつぐんでいたのだ。

 しかし、詩ノ崎の心中は違う。


「今、希乃の居場所がわかるか?」


「えっと……」


 詩ノ崎が促すと、ヒナピリウルはゆっくりと目を瞑り、その拍子に一条の涙が頬をつたう。異質な静寂で意識が研ぎ澄ませれているようで、ヒナピリウルは五秒もかからず口を開いた。


「きょう、ののといっしょに、にげたとこ。はいきょ……」


「跡地か」


 なるほど、確かにそこなら異人が見つけにくいはずだ。

 得心して詩ノ崎が小さく座るヒナピリウルに優しく声をかける。


「ありがとな、言ってくれて」


「ののがルルをまもってくれたのに……、これで、見捨てたら……、ルル、もう……」


「ああ、わかってる」


 詩ノ崎は涙目のヒナピリウルの肩を気にするなと軽く叩いてから、威勢良く立ち上がった。

 一縷ではあるが、ようやく光が差したのだ。


「よし準備でき次第すぐに出発するぞ!」


「けど、どうやって行くつもり? マーネは自力があるからいいけど、跡地ってことになれば車が必要じゃないか」


「あ、そういえばそうじゃん」


 九十九の指摘で思い出したように声をあげたマーネだが、詩ノ崎は短く答えた。


「あてならある」


 連絡をとる前から快く引き受けてくれることをすでに確信していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ