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#156 恒星宮殿の白鳥姫

 

 翌日の夜更け、俺とクレアさんは再び大聖堂を訪れた。

 昨日、全部の魔力をぶつけた影響で意識を失ってしまった俺は、どうやらそのまま騎士団本部まで連れて行かれてしまったらしい。その辺りの記憶は綺麗サッパリ抜け落ちてしまっている。

 そして意識を取り戻したのは日が暮れた後。

 ルエルと玉藻前が心配しているだろうか? でもこればっかりは後回しにすることは出来ない。

 二人には、落ち着いてから事情を話してちゃんと謝ろう。


 重い扉が後ろで静かな音を立てながら閉じる。

 昨日と同じく静まりかえっている大聖堂の奥に、メイヴィーさんが佇んでいる。


「お待ちしておりました。コチラへどうぞ」


 ニッコリとした微笑みを浮かべて、メイヴィーさんは大聖堂の奥に鎮座する像の後ろ側へと進む。


「行きましょうか」


 俺達も後に続き、大聖堂の奥へと進む。

 像の丁度裏側の床には、人一人がなんとか通れるような幅の下り階段が現れていた。

 隠し階段……というやつだ。

 先にクレアさんが階段を進み、その後ろにピッタリとくっついて俺もついて行く。

 カツン、カツンと、俺達の足音が反響する。

 どれぐらい進んだだろうか? 長い階段だ。暫く進んだところでようやく階段の終わりが見えてきた。

 壁の燭台の明かりに照らされた狭い一室。大聖堂の地下に、こんな所があったなんて思わなかったな。

 家具や調度品なんかは一切置かれていない、物寂しい部屋だけど、立ち入った瞬間に目に飛び込んで来たソレが、異質な雰囲気をこの部屋に漂わせている。


「魔法陣……」


 床一面を覆う程の魔法陣。


「はい。転移魔法陣です。織姫様の住む、恒星宮殿へと繋がっております」


 俺のよく知る収納魔法陣や、ミレリナさんが使っていた詠唱魔法陣とはまた違う複雑な模様。

 実際にこの目で見るのは初めてだ。姉に読まされた本には載っていた気がする。


「それじゃ、早速行きましょうか」


 クレアさんが躊躇いなく前に出る。

 でもちょっと待て。

 いつの間にか、クレアさんの手には見慣れない紙袋が握られている。


「あの、クレアさんそれは?」

「――? あぁコレは、王都で有名な菓子屋……鈴蘭堂の名物、ティラミスよ」

「え、お菓子ですか?」


 鈴蘭堂。

 たしかお菓子の専門店だった筈。

 ルエルと王都を見て回った時に見つけて、気になったけど人が多すぎて入れなかったんだよな。ルエルは入りたそうにしていたけど、結局諦めたんだっけ……。

 って何でお菓子? 手土産ってこと?


「鈴蘭堂のティラミスですか……。ふふ、それはさぞ、織姫様も喜ばれることですね」


 メイヴィーさんの反応を見るに、どうやらお土産の効果は期待出来そうだ。


「私が御案内出来るのはココまでです。転移した先の恒星宮殿では、私の姉――アルーレがお二人をお待ちしていますが、くれぐれもお気を付け下さい」

「えぇ、分かっているわ。コチラには戦闘の意思は無い。そのためのお土産でもあるのだから」


 そう言って、クレアさんは再びティラミスの入った紙袋を見せる。


 ココまで来て、戦闘になるようなことが起こるのか?


「えっと、メイヴィーさんの姉っていったい」


 物騒な話に、聞かずにはいられなかった。


「私の双子の姉です。アルーレ・アルビレオ。私がこの魔法陣を守っているように、姉のアルーレは織姫様と恒星宮殿を守護しております」

「白鳥姫――アルーレ・アルビレオ。織姫様に近付こうとする者には容赦が無いわ」

「はい。姉は私と違って、人間のことを嫌っております。ですので、恒星宮殿へ立ち入るのなら、命の保証は出来ません」


 メイヴィーさんの双子の姉……なら、そのアルーレという人もメイヴィーさんと同じくらいの実力の持ち主ということだろうか?

 そんな人に容赦なく襲われたら、確かに命は危ないだろうな。

 ゴクリと、思わず生唾を飲み込んでしまう。


「どうする? あなたはやめておく? 私一人でも、織姫様を説得してみせるわよ?」


 クレアさんも、姉のことを大切に想ってくれているのは分かる。真剣に姉のことを考えて、織姫様の説得に手を抜くことなんてしない。

 それでもやっぱり、姉のことを誰かに任せっきりになんて出来ない。


「大丈夫です。俺も行きます」

「……ええ、そう」


 そして気を取り直し、俺達は部屋の中央へと足を進める。

 怪しい輝きを放つ大きな魔法陣の中心へと並んで立った。


「では、行ってらっしゃいませ」


 そう言いながら軽く頭を下げるメイヴィーさんの姿は、より一層の輝きを放つ魔法陣の光に遮られて、すぐに見えなくなってしまった。


 ◇◇◇


 眩しい光が暫くして落ち着きを取り戻す。


「な、なんだ……ここ」


 物寂しい部屋から一転。

 自分の立っている場所が信じられない。

 辺り一面が雲。前方には、豪華としか言い表せない宮殿が聳えている。

 目の前の宮殿以外は、どこまでも青い空が広がっている。時折風が吹き抜けて、髪を激しく揺らす。


 信じられない光景が、目の前に広がっていた。


「感動している暇は無いわよ」

「え? ちょっ」


 そう言って、クレアさんがお菓子の入った紙袋を雑に手渡してくる。

 慌ててソレを受け取ると、前方――宮殿の入口付近で、カッと閃光のような物が迸るのが見えた。


「下がりなさい」


 クレアさんが俺を庇うようにして前に立ち構えると、魔力で創り出した巨大な盾が一瞬で目の前に現れる。

 早い。流石、ルエルのお姉さんだ。

 いつもルエルの魔法を間近で見てきたけど、速度が段違いだ。

 なんて感心している場合じゃない。

 宮殿の方から物凄い速度で飛来してくる何か。

 そしてその何かは、激しい音と衝撃波を生み……周囲に激しい雷を撒き散らしながらクレアさんの盾に激突した。


「メイヴィーめ、簡単に人間を宮殿に通すなとあれ程言っているのに……」


 盾に激突したのは……背中に白い羽を生やした女性だった。

 手に構えた槍を、クレアさんの盾に突き立てている。

 バチバチバチ――と、雷を帯びた槍が、クレアさんの盾を傷付け、バキンと破片が崩れ落ちた。


「アルーレ・アルビレオね? 私達に戦闘の意思は無いわ。織姫様に直接お会いしたいだけ――」

「黙れ。メイヴィーは何て言ったのかは知らないが、私が人間を簡単に通すと思うか?」


 この人が、アルーレ・アルビレオ。メイヴィーさんの姉か。

 雰囲気や態度ははっきり言って正反対だが、似てる。

 双子と言われても納得してしまう。

 にしても、まさかいきなり襲って来るなんて。


「クレアさん!」

「そこにいなさい」


 思わず声を上げるが、クレアさんに制される。


「あまり激しい動きをすると、せっかく持って来た鈴蘭堂のティラミスの形が崩れてしまうわね」


 そう言いながら、クレアさんが俺の手に持つ紙袋へ顔を向ける。

『鈴蘭堂』とお洒落な書体でデカデカと書かれた紙袋。


「なに? 鈴蘭堂の……ティラミスだと?」


 アルーレさんの眉がピクリと動く。

 そしてその目線も、クレアさんと同じく俺が持つ紙袋へと向けられる。


「ええ。予約も一ヶ月待ち。入手困難な絶品スイーツ。鈴蘭堂のティラミスよ。手土産に持参したのだけど」

「……」

「綺麗なまま、冷えた状態で織姫様には食べて欲しかったけどしょうがないわ。私達も、自分達の身を護るために応戦するしかないわね」


 俺も、紙袋を持ったまま構えて見せる。

 このまま続けるなら、俺も戦うぞという意思表示だ。

 だが、どうやらその必要は無さそうだな。

 アルーレさんが、構えていた槍を引き戻し、構えを解いたかと思えば一歩引いて背を向けた。


「ついて来い」


 どうやら、俺達を案内してくれるらしい。

 クレアさんが俺の方を見てウインクしている。手土産作戦は大成功のようだ。

 アルーレさんの後を追う形で、俺達も進む。

 恒星宮殿、一言で済ませてしまえば、空に浮いている宮殿だ。浮かぶ小島にドッシリと圧倒的な存在感を放つ宮殿。

 俺とクレアさんが転生して来た魔法陣から、宮殿へと続く一本道が伸びている。

 見たところ、出入りはこの魔法陣で行うようだ。


「おい貴様」

「っはい!」

「その紙袋、慎重に扱えよ。万が一にでも落としてみろ、命は無いと思え」


 こ、怖い。

 念の為、紙袋を両手でしっかりと持っていよう。


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