表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

4,刑務所の製パン科

  判決はすぐ下った。刑期は三年で、あたしは刑務所の製パン科に配属されることになった。

 

 入った部屋も製パン科専用の八人部屋。部屋長のスザンヌさんは、製パン科のまとめ役も兼任されていた。


 領置物や事務手続きについての簡単な説明の後、スザンヌさんは私を、刑務所内の「製パン工場」に連れて行った。

 受刑者と係員合わせて約三百人分のパンを、毎朝昼焼く。それが製パン科の「実習」なのだ。



 工場の広さは五百×三百メートルくらい、壁には十五センチ角の白いタイルが貼られている。床も同じく、白のリノリウム貼り。黒板、流し台、鉄製の戦車のような四角い大きな窯、焼きあがったパンを置くための簡単な棚が並び、中央には大理石の貼られた広い作業台がある。


  大理石は白地に薄い茶色の模様。そっと触ってみると、ひんやりとして、パンの粗熱をよくとってくれそうだった。



 あたしは、ガスの窯が珍しかった。外開きの扉を開けて中をのぞき、天板を引き出したりしていたところ、ダブルの打ち合わせの白衣とコック帽をつけた、三十代ぐらいの女性がやってきた。

 スザンヌさんが急に姿勢を正して、その人に呼びかける。

 

 「テレーザさん、本日、噂のアドリアーナが到着しました。 今、荷ほどきもそこそこに 、場内を案内しているところです」

刑務所では、軍隊のような受け答えをしないといけないらしい。


 「アドリアーナ、こちらはテレーザ・マインさん。看守ではなく、料理長をしている方よ。我々製パン科は、お世話になることが多いから、ごあいさつしてね」

と紹介されたので、

「アドリアーナ・オーデルです。よろしくお願いします」

と言って、礼をした。



 確かにこの人は、看守とは目が違っていた。黒目の部分が大きく穏やかで、失礼な例えかもしれないが、子牛のようだった。そして、どことなく悲しげな感じもあった。


 テレーザさんはその目で、あたしをじっと見た。

「聞いていたよりお若いようね。いくつなの」

「十六歳です」

「ヨハン・ウェブナー親方の店から来たのよね。するとパン作りの基本は習得済みと思っていいのかしら?」

「あたしは、見習いでして。フラムクーヘンとか菓子パンしか焼かせてもらえてないんです」

「そうなの」


 

 テレーザさんは、書類ばさみから予定表を出して、あたしに言う。

「この中で、作り方のわからないパンがあるかしら?」

 

 朝食は、カイザーゼンメル、ブレーツェルなどの小さいパン類。

 昼・夜は、コミスブロートなどの日持ちのする固いパン。

 クリスマス、新年、復活祭には、シュトーレン、乾燥洋梨のパン、ノイヤースブレーツェル、うさぎの形のパンなど、特別な物を作る予定のようだ。


 「季節のパンはだいたい、親方の店と同じです。他も、作ったことはあります」

「そう?」

テレーザさんはふっと息をついた。



 「あと、製パン科は、他の科と仕事の時間割が違うのよ。朝五時起床になるけれど、問題ないわよね?」

と聞かれたので、

「問題ないです」

と答えた。



 さっそく次の日の朝から、即戦力として働くことになった。



☆★☆



 スザンヌさんが言うには、製パン科は他より労働時間が長いため、刑期を早く終えて出所したい受刑者に人気があるのだそうだ。前職の経験があるとはいえ、ここに最初に配属されたあなたは運がいいわね、と言われた。



 しかし、刑務所の製パン科は、親方の店とは違っていた。

まず、大量のパンを短時間で焼かないといけない。

 材料を混ぜる、こねる、一次発酵、またこねて二次発酵。整形、窯入れ。

総勢十五人の科員が三組にわかれて、ひたすら流れ作業する。


  親方のパンみたいに、凝った切れ目などつけてはいられない。焼成時間も、プンパーニッケルみたいに、長くかかるものは作れない。

 なにより、材料が違う。親方の店のような高級品の粉、塩ではなく、一番下より少しましなものしか仕入れてもらえない。



 最初の半年ぐらいは、流れに合わせて、遅れないように作業をこなすのが精一杯だった。しかし慣れてくると、ここを工夫すれば、もっとおいしいパンが作れるのに、と思うことが多くなった。


  外側の皮は固く、中はしっとり。見た目よりずっと重くて、かむと穀物の味がお腹の下まで落ちてくる、親方のパン。あれと同じとはいかないまでも、できるだけ近いものにしたかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ