#98 冒険者活動
「…………」
目を覚ましてみれば、我が家に姉の姿はなかった。
代わりに、机の上には姉がつくったものだと思われる朝食と、小さなメモが申し訳なさそうに置かれていた。
メモを手に取り、読んでみる。
『お姉ちゃんは街を出ます。探さないでください』
そのまま視線を下に移動させると――
『なーんてうそうそっ。大切な用事が出来たから、私は一足先に街を出るね。シファくんも冒険者として依頼を受ける時は、しっかりと準備をしておくこと。あと、ご飯は一日三食たべるように』
…………。
どうやらそういうことらしい。
知らぬ間にいなくなっているのは、まぁいつもの姉だししょうがない。
大切な用事――というのが少し気になるが、もしかしたら昨日の支部長と姉の話し合いが関係しているのかも知れない。
とすれば、また組合から『指名依頼』でも発行されたか?
とにかく、我が姉はまたいなくなった。
「はぁ……」
もう少しゆっくりしていけば良いのに……。
なんて思いつつ、ため息がこぼれる。
おっと、寂しがってる場合じゃない。
今日から俺は、本格的に"冒険者"として活動していくんだ。
姉がいつ帰ってくるのかは分からないが、わざわざ書き置きまで残して行ったところを考えると、暫くは帰ってこないのだろう。
なら、次に姉に会う時には、立派な冒険者になれているように頑張ろう。
すぐにでも街の冒険者組合に行って依頼を受けたい、という気持ちをなんとか抑えながら、姉がつくってくれた朝食を口に運ぶのだった。
~
――カラン。
という心地よい音と共に扉を押し開き、目当ての人物を探す。
冒険者組合カルディア支部。
今日は、ここで待ち合わせをしている。
少し視線を動かせば、彼女の目立つ髪色はすぐに目に飛び込んできた。
どうやら、先に来ていたようだ。
特に時間は決めていなかったのだが、俺の目当ての女性――ルエルは、ひとり椅子に座って暇そうにしていた。
この組合内で、彼女はやけに目立つ。
生誕祭の模擬戦で全勝した俺達は、既にカルディアではちょっとした有名人になっていたのだが……それ以上に、ルエルの綺麗な顔立ちと抜群の体型は、人目を引くところがある。
今もチラチラと、他の男性冒険者がルエルのことを覗き見ているのが分かる。
当の本人も気付いているようだが……。
「悪いルエル、待たせたか?」
お構い無しに、俺はルエルの待つ場所へと歩み寄り、声をかけた。
「おはようシファ。待つのは嫌いじゃないわ」
にこやかに笑って見せるルエル。
そして、彼女の腕輪にはキラリと光る腕輪が装着されている。
一本線の刻まれた腕輪だ。
「それじゃ、早速冒険者としての活動……始めるんでしょ?」
「あぁ。勿論だ」
ルエルもやる気満々だな。
立ち上がったルエルと共に、依頼書が貼りつけられている掲示板の前へと移動する。
ビッシリと貼り付けられた依頼書の数々。
初級から上級までの難易度の依頼が、掲示板を隙間なく埋め尽くしている。
この中から、俺達は1枚選ぶ必要があるのだが――
チラリと、俺はルエルの様子を窺ってみた。
「う~ん……」
どうやら、どれを選べば迷っている様子だ。
あくまで俺達は固定編成。ならば、受ける依頼も互いに相談して決める必要があるわけだ。
「まぁまずは、初級難易度の依頼からこなしていこう。訓練所を出てるとは言え、俺達は"初"級冒険者なんだからな」
昨日は勢いで"中"級の依頼を受けてしまったが、本来はこうあるべきだ。
受付のお姉さんもそんな感じのことを言っていた。
俺とルエルは互いに"初"級冒険者なんだからな。
――しかし。
「それは分かっているんだけど、"初"級の依頼となると……」
そうなんだよなぁ。
"初"級の依頼は少し魅力がない。
これまで訓練生としての教練でやってきたことの方が、まだやり甲斐があるってもんだ。
だが仕方ない。
俺は――難易度"初"級。系統『探し物』。と記された依頼書をとりあえず手に取った。
こうして、俺とルエルの冒険者としての日々が始まったのだ。
~
それから3日経った日のことだった。
俺とルエルは難易度"初"級の依頼を順調にこなし、そろそろ"中"級の依頼でも受けてみようか。そう思っていた日のこと。
ちなみに、姉はまだ帰ってきていない。
「"初"級冒険者シファ様。そしてルエル様。支部長コノエ様がお呼びです」
これから受ける依頼を探して、掲示板と睨めっこしていた俺達の背後から、受付のお姉さんがそう呼び掛ける。
俺とルエルは互いに見合わせて首を傾げた。
「お話があるそうです。支部長室へと御案内します」
なんの話か全く心当たりも無ければ、見当もつかない。
とは言え、支部長からの呼び出しだ。冒険者となった俺達はとりあえずは話を聞いてみるしかない。
受付のお姉さんに案内されて、俺達は2階へと上がっていく。
そのまま促されて、訓練生の時にも訪れたことのある支部長室へと足を踏み入れた。
「よく来たな。まぁ座るがよいぞ」
銀色の長い髪の幼女。支部長コノエ様が出迎えてくれた。
椅子に腰掛けると、コノエ様も俺達と対面する形で腰を下ろす。
「まずは、訓練所の出所……おめでとうと言っておこうかの。少し遅くなってしもうたがな」
思えば、この支部長とも色々あったな。
俺達の実力を見極めるためではあったが、過去に行われた危険指定種掃討任務で大変な目に遭わされた。
まぁ、ミレリナさんが大きく成長出来た切っ掛けを作ってくれたとも言えなくもないし、この支部長が冒険者訓練所を想って起こした行動だった訳なのだが。
「いえ、それより話ってなんです?」
過去の話は置いておいて、さっさと本題に入ろう。
「うむ。お主に良いものが届いておるぞ?」
ニヤリと笑いながら、コノエ様がどこからともなく取り出した1枚の用紙。
机の上に差し出されたソレを、手にとってみた。
「え、依頼書――ですか?」
「あぁ。『指名依頼』じゃ」
紛れもなく、これは依頼書だ。
それも指名依頼。
『指名冒険者』の項目に、俺とルエルの名がしっかりと記入されている。
しかも――
「依頼者は"絶"級冒険者、ローゼ・アライオンじゃ」
「「――ッ!」」
思わず目を見開いた。
「本来なら、1階の受付で渡しても良かったのじゃが……お主らはまだ冒険者となったばかり、妾が直接話した方が良いと思ったのじゃ」
なるほどな……。
確かに、こんな依頼書を1階で渡されるより、支部長室で直接コノエ様から渡された方が良いだろう。
それに、姉からの指名依頼なんて、他の冒険者から注目を浴びてしまうのが目に見えている。
何かと気を使ってくれているらしい。
「ま、概ねその依頼書に書かれている通りじゃ。更に詳しい話は……直接本人に聞いてみればよい」
難易度は"上"級。系統は『護衛』。
依頼内容は――"タマちゃん"なる者を山岳都市イナリまで無事に送り届けること。といった内容のことが姉の字で書かれている。
――タマちゃんって誰だよ。
って思ったが、護衛対象の者がカルディア高森林にいることと、目的地が山岳都市イナリということで、だいたい理解した。
後の詳しいことは、コノエ様の言うとおり本人に聞けばいい。
「『指名依頼』は冒険者としての実績に大きな影響を及ぼす。とは言え、受けるも受けないも本人の自由じゃが……どうするかの?」
色々と気になることはあるが、それはこの後にでも"タマちゃん"に訊けばいい。
姉が俺達を指名してきた依頼、勿論俺達の答えは――
「「受けます」」
ルエルに確認するまでもなかった。
~
とりあえず、会って話を聞いてみよう。ということでやって来たカルディア高森林。
なのだが――
「我の命まで救ってもらい、こうしてイナリへと無事に帰ることにまで協力してもらうことに……本当に感謝しております」
それはもう綺麗な銀髪のお姉さんが、三つ指ついて俺達を迎えてくれた。
多分、この人は玉藻前だ。
最後に見た姿から更に成長した姿になっているのは、力を完全に取り戻したということなのだろう。
可愛らしい狐耳と、彼女の背後で荒ぶっている九つの尻尾は、この女性が玉藻前だという証拠だ。
「と、とりあえず……話を聞かせて、もらえます?」
歳上に見えたので、思わず敬語になってしまった。




