#42 どうしてこうなる
「それにしても。シファくん、やっちゃったね」
サリア達冒険者が帰っていったのを見届けて、姉がそんなことを言った。
その姉の見つめる先には、少し日の傾いた空が見える。
その下には、遠くまで伸びる街道。
ここは高森林のど真ん中。にも関わらず、森の外が覗き見える。
「流石に森の3分の1を消し飛ばしちゃ駄目だよー」
あの時、怒りに任せて振るった炎帝の拳は『高森林』という森の大部分を消し飛ばしてしまったらしい。
「いや、改めて見ると恐れ入るわ……流石はロゼ姉さんの実の弟よねー」
ほえー。と、セイラも森の中から遠くの景色に目を向けている。
あの時は無我夢中だったからな。正直言うとあまり覚えていないんだよな。
ただ、あのサリアを殺してしまう寸前だったことはうっすらと覚えている。
そして――
チラリと、俺の隣で黙って立っているルエルへと視線を向ける。
「――? どうしたの?」
ルエルが、止めてくれた。
もしあの時、ルエルが俺を止めてくれなかったらどうなっていたんだろう。あのまま、炎帝でサリアを殴っていたらどうなっていたんだろうか。
冒険者に実害を与えた訓練生には、どんな罰が下されるんだろう。
今となっては分からないが――
視線を少し下に向ける。
ルエルの両手には、痛々しい火傷の跡があった。
~
森を消し飛ばしてしまったのはしょうがない。
消えてしまった物はもう戻らないんだから、考えることを止めた。
寧ろ、この薄暗かった森に多少の日の光を呼び込める穴が出来た。そう思うことにした。
そして、俺達は玉藻前の所へと集まってきた。
「本当に感謝する、人間達よ。これで、我の命は繋がった」
と、優雅な所作で頭を下げる玉藻前。
チラリと見える肌が妙に色っぽくもあるが、所々にある傷が痛々しい。
とは言え相変わらず一番酷いのは、鳳凰の聖火による傷だ。
「ごめんね。私の持つ霊薬や治癒魔法は、魔物にとっては毒になるから、私達にはその傷を治してあげられないの」
「問題ない。命さえあればこの程度の傷は自然と治る。聖火の傷も、もうしばらくここで月光に肌を晒せば治ろう」
と、玉藻前は笑っている。
そうか、玉藻前の傷は流石の姉でも治せないのか。
姉ならもしかして聖火の傷も治してくれるんじゃないかと思ったりもしたが、そう都合良くはいかないな。
けど、良かったんだろうか?
"絶"級冒険者とは、組合から絶大の信頼を寄せられていると聞いた。
その姉が、玉藻前の討伐を禁止した。組合でさえそれをしなかったと言うのに。
――このことが、何か姉にとっても不都合なことを招く結果に繋がったりするんじゃないだろうか。
俺にはそんな不安があった。
――しかし。
「大丈夫だよシファくん」
どうやら顔に出ていたらしい。
「私達、鳳凰を討伐したって言ったでしょ?」
確かに言っていたな。
そして聖焔刀という、鳳凰の力を宿した武器も持っていた。
「本来なら、鳳凰の討伐にはもっと時間が掛かる筈だったんだよねー」
と、姉はニコリと笑いながら、玉藻前へと視線を向ける。
「どうやら、私達と戦った時の鳳凰は、相当疲れていて休んでいた最中だったみたいなんだ。それって――玉藻前ちゃんとの戦闘で、かなり消耗していたんだと思うよ?」
確か、玉藻前も鳳凰と戦ったと言っていたな。
一歩及ばなかったと。少し強がりも入っていると思っていたが……。
危険指定レベル18とは伊達じゃないようだ。
「そのことも組合には報告するし、玉藻前ちゃんが自分から人間を襲わないことも分かったしね。問題なしだよ」
なるほど。
つまり、鳳凰の討伐に玉藻前も一枚噛んだということにする訳か。
組合と冒険者のルールみたいな物はよく分からんが、それは姉の行動の正当性を証明する材料になりそうだな。
「そんな訳だから、もう冒険者が玉藻前ちゃんを討伐にくる心配はないよ」
「だってよ。良かったな! 玉藻前」
「う……うむ」
なんだ、あまり嬉しそうに見えないが気のせいか?
疲れてるんだろうか?
まぁ確かに、俺達がここに来た時には既に、かなり冒険者達に攻撃されていたようだしな。
玉藻前としても、早く休みたいのかも知れないな。
――なら、帰るか。
「じゃぁ、俺達は帰るか」
「――え?」
ビクリと、玉藻前が驚いたように反応している。
「そだね。私も他に行くところあるし」
「――なんと!」
姉も姉で忙しいらしい。
にしても玉藻前はどうしてそんなに焦ってるんだ?
「そうね。シファは教官に怒られないといけないもんね」
「…………」
忘れてたわ。
教官に無理を通して訓練所を飛び出して来たんだった。
思い出した途端に気が重くなる。
すごく、怒られるんだろうな。
が、それも仕方ない。一時とは言え、俺は教官に剣を向けたんだから。教官の説教を甘んじて受け入れるよ、俺は。
「じゃ、俺達帰るから。玉藻前は今度こそゆっくり体を休めろよ?」
軽く手を振って、俺達は歩きだす。が――
「――あ、あの! 待って! ……ほしいのだが」
と、玉藻前が声を張って俺達を引き止める。
なんだ?
見ると、玉藻前の顔がかなり赤い。
視線は泳いでいるし、とてもあの偉そうな話し方をする奴とは思えない。
後ろの九つの尻尾も、なんだかソワソワしたような動きだ。
そんな玉藻前を見て姉は、小さくため息を吐いている。
ルエルは……目を細めて怪しむような目を。
セイラは……やたらニヤついているな。
「そ、その……シファ、と言ったか? お主」
どうやら、俺に話があるらしい。
「ああ。そうだけど」
「えっと……今日は、本当に感謝しておる。あの……護ってくれて……ありがとう、なのじゃが……その」
「どういたしまして?」
なんだ? 歯切れの悪い喋り方だな。
とにかく玉藻前の感謝の気持ちは痛い程伝わってくるが、他にも何か言いたいことがありそうだ。
黙って続きを待つことにした。
「その……格好良かったのじゃ! 我は、シファの護り神になることにする! そ、それだけじゃっ! さらばっ」
――ドロン。と、それだけ言ってから、玉藻前は青い炎と共に跡形もなく姿を消した。
「え?」
なに? 今の。
まさか――告白?
告白された? 玉藻前に?
どうなの? それ。
理解が追い付かないまま、姉を見た。
姉なら、今の状況の説明をしてくれる筈だと思ったからだ。
しかし――
「あーあ。やっぱり、討伐しておいた方が良かったかなぁ」
駄目だ。
ルエルを見る。
「リーネさんだけでも厄介なのに。とんだ泥棒狐ね」
駄目だ。
最後の望みをかけて、リーネの姉のセイラを見た。
「おお。見事な妖術。完全に姿を消したみたい。流石っ!」
だ、駄目だ。
きょ、教官なら。
教官なら、的確な説明をしてくれる筈。
早く帰ろう……。
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