#3 愛の鞭を乗り越えた先
『俺も冒険者になりたい!』
姉にそう告白してから、4年が経った。
俺のことを1番に想ってくれる姉の言葉は、俺の中では誰よりも、そして何よりも重い。
そんな姉の言葉だから、俺は今日まで耐えた。
俺が冒険者になれる様に、冒険者として生き抜くために最低限必要な実力を、姉は与えてくれたのだ。
今、俺が背を預けている巨大な岩は、綺麗に2つに割れている。
ソコに横たわっている竜は、既にこと切れている。
そして俺の頭には、冒険者として必要不可欠な戦闘についての知識が詰め込まれている。
俺は立ち上がり、前を見た。
「さぁシファ君。どっからでもかかってきなさい。軽く揉んであげるよ」
20歩ほどの距離の位置に、銀色に輝く長剣を片手に立つ姉と俺は向かい合う。
どれだけ巨大な岩を斬ろうと、どれだけ巨大な竜を倒そうと、どんな地獄で生き抜こうと、この姉と互角の戦いをしないと俺が冒険者になることを認めてくれないのだ。
これまで何度挑もうが、俺は成す術なく。そう、本当に何も出来ないままに姉に負かされるばかりだった。
だが、今日こそは――
「うおおぉぉぉぉぉぉ!!」
真っ直ぐに駆けた。
姉との距離がぐんぐんと少なくなり、姉の姿がより鮮明に、大きくなっていく。
もうすぐ互いの剣の間合いに入るであろう瞬間、俺は左へ少し体を傾けてから、右へと体を投げ出した。
左へと1度フェイントを入れての行動だったが、姉の金色の瞳は真っ直ぐに俺を射ぬいている。
読まれていたらしい。
だが、ここまで来て今さら止められない。このまま斬り込む。
それに、俺は既に攻撃動作に入っているのに対し、姉は何の動作にも入っていない。ならば俺の剣が姉を捉えるのを止められないだろう――
なんて、簡単に考えているからいつも負けてしまう。
案の定、姉は即座に体を回転させて俺に背中を晒したかと思うと、次の瞬間に俺の視界に入っていたのは姉の剣だった。
「――ぐっ!」
無理矢理に俺は体を捻り、その姉の攻撃を何とか回避する。
「わっ! シファ君凄い……」
という姉の呟きに反応する余裕は俺にはなく、捻った体の勢いをそのまま剣に乗せ、姉へと斬りかかった。
「わわっ!」
初めて姉が慌てた反応を見せた。
それもそうだろう。
姉の右手に持った剣の攻撃を回避し、俺は今、無防備かつ体勢の崩れた姉に向かい剣を振るっているのだから。この攻撃は通る。
――ガキィン! という甲高い音と共に、右手に持っていた剣が弾かれるのが分かった。
「え?」
「残念でした」
見ると、姉は左手に持った金色の長剣で、俺の攻撃を受け止め、剣を弾いたらしい。
そして、何も持っていない右手が、俺の腹へ優しく添えられる。
そして――
「えいっ!」
「ぐふっ!」
ほんの少しの痛みの後に感じる浮遊感。
姉との距離がみるみる離れていき、やがて背中に伝わってきた衝撃。
どうやら岩まで吹き飛ばされたらしい。
ようやく自分に起こった状況を理解した所で、姉がゆっくりと近付いてきた。
……あぁ、また負けたらしい。
「……大丈夫?」
「あ、あぁ」
これで何度目になるのか、もう分からないな。
ここまできたら、俺は姉に勝つことは未来永劫不可能なのかとさえ思う。
「……まさか2本目の剣を使わされちゃうとはね。うん」
やっぱり俺には、冒険者になる資格なんて無いのだろうか? このまま一生、姉に護られて、養われて生きていくのだろうか? たしかにそれも悪くは無いのかも知れないが、俺はもっと『世界』を知りたい。
冒険者になって、色んな経験をしたいのに……。
「……うん。認めるよ。シファ君が冒険者を目指すことを許可してあげる」
「……え?」
姉が口にしたのは、意外な言葉だった。
あれだけあっさり返り討ちにあったにも関わらず、遂に姉は、俺が冒険者になることを認めてくれた。
「あはは。実は私って、結構冒険者としては強い方なんだよ? その私相手に、良い線いってたと思うよ? ……多分」
そう話す姉の顔が、どこか寂しげにも見えたのは多分気のせいでは無いだろう。
「それじゃ、私の特訓をやり遂げたご褒美に、私の魔法と技能を教えられるだけ教えてあげるよ! それが済んだら、街へ行って冒険者登録だよ!」
「ありがとう! ロゼ姉!」
魔法と技能を教える。
それは完全に俺のことを認めてくれた証拠だ。
堪らず俺は、姉に抱き着いてしまっていた。
「ひゃぁ! ちょっとシファ君!? ここ外だよ!?」
俺が冒険者になれる時は、もうすぐソコまでやってきていた。
――多分。