#49 幼女の思惑
バジリスクの首に一筋の線が走ったかと思うと、首から先がズルリとズレ落ち、残された胴体らしき部分も遅れて地に伏した。
バジリスクの牙は支部長コノエに届くことはなかった。
「ふむ……見事な収納魔法じゃな。咄嗟の戦闘行動にも関わらず、それほどの早さか」
長い銀色の髪を指先で弄りながら、感心したような言葉を言っているが……あまり驚いた様子でもないらしい。
何か……こう、確認されているような、試されたかのような、そんな感じだ。
それとも、もしかしてこの支部長コノエは本当に見た目通りの実力なんだろうか。
目を細め、支部長コノエの顔を窺うと、その青い瞳もまた俺を捉える。
――わからない。
この可愛いらしい見た目からは、その実力と思惑を推測することは難しい。
「良くやったぞ弟よ。討伐証明部位を持ち帰れば、後ほど組合から報酬が貰えるぞ」
一瞬ニヤリと笑ってから、支部長コノエは再び歩き出した。
もともと危険指定種が存在する、大森林深層。
その中を、まるで散歩でもするかのように迷い無く足を前に出し続ける支部長コノエ。
そんな幼女の後ろ姿に、俺達はまた顔を見合わせる。
~
支部長コノエを先頭に深層を進む。
真っ直ぐと歩き続けているところを見ると、どこか目指しているところがあるようだ。
そしてどうやら、この道中の魔物共の討伐は俺の担当らしい。「ほれ、弟よ」「弟よ、また出たぞ」「さっさと討伐せい、弟よ」
と、魔物と出会す度にその討伐を俺に命令してくる。
危険指定種の相手は、"上"級と"中"級冒険者がすると聞かされていたのだが、こと俺達のこのよく分からないパーティーに関しては、それは適用されないらしい。
ま、そもそもこのパーティーに冒険者は存在しない。
訓練生と、組合支部長で構成された臨時パーティーだからな。
しかしいったいどこへ向かっているんだろう。
そんな疑問から俺は――
「コノエ様、いったい俺達はどこまで進むんですか?」
そう訊ねた。
フッと、支部長コノエが笑みを深くしながら、目の前の草木を踏み越え、俺達もそれに続くと――
――景色が変わった。
「ここじゃ」
その声につられて顔を上げる。
まず感じたのは解放感だった。
そして次に青い空が視界に飛び込んでくると、頬を撫でる心地良い風に目を細めた。
遠くには湖も見える――草原地帯。
見覚えがある。
訓練生として、初めて討伐任務の教練を行った時にコカトリスを追ってる内にたどり着いた場所だ。
ここで翼竜と出会したんだったな。
ここが目的地。ということらしいが、どういうつもりだ?
という疑問は即座に消え去る――耳に届いた僅かな鳴き声によって。
その鳴き声のする方へと視線を向ける。
この草原地帯の上空を飛び回る影が、降りてくる。
獲物を見つけた。そう思っているのだろう。
やがて、俺達の目の前に降り立ったソイツは――
「コカトリス。今回の討伐対象じゃぞ」
紫や緑と言った毒々しい体毛に覆われた鳥形の魔物――コカトリスだ。
鋭い鳴き声で俺達を威嚇してくる。
そしてやはり、今回もこの幼女は何もするつもりは無いらしい。
やれやれ、この幼女、実は本当に弱かったりするのか?
なんて肩を竦めながら、俺は足を前に踏み出す。
前のリーネの戦闘をこの目で見ているし、苦労なく討伐することは可能だ。
さっさとやってしまおう。そう思って収納から聖剣を取り出そうとしたが――
「待て。お主は引っ込んでおれ」
と、俺の服の端をチョコンと摘まみ、そう言った。
え? まさかやる気になったとか?
足を止めて、思わず支部長コノエの方を見ると――
「空色髪の娘よ、ルエルじゃったか? お主がやれ」
「――ッ!?」
これには流石にルエルも驚いていた。
「え、いや良いですって、俺がやりますって」
いや、別にルエルではコカトリスに勝てないと言うつもりは微塵も無い。
長い訓練所生活を共に過ごしてきた俺の見立てでは、ルエルの実力はかなり高い。
おそらくリーネと同等……いや、まだ本気のルエルを見たことがないため、リーネ以上の実力と見て問題はないと思う。
あの時は翼竜に怯えていたルエルだが、その時よりも成長しているのも確実だ。
けど、万が一ということがある。
支部長コノエが何もしないと言うのなら、危険指定種の相手は――俺がするべきだ。
「お主は引っ込んでおれ。ほれ、早ぅせんか、襲ってきよるぞ?」
そんな支部長コノエの煽りに、ルエルは「ふぅっ」と軽く息を吐いてから前に出た。
「おい、ルエル――」
すれ違いざまにそう声をかけると、「大丈夫よ」と笑いながら答えてから――遂にルエルはコカトリスと対峙した。
――心配し過ぎか。
コカトリスの危険指定レベルは4。
危険指定種ではあるが、奴の毒にさえ注意していればそれほど厄介な魔物という訳でもない。
ルエルなら、問題なく討伐できるだろう。
ミレリナさんも俺と同意見らしく、俺に力強く頷いて見せてくれた。
とにかく見守ろう。
そう思って視線を前に戻すと――
「しかし――」
という支部長コノエの呟きと共に、遠くの空から近付いてくる影に気がついた。
徐々に大きくなるもうひとつの鳴き声。
いや、更にもうひとつ。
耳を突くような鳴き声が、更に増えた。
「コカトリスは全部で3体……おるようじゃがのう」
「…………」
ルエルは静かに視線を前に向けている。
大きな翼を目一杯に広げながら、空より舞い降りる2体の影がやがてその姿を現す。
ルエルの目の前に、もう2体のコカトリスが降り立った。
ふざけてんのか? 3体のコカトリスの相手をルエル一人にやらせるつもりか?
と、俺は思わず支部長コノエを睨む。
が、「手出しは無用じゃ」と、更に鋭い視線と共に冷たく言い放たれる。
そんな中で、ルエルは静かに集中を始めているようだった。
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