本日の業務報告
頭上から降ってきたえらい量の水は、ヘレンの頭に見事に命中した。
水が降ってきたあたりを見上げると、数人の女官が花瓶を抱えてこっちを見下ろしてる。
でっか。どっから持ってきたよあの花瓶。
支えるのも三人がかりって、いじめにそこまでの情熱を傾けられることをいっそ尊敬するわ。
ヒルデガルドさんに、アーニャさん。奥に見える赤毛はきっとサシャさんだろう。あの三人は新人いびりが趣味みたいなもんだからなー。仕事しろ。
「なんなのよ、もう!」
水浸しになったヘレンが、分けてもらったばかりの花を地面に叩きつけようとするのを止めて、「着替えてきて」と宿舎へ向かわせる。花瓶の水は毎日取り換えてるから汚水というほどじゃないけど、やっぱりちょっと臭うんだよね。
走り出したヘレンに「一時間で戻らなかったら残業だから」と何度目になるかわかんない忠告をして、さてとと花を飾るための用意をし始めた。
ひとまずこの花は洗わないといけない。グリュー殿下の応接室に飾る花が、古い水で汚れてるなんてあっちゃいけないことだしね。水を汲みに行くかと向きを変えたところで、「あら?」と間抜けな声が聞こえた。
「ニムさんだけ?あれは?」
「着替えに行かせましたよ、サシャさん。ところで、みなさんあれに手を出すのは構いませんが、私のいないところでやってくださいませんか。仕事を教えてる最中だと二度手間になるし、目の前で起きたことを女官長に報告しないわけにもいきません。誰がやったかわからない……と言ったところで、報告者が私である以上信用してくださいませんし」
ねえ、これどこまで嘘だと思う?
なーんと、全部ほんとのことなんだぜー。
女官長ったら私のこと信用してくれちゃってるから、相手がわかりませんは通用しないんだよね。実際私、誰がどんだけの嫌がらせしてるかはきっちり把握してるし。
ヘレンがやってきてはや三日。わずかな期間に女官の間に嫌がらせの嵐が吹き荒れた。第四王子宮だけじゃなくて、他の宮付きの女官たちまで、そりゃあもう、びっくりするくらい誰もかれもがヘレンに嫌がらせしだした。
自称格式高い女官様たちは、実は暇人の集まりだったらしい。
「と、ゆーわけで、本日の犯行は以上です」
「ご苦労様」
女官長は意外としたたかだった。ヘレンを使って、ごく潰しを炙り出そうというわけだ。
それならそれでいいんだけど、どうして私を巻き込むかねぇ。
まあ、女官の三分の二が嫌がらせに加担してるとなったら頭が痛いと思っても仕方ないんだろうけど。
頭を抱える女官長。せめてもの情けだ、お茶でも淹れてやろう。
「あなたにこのような優しさがあるなんて知りませんでした」
「失礼ですね。私はいつでも優しいですよ」
「冗談は顔だけにしてください」
どーゆーこっちゃ。お茶あげんぞ。
「すみません、つい本音が」
「お疲れですね」
本音って、ちょっと女官長?
まあいいけど。なんでか嫌いじゃないんだよね、この人のこと。だからちゃんとお茶あげたよ!
「ありがとう。少し副女官長と話しますから、今日はもういいですよ」
「はーい。じゃあ、お先です」
副女官長を呼ぶっていうから、もうひとり分お茶を用意して、私は家に帰ることにした。
明日明後日と連休をもらってるから、久しぶりにグランチェーナー家に帰省だ。じじばばはどうでもいいけど、エマ夫人とミヒャエルには会いたい。
お土産はなんにしようか。
新しくできたお店のチョコレートなんて喜ぶんじゃなかろうか。私は久しぶりに、少しだけわくわくしながら退勤した。
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