#65 危険指定レベル18
カルディア高森林の一角に存在する拓けた場所で、俺達と玉藻前は向かい合う。
生誕祭で行われる、各訓練所代表生による3対3の模擬戦へ向けての練習だ。
俺達は3人。に対して相手は玉藻前のみ。3対1だ。
充分な力を取り戻したとは言え、本調子という訳でも無いらしい。
しかし、油断するなんてことはあり得ない。
静かに、俺は玉藻前を見る。
実戦形式の練習。
玉藻前は――『我を本気で討伐するつもりでかかって参れ』と言っていた。本調子でないにしても、かなりの自信があるようだ。その証拠に、俺が視線を向けた先で玉藻前は悠然とした態度で1人佇んでいる。
対して俺達は……前衛を俺として、後衛にミレリナさん。そのミレリナさんが落ち着いて魔法を扱えるようにと、彼女を護りやすい位置にルエルが立つ。
先手は俺達だ。
こちらの誰かが一歩を踏み出せば、それを合図として玉藻前も戦闘体勢に入る。
俺と玉藻前との距離は、遠くはなく、近いという訳でもない。
しかし俺なら、強く地面を蹴れば一歩で詰められる距離だ。
――よし。始めよう。
腰を落とし、足に力を込める。
これは、パーティーとしての実力を高めるための練習だが、確実に俺の実力を高めることにも繋がる筈だ。
身近に感じていたが、知れば知るほど遠かった――姉との距離。
この練習で、その距離がどれだけ詰まるのかは分からないが――今、踏み出した一歩は、即座に俺と玉藻前との距離を詰めた。
踏み締めた力で土埃が舞う中で、俺は収納から聖剣を取り出し、そのまま下からすくい上げるように斬りかかる。
玉藻前の黄色い瞳が、スッ――と俺に向いたのが分かったが、そのまま聖剣を振り抜いた。
「――ッ!」
しかし、振るった聖剣が玉藻前に触れる瞬間――ボウッと出現した青い炎と共にその体は消え失せた。
――妖術だ。
俺の聖剣は青い炎を分断した。手応えなど微塵も有りはしない。
そして青い炎は、空気中に溶け込むようにして消える。玉藻前の姿はない。
「ルエル! 用心しろよ!」
顔を向けずに、後方のルエルにそう声を飛ばす。
ルエルからの返事はないが、体感温度が少し下がったのが分かる。
ミレリナさんは――どうやら、魔法の詠唱に入っているようだ。
どこに姿を現すのか分からない玉藻前から、詠唱という無防備な状態のミレリナさんを護るため、ルエルは零界を使用している。
今回のこの実戦さながらの練習……俺達の誰かの攻撃が玉藻前に致命傷を与えた。という状況を作りだすことが出来れば俺達の勝利だ。
そして玉藻前の勝利条件も同じ。違う点は、その対象が俺達3人ということ。
――圧倒的に俺達が有利。
ミレリナさんの詠唱が完了し、その魔法を玉藻前に回避あるいは防御させなければ、それは致命傷を与えられる状況と言える。
勿論、ミレリナさんの詠唱魔法にこだわる必要はない。俺やルエルの攻撃でも問題はない。
――果たして今の俺達は、危険指定レベル18の妖獣を討伐することが出来るのか。
いや、玉藻前は万全ではないし、それを考えるのはやめておこ――
「――シファ! 後ろっ!」
――ッ!
気配はあった。
ミレリナさんが魔法の詠唱を始めているのだから、まずはそのミレリナさんを狙うだろうと考えていたが、玉藻前のやつ……その裏をかいてまず俺を狙って来たらしい。が、俺は油断してなどいない。
ルエルの声が耳に入った時には既に、俺は振り返りながら聖剣を振るっていた。
横凪ぎの一閃だ。
勿論、命中する寸前で止めるつもりでいたが――
――俺の聖剣は空を斬った。
というより、ソコに漂っていた青い炎のみを、またしても分断する。
「こちらじゃ――」
その背後から囁かれた玉藻前の声を聞く前に、俺は更に体を捻り、聖剣を振るう。
「きゅっ!?」
可愛らしくも驚いた様子で、慌てて玉藻前は大きく後退し、聖剣を躱した。
俺は、聖剣を振るったそのままの勢いで体を回転させつつ、聖剣を収納に戻し――そして取り出した霊槍を、玉藻前目掛けて投擲した。
「――ッ!」
ここで初めて、玉藻前の表情に焦りが表れる。
また青い炎となって回避するのか? いや、それはどうやら不可能らしい。
――ピキキ。と、玉藻前の足下が凍りつき、自由が奪われる。
体の自由が奪われてなのか、それとも地面に足を固定されたことが原因なのかは分からないがとにかく、玉藻前は先のように青い炎となって消えることができないようだ。
そんな状況でも尚、投擲した霊槍は玉藻前へと迫る。
玉藻前が右手を下から振り上げると、霊槍の進行方向に青い炎の壁が出現した。
その炎の壁で、霊槍を防御しようという算段のようだが、霊槍は、実体のある物への物理的影響は少ない代わりに――魔法的な存在への効果は抜群だ。
霊槍は炎の壁を吹き飛ばし、貫通する。
「くっ――」
しかし、玉藻前は無理矢理に体を捻り、なんとか霊槍を回避した。
――その時。
「破滅詠唱"災害"第惨章」
ミレリナさんの声に呼応するように、魔法陣が出現した。
詠唱が完了したようだ。
玉藻前の足下はルエルの魔法により、未だに凍りついたまま。
このまま、ミレリナさんが詠唱魔法の名を口にすれば、俺達の勝利だ。
「…………」
玉藻前が足下の巨大な魔法陣を見下ろし――
「大地粉――」
ミレリナさんが魔法の名を口にしようとした瞬間、玉藻前が勢いよく両手を合わせると――パァンという甲高い音が鳴り響く。
そして、詠唱魔法の名が放たれるよりも少し早く、玉藻前はその張り合わせた両手を目一杯に広げた。
すると――
青い炎の波が、押し寄せた。
「くっ……きゃぁっ!」
「はうっ……」
「……くそっ」
俺は腰を落とし、力強く踏ん張ることでなんとか堪えることが出来たが……ルエルとミレリナさんは、その炎の勢いに吹き飛ばされた。
ミレリナさんの詠唱魔法は放たれることなく、出現していた魔法陣はスッと消え失せる。
この青い炎。熱くはない。
どうやら、俺達を吹き飛ばすことのみを目的とした物らしく、ルエルとミレリナさんにも、目立った外傷はないようだ。
そんな状況でもまだ、押し寄せている青い炎。その中から――俺の目の前に玉藻前が飛び出してきた。
そして――
「捕まえたぞ。シファよ」
抱きついてきた。
「――あ」
思わず、そんな間抜けな声が出てしまった。
と同時に、青い炎も綺麗さっぱり消え失せている。
「我の勝ちで良いか?」
耳元で、甘く囁かれる。
少なくとも、こうして体を密着させられた俺は、致命傷を与えられていてもおかしくはない。
そして俺がこうなってしまっては、玉藻前の炎の影響で吹き飛ばされ、今ようやく起き出したルエルとミレリナさんも、容易く玉藻前に致命傷を与えられてしまうだろう。
「どうやら……そうみたいだな」
目の前にある玉藻前の大きな黄色い瞳を見つめながら、俺はそう答えた。
すると、玉藻前の大きな尻尾が上機嫌に揺れ動いていた。
今日は負けてしまったが、確かな手応えはあった。
生誕祭が始まるまでの間、俺達3人、出来るだけ高森林へと足を運ぼう。
きっと、ルエルとミレリナさんも……そう思っているに違いない。
ちなみに、玉藻前は凄く良い匂いがした。
~
――そして俺達の練習の日々は過ぎ去っていく。
あなたのその評価が、気になります。




