#157 恒星宮殿の織姫
大きな扉を開けて宮殿の中に入る。アルーレさんの後に続き、暫く廊下を歩くと、一際目立つ大きな扉の前にたどり着いた。
「この先に織姫様がおられる。妙な行動を取れば、お前達の命は無い。分かっているな?」
「勿論よ」
「少し待っていろ」
そう言うと、アルーレさんは先に扉の中へと入っていった。
「シファくん。織姫様は、魔神種であり友好指定種。回復系統魔法の頂点に立つ存在よ。彼女の協力を得られれば、必ずロゼを救うことが出来る筈」
「はい」
聞くところによると、大陸に流通している回復薬の殆どには、織姫の魔力が少なからず込められているという話だ。
イナリで聞いた、身体の欠損すらも完全に治療してしまう最上位の回復薬も、織姫の霊薬と言う名前だったっけ。
「織姫様は、その……何と言うか、少し癖のある方だから、冷静さを失わないようにね」
「?」
なんとも歯切れの悪い言い方をするな。
俺が首を傾げていると、目の前の大きな扉が再び開かれた。
「入れ」
扉の向こうに立つアルーレさんが、俺達に中へ入れと促す。
一歩、二歩とゆっくりと足を進めて、中へと入る。
中は広く、綺羅びやかな装飾と豪華な調度品が置かれた一室。
玉座の間……とは違うようだけど、ソレに近い雰囲気を感じる。
部屋の奥の、大きな座り心地の良さそうな椅子にゆったりと女性が腰掛けていた。
あの人が、魔神種――織姫だ。
クレアさんと二人、並んで進むと次第にその姿が鮮明になっていく。
鮮やかな緑色の綺麗な長い髪と瞳。
幼さも残るような顔立ちだけど、誰がどう見ても絶世の美女。
まさに、お姫様と呼ぶに相応しい女性だ。
「織姫様、本日は私達の要求に耳を傾けていただき――」
クレアさんが深く腰を折り、挨拶の言葉を述べようとするが――
「良いから良いから! そんなの良いからさ、ホラ早く!」
「――?」
クレアさんの言葉を織姫様が即座に遮り、目を輝かせながら俺の方を見ている。
いや、俺の方と言うよりかは俺の持つこの紙袋だ。
「ちょっと! 何ボサッとしてるわけ? 早くこっちに持って来てよ!」
クレアさんも、俺の方を見て頷いている。
どうやら挨拶などよりもまず、この紙袋を織姫様に渡してしまった方が良さそうだ。
クレアさんの横を通り、真っ直ぐに織姫様の座る椅子へと近付く。
近くで見ると、織姫様の可愛らしさが際立って見えるが、そんな雑念は捨てて紙袋を丁寧に差し出した。
「ど、どうぞ」
「うん! ありがと!」
俺の手から掻っ攫うように紙袋を受け取ると、すぐさま袋の口を開けて中に入っていた物を取り出す織姫様。
「きゃー!! 本物だっ! 鈴蘭堂のティラミス! アル! 早くフォーク! フォーク持ってきてよ!」
「コチラに」
と、いつの間にか近くにいたアルーレさんが、いつから持っていたのか分からないフォークを即座に織姫様へと手渡している。
テキパキと包装を解くと、手の平に収まる程度の大きさのケーキが姿を現す。
なんとも上品な甘い香りがコチラにも漂ってくる。
チョコレートの粉をたっぷりと振りかけられたケーキの表面には、ちょこんと可愛らしい果実が乗せられて、食べるのが勿体ないくらい見事な造形だ。
そんなティラミスに、一切の躊躇いなくフォークを差し込む織姫様。
一口程度の量を取り、口に運んだ。
「〜ッ!! ん〜、やばぁい! 甘ぁい♡」
とても嬉しそうな表情で、フォークを持っている手をブンブンと振って興奮している。
確かに、とても美味しそうだな。
今度機会があったら俺も買ってみようかな。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
パクパクと、織姫様はその小さな口でティラミスを食べ切った。
「残りは後で食べるから冷やしておいて、アル」
「はい」
まだ数個程のティラミスが入った紙袋をアルーレさんに手渡してから、織姫様はコチラへ向き直った。
「まぁ、うん。ティラミス持ってきてくれたから、話くらいは聞いてあげるよ? メイちゃんが許した人間なんでしょ?」
メイちゃん……とは、おそらくメイヴィーさんのことだろう。
良かった……後は織姫様が姉を助けてくれれば、それで全て解決だ。
クレアさんが一歩前に出て、事情を話し始める。
姉の現状、吸血姫――ルシエラから受けた呪い。
そして姉の呪いを解除するための協力をお願いしたい、と言うことを。
織姫様は、クレアさんの話に黙って耳を傾けてくれていた。クレアさんから聞かされていたことと、魔神種と言うこともあってどんな人なのかと思ったけど、話せば分かってくれそうな雰囲気に、俺は心底安堵している。
そしてクレアさんがひと通りの話を終えると、織姫様はゆっくりと口を開く。
「嫌よ、めんどくさい」
しかし、発せられた言葉は酷く冷たい一言。たったソレだけの物。
この魔神種――織姫様は、俺達人間のことなんて全く興味が無い。そう確信するには充分な言葉と表情だ。
「話は終わり? じゃぁ早く帰ってくれない? ティラミス食べなきゃなんだから」
一方的に話を切り上げ、虫でも払うような素振りを見せる。
冗談じゃない。
そんな簡単に帰れる訳がないだろ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ――」
思わず大きな声を出しそうになるが、ソレをクレアさんが手を上げて制する。
そして俺の代わりに話し始めた。
「たしかロゼは、織姫様の力を宿す長剣を持っていた筈。二人は面識があったのではないですか?」
「ん〜?」
と、クレアさんの言葉に織姫様は首を傾げる。
昔の記憶を呼び起こそうと、考え込む。
そうだ。たしかに姉がもつ無数の装備の中に、『織姫』と言う名の長剣があった筈。
実際に使っている所を見たことはないけど、昔に見せてもらったことを薄っすらと覚えてる。
「ロゼ? ロゼロゼ……あぁ、ローゼちゃん? あの金髪の?」
どうやら思い出してくれたようだ。
やっぱり、姉はこの織姫様とも面識があったんだな。
つくづく自分の姉の凄さに驚くばかりだ。
「へぇ、あのこがルシエラの呪いを受けちゃったんだ。アルに勝ったから、興味深い人間だとは思ったけどね」
織姫様の視線が横に控えるアルーレさんへと流れる。
しかし、本人は全く意に介していないのか、目を閉じたままジッと立っているだけだ。
「でもだから何? 別にわざわざ私が助けに行く理由になんかならないし」
はぁ……と、小さくため息を吐きながら椅子に深く座り直す織姫様。
全く、俺達の話に興味を示さない。
俺の中で、なんとも言えないモヤモヤとした気持ちが膨らんでいく。
魔神種と言えども友好指定種。話をすれば、きっと助けになってくれるなんて考えていた。
玉藻前みたいに分かり合えると思っていたけど甘かった。
「もう良いでしょ? そろそろおやつの時間なんですけど?」
織姫様にとって俺達人間なんて、お菓子以下の存在でしかない。
「ねぇアル、この2人さっさと追い出してよ、邪魔」
「はい」
それでも俺は、諦められない。
姉を助けるには織姫様の力が必要だと言うのなら、なんだってしてやる。
「織姫様、もう少し話を――」
クレアさんの言葉を、今度は俺が遮るように大きく一歩前に出る。
「お願いします!」
今の俺に出来ること。
精一杯、懇願することしか出来ない。
膝を突き、両手を床に突く。
ゴチン! と、額を床に打ち付けて頭を下げた。
「姉を助けて下さい! 力を貸して下さい!」
「ちょ、ちょっとシファく――」
横のクレアさんが戸惑い、俺を止めようとしているのが分かるが、構わない。
「俺に出来ることがあれば、何でもします!」
織姫様の顔は見えない。
それでも全力の大声で、そう叫ぶ。
「……」
暫くの沈黙。
場がしらけたかのような空気が流れるが、すぐにその沈黙は破られた。
「……なんでも?」
すぐ傍から聞こえる織姫様の声。
だが、顔を床に伏せたままの俺には織姫様の顔は見えない。
「なんでもって言ったよね? 今」
「はい。この人間は、たしかにそう言っていました」
「ちょっと待って下さい織姫様! 彼は咄嗟に言ってしまっただけ――」
「ちょっと黙っててくれない? 今は彼と話してるからさ」
すぐ傍で聞こえてくるそんなやり取り。
クレアさんの狼狽えようが声色から分かるが、そんなまずいことを言ってしまったか? いや、何も間違ったことは言ってない。
姉のためなら、俺はなんだって出来る。きっと姉も、俺のためならなんだってしてくれるんだから。
「ねぇ君、シファって名前なんだよね? 顔を上げて?」
「はい――!?」
言われるがままに顔を上げると、すぐ近くに織姫様の顔があった。
しゃがみ込み、俺の顔を覗き込んでいたようだ。
「良いよ。力を貸してあげる。でも、さっきの言葉忘れないでよ?」
「は、はい!」
可愛らしい笑顔を向けられる。
とにかく良かった……やっぱり、こっちが本気で頼み込めば分かってもらえるんだ。
これで姉は助かる筈。
そう安堵していると、織姫様はスクッと立ち上がり再び椅子へと腰掛ける。
「じゃぁ君……シファ……くん? 明日また同じ時間に大聖堂まで来てよ」
「え?」
明日? 織姫様の言葉の意図が読めずに首を傾げる。
「じゃぁ今日の話はこれでおしまい♪ アル、2人を外まで案内してあげて」
「はい」
と、どうやら話は本当に終わりらしい。
いやちょっと待て。具体的な話がまだ終わっていない。
どう力を貸してくれるのか、その対価に俺は何をすれば良いのか。
詳しい話を聞く前に半ば無理矢理、アルーレさんに部屋の外へと追いやられる。
「じゃぁね〜♪ また明日ね〜♪」
「え、ちょ、また明日? ってどういう」
そんな言葉のやり取りも中途半端に、扉は大きな音と共に閉じられる。
そして気がつけば、俺達は宮殿の外まで戻されていた。
チラリとクレアさんの顔を窺うと、大きなため息を吐いている姿が目に止まる。
「シファくん……魔神種相手に、『なんでもする』は禁句よ」
「え……」
「いえ、言っていなかった私にも責任はあるわね、ごめんなさい」
「そんな、謝らないで下さい。俺はただ、本当にそう思っているから言っただけで……」
「そう……そうね。あなた達姉弟はそうよね」
とんでもない要求をされるということだろうか?
だが勿論、俺の言葉は嘘じゃない。姉を助けてくれると言うのなら、本当になんだってするつもりだ。
「とにかく、今は戻りましょう」
俺達は再び魔法陣を利用して、大聖堂まで戻ることにした。




