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ノノノ越界奇譚  作者: 雨枝蒼
【グローリア編】
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1-1 人手と荷物

 タブレットに目を通していた少女は座っていた丸椅子を傾けて軽く伸びをした。

 目尻に少量の涙が溜まる。バイト中にもかかわらず長い時間タブレットの画面を見ていたせいだ。

 売り物の古びた時計を見れば最後にお客が来てからもう三十分は経っている。少女は一息吐いた。


「もうちょっとで配達か」


 無人の店内に少女の声が誰も聞かれることなく、コチコチと時計の振り子と共に霧散する。


 彼女、当理希乃(とうりのの)はここで働き始めてもうすぐ一年になる。

 うなじが隠れるほどの暗めの茶髪に、荒事に巻き込まれたことが皆無そうなおっとりした顔。これでも今年で高校二年生になるというのに、その童顔ゆえに中学生にも見られる。


 外ではまだひんやりした風が吹いているが、土日を挟んで一週間もすれば新学期が始まり、それに伴って引っ越しのときに不要品が出てくる。リサイクルショップ“天倉(てんそう)”でも買取を行って倉庫を充実させる、そういうシンプルな狙いであった。


 しかし、予想に反してお客が来なかった。

 具体的な数字はアルバイトの希乃には全くわからないが、春休みを利用した連日フルタイムによる来店したお客のおおまかな把握と、日に日に灰皿に盛られる店主の吸い殻を見ればだいたい察せる。

 別に希乃はこれにお客が来ないことに悲観している訳でも、お店の倒産を心配している訳でもない。お店に人が来なくても、ここは他のリサイクルショップにはない配達を頼むお客がいるおかげで収支は安定している。

 ただ、希乃の頭に今までが今までだけに厄介事が持ち込まれないだろうかと過ぎった。


「おーい、希乃」


「……! はい!」


 店主である詩ノ崎快(しのざきかい)が正面ドアから上半身だけを出して呼んだ。屈強な体も相まって動物が逃げ出すほど怖い人相をしているが、希乃はそれがデフォルトであることを知っているのでもう動じることはない。


 希乃は丸椅子から立ち上がるとバックヤードに行き、ひっかけてあった“天倉”のロゴ入りの黒いウィンドブレーカーを羽織る。そして倉庫に向かって姿の見えないもう一人の店員に呼びかけた。


九十九(つくも)さーん、配達にいってきまーす!」


「いってらっしゃーい」


 倉庫の奥からの遠い声を聞くと、お店の正面玄関からドアベルを鳴らして外に出た。

 気温がまだ低くても柔い日差しの心地良さがより感じられた。希乃は空高く登るお天道様に感謝しつつ、駐車場に停められた真っ黒いワンボックスカーの助手席に乗り込む。


 コンソールボックスに残り少ない煙草とライターと筒状の灰皿の一式。表面上小綺麗ではあるが、車内には煙草の匂いが染みついている。

 運転席から後ろは段ボールがバックドアまで二段に詰まれ、座席のすぐ後ろの折りたためるラックに差し込まれた平べったい荷物もギチギチに詰めてある。これだけで今日の仕事量が窺えた。

 希乃がシートの後ろを振り返って、「うわあ」と呟く。


「今日も多いですね」


「最近また増えたからな、“異人”が」


 隣の運転席に乗り込んだ詩ノ崎によって車が縦に揺れるが、荷物を載せた車を発進させるには問題はない。

 最初の届け先は隣町の常連客。むしろ、希乃が届けてくれと指名してくる“異人”だ。届け先と氏名、注文品が書かれたリストを見て苦笑いをした。


「希乃の学校いつから始まるんだっけ」


 信号待ちに店主が前を見ながら声をかける。


「確か、再来週の月曜からです」


「うーん、そうだったか」


「……もしかして、人が足りないんですか?」


「まあ、そんなところだ」


 天倉の人手不足は甚大だった。希乃が春休みに入るのと同時に三人の社員が他店舗への貸し出しという形で出張中。ブランドに関して目利きができて、天倉でも主力だ。

 しかし、そのせいで逆に天倉の人員が足りなくなった。天倉のレジ業務と買取査定、あとは配達業務の最低三人は必要だ。今働いている人数は五人。その内一人は春休みが終わると入れる時間が激減し、さらに一人はサボり魔でてんやわんやだった。そこで下っ端の希乃がダメ元で提案する。


「もう普通にバイトを増やした方が良いんじゃないですか?」


「そうした方が良いかもな」


 意外にも肯定をした詩ノ崎に希乃は驚いた表情になる。


「けどなー、異人と関わる以上あまり一般人を巻き込むのは避けてぇからな。バレてネットに流されたりでもしたらお嬢はお冠、下手すりゃ営業停止だ」


「なら異人で……」


「知っている異人にフリーでまともな奴に覚えがあるか?」


 その質問に希乃が言葉を詰まらせる。

 希乃の脳内で検索すると常連となっている異人の中で変人を外すと三分の二は除外され、残った比較的まともな異人はフリーではない。当然として、この人間社会にうまく溶け込んでいるからだ。


「まあ、そういうことだ。財団の斡旋にでも頼らないと本格的にまずいかもな、やりたくはねぇけど」


 詩ノ崎は煙草に手を伸ばしかけたが、バックミラーに映る山積みの荷物を見て引っ込める。


「それよりもあのサボり魔をちゃんと出させた方がいいな。お金もかからねぇ、見張りやすいで手っ取り早い」


「更生はあきらめたとか言ってませんでした?」


「確かに言った。けど、どっちにしろ出てくんだろ。もうすぐで金欠になる頃合いだから、しばらくサボりはなくなるはず」


「あのー、前にカルネさんからお金借りたって言ってたんですけど……」


 詩ノ崎は渋い顔で深い溜息をついたあと、今度こそ煙草を静かに手に取った。大河が映る車窓を全開にして煙草の先端に火をつける姿に、希乃は曖昧な笑みをして過ぎゆく窓の景色を見つめる。

 鉄橋の手すりの向こうの河川敷で気兼ねなく走り、ボールで遊び、休みを満喫する子どもたち。

 その姿が、まだこの世界は平和だ、と希乃が安心するのに充分な眺めだった。


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