1-22 橋での戦闘
「あいつはそうか?」
サイドミラーから白いレインコートを着て鉄仮面を被った人物がバイクから降りる姿が映る。風貌は希乃達を襲った奴らと同じだが。
「知らないです、この人。私が襲われたときに仮面を付けている人なんていなかったはずです」
「……そうか」
遠目であれだけ目立つなら確かだろう。
周りには仲間は見当らない、それほど自信があるか、それとも……。
「あれは……」
「さあ、早く出てきてくれませんかねぇ!」
「っ! 伏せろ!」
急に発せられたくぐもった声のあと、相手が片手を横に振るとガラスが薄氷のように容易く割れて座席に刺さる。貫通はせず止まってくれたが、二枚だけ座席の間を抜けて内一枚は装着したスマホに深々突き立てていた。
それは三つ巴の手裏剣、忍者が投げるには円盤過ぎるし刃が飛び飛びだった。
第二射に備えて二人は頭を座席に隠すしか出来ることがない。
「どうします、逃げられます!?」
「逃げるってどこにだ! ここは橋のど真ん中だ、逃げ場どころか遮蔽物もないぞ!」
詩ノ崎に敵のような武器は持っていない。
対する敵はゆっくりと確実に近づく。選べる選択肢はほとんど残っていないに等しいのだ。
「希乃、携帯はちゃんとあるよな?」
「はいっ、持ってます」
緊張から希乃はもたつきながらも自分のスマホを掲げたなら、他人任せではあるがまだ勝機の目はある。
「奴らの狙いは希乃だ。天倉に連絡して九十九……、いやマーネに応援を頼め」
「詩ノ崎さんは……?」
「時間を稼ぐ。わかんねぇが相手は今んところ一人だからまだなんとかなる」
「でも、あの人武器を……」
「慣れてることだから心配するな。……いいか、何があっても絶対車から出て来るなよ。伏せて助けが来るまで待て、いいな」
そう強く念押しして運転席のドアを素早く開けた。希乃は何か言おうとして口を開いていたが、静止も聞かずすぐに音を立ててドアを閉める。
間を吹き抜ける風と足下の川音、相まみえる敵の不気味さが増す。天気外れのレインコートより無機質な鉄仮面の方がよっぽど悪趣味だと思えた。
詩ノ崎は余計な身体を抜いて重心を下げて敵を見据える。そして静寂は鉄仮面が破った。
「やっっっと出てきましたねぇ」
「望みはなんだ?」
詩ノ崎の端的な問いに鉄仮面は肩を揺らす。
「そんな安い台詞、言う人がいるんですねぇ」
「……一応聞くだけだ」
「そうですねぇ、一番はあなたと戦いたかったんですよ」
(……俺と?)
鉄仮面に持っているナイフで指される詩ノ崎、表情にはおくびにも出さなかったが、自分を指名されたことに驚いた。
現役だったならいざ知らず、退役して一線から身を引いた自分に申し込む奴はいまいと。
「お前がどこの誰かは知らねぇが、おれはただのリサイクルショップの店員だ。喧嘩目的ならそこらへんのチンピラにでも当たってくれ」
「謙遜しちゃって、そこらの雑魚じゃ話にならないでしょうに」
どこを見てそう判断したかはわからないが、間違ってはいない。
もう少し話を続けて時間を稼ぎたかったが、鉄仮面は「それに」と詩ノ崎に向けていたナイフを車の方にずらす。
「良いんですかぁ? 車に乗ってる女を連れて行ってもぉ」
やっぱりそうだったか、と当たって欲しくなかった予測に息を一つ吐く。
これは人質に希乃をとっての強制的な果たし状だ。
―― 上等だ。
詩ノ崎は拳を身体の前できつく握りなおす。
「その面見せてもらうぞ」
「ふははっ、いいですねぇ! 本当は戦わずに女を攫えっていうオーダーなのですがぁ、こうなって仕方ありませんからねぇ」
「嘘つけ、元々そうするつもりだったろ」
「……わかりますぅ?」
頷くと、また鉄仮面のぶら下がっていた腕がぶれた。
油断なく敵を見据えていた詩ノ崎は体を横に開くことで躱す。通り過ぎた物体は一つだけ、紫色の物体が重力に従って時間差で地面に転がる。
物体が何か見ようにも鉄仮面はもうその時点で走りあっという間に詩ノ崎の目の前に。
「……!」
手に持っているものが鉄橋の明かりを反射し詩ノ崎の識別眼が持っているものを見抜いた。
片刃がくすんで青紫に変色したナイフ、それも生産場所がここではない上に原材料がエリア5の準禁止輸入武器だ。
それを視認した詩ノ崎は、相手の危険度が跳ね上がる。自分の持っている経験を呼び起こさなければ死にかねない。
鉄仮面が振るうナイフが腹部、胸部、首に三本線を引くが、詩ノ崎は上半身だけ後ろに退くことで空を切り、反撃に右フックを食らわそうと振りかぶる。
だが、べったりとくっついていた鉄仮面は拳の届かない距離までとられた。
「ははは、やっぱりいいぃぃ!」
哄笑する鉄仮面のナイフはさらにスピードを上がる。
詰めては離す、詰めては離す。前後に動く、詩ノ崎を車から引き離そうしているようだ。
(しゃらくさい……!)
丸腰の詩ノ崎としては大きく動ききながら一気に詰めたいが、希乃のいる車の傍を離れられない。
見えたのだ、外灯のない暗がりの河川敷の一本道にある車が。
車から覗く角度からは見えなかったが、希乃が証言した車が橋から見える場所に陣取っている。しかも車窓から人影もある。野次馬が万が一にもあるにしても、こちらを見ているのは明白だ。
気にしなければまだ反撃の隙はあるものの、ここは最小限の動きで余裕を保ちつつも避け続ける。
「よくないですね」
なぜか鉄仮面がナイフの間合いからも抜ける。拳もナイフすらも当たらない外、鉄仮面が円盤を三枚投げた。
けれど、それは詩ノ崎に迫るどころか軌道は下に一直線。一歩後ろに退けばどうってことはない。
そう認識して、すぐに相手に集中しようとしたところで、
「……うおっ、あぶね!」
火花を散らして円盤は地面をバウンドしたのだ。追尾するかのように詩ノ崎の眉間にめがけて牙を剥く。
首を捻って躱してものの、初めて攻撃が当たってしまったピッチリ張り付いたTシャツが裂かれる。それでも縦三本線からは出血はしていない、浅いどころか傷もない。
してないが意表を突かれて詩ノ崎の体勢が崩れた。その隙を見逃さず鉄仮面はナイフによる突きを繰り出す。
「こな、くそっ」
横にスライドすることができない詩ノ崎は、そのまま地面に倒れ込み鉄仮面の手にオーバーヘッドを食らわす。安全靴で蹴り上げられたナイフは宙を舞い、詩ノ崎は固いコンクリートの上で後転して難を逃れられた。
反動ですぐに立ち上がる。
正直、体がついてきてくれて内心ホッとして、長い息を吐いた。
一方のやられた鉄仮面は蹴られた手をジッと見つめる。投擲もなく接近もしてこない。
詩ノ崎は眉間を叩きながら敵の情報を自然と呟いた。
「バネとしなやかさ、近接メインに身体能力のごり押し……獣人か」
「ははは、当たりです」
どんな表情かは拝むことは出来ないが、ニヤけ面をしているのはわかる。
薄気味悪いものを感じるものの、このまま同じようなやり方なら時間は十分に稼げる。油断はしていない、だが曲がる投擲とナイフだけなら動きを制限されても対処は難しくないのも事実。
そして、時間を稼げれば車の中にいる希乃の連絡でマーネか九十九が来る。
いつでも来てもいいように気をまた引き締めると、またくぐもった声が鉄仮面から発せられた。
「やはり見間違いではないですねぇ」
「あ? なにがだ」
「いやはや、こんなところで落ち延びているとは思ってもみませんでしたが」
「なんの話をして……」
詩ノ崎の背筋に冷たいものが這う。動き続けた汗のせいではない、知っているような素振りをみせる鉄仮面に今度こそ戦いた。
次の言葉は詩ノ崎に衝撃を与えた。
「それはあなたが一番わかっているでしょ。“英雄”シノザキ」
思考が飛んだ。大量の疑問が殺し合いである最中に渦巻く。
そして、ハッとしたときには遅かった。
鉄仮面がまた特性を生かして接近してきたからではない。
向こう岸の車のヘッドライトを光らせて動き出そうとしているからでもない。
何かが開く音と駆け出す足音が、背後にある車から聞こえるのだ。
ほとんど脊髄反射で誰もいないはずの後ろを振り返ると、詩ノ崎の動きは初めて固まった。
「でるな!希乃!」
全力で駆け出す希乃の後ろ姿。
静止で名前を叫んだ瞬間、空を切る音ともに希乃の両足は地面を離れ、顔面から数メートル転がっていった。
希乃から聞いていた狙撃手。
ピンポイントで手に持った携帯を破壊し、遠くのビルからヒナピリウルの頭を狙うほどの実力者。だから念のために詩ノ崎は車の影から体を出さず、鉄仮面にも距離を詰めていたのだが……。
(くそっ、やっぱりいるか!)
詩ノ崎の目には橋の外から銃弾が希乃の足に命中しているのをはっきり捕らえた。これは詩ノ崎が危惧していた狙撃手の存在の肯定だ。
うつぶせでピクリとも動かない希乃のところに向かおうと、狙撃手に撃たれようが関係なく車の影から飛び出そうとした。
しかし、それを鉄仮面が許すはずがない。
「しょうがないですよねぇ」
ねっとりとした声が詩ノ崎の体、正面まで来ていた。
希乃に振り向いていた首を戻し、影にしかみえない首狙いの横凪をあごを上げることでまた逃れたが、
「……っ!」
体勢を変えようとした矢先の回避で受け身をとれず、背中から強く叩きつけてしまった。衝撃による痛みが詩ノ崎の全身にもろに伝わる。
これ以上ない隙に詩ノ崎の右手を踏みつけ、確信した笑い声を響かせて鉄仮面が振りかぶる。狙いは急所の心臓。刃先が胸に届こうとしていた。
しかし、その腕は空中で止まり行き着くことはない。
詩ノ崎がその空いた左手でがっしりと掴む。そして、骨を粉々に握り潰さんとばかりに握力をかける。
「このまま、おる……!」
「出来れば良いですねぇ」
光が道路を照らし、取っ組み合っている詩ノ崎の横スレスレを別の車が通り過ぎた。
ヘッドライトをつけたスモークガラスの白のワンボックス。
スローモーションのように目尻でそれが入ってきた瞬間、握力が今まで以上に加わる。
「どけ!」
「……これもぉ依頼ですからぁ」
上から体重をかけて刺そうとする力と片手で押し返す力が拮抗する。
その間にも希乃の隣につけて、レインコートをつけた数人に抱えられた。抵抗もなく、敵の計画がこともなげに運ばれる。
筋肉が膨張し、血管が浮きでる右腕。詩ノ崎は力を限界まで振り絞り、上から押さえ付ける足を持ち上げどかす。
「なんて力おしな!」
戯れ言には返さず、詩ノ崎はバラスの崩れた鉄仮面を車道に転がし起き上がる。
すでに希乃の姿はなく、車はバックドアを開けたまま今まさに発進しようとしていた。
「まてや、ごら!!」
まだ間に合う、冷静ではいられなかった詩ノ崎は腕に行った力を足にも行かせ、力強くコンクリートを蹴る。
赤のブレーキランプが消えて車は無情にも走り出す。加えてバックドアから銃口とスコープをのぞき込む人影に、
「あぁ!?」
詩ノ崎は驚きに声をあげて咄嗟に横っ飛びした。放たれた弾丸は詩ノ崎に当たらなくても、追撃して前に進ませてくれない。
さらに続く弾丸に追われる詩ノ崎は下がり、動かなくなった車を盾に隠れるしかなく、希乃を連れ去った白のワンボックスは遠ざかっていった。
そして真正面にいる敵に切り替えることを余儀なくされる。
「お前……!」
鉄仮面は悟られずに詩ノ崎から離れていた、それもバイクの傍にまで。
しかし、もう詩ノ崎は車の傍にいる必要がない。突っ込む姿勢になって、再び足に力を溜める。
「お前を捕まえて、吐かせる……!!」
「やれるものなら……」
鉄仮面が会話を聞かずに詩ノ崎は猪突猛進する。もう手裏剣やナイフから避けることすらも頭に入れず、痛みに代えても情報をぶんどるつもりだった。
「せっかちですねぇ」
鉄仮面がバイクにまたがらず飛び越えた。
そして、あろうことか逃走手段のバイクを水平に蹴り、バイクを詩ノ崎との空間に押しつける。
「またぁ、会いましょう」
「……っ!」
はっきりと聞こえたその瞬間、バイクは爆発した。
突然の熱風と強烈な光。詩ノ崎は予想外の目くらましに足に急ブレーキかけて顔を覆う。ひりつく熱風を浴びても爆発に巻き込まれはしなかったのはまだ幸い。
だが、鉄仮面は橋の手すりに足をかけて飛び込んだ。詩ノ崎が駆けつけた頃には残っていたのは小さくなった藍色の川に波紋だけだ。
取り逃した。
その事実が燃えさかるバイクと動かなくなった車とともに最悪の形として残った。




