幕間 ミヒャエルの独白
僕が異母妹と初めて会ったのは、十二歳の時だった。
伯爵家の面汚しと祖父に罵られる父親は、ずいぶん前に死んだと言われていたのだけれど、実は生きていて下町でパン屋の親父をやっていたと聞いたのもこの時だ。
正直なところ、会ったこともない父親のことはどうでもいい。ただ、言われてみれば墓参りをした記憶がなかったな、という程度の感慨しか持てなかった。
ニムという名前の妹は、最初、とても不気味な存在だった。
人懐こいようで警戒心が強い。愛想笑いを浮かべるけど、いつも目が笑っていない。
なんかよくわかんないネットワークでいろんな情報をたくさん持っていて、勉強とか礼儀作法はさっぱりなのに、頭はいい。
祖父にも平気で言い返すし、言い負かす。しかもなにやら気に入られているらしい。
「きっと、パンの作り方や窯の掃除方法ならミヒャエルさんより私の方が知ってますよ」
「ミヒャエルさんはやめてよ。兄妹なんだし」
最初は腹の探り合いだった。
それでも、祖父母とは根本的に考え方が合わなかったせいでニムは僕や母に懐いた。礼儀作法は母に習い、勉強は僕と同じ先生について、ニムはどんどん貴族令嬢としての振る舞いを身に着けていった。
だからといって本質が変わるわけじゃないから凄く……なんというか化け物じみた人間になってしまったけれど。
嫁に出したくないから王宮にやるって言い張る祖父を全力で止めたくらいには、ニムは化け物だ。祖父は止めても止まらない暴走機関車だから、結局は王宮に行ってしまったのだけど。
そのニムが、久しぶりに帰宅するという。
僕も一応騎士団所属だし、王宮勤めではあるけど、屯所や訓練場と第四王子宮は離れてるし、ニムは女官の宿舎に住んでいて、帰宅することもほとんどないから顔を見るのは久々だ。
母は張り切ってニムの好きな食事を用意して、布団をふかふかにしてもてなすのだと言う。
僕はまあ、仕事の愚痴でも聞いて慰めてやるのが仕事だろう。あとは、ニムの好きそうな……腑分けや拷問の本をたくさん買ってあるから、お土産に持たせてやるくらいか。
あの本、一体なにに使うんだろうとか考えちゃダメなやつだよね。ニムはちょっと(?)趣味が変わってるだけ。うん、それだけ。
「ただいまー」
気の抜けた挨拶をして、ニムが玄関をくぐる。うん、もしかしなくても機嫌悪いね。眉間の皺が三割増しだよ?
「随分機嫌が悪いね。あ、荷物貸して」
「ありがと。聞いてよ、ミヒャエル!この間来た新人がロクでもなくてね」
「そのロクでもない人はニムより人間?」
「ひっど!それでも兄貴!?」
「少なくとも僕はそのつもりだけど?」
唇を尖らせるニムは、客観的に見ればかわいいとは言い難いけど、妹補正ってすごいよね。こういう時、頭を撫でてやりたくなる。
首を預けて目を閉じる様子なんて、猫みたいですっごくかわいい。
「母上が待ってるから、食事にしよう。その後でゆっくり聞いてあげる」
母と祖父母を交えて食事をし、早々に寝てしまう祖父母と別れてお茶を飲み。かれこれ三時間ほど、ニムの愚痴に付き合っただろうか。
ようやく落ち着いたニムを部屋に放り込んで、ハーブティーを渡して。
「ちょっと言動が行き過ぎてるから、誰かに相談した方がいいと思うよ。どうしても無理なら王族の耳に入るように僕から伝えようか?」
王族に直接となるとちょっと厳しいけれど、まあ、絶対に無理というわけでもない。一応騎士団に所属してるから、上司を経由して話をすることは可能だろう。提案すると、ニムは少し迷って首を横に振った。
「大丈夫。女官長が知ってる」
それでもちょっと不安が残るんだけど。女官長ってシュタイナー伯爵夫人でしょ?ニムに振り回されすぎてちょっと変になったってウワサの。
明日、仕事に行ったら誰か捕まえよう。そう決めて、僕は自分の部屋に引き上げた。
「――と、言うわけ。あの妹が振り回されるなんて珍しいから心配で」
「ミヒャエルが化け物呼ばわりしてたあの妹が?ちょっと信じられんな」
翌日、同僚のベンにニムの様子を話すと、あり得ないと目を丸くされた。確かに最初に化け物って言ったのは僕だけど、君は人の妹をなんだと思ってるんだい?
「へえ、それは興味深い」
と、そこにいきなり交じった声に、僕もベンも文字通り飛び上がった。
「ヴヴヴヴヴェルナー卿!自分たちは今休憩でして!」
「どうしてこちらに?」
ちょっとベン、慌てすぎてバイブレーションかかってるよ。本当に小心なんだから。今のところ声をかけられただけで、別に咎められたわけじゃないっていうのに。
ヴェルナー卿は文官だ。現宰相のご子息で、いずれその地位を継ぐだろうと言われている。今でも結構雲の上の人なんだけど、そんな人がどうしてここにいるのかと言えばそれはおそらく……。
「君を誘いに来たに決まってるだろう、ミヒャエル・グランチェーナー。そろそろ文官登用試験を受ける気になった?」
「いえ、まったく。自分の所属は騎士団ですので、今のところ転職するつもりはありません」
しつこいんだよな、この人。しばらく前にうっかり政治学が得意なことを知られてから、毎日のようにやってきて僕に文官になれと迫ってくる。
毎回断られて帰っていくんだけど、一度暇なのかと聞いたら「死ぬほど忙しいから私の負担を減らすためにも文官になろう?」と返ってきたので、以降突っつくことはやめた。ヤブヘビは突っつかない主義だ。
「残念。でも、いいことが聞けたから今日は帰るよ」
にっこり笑って、ヴェルナー卿は去っていった。いつもはもうちょっと粘るのに、今日は一体なんだったんだろう?
しばらく後になって、この時ベンに愚痴った内容が王族に知られることになったと聞いた。おかげでニムに思いっきり揺さぶられる羽目になったけど、僕はなにも知らない……はずだ。
お読みいただき、ありがとうございます。
ミヒャエルは実はシスコン……( ´艸`)




