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女官長に脅されました(新人の教育係になります)

「ニムさん、あなたに新人の教育係をしていただきます」

「きょういくがかり?」


 朝一で呼び出した私に、女官長は厳かに告げた。新人の教育係?私が?なんでまた。


「……まさか、第二のニム育せ「違います」」


 食い気味に否定された。いいと思うんだけどな、第二のニムさん。


「じゃあ、昇進?」

「違います」


 お、女官長の頬がヒクッてした。よっしゃ、ニアピン賞。

 ということは、まさかまさかの――。


「とうとう私の実力が認められたということですね!」

「違うっちゅーとろーがっ!」


 おっと失礼。からかいすぎたか。

 女官長は凶器にしか見えない鋭いヒールをガッツンガッツン鳴らして地団太を踏んだ。しょうがないから肩で息をする女官長の背中を優しく撫でてやる。わー、ニムさん優しい。


「まあまあ女官長。もう若くないんだからあんまり怒ると体に毒ですよ。この間の健康診断で塩分を控えて興奮しすぎないようにって侍医に注意されてたじゃないですか」

「おんどれいっぺんケツから手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わしたろか……って、お待ちなさい。どうしてあなたがわたくしの健康診断の結果を知っているのですか」


 心の声がだだ漏れてますよー。案外口汚いんですね。

 でも、そんなふざけたこと、私がさせると思います?


 にたぁ。


「ひぃっ」


 机をバンバン叩いてイライラをぶつけてた女官長が、ふと眉をひそめた。

 それに「なにか企んでいるようにしか見えない」と評判の慈愛の微笑みで応じると、女官長は台所に湧く茶色いアレに予期せず出会った時のような、恐怖と嫌悪が入り混じったなんとも面白い表情になった。


 しかし腐っても女官長。女だてらにこの伏魔殿を生き抜いてきた彼女の立ち直りと切り替えの早さは見事なもんだ。これだけは見習いたい。ここだけだが。


 深呼吸をひとつ。それから話を切り替えるためにコホンと咳払いをして、女官長は「茶化さずお聞きなさい」と釘を刺す。


「今度新しく女官として採用された娘ですが、あなたと同じ平民の出身なのです」

「平民て。せめて市民とか市井の人って言い方になりませんかね。なんか馬鹿にされてるみたいで嫌なんで」

「呼び方は今後改めましょう。とにかく話をお聞きなさい。その方はあなたのように貴族の血が入っているわけでもなく、専門の教育を受けたこともございません。三代遡って調査させましたが、ひいおじい様の代まで市井の出身であることは間違いがありません」


 そんなに遡ったのか。実働させられた文官さん、ご苦労様です。


「なのに、女官ですか。下女でも侍女でもなく」


 女官長は首肯した。彼女の顔はめちゃくちゃ渋い。


 基本的に、女官は教育を受けた高位の貴族女性がなるものだ。

 女官ってのは王族の話し相手とか家庭教師みたいな立ち位置にいるもんで、仕事らしい仕事は多くない。

 ぶっちゃけ、公爵家や侯爵家のお姫様は働いたりしないので、伯爵家の娘や子育てが一段落した奥様が小遣い稼ぎでやる仕事と思ってもらえればいい。私の仕事なんて、もっぱらお茶汲みだしね。


 女官の下には侍女がいて、彼女たちは実際の身の回りのお世話をする。

 でも、なんの教養も後ろ盾もない人間を王族の傍にはつけられないから、侍女ってのはほとんどが男爵とか子爵のお嬢さん。たまに断れなくて商会のお嬢さんなんかもいるけど、そういう人たちは元々ちゃんと教育を受けてることが多いから無問題。

 その代わり、花嫁修業を兼ねてる人がほとんどだから入れ替わりが速い速い。顔を覚える暇もありゃしない。


 それよりさらに下にいる女性たちの通称が下女で、仕事ごとに洗濯女や掃除婦なんて呼ばれてる。

 彼女たちは市井の出身者ばかりだ。人目につかないし、労働はキツいけどその分給料がいいってんで、王宮勤めは憧れの仕事だった。

 私も昔ちらっと夢見たりしたなぁ。しっぽ亭でお父さん蹴飛ばす方が楽しいからやめたけど。


「わたくしは厳しいと申し上げたのですけれど、彼女には教会の後押しがあったものですから」


 教会ねえ。確かに、国内で一番勢力を持ってる団体だし、いくら国王陛下でも国教サマ相手にお断りはしにくかろう。

 そこがゴリ押ししてきた相手を、侍女や下女にしてしまっては体面やら外聞やらが悪いんだろうけどさ。しかしいかにお偉い教会サマとて、そこら辺は分かってるもんじゃなかろうか?


「だからって女官にするなんて苦労しますよ」

「わかっています。ですが、あなたという前例がいたのだから大丈夫だろうと陛下がお認めになってしまわれたのです」


 …………はい?


「女官長、私、一応、王宮に上がる前に一通りの教育受けましたよ?」

「わかっています。が、あなたご自分が”規格外”扱いされていることはご存知?」

「そりゃ、まあ、人生の半分以上を下町で過ごしてきたんですから、生粋のご令嬢たちとは感覚が違うでしょうけど」


「そこです」


 どこだ。


「あなたの被害……監視……いえ、お仕事ぶりを把握するためにグリュー殿下の宮は体制が整っていることもあって、配属先が第四王子宮に決まってしまったのです。どうせならまとめておいた方が監……いえ、状況の把握がしやすいので、一緒に行動して仕事を教えていただきたいの」


 今、監視って言った?監視って言ったよね?それも二回も!

 うすうす気づいてたけど、女官長の信頼が悲しい。くすん。


「それに、市井の出身の、教育すら受けたことのない方の教育係を引き受けたがる女官がいると思いまして?」

「思いませんねぇ」


 相手が侍女なら寛容に対応していただけるだろうが、同僚なんて絶対嫌がる。半分貴族の私ですら、水をかけられたり、お茶会の時間をずらして伝えられたり、陰口叩かれたりしたからね!


「でも、私だって嫌がるかもしれませんよ?」

「あらまあ、なにをおっしゃっているの。あなたに拒否権があるものですか」


 うん?今なんつったこの人!?


「あなたに、拒否権は、ございません」


 二回言った!笑顔で二回言ったよこの人!

 笑顔で言い切る女官長こあい。今なら私、東方にいるってウワサの油を搾られるカエルにだってなれると思う。


「だってあなた、ねえ?」


 女官長の手が、机の上に置かれた鍵付きのノートに乗せられる。


 アッ、私知ッテル、アレ、アカンヤツ。


 ノートを愛おしそうに撫でる女官長はにっこり笑って辞令をくれた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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