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3,途上

三叉路に差しかかった。


 アントンさんは贓品のリストに集中していて、目が紙から離れない。しかし、ここで右に曲がらないと、中央警察署に行けない。


 トレンチコートの肘のあたりの布を引っ張って、

「警察署はこっちではないですか?」

と言ってみる。

「そうだね、気がつかなかった。ありがとう」

彼はようやく紙から顔を上げ、周囲を見回した。


 「資料はこれだけ?」

「あたしが渡されたのはそれだけです」

「そうか。これだけの資料で全員検挙は厳しいな。もっと詳しい資料が欲しかったな。まぁここから先は、優秀なる我らが同僚たちに任せるとするか」

と言いながら、彼は紙を折りたたみ、コートの右のポケットにつっこむ。

この時のアントンさんは警察特有の、険しい、何かを追及してやまない人の顔をしていた。


 「やっぱりあなたは警察の人なんですね。今とっても怖い顔でした」

というと、

「そう? 普段はサツには見えない、警察の匂いがしないってよく言われるよ」

いつもの笑顔に戻っている。

「そうですね、あたしも全然わかりませんでした。こんな人の良さそうな、もっさりした人が警察だなんて」

「おいおい、当人に面と向かってもっさりとか言うなよ。ひどいなあ」

頭の後ろをぽりぽりかく。



 「他に自首したいという人はいなかったの?」

「いいえ。みんなはなぜか、自首するとあたしが幸せになれる、むしろ幸せになるために刑務所に行くんだと思っているみたいで。『幸せを祈っているよ』とか、『あんたのことが羨ましい」とか言われました。

 でも、刑務所っていいところではないですよね? あたしみたいなとろい子はいじめられるっていう話も聞きました」

「そりゃあ、刑務所は天国ではないよ。そんな結構な所だったら、みんな戻って来たがるからね」

「そうですよね……」


 あたしには、幹部の人たちが言っている意味がわからなかった。でも、今思い返しても、みんなの態度に嘘はなかった。本当にあたしの幸せを心から願っていて、羨ましいと思っていると感じた。



 考え事をするうち、いつのまにかうつむいて歩いていたらしい。アントンさんが小さく咳払いをした。

「自首することになって、僕を恨んでいるのかい?」

「いいえ。あなたが警察の人だと見抜けなかった、あたしが悪いんです」


 「そう。日曜日には君がケープを羽織って、パンのかごを持って歩いているのを見かけてね。『赤ずきんちゃん』のようだと思って、つい後をつけてしまったんだ。気持ち悪いやつだと思っただろうね。申し訳ない」

「そうですね、それはちょっと思いました」

と答えておいた。



 そうこうしているうちに、中央警察署の正面玄関に到着した。



 玄関ファサードの面の広い階段を上がる前、アントンさんはあたしに向き直って、

「刑務所は確かに楽じゃない。僕も自分のできることはするけれど、所内は、看守の目が行き届かないことも多い。君自身ががんばるしかない。

 でも君は、あのヨハン・ウェブナーさんの店で働いていた人だから、きっと乗り越えてくれると思っているよ」

と言った。


 親方の名前を聞いたとたん、目から涙がまたあふれた。今まで我慢してたのに。

 「そういえば、親方には何も言わないで来てしまいました、どうしましょう。自分の店から犯罪者が出たと聞いたら、さぞかし悲しまれるでしょうね」


 「そうか、そうだったね。後から手紙を書くといいよ。僕からも説明はしておく」

アントンさんはそう言ってあたしを軽く抱くと、背中をぽんぽんとたたいた。

「じゃあ、行っておいで」



 盗んだもののリストは、同僚らしき刑事に手渡された。あたしはカーキとグレーの中間の色の制服を着た係の人に引き渡され、まずは警察署の奥にある、小さな部屋に案内された。


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