#95 "初"級冒険者の偉業
冒険者となって初の依頼任務は、それはもうあっさりと終了した。
カルディア東側の湿地帯。
この湿地帯に群生している水草の調達――というのが、今回俺達が引き受けた依頼だった。
湿地帯には魔獣や魔物も生息していたが、勿論なんの障害にもならない。
依頼されていた水草の調達を終えた俺達は、再びカルディアへと帰って来た。
急ぐことなく、姉と世間話をしながら湿地帯とカルディアを往復したせいか既に日は傾き始めている。
大広場を経由して、西大通りを歩いているところだ。
無事に依頼を終えた。その報告をするために組合を目指している。
調達した水草と交換で報酬を受け取ることが出来るし、ついでに討伐した魔物の『証明部位』を提出することで、更に報酬が支払われる。
そして、また次の依頼を受けたいのなら、再び組合で手続きする必要がある。
そこでふと、こうして実際に冒険者となって、改めて疑問に感じたことを姉に質問することにした。
「なぁロゼ姉、一度に複数の依頼を受けることは出来ないのか?」
冒険者が受けられる依頼は一度にひとつ。そう勝手に決めつけていたが、複数の依頼を同時に受けた方が効率の良い場合があるように思う。
同じ方角や場所での、別々の依頼。まぁつまりは、『ついでにこの依頼も受けておこう』みたいな場面だ。
確か、冒険者としての登録を行った時の"同意書"では、その点については触れられていなかった。
そんな俺の質問に対して、隣を歩く姉は――
「……勿論、一度に複数の依頼を受けることは可能だよ」
と、少しの間を持たせて答えた。
そして――
「ただし、ソレが可能なのは"超"級冒険者からだよ」
そう付け加えた。
「"超"級冒険者が一度に受けられる依頼の数は三つ」
三つか……しかも"超"級冒険者以上に限られるとは。
やはり、"上"級と"超"級の間にはかなり大きな差が存在しているんだな。
なるほど、となると俺はコツコツと、ひとつずつ依頼をこなしていくしか無い訳だ。
それで、姉の場合はどうなのだろうか――と、俺は言葉の続きを待った。
「"絶"級冒険者には、上限は設定されていないよ。受けたい数だけ……依頼を受けることができるよ」
"超"級と"絶"級の間にも、かなり大きな差があるようだ。
「でも、あまり受け過ぎると手に負えなくなっちゃうからね。自分の実力に見合った数なのかどうかを、しっかりと見極めなきゃいけないんだよ?」
そりゃそうだ。
大量に抱え込んだ挙げ句、依頼を完了出来ませんでした。なんてことにもなりかねない。
実際、過去にもそんなことがあったのだろうか。なんて思ったが――
「ま、そんなことも分からないような冒険者は、"超"級にはなれないんだけどね」
と言いながら、姉は微笑んで見せた。
なんて話し込んでいるうちに、どうやら冒険者組合へと到着したようだ。
~
「こちら今回の依頼、そして魔物討伐を含めた報酬になります」
調達した水草を指定の量だけ組合へと納品することで、依頼は完遂された。
魔物の討伐証明部位を含んだ報酬を、こうして受け取ることが出来た。
「お疲れ様だね、シファくんっ」
「あ、あぁ」
初めて自分で稼いだ金。てんで大した金額ではないが、それでも僅かにこみ上げてくる『何か』がある。
姉も手伝ってくれたとは言え、この金は間違いなく……俺が依頼をこなして得た――対価だ。
その姉も、まるで自分のことのように喜んでくれていた。
俺の初の依頼任務は、簡単ではあったが大満足の結果に終わった。
さて、冒険者初日の活動としてはこんなもんだろう。
俺は、姉と共に組合から出ることにした。
受付に背を向けて、出口へと足を動かそうとした、その時だ――
「"絶"級冒険者、ローゼ・アライオン様」
俺ではなく、姉の背後に呼び掛けられた声に、動かしかけていた足を止める。
振り返ってみると、受付担当のお姉さんが軽くお辞儀をしながら、更に続きを話すところだった。
「支部長コノエ様がお呼びです」
「なに? 帰るところなんだけど、用件は?」
姉は、ほんの少しだけ不機嫌になっている。
そんな姉の様子に気後れすることなく、受付のお姉さんは礼儀正しく対応するが、冷や汗を隠しきれていない。
「お話があるそうです。用件までは伺っておりません、直接会って話すと……。ローゼ様のみ2階へ御案内するように言われております」
「…………」
お辞儀をしたままの受付に、姉の視線が鋭く突き刺さっている。
心なしか、受付の人の肩がふるふると震えているように見えた。
「……はぁ。ごめんシファくん、ちょっと行ってくるね。もしアレだったら先帰っててよ」
冒険者組合支部長の呼び出しは、流石の姉でも無下には出来ないらしい。
渋々と言った様子で、姉は2階へと上がっていった。
~
組合1階に設置されている数多くの椅子のひとつに、俺は腰掛けた。
姉はああ言っていたが、支部長との話が終わるまで待っていようと思う。
2人がどんな話をしているのか気にはなるが、あの幼女がわざわざ『姉のみ』と強調して呼び出したくらいだ、込み入った話なのかも知れない。
話の内容を、俺から聞き出すようなことはやめておこう。
なんて思いながらも、しばしの時間をひとり過ごすことに。
組合は、俺以外にも数多くの冒険者達で賑わっている。
そんな彼等の話し声が――
――カラン。という組合の扉が開かれる音と共にやって来た、ひとりの冒険者の姿を認めるや否や、止んだのだ。
どうやら皆、その冒険者の姿に視線を奪われているようだった。
――なんだ? 怪訝に思いながら、俺も視線を向けてみた。
と、同時に聞こえてきた話し声。
「出た。エシルちゃんだ」
「相変わらず美しいなぁ。そんでもって、"初"級冒険者とは思えない偉業の数々……」
優雅に、そして堂々と、奥にある受付へと一直線に向かっていく女性。
周囲の冒険者の視線を一身に集めていることに、どうやら気がついていない。
エシル……たしか、ミレリナさんが詠唱魔法の特訓をしていた時に突然現れて助言をくれた人。そして、生誕祭の夜に紅茶という飲み物をご馳走してくれた人だ。
そんな彼女……どうやら、組合に魔物の討伐証明部位を持ってきたらしい。
収納から、とんでもない物が取り出されたようだ。
「――っ!? こ、これは……危険指定レベル14、女郎蜘蛛じゃないですか! しかも5体分……と、討伐されたのですか? おひとりでっ!?」
「――? じょ? あなた方はそう呼んでいるのですね? えぇ、簡単でしたよ?」
受付のお姉さんの顔色が、姉と話していた時以上に蒼白になっていく。
「ぱねぇ! あんな危険指定種を討伐してしまうのもそうだが、女郎蜘蛛と言やぁ、生息している場所はここよりも遥か南じゃねえか……"初"級冒険者が気楽に行ける距離じゃねぇよ……」
「あの人には常識が通用しねぇよ、マジで」
などと驚愕している冒険者の声なぞ、彼女の耳には届いていない。
当の本人は討伐報酬を受け取り、満足した様子で踵を返そうとしている。
それにしても、やはりただ者ではなかったようだ。
以前に会った時にも感じたが、彼女のこの赤い瞳。目を合わせるだけで鼓動が早くなりそうな感覚――って
「あら?」
ヤバい……目が合ってしまった。




