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#154 王都での長い夜 2

 大聖堂の中に一歩足を踏み入れると、ソコはまるで別世界のような雰囲気だった。

 天井は高く、空気はヒンヤリと冷たい。綺羅びやかなガラスから差し込む月の光が、奥に頓挫する女神とも間違えそうな美しい女性の像を照らしている。

 一歩、二歩と足を進め、像の前にやって来る。


 凄い。

 みんな、この像の前に膝をつき、両手組んで祈りを捧げていたけど、その気持ちが分かる。

 まるで、どんな悩みも懺悔も聞き入れてくれそうな雰囲気が、この像にはある。


「おや? こんな時間に珍しいですね」


 そんな時、どこからともなく声をかけられる。聞き覚えのある声質。


「メイヴィー……さん?」


「はい。こんばんは」


 この大聖堂を一人で管理しているメイヴィー・アルビレオ。


「今日はおひとりなのですね? 姿を隠していたおキツネさんもいない様子」


「……やっぱり、気付いていたんですね」


 両手を上品に前で組み、ゆっくりと俺に近付いてくる。全く敵意は感じない。寧ろ、優しさに満ちた表情だ。


「はい。ですが、そんな話は今は良いでしょう。何か、お話ししたいことがあったから、いらしたのでしょう?」


 そしてメイヴィーさんは、俺の前に立つ。

 ちょうど、俺と像の間に割って入るような形だ。


「そう……ですね。こんな話、メイヴィーさんにしてもしょうがないんですけど……」


 この人なら、どんな話でも聞いてくれそうな気がする。

 こないだ知り合ったばかり。まともに会話するのをも、今日で二回目。お互いのことなんて全然知らないし、この先仲良くなるのかも分からない。

 でもそんな距離感だからなのか、俺はスラスラと、今自分が思い詰めていることを包み隠さず口にすることが出来た。


 ◇◇◇


「絶級冒険者。戦乙女ことローゼ・アライオンですか。その名は私も知っていますが、ご姉弟だったのですね」


 全て話した。

 姉の状況。そして俺が今、中級昇格試験を受けるためにこの王都にやっていること。


 そして俺はどうするべきなのか。

 もし何か意見があるのなら言って欲しいとも最後に伝えたが――


「シファ様、愛する家族のために行動したいのなら……そうするべきですよ?」


 そして更に言葉を続けた。


「今すぐ王国騎士団本部、総団長クレア様を訪ねなさい。そうすれば、あなたのやるべきことが分かります」


「え? 騎士団本部?」


「はい。総団長クレア・イクシードに、もう一度同じ話をするのです。後は、神の導きのままに……ですよ?」


 総団長クレア・イクシード。ルエルの姉だ。


「さぁ、助言は致しました。お引き取りを」


「え? そんな、いきなり?」


「お引き取りを」


 と、悩みを話すのが終わったのならさっさと帰れと促される。

 仕方なく俺は背中を向けて歩き出す。


「メイヴィーさん、ありがとうごさいました」


 どうすれば良いのか分からなくて、でもこのまま宿に帰って寝る気にもなれなかった俺に、次に行くべき所を教えてくれた。

 そう言えば、音無さんも王国騎士団総団長のクレアさんが姉を救うために動いているとも言っていたな。

 でも、クレアさんを訪ねれば俺のやるべき事が分かるとは、いったいどういうことなんだろうか。

 ただ『行けば分かる』そう言われてるような妙な説得力がメイヴィーさんにはあった。


「また後でお会いしましょう」


 そんな言葉を聞きながら、俺は大聖堂を後にする。


 ◇◇◇


 王国騎士団本部は、庭園から伸びる道を進めばすぐだ。

 当然、冒険者の俺が簡単に騎士団本部へ足を踏み入れることは出来ず、警備をしていた王国騎士に止められる。


「あの、総団長のクレアさんに取り次いで欲しいんですが」


 とにかく、クレアさんに会って話を聞かないと。

 騎士団本部に入るのが目的ではなく、ただ総団長のクレアさんに会いたいだけだと警備の騎士に訴えるが――


「クレア様はお忙しい。誰とも知れぬ冒険者などに使う時間がある訳ないだろ」


 と、全く聞く耳を持たない。

 でも俺だって引く訳には行かない。もう他に行くアテも無い。メイヴィーさんの言葉を信じるくらいしか、今の俺には出来ないでいた。

 何度か騎士団と押し問答を繰り返すが、話を通すことすらしてもらえそうにない。

 こうなったら、もういっそ無理矢理にでも騎士団本部に乗り込むか? そんな考えが頭をよぎるが。


「さっきからうるさい。近所迷惑を考える」


 警備の騎士の奥。騎士団本部の方から歩いてくる一人の女性の声が夜道に響く。

 ゆらりと黒髪を揺らす幼く見える少女……だが、たしか16歳と言っていた筈。


「す、すみませんシオリ様! すぐに追い返しますので」


「ん。まぁ良い……それよりも」


 やって来たのは先日にルエルさんと共に大通りを歩いていた、あのおっかない王国騎士の女性。たしか名前はシオリと呼ばれていた筈だ。


「お前、こないだの生意気な糞餓鬼だな。何しに来た?」


「それが、総団長に会わせろとうるさくて……全く説得に応じないんです」


「クレア様に?」


 鋭い視線に射抜かれる。

 俺はしっかりと目線を受け止めながら頷いて見せる。

 どうしても会わせて欲しい。そんな願いを目線に込める。


「ふぅん? まぁ良いんじゃない? 会うくらいなら」


「は? いやでもシオリ様、ただの冒険者が約束も取り付けずにクレア様に会うなど、有り得ない話ですよ!?」


「まぁコイツはただの冒険者でもない。クレア様の妹の恋人で、あの『戦乙女』の弟。ここで追い返したら、もしかしたらクレア様に怒られるかも……」


「は?」


「お前は引き続き警備でもしとけ」


 そう言いながら、シオリと呼ばれていた騎士は踵を返す。


「なにしてる? 早く来い。クレア様に用があるんでしょ?」


「え、えっと……」


 凄くサッパリした人だ。

 しかしありがたい。

 お言葉に甘えて、俺は後についていく。

 少しだけ早足に歩き、横に並ぶ。


「あの、ありがとうございます」


「精々恩に着ろ。二度と私に生意気な口は聞かないこと」


 もしかして、こないだのことをまだ根に持っているのだろうか?

 もう一度改めて礼を言うと、得意気にシオリさんは笑っていた。

 シオリさんに連れられて、やがて俺は騎士団本部へと到着した。

 敷地は広く。建物も大きい。

 敷地内には訓練場と思われる場所もあるが、ソコを横目に本部へと足を踏み入れる。

 途中にすれ違う王国騎士からは奇異の目で見られるが、今は気にしない。

 本部の中の通路を暫く歩き、大きな扉の前に連れて来られた。


 ――ゴンゴンゴン!


「クレア様にお客さん」


 ノックとは思えないくらいには扉を強く叩き、そう言いながら無造作に扉を開けるシオリさん。

 せめて、部屋の中からの返事くらいは待てば良いのにと思いながら俺も足を踏み入れた。


「こらシオリ。勝手に扉を開けないでといつも言ってるでしょ? それに私はこれから大切な用事が――」


 俺と目が合った。


 涼し気な瞳に髪の色。

 やっぱり、ルエルとそっくり。姉妹だからと片付けられないくらいによく似てる。


「どういうことかしら?」


 いつの間にか、シオリさんはいなくなっていた。

 どうやら、俺とクレアさんの会話には興味が無いらしい。

 そして警備の騎士が言っていたように、クレアさんは忙しそうに身支度している。

 どうやら、これからどこか出掛ける予定のようだ。


「手短に用件を話してもらえる? 見ての通り忙しいのよ」


 俺は姉の現状と、メイヴィーさんのこと、ありのままの事情をクレアさんに話す。

 すると、クレアさんは静かに息を吐き目を閉じる。


「そう……お姉さんのこと、聞いたのね」


 それはやはり、音無さんから聞いたことは事実だということだ。

 そして何故、クレアさんが姉のことを知っているのか、何故メイヴィーさんはクレアさんの下を訪れるように俺に助言したのかを知る。

 ここで初めて俺は、姉が受けていた任務の内容をクレアさんの口から聞かされた。


「あなたのお姉さんの現状は今言った通りよ。王国騎士団と冒険者合同の任務中に、ロゼは倒れた」


 身支度を終えたクレアさんは、そのまま歩き出す。


「今、あなたに出来ることは何もないわ。でも、ロゼは必ず私が助ける。だから待っていれば良いわ」


 そう言いながら、俺の横を素通りして部屋から出て行こうとするクレアさん。

 そんな彼女の腕を、俺は無我夢中で掴んでしまっていた。


「俺は、ロゼ姉の弟です! ロゼ姉はたった一人の家族なんですよ! ただ待ってるだけなんて出来る訳ないでしょ!?」


 助ける方法があるなら教えてくれ。

 そう俺は懇願する。

 自然と、クレアさんを掴む腕に力が入ってしまう。


「ほんっとに貴方達姉弟は……」


 観念してくれたのか、冷たいため息をひとつ吐く。


「じゃぁついて来なさい。ちょうど今から、ロゼを助けるためにある人に会いに行く所よ」


「……ある人?」


「えぇ。あなたに出来ることがあるのかは……あなた次第よ」


 そんな意味深な言葉を残して、クレアさんは歩き出していった。

 慌てて俺も、今度はクレアさんの後を追い掛ける。


 こうして、俺の長い……とても長い夜は更けていった。


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