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ノノノ越界奇譚  作者: 雨枝蒼
【グローリア編】
20/56

1-20 ターゲット


―――――


ヒナピリウルが来た翌日には詩ノ崎はベガに連絡していた。

お昼休憩の傍ら会議室で、まずはエリア1出身者への聞き込みから。エリア1といえど世界が集まっているのだから広い、地元に住んでても知らない場所があるように、偶然ヒナピリウルの故郷を知っていたなんてことは期待していない。あくまで外周の地域、中心から離れた田舎の風習をしっかり把握したかった。

しかし、ベガは知っていた。

昼休みは留守電が流れたが、夕方に架け直してくれた。ヒナピリウルの言動と身体的特徴をずらりと並べれば一発、僥倖だ。

話される真実に目を瞑ればだが。


「“還元”ねぇ」


面倒な、と続けて言いそうになる前に煙草を口にくわえて、代わりにエリア1の風習を聞いた率直な感想を吐いた。


「今の時代に生け贄なんてバカバカしい、時代錯誤も良いとこだ」


『でも、これがバカにならないんだよ』


「効くのか」


『それはもう、生きたまま捧げるおかげで』


違う世界の常識に触れて、前髪をかき分けて眉間を叩いた。ある程度発達した文化に生きる詩ノ崎からすればドキドキもしない胸くその悪い情報だ。


「これの生け贄がルルで逃げてここまで来た……、重要人物にあたんのか」


『祭事の主役だからそれなりに。それよりもそのヒナピリウルによくぞここまでと褒めたいよ、取り仕切っていた賢者もいただろうに』


そういえば、とマーネに対応できる身のこなしがあることを想起させた。


「ああ、とてつもねぇな。なにか特別な訓練でもやってたのかもしれねぇな」


『それは、どうだろうね……』


「なに、なんか知ってんのか?」


ベガの含みのある言い方に詩ノ崎は食いつくが、


『それは秘密』


笑って流された。隠し事をしない性格の彼は門外不出の賢者にまつわる話になるといつもこうだ。

辞めても義理で誰にも話さないらしい。もしかしたら、崇めている希乃がお願いすれば教えてくれるかもしれないが、現状の詩ノ崎の優先順位は低い。


「そうかよ、ならいい。気になるのはその賢者が他エリアに渡ってまで生け贄を連れ戻しに来るかどうかだ。元賢者さんならどうする?」


『ないよ』


すぐに軽い口調で否定した。


『内縁の賢者は別だけど、外周の賢者は固定でね。唯一の声を届ける人がその土地を離れるのは考えられないよ』


「……絶対か?」


『そう言われると、悩ましいね』


「どっちだよ」


詩ノ崎は確証がほしいのだ。ここでベガの声のトーンが落ちる。


『わからないんだよ、どれほど持ち主なのか会ってみないことには』


「会えばわかるものなのか?」


『すぐに』


少しでもヒナピリウルの不安材料をなくしたい詩ノ崎にとって考えるまでもない。即決だった。


「なら、会ってくれないか? わかんねぇことが多すぎて困ってるん……」


『主様を連れてくるなら最短で!』


「あ、ああ、わかった」


もしかしたら会わなくてもわかったのではとベガから薄々感じたがそこは互いの利のため押し黙った。

そこからは日程がトントンと決まった。二日後に詩ノ崎と希乃とヒナピリウルの三人で配達の名目で行くこと。

ベガの暴走がなければいいが、と余計な心配をしながらスマホのメモに記述した。



――――――――――



目的地に近づいた頃には太陽はもう顔を見せていない、渋滞を避けて大回りをしたのだ。

車を路肩に停車させ詩ノ崎が歩道に降りるてすぐに鼻腔を刺激する匂いがして、人が行き交うはずの駅に視線を向ける。

見据えた先は爆発現場だ。様子は陸橋と駅で隠されてはいるが、そびえるビルの壁に映る微かな赤い光の明滅と、まだ漂う煤けた匂いが事件の凄惨さが物語っている。


(本当に拉致に来るとはな……)


詩ノ崎は小走りでベガが働く店の敷居をまたぐと、こんな状況でもお客はおり、店員は一人で対応していた。


「すみません」


「はい、なにかお探しですか?」


「お尋ねしたくて、ここで働いている妻夫木聖さんはいらっしゃいますか」


「……いますが、どちら様でしょう?」


所在を聞いただけで困ったようにこちらを見上げる店員。いつものことだと、人相の悪いと自覚している詩ノ崎には特別不快には感じていない。


「申し遅れました、詩ノ崎快と申します。先ほど友人の妻夫木聖さんから連絡を受けまして、駅前の事故に巻き込まれた二人を保護したと聞きまして、そのお迎えに来ました」


「はあ……少々お待ちください」


店員はまだ疑ったまま店の奥に消えて、程なくしてベガが顔を出す。心なしか表情は電話していた人と同一人物か疑うほど明るい。


「やあ詩ノ崎、待っていたよ」


「すまない、こんなことにまで巻き込んでしまって」


「いや、こっちとしては主様の役に立てたなら至上の喜びだよ」


そう言うと、ベガは詩ノ崎と連れて店の奥を案内した。入った先の部屋に二人が折りたたみ式のパイプ椅子に座っていた。

ヒナピリウルは眠り、希乃がその横でウトウトとしているところだが、詩ノ崎を見るやすぐに目を大きく開く。


「詩ノ崎さん……!」


「よかったよ、無事みたいだな」


顔や頭は綺麗になっていたが服が店先で姿を現せられないほどの薄汚れて焼けている。しかし、身体そのものは二人とも無事なようで、詩ノ崎は胸をなで下ろした。


「ルルに怪我は?」


「掴まれた右手首以外に特には」


それとは逆に急速に希乃は何故かしょんぼりしている。


「だけど携帯とリュック、あとベガさんの荷物が……」


「いい。二人とも無事なら大したことじゃない」


詩ノ崎は笑みを作る。せっかく命からがら逃げたのに、たかだか物で責める理由がどこにあるだろうか。


「それにこれに関して香織も動いてる。これ以上巻き込まれることはまずねぇから安心しろ」


「……やっぱり、そういう案件なんですね」


希乃が難しい顔をして唸る。

そうしている間にヒナピリウルがまだ眠たそうに目をこすりながらゆっくり起き上がった。


「あ……」


「起きたか、まあ無事でよかったよ。あとは天倉に戻るだけだ」


「それなら裏口から。今の主様は人に見せられませんから」


ベガの提案に詩ノ崎は首肯する。

詩ノ崎と希乃、ヒナピリウルは匿ってくれた女性店員にお礼を言うと、そそくさと車に乗り込んだ。ベガには希乃に相手させることを条件付きで、後日聖水を届けることになった。でなければ別れを悲しむあまり希乃から離れようとしなかったのだ。

泣きじゃくるベガを置いてまた同じ遠回りするルートで車を走らせる。

渋滞を避けるためでもあるが、後部座席に座る二人に現場は見せられない。

というより、詩ノ崎が一番に見たくなかったのが正直な心情だ。


「希乃、さっきの電話の話、もうちょっと詳しく最初から聞いてもいいか」


「あ、はい」


バックミラーから見た希乃の顔色は珍しく悪い。長くなるが、手短に終わらせて休ませる必要がある。


「さっき電話でも言ったんですけど、最初に多分狙撃で電話を壊されちゃって。右手が痺れてうちに取り囲まれて、跡地に逃げこんだんですよ」


右手をさする希乃がヒナピリウルに視線を飛ばすも、会話には参加せず、窓の外をただ眺めているだけで心ここにあらずといった感じだ。


「一回だけレインコートを着た……、多分異人なんですけど、その人にルルが掴まれたんですけどなんとか逃れきれて、時間はかかったんですけど駅には戻れました。ただその後に車が爆発して、乗っていた運転手さんも無事だと良いんですけど……」


「……どうだろうな」


悲運にも巻き込まれた人間のことは、現場にいなかった詩ノ崎にはわかりかねることだ。


「それでまた囲まれて、ギリギリのところでベガさんが助けてくれました。あとはベガさんに匿われて特に目立ったことはなくて……だいたいこんな感じです。ただの配達でここまでのことになるとは思いませんでした」


「あぁ、それは俺も予想外だよ。まさか真っ昼間に来るとは、なにか急ぎでもあんのかな」


ハンドル片手に中央に設置されたスマホを設置台から外し、香織から送られた写真を見せた。


「少し話戻るが、この中に跡地で襲った奴はいるか?」


なにも聞かず顔写真をスライドする希乃が 「あっ」 と呟くと指が止まる。


「この人です……、私とルルを襲ったのは」


写真だから表面上のことしかわからないが、レスラーにいそうな偉丈夫な佇まいで、いかにも力に自信がありますという顔だ。

粗暴の悪い輩が希乃とルルを捕まえようとしたことに、詩ノ崎は静かな怒りに蓋をして溜息をつく。


「この人を追い払うために、あの……聖水かけちゃって」


「聖水をかけた……? 盗られたとかじゃなくて」


「はい……。エリア1以外なら劇薬だからって、前にベガさんが」


「いつの間にそんなことを……」


知らないところで教授していたベガに苦言半分、助かるきっかけになって賞賛半分で複雑な心境だ。


「その写真ってさっき言ってた、香織さんからのですか?」


「お嬢からというより、もしかしたら財団からじゃねぇか。どうにも過敏に反応してたし、俺らが心配することじゃねぇよ」


「そう、ですか」


事の大きさに希乃は苦い顔を作った。けど、詩ノ崎はそこまで悲観的に捉えていない。


「どうせすぐ捕まって終わるだろうからな」


それが詩ノ崎の見解だ。しかし、


「……うん?」


胸の引っかかりを覚えスマホの顔写真とバックミラーに映るヒナピリウルを交互に見る。

ただ何に引っかかっているのか明確に言葉にするまで時間がかかりそうだった。


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