#144 『蛇の支配者』
「〜♪」
狂暴化した竜種が空を駆けるトウロウ高地を、口笛を吹きながら歩く女性がひとり。
歩く度に、フリフリと黒髪のサイドテールが揺れている。
背中には、身の丈程はあろうかと思える大鎌を背負っていた。
「おぉ~、竜種がいっぱい♡」
空を見上げてみると、我を失い獲物を求めて彷徨う竜種の姿が散見される。
そんな中の一体と目が合う。
するとギョロリと血走った目を開きながら、空から真っ直ぐに女目掛けで垂直に降りてくる。
巨体を重力のままに加速させて、一直線に向かってくる。『大号竜』である。
竜種の中では間違いなく上位に位置する危険な存在だ。
女は、静かに背中の大鎌に手をかける。
空からやってきた大号竜が遂に肉薄するかと思えた瞬間、女は素早く大鎌を一度振るう。
すると――大号竜は美しい断面を見せながら、真っ二つに縦に割れる。そして、黒い塵となって消え失せた。
「ん~、つまんない。やっぱりつまんない!」
知能の乏しい魔物や魔獣など、どれだけ狩っても何の面白みもない。
中でも竜種は知能が高く魔法を行使することもあるが、狂暴化してしまったトウロウ高地の竜種は知性という物が欠落していた。
高地に入ってから遭遇する竜種はそんなのばかり。退屈と言わんばかりに、女は大きなため息を吐く。
とは言え、女の足取りは軽い。
この程度の魔物や魔獣の相手をするのは退屈でしかない。しかし、女がこのトウロウ高地にやって来たことには理由がある。
「あ! いたいた! おーい!」
トウロウ高地の深部。せり立った崖に挟まれ、周囲からは発見が難しい奥まった場所にたどり着くと、ソコに立っていた一人の男に声をかけた。
「ッ! ……来たのか、ネクスーア」
一瞬、ジロリと鋭い眼光を向けられるが、すぐに警戒心は解かれた。
「うん。私もコッチを手伝えってさ」
「そうか、それは都合が良い。見ろ」
男がそう言いながら横に向けた視線の先には、巨大な竜種が横たわっていた。よく見てみると、いくつもの大きな太刀傷を負っていることが分かる。
「死んでるの?」
「いや、殺してはいない」
男の傍らの地面には、一本の大剣が突き刺さっている。竜種が負っている太刀傷の原因だろう。
「殺してはいないが、まぁ放っておけばそのうち死ぬだろう。だが……」
男が、徐に何かを取り出した。
「コレが何だか分かるか?」
男が取り出し物は、回復薬にも似た何か。
小振りな瓶の中で液体が揺れている。回復薬と違う点は、入っている液体の色が赤黒いということだけ。
「んん? 変な色……回復薬でも魔力薬でもないよね……?」
記憶の中にある魔法薬のどの色とも違う。
となれば、まだ見たこともない超上位の魔法薬だが、女には見当もつかなかった。
「フッ、やはりお前は何も聞かされていないんだな」
「あっ! 馬鹿にした! 今わたしのこと馬鹿にしたでしょっ!」
思わず顔を赤くして怒ってしまう。
「まぁそう怒るなネクスーア。とにかく見ていろ、面白いぞ」
男はスタスタと、弱りきった竜種の傍まで歩み寄る。
竜種は残り少ない力を振り絞り僅かに唸り声を上げるだけだ。
「弱りきり、放っておけば死ぬこの竜種だが……」
竜種の頭部を踏みつけ、更にはどこからともなく取り出した大剣を顎へ突き立てた。見てみると、先程まで近くの地面にあった大剣の姿がなくなっている。
「――――――――ッ!!!!」
大剣を突き立てられた竜種が、声にならない悲鳴をあげている。必死に首を振ってもがくが、抑えつけられているせいで身動きがとれない。
「魔獣の分際でやかましく喚くな」
冷たくそう言い放ちながら、持っていた赤黒い液体の入った小瓶を差し出す。
そして――半開の竜種の口の中に一気にその液体を流し込む。
「えぇ!? 飲ましちゃうのそれ!?」
「あぁ。まぁ見ていろ。もしかしたらお前の力を借りる必要があるかも知れん」
やがて全ての液体が流し込まれ、男の手には空の瓶だけが残った。
「ネクスーア、少し離れていろ」
男は竜種の顎に突き立てていた大剣を抜き、数歩下がる。
赤黒い液体を飲まされた竜種は、すぐに反応を示す。
――ビクンと、巨体を僅かに仰け反らせると、耳をえぐるかのような鋭い悲鳴を上げながらジタバタとのたうち回る。
「おぉ、苦しそうだね」
竜種の目は真っ赤に血走り、まさに発狂していると言える。
そんな苦しそうな竜種の反応だが、全身にあった多くの傷が癒えていく。
そして全身の表皮の色が、黒く変色していった。
「ハハッ! どうやらこの個体も外れでは無さそうだ。魔喰いヘビの血に耐え抜くとはな!」
発狂を起こすも、死ぬことなく命を繋いだ竜種の姿に、男が歓喜の声をあげる。
「####%%%$%'#%%%#&&%!!!!」
全身の傷が癒え、体力も全快し表皮が黒くなった竜種だったが、すぐさま近くにいた人間――男に向かって敵意を剥き出しにした雄叫びをあげる。
「だが外れではないが、どうやら当たりでもないらしい」
先程までの負傷が嘘のように立ち上がり、すぐさま襲いかかってきた。
「狂暴化を克服出来る程の個体ではないか……」
獲物を捕食しようと、大きな顎をめいっぱいに開き飛びかかってくるが、男は難なくソレを躱す。
そしてそのまま距離を取るように数歩下がった。
「ネクスーア、ソレはいらん。殺せ」
「えぇっ!? って、あたしがやんの!?」
「コイツにさっき飲ませたのは魔喰い蛇の血だ。お前が殺った方が都合が良いだろう?」
「うーん、もう狂暴になった竜種はお腹いっぱいなんだけどなぁ……」
ここに来るまでに、何度狂暴化した竜種に襲われたことか。
同じような相手はもう飽きたと愚痴を溢すが、そもそも戦闘自体が大好きなためすぐに竜種と向き合う。
背負っている大鎌に手を伸ばし、構える。
女の魔力が大鎌へと伝わると、仄かに赤黒い光を放つ。
禍々しい気配を感じ取ったのか、黒くなった竜種は女の方へと向き直った。
そして敵の姿を認めるとすぐに、大きな口腔を晒しながら飛びかかってくる。この巨大な竜種の瞳には、小柄な女などただの小動物。獲物にしか写っていないのだ。
女は、片足を軸にヒラリと体を翻す。
まるですり抜けるような所作で、黒い竜種をやり過ごした。と同時に持っていた大鎌を軽く一振り。
ピーーーーンと、竜種の全身に一筋の光が通ったかと思えば、その光に沿うように体が綺麗に真っ二つ割れる。そしてまたこの竜種も、黒い塵となって消え失せてしまった。
「本当に殺しちゃって良かったの?」
「問題ない。既に数体の成功体は確保してある。魔喰い蛇の血に耐え、狂暴化もせずに劇的な進化を遂げた個体がな。中でも極上の個体も誕生したぞ」
「へぇ~、凄いんだ?」
「あぁ。更に共喰いをさせれば、幻竜王に代わる……いやソレ以上の存在への進化を遂げるだろうよ」
魔喰い蛇の血を飲ませ、狂暴化に至らなかった個体に他の竜種を共喰いさせる。
ソレを繰り返すことでその個体を更なる上位の存在へ進化させると男は語る。
「ネクスーア。お前にはその竜種の進化を誰にも邪魔されないように見張っておいてもらおうか」
「ん〜、構わないけど……私は、なんだっけな、いくさ乙女? っていう冒険者を消してこいって言われてんだけどなぁ」
「ふむ……」
ネクスーアと言う名の女の言葉に、男は少しの間考える素振りを見せる。
だがすぐに、そう言えばと口を開く。
「少し前に、その成功体の一体が何者かと戦闘になったようだが……仕留め損なったようだな」
「その成功体って言うのは強いの?」
「あぁ。驚く程にな」
男は語る。
竜種に魔喰い蛇の血を飲ませ、劇的な進化を遂げた成功体の中でも、特に異質な個体が誕生したと。
「他の成功体など話にならん程だぞ」
「じゃぁ、そんな凄い竜種が仕留め損なった人っていったら……」
「可能性の話だがな。その戦乙女と言う冒険者かも知れん。情報によれば、今はイナリを拠点にしているらしいからな」
「ふーん。でも何かガッカリかも」
「何故だ?」
「もしその人が戦乙女だったらさ、つまりはその竜種に負けたってことだよね?」
男の言う成功体がどれ程の物なのかは分からないが、所詮は竜種。つまりは魔獣だ。
「なんだかなぁ。大陸最強の冒険者って言われてるらしいんだけど……大したことないじゃんって感じだよねぇ」
ギルドの仲間は、"絶"級冒険者のことを危険視していた。そんな冒険者の中でも頂点に君臨している人物がどれ程の物なのか期待に胸を膨らませていたが、結局はその程度の人物なのだろうか。そう思わざるを得なかった。
「うーん」
頬を膨らませて目を細め、悩んでいる素振りを見せる。
「フッ、どうした?」
可愛らしい女の仕草に、男も少し頬を緩めながらそう尋ねる。
「なーんか複雑。戦乙女であって欲しいような、そうじゃないような……」
皆が最強と言う戦乙女と戦ってみたいと言うのは本音だ。
男の言う人物が仮に戦乙女なら会ってみたいとも思うが、魔喰い蛇の血で進化させたとは言え……たかが魔獣に敗北したという人物が戦乙女であってほしくない。と言うのも本音だった。
「ま、いいか。もしかしたらその竜種が私より強かったっていう可能性もあるもんね」
そう言いながら、チラリと男の表情を窺う。
視線に気付いた男はまたしても、フッと笑い――
「残念だが、それは無い」
そう吐き捨てて、落ちていた大剣に手を伸ばす。
すると、男の魔力が流し込まれた大剣が赤黒い光を放ち始めた。
「なんだよもぉ~。じゃぁ雑魚じゃんかよぉ~」
歩いて行く男の背中に向かって、そう文句を垂れてみるが、全く聞こえていないとでも言うように足を止めることはなかった。
「俺はまだやることがある。ネクスーア、成功体の面倒は頼んだぞ。お前ならすぐに見つけられる筈だ」
ただそれだけです言い残して、男は去っていった。
「えぇっ!? ちょっと待ってよぉ! 見つけられるって言われても! 具体的にどうすれば良いのぉ!??」
叫んでみるが、男の姿は既に消えていた。
「……」
トウロウ高地の奥地にポツリと一人になる。
叫び声が広げ空に響いて、そして消えた。
「なんだよぉ。せめて特徴とかだけでも教えてくれたって良いじゃん」
自然に文句が出てしまう。
なにせトウロウ高地は広大だ。そんな場所で、更には増えてしまった竜種の中から目当ての個体を見つけるなど、果たしてどれ程の時間が必要になるのか分からない。
あまり頭が良い方でも無いため、効率の良い探し方も分からなかった。
「まったく、私のことをなんだと思ってるんだか」
ともかく、この場所に留まっていても何も始まらない。
とりあえずは歩くしかないと足を動かし始める。また次に顔を合わせた時にでも沢山の文句を言ってやろうと、ひとまずは溜飲を下げる。
(竜種の気配が多い方に向かってみよっかな)
竜種の気配と言ってもたまに空を見上げてみて、アッチの方がいっぱい飛んでそう。とか、そんな程度の話だ。
基本的に竜種は知能が高く、他の魔物や魔獣に比べて危険度の高い存在。中には魔法すら行使することが可能な物まで存在している。勿論、コレは冒険者や狩人達にとっては常識な話だ。
しかし彼女にとっては知能の有無や、危険度なんて物は関係なく、魔獣は所詮魔獣でしかない。
「はぁ〜、もういいってば。もういいよキミたち」
ふと、空から勢いよく降ってくる大きな影が二つ。
地響きと、砂埃を舞い上げながら目の前に降り立った竜種だった。
彼女が知っている竜種の数は多くないため、目の前にやって来た竜種が何なのかは分からないが、少なくとも上位種ということだけは何となく分かった。
だが、彼女にとってそんなことは些細な問題で、単なる魔獣としか思わない。
「大鎌、美味しく無さそうだけど食べちゃってよ」
そう言いながら、大鎌を一度振るう。
二体の竜種の体に一筋の光が走り裂け目となる。そして竜種の身体は、まるで押しつぶされるようにその裂け目の中へと消えていった。
悲鳴も血も、何も残さず、まるで最初から何もいなかったかのような静けさが戻る。
「やっぱ戦うなら人間だよねぇ、戦乙女……どんな人なんだろ♪」
なんだかんだ言いつつも、戦乙女に会うのがやはり楽しみ。そう言わんばかりの足取りで、先を進む。
可愛気のあるサイドテールの黒髪がフリフリと揺れる彼女は――
――狩人ギルド、魔喰い蛇。
ネクスーア・ディエリアユドラである。




