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ノノノ越界奇譚  作者: 雨枝蒼
【グローリア編】
18/56

1-18 煙の中の賢者

一部矛盾点があったため修正しました。



跡地の中心から離れていくにつれて、走る希乃とヒナピリウルの耳には車の通る音が多くなる一方で、いらないおまけも付いてきている。


「あともうちょっとだったのに!」


砂洋駅の方角を電車の陸橋で確認しつつ多少遠回りでも隠密に動く。これは途中までうまくいっていた。

けれども全部思い通りになるほど甘くはなかった。足音は忙しなく背後と、無人の横道からも聞こえてくる。

追いつかれる恐怖に怯えている暇などなく、部活も運動もやっていない希乃は息も絶え絶えに足を動かす。

近づくにつれて人通りが多くなり、お祭り騒ぎの通りまで走り抜けられた。


「はぁ、はぁ、はぁ、ルル、ぶじっ?」


「うん、ぶじ」


大きくではないが流石に息を乱すヒナピリウル、不安そうな顔はまだ残したままだ。

希乃は表情を出さないものの気持ちは同じだった。

財団のおかげで異人の地球での犯罪は抑えられているものの、被害が発生したら対処するため絶対に後手に回る。

ましてや今回は、レインコート集団の行動が読めない。白昼堂々やってきたからこそ人混みの中でも追ってくるのか、それが気がかりだった。

希乃とヒナピリウルは乱れた息を整わせながら、雑踏に紛れる。

少しでも姿を誤魔化すために、希乃はすでに熱くて前のチャックを開けていたウィンドブレーカーを遂に脱ぎ、ヒナピリウルには借りていた帽子を外させた。

気休めにしかならないだろう。夕方で人波がピークに達していて、追われてくる奴らに少しでも発見を遅らせたかった。


「ここを渡れば……」


目的の場所まで残りは横断歩道を渡るのみ。

デパートの入り口の陰にて待つ。場所が場所なだけに交通量が多く、夕方で人が駅前の広場までごった返している。

追手の風貌は濁った白のレインコート、車はスモークを張った白いワンボックス。それだけは頭に入れてある。

希乃はいつもより神経質に、けれども落ち着いて周りの人を出来るだけ頭を動かさずに眼球だけで観察する。


(だいじょうぶ、だいじょうぶ、いない、いない、いない……)


横断歩道の待ち時間をこんなにも長いと感じたことがなかった。

希乃の視界の端っこで白いものが横断歩道近くで停まった。急いで目を細めて確認する。だが、ただのタクシーだった。


「…………の」


希乃の肩に後ろからなにか当たった。すぐに振り返って目を見やる。だが、後ろからスーツの女性がぶつかってきて蔑んだ目でこちらを見てきただけだった。


「ねぇ……」


周りの人の中で視線を感じるような気がする。派手に騒がず、耐えるやり過ごさなければ、ヒナピリウルもいる。なんとかして逃げ込まないとヒナピリウルが……。


「のの!」


ハッとした。信号は青に変わり、黄色い小さなスピーカーから鳥の鳴き声が鳴っている。

起こしてくれたヒナピリウルが心配そうな目でこちらをしていた。


「あお、だよね」


「……っ、あ」


おでこに手をやると、べったりと玉の汗が手のひらにつく。呼吸も整わず浅い。


「ごめん、ルル、行こう……」


それでも希乃はヒナピリウルの左手を取って、デパートの陰から出る。緊張の横断歩道に向かって一歩一歩大股早歩きで渡ろうとした。


「ちょっと、はやい」


(はやく、あんぜんなところに……)


希乃の緊張はもうピークに達していてヒナピリウルの声は届かない。希乃より強くて動ける人間と異人はいない、ヒナピリウルを守れる人間が私しかいない。その現状がより精神をより削っていく。

それでも周りの警戒は怠らないよう残った体力をかき集めて、神経を過敏になるほどに尖らせる。どんな小さな変化が起きても気づけるように。


だから、希乃は小さな異音に反応できた。


「……へ?」


やけに耳に付く鳥の鳴き声の中。聞こえたのは右横、ヒナピリウルを挟んで斜め前のタクシー。歩道にお客を降ろし終わり運転席も空席。

凹んでいる、いや小さい黒い点が給油口に二つ……。


「……っ!」


断片的な情報ではあったが、希乃は咄嗟にヒナピリウルの手を引っ張った。タクシーに背中を向けてヒナピリウルを抱えてしゃがみ込ませる。

そして、次の瞬間にはタクシーが火を噴いた。


「あっつい!!!」


希乃の悲鳴がかき消す爆発音が往来する駅前に轟くと、悲鳴と怒号が返ってくる。

希乃とヒナピリウルの周りに黒煙が運悪く風向きで立ちこめて周りから隔絶された。


「やば……、あつ……、ごほごほ」


煙草より強烈な匂いに、希乃は思わず咳き込んだ。

何が起こったのか後ろを振り返るまでもない、周りの悲鳴と背中の感触から見なくてもわかる、わかってしまう。


「ぁう、あ……」


渦中にいたヒナピリウルの喉から一拍遅れて悲鳴にならないか細い声が出てきた。ヒナピリウルが無事ではあったが呆然としている。


「だいじょう、ごほっ、大丈夫ルル!! 怪我ない!?」


ヒナピリウルの目は焦点が合わず、力が入らない手で希乃の二の腕に掴まった。


「……ない、ないけど、ののが……」


「私は怪我してない、私は、なんともないから」


「でも、でも……」


希乃は背中の痛みを我慢しながらヒナピリウルを抱きしめる。


「きゃああああ!!」


新たな悲鳴と共に、近くで今の爆発と似た轟音が再び鳴り響く。それも、二回、三回……耳が痛くなる音が増えている。

希乃が状況を確認しようと周りを見ようとしたが、視界が黒く染められて何も把握ができない。

かろうじて頼れるのは聴覚だけだった。


「あの女ごほ、やり過ぎだ! 死んだらどおすんだ!」


「無駄口はいいから、……げほ、早くあいつら見つけて逃げるぞ! だめなら適当に痛めつけろ!」


「車あそこにつけとけ――」


平和だった駅前が阿鼻叫喚となってしまった中で、そんな会話が希乃の耳に届いた。

サイレンはまだ聞こえていない。ましてやこの状況でのこの物騒な内容からして何者かは間違いようがなかった。


(やばいやばいやばいやばい、動かないと、動け、足、膝、ルルを連れて行かないと、私がちゃんとしないと)


そう思っても膝が、希乃の思うように動かなかった。

パニックになっている間にも、なくなったはずの足音が微かに、けれど確実に近づいてくる。

追い払おうにも非力な女の子二人の上、まともに動けないのではどう足掻いても太刀打ちできない。


(やっぱり、詩ノ崎さんみたいに動けたら……)


希乃は自分の無力さに悔恨を挟み、ヒナピリウルを一層強く抱きしめた。

そして希乃の肩に手が……、


「大丈夫ですか、主様」


声はすぐ後ろだった。

何が起こったか確認しようと振り返ると、ひび割れて剥がれたアスファルトに横たわっているレインコート。ヒナピリウルを攫おうとしている一味の服装だ。

そしてもう一人、黒い背景に金髪の男が傍らに立っている。


「……だ、れ?」


声を掠れながら誰何するヒナピリウル。だが、希乃は助けに入った男の名前を叫んだ。


「ベガさん!!」


「お怪我は……」


ベガと呼ばれた男は振り返ろうと、鼻筋を見せたところで止まり言葉を失った。

最初は顔が蒼白になり、目が黒い瞳を残して血走りだす。


「……誰です……、誰がやったんですか」


ベガがわなわなと震える間にも反対側から容赦なく希乃に向かって手が伸びる。


「貴方ですか!」


裂帛した声とともにレインコートの顔面に裏拳が飛んだ。ヒナピリウルは遅れて見ると、新たにレインコートは仰向けに倒れていた。

それが引き金となり新たに三人、別々の方向から飛びかかってくる。流石に一人で三人を同時に処理するのは難しいと考えたのだろう。

案の定、一人は首にベガのハイキックを受けて煙の中に消えた。

けれども残りの二人は仲間がやられたことに見向きもせず、希乃とヒナピリウルに肉迫する。破壊どころか仲間の犠牲もどうでもいいらしい。


それに反応した希乃にさっきまでの硬直はなかった。狙いのヒナピリウルを遠ざけようと、アスファルトの上で膝を軸にしてレインコートとの間に自分自身を割り込ませる。

希乃が時間を稼げるように距離を取ったが、レインコートの魔の手は届くことはなかった。代わりにやってきたのは鈍い音が二つ。


「主様、すべて片付きました」


ベガの報告の通り、残りのレインコートの二人は鼻から血を垂らして立ったまま白目をむいていた。ガラス特有の微かに反射する板が空中に固定され、ついた血がアスファルトへ一滴一滴垂れていく。

ヒナピリウルが震える声でその正体を呟く。


「え、“エヌマニ”……!」


「そうですよく知ってますね。……ああ! 貴方はカイが預かっている()()ですね確か、ここではルルと言いましたか」


「……あなたが、ののがしってる、輝人(グローリア)


ここにきて遠方からサイレンの音がけたたましく近づいてきた。


「ああ、来ちゃった……」


希乃にやってきたのは助かったという安堵感ではなく、むしろ見つかったらいけないという危機感だ。さっきの襲撃者よりしつこくないが、これ以上長居するのはよろしくない。

ベガにここから離れようと言おうとするとさっきまでの爆発音とは違う、破砕音が聞こえた。


「今度はなに!?」


そう叫んでから気がつくと目の前に鈍く金色に輝くものが、ベガの作る板ガラス、エヌマニによって勢いは殺されて空中に止まっていた。

九十九に何度か見せてもらったことがある、銃弾に他ならなかった。

そして、止まったことではっきりした銃弾の行き先。その事実が希乃の背筋を凍らせる。

ベガが秘術で止まったおかげで助かったが、このまま行けば当たるのは…………。


「まだ、いましたか」


ベガが怨嗟を混じらせた声で見上げた。恐らく見ているのは狙撃地点だ、目線の先にはビルが並んでいる。

そこに行こうとしたベガを希乃が諫める。


「ダメですベガさん。ここは逃げましょう、人が来ます、ルルもいます」


「……仕方ありません」


もう一度ビルの天辺を睨みつけてから、細い指を組んで何かを口ずさむ。

見た目はラフな格好をしているが、出で立ちがどこか神父のような落ち着きを払っている。


「さあ、行きましょう」


希乃には身の回りに変化は感じられない。ヒナピリウルも何が起こったのかとキョトンとしている。


「認識別離がかかってます、これで誰にも見えなくなったはずです。……あと主様これを」


ベガが来ていたシャツを希乃にかけた。


「ありがとう、ございます……」


「見えてないとはいえ、人様に肌をさらすわけにはいきませんので」


「あ、やっぱりそんなにやばかったんですね……」


希乃は顔を少し赤くして立ち上がり、いつの間にか落としていたマーネの帽子を拾い上げた。

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