1-17 虫の知らせは電話から
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「くそ、俺は酒飲めねぇっての」
同時刻、車を走らせていた詩ノ崎は会議という大仕事を終えて、ブツブツと誰もいない車内で愚痴を呟く。
会議はまだいい。つまらない時間でも数字を報告すればいいし、話も黙って聞いていれば文句も出ない。窮屈なスーツである必要もなく、いつも通りのTシャツとチノパンで服装も楽だ。
ただその後の時間、オーナーのしつこい飲みの誘いには辟易する。例えオーナーに拾ってもらった恩があったとしても、付き合えないものもあるのだ。
だが、無益な時間ではなかった。
「今度は違法船か……」
地球に近づく違法船が感知されたとのことだ。それもここ一週間に二回も。
一回目は一週間前にエリア7産の大型船。運搬のときによく使われる船体だった。
これには財団が反応した。なにせ無許可で大型船が近づいてきたのはここ数年一度もなかったのだ。警告はした、それでも接近する大型船に財団が攻撃を行うと、反撃もせずあっさり退いていったらしい。
二回目は二日前。レーダーに一度反応して瞬く間に消えた。大きさも用途も不明ではあるが、反応から見るに一回目とは別機体なのは間違いないらしい。今のところ音沙汰がないため財団でも警戒を続けている。
二回目も軽視できない話だが、一回目のものは看過できるものではない。
地球はエリア3の中でも外れに位置する。
誰も寄りつかないエリア4に近く、他エリアに移動のための通り道でもなく、しかも地球には他の世界群にはない障壁があって簡単には侵入できない。
地理的に他のエリアより安全なおかげでエリア3の人間が運良く生き残り、他のエリアの異人が安心して移住してくるのだ。
「だから、問題はわざわざ辺境の地に何の用があったのか……」
乗っているのが他エリアの異人なら、なお勝ち目は薄い。それでも反撃をしなかった。攻め込むつもりなら一機だけで来ないだろうし、他の目的があったというのが自然だ。
「一週間前……一週間前ねぇ」
思い当たる事はある、あり過ぎる。それも時期が被っているのがなんとも……。
そんな嫌な想像を完全に言葉にする前に着信音が鳴った。ハザードボタンの隣に装着された仕事用のスマホからではない。コンソールボックスに煙草と一緒に入れたプライベートのスマホからだった。
「……」
画面に映る名前を見て眉をひそめる。ついさっきまで感じていた小さな予感が胸中に拡がっていく。
詩ノ崎は車を適当な路肩に停車させ、コール音を鳴らすスマホをとった。
「も……」
『じの゛ざぎ!!!』
あまりの汚く裂帛した声に咄嗟に携帯を耳から離す。車を停車させていなければ事故になりかねない声量だった。
『あるじさまがっ!!あ゛るじじゃまがーーーーー!!!!!』
「なに、希乃がどうした」
『……うっうっうっ」
「……」
『……ごべんなさい! わだぐしが役にだだないばかりにーー!!』
急な謝罪をされても困る。しかも、一生懸命に謝っている“主様”とは希乃のことで、詩ノ崎自身にやられてもうるさいだけだ。
困惑して言葉を詰まらせていたが、半狂乱状態の彼には頭を冷やしてもらわないと何も用件が進まない。
「一旦落ち着け。たぶ……、絶対に希乃がお前のことそんな風に思ってねぇから」
『アアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーー!!!!!!!!』
これは待つしかない。電話である以上、それしかなかった。
絶叫と呼べる号泣から段々とすすり泣きに変わっていき、
「……落ち着いたか?」
『……うん』
ようやくスムーズに話せるまでになった。先を促すように詩ノ崎が電話をしてきた内容を確認する。
「もう一度聞くが、希乃がどうしたんだ?」
『それが……、まだ、来てないんだ』
「は?」
急いで右腕の時計を確認する。もうすぐで四時をなろうとしていた。すでに配達予定時刻を越えてまだ届いていないことに目を見開く。
『三時に来るよていと聞いてた、聞いてたけど……。もしかしたらわたくしのことが嫌いになって……、ううう』
また泣き出しそうになる雰囲気を醸しだし始めた。詩ノ崎はそうなる前に溜息交じりに宥める。
「さっきも言ったけどな、あの大地のように心が広い希乃がそんな風に思っているわけがねぇだろ?」
『けど、それしか……』
子どものように返す電話相手に詩ノ崎はさらに畳みかける。
「あと、希乃のことを信じないのは不敬じゃなかったか? 前にも言われてただろ」
『……確かに、そうだ……、ああ、一瞬でも疑ってしまったわたくしをお赦しください……』
鼻を啜らせ、涙声になりながら声が遠くなった。見えないが変わった祈りを捧げているのだろう。
その間に詩ノ崎は停車させた車を走らせるためサイドミラーで確認する。事態を完全に把握はしていないが、まじめな希乃が何の連絡もなしに配達時間を大幅に遅らせることは絶対にあり得ないことだ。行かせた二人の身に何かあったのは疑いようがなかった。
「希乃にはこっちでも連絡してみるから。すまねぇが、もう少しの辛抱だ」
『わかったよ、いらっしゃったら盛大に祝ってやらねば……』
見当違いのことを呟やいてから電話は切られた。コンソールボックスにスマホを滑り込ませて、車のギアに力が籠もる。
車通りが多い公道を再度走り出して、設置された仕事用のスマホを通して希乃のものへ着信をかけた。どうにか繋がって欲しかったが、
『おかけになった電話は電波の届かないところにいるか……』
願い虚しく数回粘ってかけるも、スピーカーから流れるのは感情のない冷たい声。
「不味い、不味いぞ……」
それしか言葉が思い浮かばなかった。気分転換と言ってヒナピリウルを一時だけでも外に出した迂闊な自分が腹立たしくて仕方がない。
いつもはケチって使うことを避ける高速道路に乗りこむと、電話先を希乃から天倉に変える。
「カルネ、ちょっとし……」
『……おかけになった電話はー、電波が届かないところにいるか……』
声の主は明らかにカルネだ。ただの軽い嫌がらせだが、詩ノ崎にはいつも以上に余裕はない。
「おいカルネ、ふざけてると減給するぞ」
『……、はいはい。で、どうしたの?』
「一応聞くが、そっちに希乃とルルは戻ってるか?」
『んいや、今下でレジやってるけど来てないよ』
「そうか……、配送状況がどんなになってるか見てくれないか」
『えー、めんどいなー』
カルネはそう言いつつも声が遠くなる。程なくして耳に当てたスピーカーから乾いたキーボードとマウスのクリック音が聞こえると回答はすぐだった。
『あとラス一だけみたいだね、……あれ? でもさ、これって十五時終わりじゃん』
「そうなんだよ、さっきそのお客から電話がきた」
『最後の客は……あいつか、めんどいのな』
「それでカルネ、希乃たちの現在地どうなってる? こっちでいくら電話しても通じないせいで希乃の状態が掴めん」
『すぐ出すから待って』
事務室に置かれた天倉のパソコンからは配送状況の他に、仕事用デバイスの情報を見ることが出来る。何を閲覧して、だれと電話して、どこに持っていったか。
配送状況から希乃の仕事用のスマホの情報を閲覧したいならばすぐ入れる。マウスのクリックだけで飛ぶはずだが、
『……あー』
カルネの返事はすぐに返って来ず、言葉が詰まらせているようだった。
「おい、どうした」
『カイ、思ったよりやばいよコレ』
「だから、どこだ」
少しもったいぶってから、カルネは希乃の携帯情報を過不足なく伝えた。
『一時間とちょっと前に希乃のGPSが切れてる。しかも、最後に残った反応が異海跡地の真ん前だよ』
「跡地……、結構なところだな」
もちろん今日の配達でそこに届ける物はない。しかも、時間もだいぶ過ぎていて二人の安否確認も難しいときた。
「わかった。とりあえず希乃とヒナピリウルが帰ってきたり、何か進展あったらこっちに連絡してくれ」
『そうする。他の人に言っておくことはある?』
「そうだな……、マーネに昨日の配達サボってた分のツケ今日払えって言っておけ」
『……嫌だなー』
「お前ら仲良いんだから大丈夫だろ」
『どこが』
そう吐き捨てると、カルネが電話を切った。
急ごうとアクセルペダルをべた踏みしつつ、座席横に入れた煙草に手を伸ばそうとしたその時、切った仕事用のスマホからコール音が鳴らされた。
希乃からかと顔ごと画面を見たが、望みとは違う表示された名前に詩ノ崎は肩を落とす。
けれども、これも出ないわけにもいかず通話ボタンを嫌々ながら押した。
「……何のようだ」
『女の子を待たせておいて、一言目にそれは不敬よ、快』
「たった数コールだったろうが」
偉そうな物言いをする電話の主は、ヒナピリウルを預かるよう依頼した白森香織だった。
『快に正直に答えて欲しいのだけど』
「今立て込んでんだよ、こっちは……」
『へぇ奇遇ね、こっちも急ぎの用なの。ようやく尻尾を掴めたところだし手短にね』
「尻尾? へぇ、誰のことだ?」
要領の得ない言い分に聞き返した詩ノ崎に、電話に使っている仕事用のスマホにメールが届く。
メールからデータファイルを開くと顔写真が入っていた。映っている相手は全員撮られていることに気づいている様子もない。
「……こいつらは?」
『大した奴じゃないわ、最近密航してきた不届き者よ』
「もしかしなくても一週間前の違法船からのやつか」
会議で聞いた話から勝手に予測すると、意外そうでもなくあっさりと香織は認める。
『あら、話が早くて助かるわ。この中で知っている顔はいないかしら? 快は記憶力が悪い癖に顔の覚えはいいから、見たらわかると思うのだけど』
「他の奴らが濃すぎるだけだ、別に良いわけじゃねぇ」
何の変化もない高速道路を走りつつ横目で写真を流し見る。
顔写真は二桁を優に超える。財団が追っていても逃げれているということはここの地理に詳しいのだろう。端々に映る色あせたビルの外壁と割れた窓から人気がない場所だと伺える。
撮った写りはとてもクリアだ、気むずかしそうな眉間の皺までよく見える。それでも、詩ノ崎にはどの顔もピンとこなかった。
「……ん?」
しかし、写真を何度も見ていた詩ノ崎の観察眼がリサイクルショップの店主として反応した。
電話越しではあっても香織が詩ノ崎の反応に敏感に察知する。
『……誰か知っているのね』
「いや……」
詩ノ崎は右手をハンドルから離して、その指で眉間を軽く叩いた。
今あちらは火急の用であるようだし、詩ノ崎も同じようなものだ。こういうときに情報が必要になってくる。
この四日間、詩ノ崎は何も調べなかった訳ではない。配達時にお客の話を積極的に聞いたし、数少ないエリア1を知っている人にも協力してもらった。希乃にもあらかたヒナピリウルの言動も聞いているから持っている材料は多い。
だから、詩ノ崎は答える前に逆に質問をする。
「お嬢、答える前に聞くがよ」
『何よ、藪から棒に』
「ヒナピリウルのこと、いい加減全部教えてくれないか」
車窓を開けていないのに冷えた風が流れ込んだ気がした。電話越しからでもピリついた空気がわかる。
だが、香織が過敏に反応したことで自分のもつ推測が正しいと確信した。
『……言ったわよね? あの輝人は名前と出身しか情報を口にしなかった。だから残りに関しては貴方たちに任せるって、それは快、貴方が了承したことよ』
香織は冷めた声で白を切る。それでも詩ノ崎は希乃とヒナピリウルの安全のために切り返した。
「だが隠していることあんだろ? 例えば、天倉を選んだ理由だ」
香織は言った、近くで異人の扱い方が上手であるから天倉に依頼したと。
この時点ではヒナピリウルの身元は完全にわからない。しかし、白森財閥は彼女が人畜無害であることはわかっていただろうし、天倉に預けられた四日間の行いでもそれが見られた。
なら他に取れる手立てはある。
「斡旋してるお得意先に預ける手だってあったはずだ。財団を運営しているのは四大財閥なんだからな。わざわざ斡旋も何もお願いしていない天倉に預ける必要はねぇ。そもそも財閥の人手が足りねぇってのも変な話だ」
それではなぜ白森財閥そんな面倒なことしたのか?
その答えを詩ノ崎は突きつけるように口にする。
「ヒナピリウルがやって来たのは何かに追われていたからだ。そして、その何かを白森財閥は知っていたな、知っていて俺たちに回したな」
『……その根拠は?』
「ここ三日くらい初めてお客さんから話を聞いてよ、財団関係の建物に片っ端から侵入されたんだろ。それも一つ二つどころだけじゃなくてよ」
『口が軽い奴らね』
香織は電話越しでも聞こえる、でかい舌打ちをかます。
「でもただ侵入されただけで終わるなんておかしいだろ。財閥財団に盾ついてんだからな、そうそう出来る奴なんていねぇよ」
『……』
「依頼のときも事前の連絡もなかったし、さっきも尻尾を掴んだなんて口滑らすし相当焦ってんだろ」
見つからない場所に依頼するまで急ピッチだったのは端々の連絡不足で見えたものだ。
詩ノ崎は逸る気持ちを落ち着かせるために煙草を咥えた。
「うちに預けたのは財閥とは系列の会社ではないからと、なにかあった時のために白森財閥から近くに位置しているのと、うちに自衛能力があるから、といったところか」
しばらくの沈黙の後、溜息交じりに香織が忌々しげに呟いた。
『……だから依頼は反対したのよ』
傲慢な財閥の令嬢らしくない弱音だった。そして
『なんで電話しただけなのにこんな敗北感味あわないといけないのよ!』
癇癪をおこした令嬢のせいで、まだ火をつけていない煙草を落とす。一ミリを吸う時間もなく、彼女の感情の起伏が激しい。
「落ち着いてくれ、皆ばかすか耳元で叫びやがって……」
『もういいでしょ! こいつらで知っている奴は誰! 知らないとは言わせないわよ!』
「ああ、言うけどよ、その代わりこっちにも協力してくれ」
『……今度は何よ』
珍しく財閥に頼み事をする詩ノ崎に香織が少し静かになった。
「今配達中の希乃とヒナピリウルの連絡がつかねぇんだ」
『はあああ、なにしてくれてるのよ!?』
今日何度目かの香織の絶叫に詩ノ崎は片眼を嫌そうに瞑る。
『だから……、もう!』
「とりあえず今いなくなった現場に向かってる」
『どこよ』
「異海跡地だ」
『よりにもよって……、何? 助けてくれってことを言いたいの?』
香織の要求に対して詩ノ崎は一瞬だけ苦笑する。
「いや、それはできねぇだろ、ヒナピリウルを預けたのは秘密裏だしな。俺が欲しいのはこいつらの潜伏場所だ」
『まさか行くつもり? 一人で?』
「お前らに任せられない以上、そうするしかねぇだろ」
これしか考えられなかった。白森財閥に保護を頼むことはヒナピリウルの件がなくてもできないのだ。
それは詩ノ崎以上に内輪の香織がよく知っている。
『……わかったわ、けど情報を先にそっちに出して、それが条件よ』
「それなんだがよ」
詩ノ崎は少し申し訳なさそうにして真実を話す。
「その顔写真の情報のことだがその人が誰かは、俺は知らねぇ。配達したやつにこんな人相が悪い奴はいねぇし店にも来ていねぇな。あと、エリア遠征でも会ったことねぇ」
『っ!? なら、この時間は何だったのよ!』
まさかの発言にヒステリックになってしまった香織に、「だが」と話を続ける。
「九十九なら知っている」
根拠は映り込んだリサイクルショップでも取り扱っている防暖ドロアー。氷人にとって他エリアに住む上で必須アイテムだ。
九十九もあれでも詩ノ崎と同じ元軍人。しかも遠征先がエリア6で作戦を行っていた経験者。
詩ノ崎が留守中に写真の誰かが来た可能性もなくはないが、あれは戦場を知っている面だ。九十九や神経質なマーネが見ていたなら反応しない訳がない。
「九十九は今日もいつも通り出勤しているだろうから、連絡すれば……」
『いや、すぐに天倉に向かうわ』
「はい?」
いきなり訪問すると言われて戸惑う詩ノ崎。理由を聞こうにも香織が早口でまくし立てる。
『早く戻ってきなさい、前みたいな地獄のようなお出迎えだけはされたくないから、それじゃ』
詩ノ崎が反論する前に通話は終了。ハンドルを握る力が抜けてしまい、うなだれて溜息をつく。
「これだからよ……」
けれどぼやいている暇はない、気を引き締めて追い越し車線を法定速度に構うことなくスピードを上げた。




