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ノノノ越界奇譚  作者: 雨枝蒼
【グローリア編】
2/56

1-2 異人

―――――


 “私たちが見ている空には限界がある”

 これを知っているのはごく一部の人間だけだ。

 宇宙開発が盛んに行われていた時代、あらゆる研究を尽くして地球の外へ出ようとした。

 しかし、人が月の裏側に行けば地球との通信が切れ、探査機を月より向こう側へ飛ばせば成果も残さず帰ってこない。太陽の正体を探ろうにも、その前に天災が降りかかり計画は潰れる。触れられたくないという神の癇癪と言わんばかりだ。

 宇宙のために心血注いだ技術は応用され生活は豊かになっていく中、肝心の宇宙人との交信もなく、手を尽くそうにも宇宙空間の開発は一向に進まない。

 人間は地球という監獄に囚われている存在であると証明されようとしていた。


 しかし、そうはならなかった。

 偶然にも地球とは別世界に行く手段が発見されたのだ。


 そこは常に雲一つない青空、高く積まれた花と土の山、一面を鏡のように水が張られた幻想世界。土地が増えたと浮き足立つ各国の首脳は、宇宙から別世界の土地確保と開発に移行し、急成長する財閥の力を秘密裏に借りながら調査が続けられた。

 

 生物はいるどころか、微生物すらもいない。

 水は宇宙服、次第に皮膚にまで浸食し、成分調査をしてもエラーを起こした。

 花は水に浮かぶ木の葉のように漂い、生物を集中して狙う食虫植物と化している。

 電波は全くと言っていいほど通らないせいで地上とは通信ができない。


 ―――― 美しい地獄と言っても差し支えない絶望的な世界だった。


 それでも刻一刻と毒の水に浸食される短い時間の中で、犠牲を出しつつも、探索が続けられた。

 そしてある日、小高い土の山に一機の機体が発見された。

 ジェット機の形をしているが、自国が保有しているものでもない。そもそも持ち込める大きさには制限があり、ここまで大きな機体を出し入れする技術はまだ確立されていなかった。


 他国が開発したのか、疑心暗鬼に陥っていった探索隊の前で機体が開き、降りてきた人型が一つ。

 これが“異人”と初めて接触した瞬間だった。



―――――



 しばらくして希乃と詩ノ崎が到着したのは、大きな道路から外れて住宅街の一角。遠目からでも古いとわかる木造アパートだった。

 希乃は外観の事は気にせずさっさと助手席を降りると、バックドアから段ボールに張ってある白黒のバーコードを、首からぶら下げているスマホのカメラで読み込む。


「6の錠剤と栄養剤と防暖具……、割れ物……、二○五号室」


 中身の小瓶が動かないよう両腕で持ち、錆びて変色している鉄階段を上る。カチャカチャと一歩踏み出す度に段ボールをせわしなく鳴らし、届け先の玄関前へ。


「ここかぁ」


 緊張も恐怖もなく、呼び鈴を押した。


 お客は人間ではなく異人。

 異なる身体構造、異なる自然環境、異なる文化を持ち、姿を人間社会に溶け込ませることは出来ても、順応出来ない部分が必ず出てきてしまう全く別の生物。

 特に地球にはない必要な栄養素が摂れないのは、移住した上で切り離せない問題だった。

 人間は必要な栄養素であるタンパク質、糖質、脂質、ビタミン、ミネラル。どれかが足りなければ最悪病気に罹ってしまう。

 異人も例外ではない。人間のように五つと多くはないにしても摂らなければならないのだ。

 そこで天倉では異人の必要な栄養素を含む食品と飲料、手に入らない生活必需品をあちらから輸入し、配達している。

 本務はリサイクルショップであるはずなのに。

 オーナー曰く、異人と良い関係を結ぶために行っているらしいが希乃には詳しい話は聞かされていなかった。


「はーい」


 声と同時にドアが開く。人間の群衆の中にいられても異人と見分けられないほど顔も体も普通だ。ヨレヨレの無地のTシャツと色が薄いジーパンでだいたいの生活水準がわかる。そんなどこにでもいそうな青年だった。強いて変わっているところをあげると、冬が終わってもまだ長袖の保温性が高いドロアーをつけていることだろうか。

 希乃は自然な笑顔で応対する。


「こんにちは、リサイクルショップ天倉です! ここに認証お願いします!」


「おお、やっときたよー!」


 青年の右手首に捲かれた液晶画面付きのブレスレットを希乃のスマホに接続された認証端末に近づける。スマホの電子音とグリーンの明かりで決済完了を見届けると、いつも通りに青年は世間話を始めた。


「そういえば聞いてよ、ののさん。自分、警備員で働いているの知ってるよね?」


「はい、覚えていますよ。確か、病院でしたよね」


 異人と感じさせない流ちょうな日本語に馴れ馴れしい口調。

 希乃は嫌な顔一つせず青年の問いかけに頷く。


「それが昨日、人が侵入してね」


「え、一大事じゃないですか」


「いやー、まさか天下の財団様の建物に入ってくる奴がいるとはね、とんだ恥知らずだよ」


「はぁ、何か盗難とか襲われたりとかあったんですか?」


「いや、それがね」


「……はい」


「何にもなかったのよ」


 希乃はかくっと顔を傾けた。


「そ、それは良かったですね」


「まあね、ただどこから入ったのかもわからないらしくてね。ほら、財団だからさ、入られたのは財団の沽券に関わるって言ってセキュリティー強化するし、警備部は弛んでいるなんて怒られちゃった」


「あぁ……、それでその侵入者は捕まったんですか?」


 青年はへらへらと笑いながら軽く首を横に振った。


「逃げ足が速い奴でね。窓ガラスぶち破っちゃって。あ、荷物持たせてごめんなさいね」


 希乃は荷物を手渡す。青年があまりの重さにバランスを崩したが、希乃が手を添えて事なきを得た。


「やっぱり、ののさんは力持ちだね」


「いやいや、そんなことは……。それでは、失礼します」


「こちらこそ、また来てね」


 希乃は一礼をして静かにドアを閉めた。

 おしゃべりな異人さんだ、と呟きを飲み込んでアパートを後にする。

 戻るとアパートの一室に届け終えた詩ノ崎が車に体重をあずけて一服。タイヤが地面から浮く傾きで荷物が壊れていないか心配だった。


「すみません、遅くなって」


「別にいいよ、あそこの客は世間話が好きだからな。しかも希乃じゃないと露骨に機嫌が悪くなりやがる、まったく」


 灰皿でグリグリと火を消しながらぼやくと詩ノ崎は運転席のドアを開けた。


「迷惑なことやられたら早めに言ってくれよ」


「はい、心得てます」


 元気に返事をすると二人は乗り込んで次の届け先に向かう。




 最後の届け先で希乃は被害に遭った。

 お客はお好み焼きをやっている居酒屋の大将で、しかも次希乃に絡みでもしたら配達を停止するとまで詩ノ崎に言わせた異人だった。

 届ける荷物はラック一つ分のお酒と思われる褐色瓶を六本と、十kg分の塩らしき結晶を三袋の計三十kg。希乃一人で運ぶには多すぎるのと、前回の迷惑行為から詩ノ崎もついて行った。

 だったが、酒を飲んで酔った大将がまた絡んできた、文字通りに。


「ちょっと、ベタベタします……」


「とりあえずウィンドブレーカー脱げ」


 隠していた四本の触手を使い希乃に抱きついたが、詩ノ崎と大将の妻の二人がかりで引きはがされた。

 詩ノ崎はエプロンに飛び散った程度で軽微だったが、希乃の衣服からは糸を引き、てらてらと太陽の光が良く反射している。

 まだ髪と顔に付かず、上半身はウィンドブレーカーの撥水性で防がれたものの、ズボンは粘液性が強い液体を吸ってしまい、あまり気持ちの悪さに希乃は涙目だ。


「ほら、これタオルだ」


 車を停めた駐車場に帰ってきて、詩ノ崎が車に備え付けているタオルを渡す。ごわごわしていたが、希乃は気にせず先に付着していては困る顔と髪、次に濡れたウィンドブレーカーを脱いで手も拭いていく。


「ほんとに、すまないな」


 詩ノ崎が頭を下げると、希乃は苦笑してタオルで綺麗になった手を振った。


「あー、いいんですよ。仕事ですから、……あとタコですし」


「いや、警戒していたのに異人に対して詰めが甘かったわ。あそこには希乃はもう行かせねぇよ」


「ははは……、でもあのお客さん大丈夫何ですか? 思いっきり頭グーで殴りつけてましたよね」


「そこまで力は入れてない……はず。奥さんは心配いらないって言っていたし、何とかなんだろ」


 足まで拭き終わるとタオルを持って二枚目のタオルが敷かれた助手席に座った。


「戻ったら制服のズボン替えないと……」


「ロッカーにもう一枚あったよな? 洗濯はこっちでいつも通りするからカゴに入れといてくれ」


「すみません、ありがとうございます」


 すでに空が青から茜色に染まりつつある。全ての仕事が終わって、お店に着く頃には五時になろうとしていた。


「……あれ?」


 ここで駐車場に一台の車が停まっているのが希乃の目に入る。

 触れてはいけないような流線形ボディに、リサイクルショップに置いとくには似つかわしくない漆黒。何の車種か希乃は疎くはあったが、簡単に買えるものではないのはわかる。そして、誰の車かは一目で思い当たった。


「あー!!」


「あー……」


 二人の声は偶然にもハモる。助手席では喜色満面で、隣の運転席では頭を抱えている。

 高級車の隣を慎重に停めると、詩ノ崎は急ぎ足でお店に入った。


「えらっしゃーあせーーー」


 ドアベルに合わせて気の抜けた声が耳を打つ。

 寝癖で跳ねたマッシュの髪型に、右耳に光る金のリングピアス。風貌は巷で見る大学生だ。

 目線は手元のスマホに向けて入ってきたドアを見ようともせず、しかもお客から見えるカウンターに体重をあずけた突っ伏す姿勢でいるのは、勤務態度が悪いどころではない。

 詩ノ崎は配達からの帰還に気づかない社員に静かに近づき、


「おい、カルネ!!!」


 睨み付けながら特大の雷を落とした。


「うおっ! シノザキ!」


 当人は飛び上がって、すぐさまエプロンのポケットにスマホを滑り込ませたが手遅れであった。

 またやっちゃったか、と濡れたタオルとウィンドブレーカーを持ってくるのに遅れてやって来た希乃は、窘めている光景に苦笑する。


 カルネは天倉に働く異人の一人だ。三年前に地球にやって来て、天倉と住み込みで働くことを含めて雇用契約を結んでいる。しかし地球のゲームにはまりにはまって、今では天倉の引きこもりと化してしまった。

 しかも、接客として出てきてもご覧の有様で、詩ノ崎に埋め込まれた大きな頭痛の種の一つだ。


「前にも言ったよな? 今度それやったら回線切るって、言ったよな?」


「いや、今お客さんいないし……、スタミナあふれるのもったいなかったし」


「反省してるやつの口じゃねぇよ、それは」


 詩ノ崎が静かにカルネに右手を差し出す。

 向けられた当人は不審そうに、詩ノ崎の仏頂面と交互に見た。


「なに?」


「さっきまで持ってた携帯だよ、とっとと渡せ」


「やだよ! ようやく手に入れた五台目なのに!」


「いいから、渡せ!」


 なじり合いからスマホ争奪戦となったレジ。閑古鳥が鳴く店内が幸いして、恥ずかしい内輪揉めは衆人の目にさらされず済んだ。


「あのー」


 様子を見ながら声をかけるタイミングを窺っていた希乃。今まで二人が忘れていたことを恐る恐る口にする。


香織(かおり)先輩来てません?」


 二人は思い出したようで揃って渋い顔をする。詩ノ崎は溜息をついてから、早口で指示をだした。


「カルネ、没収は後だ。あとできっちり引き取るからな。希乃は先に着替えたらカルネと替わってくれ。話はいつ終わるかわからねぇから、降りてこなかったら九十九かカルネと協力して閉店準備をしてくれればいいから」


「はーい」


 カルネはほっと胸を撫で下ろしたが、希乃は少し不満だった。


「一応あいさつしたいんですけど」


「汚れた格好で会うわけにいかねぇだろ。あと今日は遊びに来たわけじゃなくて案件っぽいからな。九十九が相手しているみてぇだし」


 詩ノ崎は一瞬、煩わしそうな視線を二階にある会議室に向けた。


「だから終わったら、な」


「わかりました……」


 希乃は呟くように返事をした。

 詩ノ崎にあとから付いてく形で希乃がバックヤードにある階段を上るが、ふと詩ノ崎が止まって、また性懲りもなくスマホをいじろうとしていたカルネに問いかける。


「そういや、どんくらい待ってる? 十分くらいか?」


「二時間」


 予想以上の数字に希乃はこれから待っているであろう厄介事に同情した。


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