#33 俺の家がヤバい
「なぁユエル教官、結局のところ他の皆が担当していた場所の調査はどうだったんだ?」
「……そうね。ま、別に隠すことでもないから教えてあげるわ」
教練が始まる前の朝食の時間、ふいに俺は教官にそう尋ねた。
俺達訓練生がカルディア周辺の三日間に及ぶ調査任務を終えたのが一昨日だ。
俺の編成が担当していた北方面は、魔物や魔獣共の生息分布が乱れていた。
街道沿いといった比較的人通りの多い場所こそ特に異常は無かったが、森林や湖などの名所では、本来生息しない筈の魔物や魔獣が出現することを確認した。
特に異常として挙げるのならやはり『カルディア高森林』だろう。
昼間の明るい時間には一切の魔物の姿が見られず、夜間には本来出現する筈の無い死霊系の魔物が徘徊。そして森林の奥には、レベル18の玉藻前が潜伏していた。
この事は既に教官には報告済みだ。
他の地域はどうだったのか少し気になった。
北方面と同じような異常はあったのだろうか?
「結論から言うと、周辺地域の魔物や魔獣の生息分布に大きな乱れがあるわ」
食事の手を止めることなく、教官は話してくれた。
「西側にある大森林ではコカトリス。深層では翼竜に……更には超獣――ベヒーモスの痕跡もあったらしいわ」
西側の大森林とは、以前皆で魔物討伐に向かった所だ。
コカトリスに遭遇し、リーネと共に翼竜に遭遇したのがその森の深層だが……。
超獣――ベヒーモスとは初めて聞く。
「危険指定レベル10、超獣――ベヒーモスよ。痕跡が有っただけで遭遇しなかったのが幸いね」
それはまた……なかなかにキツそうな名前の怪物だな。
と言っても、レベル7の翼竜があの程度だし、あまり危険な存在にも思えないが……どうなんだろうか。
「東側にある湿地帯には、幻夢華という魔華が異常発生していたらしいわ。この魔華は危険レベル8の植物獣――グレイシアが生息している場所に発生するわ」
その姿までは確認されていないが、状況的に見てそのグレイシアという魔物が生息していると思って間違いないらしい。
厄介なのが、魔物の名前を聞いてもその姿形が一切想像することの出来ない俺のこの知識力だ。
姉との特訓で討伐した魔物の一部なら、なんとか名前は分かるが全部じゃない。
うーむ。レベル8か……弱そうだな。
翼竜の一つ上だし、多分弱い。
「そして――」
そこで初めて教官は食事の手を止めた。
なにやら重要なことをこれから話すみたいな、そんな雰囲気だが……。
「南側の山は、魔境と化していたらしいわ」
「え゛?」
食べていたオカズがポロリと落ちた。
それも仕方ない。
南側の山とはそう、俺と姉の住んでいた家がある場所なのだから。
『魔境』という言葉の意味はよく分からないが、絶対に良い意味では無いことは流石に分かる。
――説明求む。
という視線をユエル教官に向けた。
「『魔境』は、その場所の一定の距離内における魔力濃度が、一定の濃度を大きく上回った場所のことを言うわ」
うん。意味不明だ。
――説明求む。
「……ま、分かりやすく言うと、ソコの雰囲気が超魔力的。と思ってくれれば良いわ」
少し分かった気がした。
姉との特訓時代に連れていかれた場所に、そんな雰囲気の場所があったな。
後からユエル教官に教えられて、そこが『危険指定区域』という場所だと分かったが……。
「冒険者組合は、今日からカルディア南の山脈地帯一帯を『"超"危険指定区域』に定めることにしたらしいわ」
「はぁっ!?」
「ちょっ、汚いわね。あまり飛ばさないでくれる?」
「いやいや、えぇ!? 危険指定区域? 俺の家はっ?」
「諦めなさい。"超"危険指定区域に立ち入ることが出来るのは"超"級冒険者以上と、"絶"級冒険者に認められた者。そして"絶"級冒険者が同行している時のみよ」
どんな状況だよ。
いったい何が起こってるんだ? これも鳳凰の影響?
俺、家に帰れないの? いやまぁ、もう暫くはこの訓練所で生活しているし帰る予定も無いけど、自分の住んでた場所がそんな状況じゃ流石に心配になるわ。
「おそらく鳳凰とは無関係。山脈を魔境に変えられる程の存在なんて、私の知る限りじゃ一つしかない」
「と言うと?」
「――魔神種よ。何の気まぐれか、魔神種の誰かが山脈のどこかに住みつきでもしたんじゃないかしら」
なんじゃそりゃ。
どこの鳳凰だよ、山に勝手に住み着きやがって。
誰か討伐してくれるのか?
「と言っても、山脈の魔物達を追いやることもしていないし、これといって被害も出ていない。組合側は暫く様子を見るつもりみたいよ」
「討伐しないのか?」
「無理ね。魔神種は、たとえ貴方のお姉さんでも討伐出来るか分からない相手よ。下手に手を出して良い存在じゃないのよ」
まぁ確かに、あの山に住んでいた人間と言えば俺達くらいのもんだ。その俺達も、暫く山には帰っていないし……あの山に立ち入ることが出来なくなっても困る人間はいないとは言え……。
なんだか、やるせない気分だな。
「そう心配しなくても大丈夫よ。貴方のことは私がしっかり面倒見てあげるから」
表情に出ていたのかな、教官が肩を竦めながらそう言ってから朝食の後片付けを始める。
どうやら、この話についてはこれで終わりのようだ。
俺も何か手伝おうか――と思ったが、教官は手際よく食器類を片付けてしまった。
じゃぁ、洗い物くらいは俺が――と立ち上がろうとするが、教官に「座ってて」と言われたので大人しく待っていることに。
いつもなら『もう教室に向かいなさい』と言ってくるところだが、俺にまだ話があるらしい。
手際よく丁寧に洗い物を済ませた教官が、再び俺の対面に腰を下ろした。
「さてと。お姉さんから貴方に届いている物があるわ」
そう前置きしてから、ドサリと机の上に置かれる袋。
重量感たっぷりの袋だ。
見た目と音から、その袋の中身はギッシリと何かで埋め尽くされていることが分かる。
が、なんだろうか?
姉から俺への贈り物らしいが。
「お金よ。――200万セルズあるわ」
「おぉ!!」
袋の口を開けて、中身をチラリと見せてくれた。
紛れも無く金だ。大量の金貨だ。
うん。金は嫌いじゃない。嫌いな奴なんてこの世界に存在しない。
しかし大金だ。
姉から金を受けとるなんて、姉に頼って生きることを辞めるために冒険者を目指す事を決めた。だがその過程で冒険者を目指すだけじゃなくて、姉を超える事を目標にした俺のプライドが――許さない……。
しかし! この金が有れば、街であんなことやこんなこと、訓練生仲間達と楽しく遊ぶこともできる。
あまり街に来たことがなく、友達のいなかった俺にとって、この冒険者訓練所での生活は、今や随分と楽しい物へと変わっていた。
その事実が、俺のプライドの邪魔をする。
――ぐぬぬ。
「はぁ……」
そう俊巡する俺の顔を見て、教官がため息をひとつ。
そして。
「シファ、貴方はまだ成人したばかり。やっぱりこのお金は貴方にとっては大金過ぎるわね」
「あ……」
そう言いながら、大金の入った袋を下げる教官。
俺の手が虚しく伸びる。
「貴方が真っ当な冒険者になるようにと、お姉さんに頼まれているしね」
カチャリと、机の上に置かれる数枚の金貨。
「今日から小遣い制にするわ。貴方が立派な冒険者になったら残ったお金は全て渡すから。それまでは少しずつお金を貴方に渡すことにします」
机の上に置かれた金貨、1万セルズ程度だろうか。
1万か、贅沢な遊びさえしなければそれなりに楽しめる量のお金ではあるが……。
「も、もう少し」
「駄目よ。そもそも、食事は全て私が用意してあげてるのだから、1万でも多い方だと思うけど? そうでしょ?」
「――はい」
そうだ。
毎朝の朝食に、昼の弁当。夕食までもユエル教官が用意してくれている。
本来ならその200万セルズ。全て教官に渡してしまっても良い。
とにかく、こうして教官に世話をしてもらってる以上、俺は教官には逆らえない。




