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#142 《戦乙女と狩人の兄妹》

 

「――――」


 暗闇の中、誰かが呼んでいるような声が響く。


「――さい」


 少しずつその声に色が宿り、次第にハッキリと聞き取れるようになる、と同時に周囲の音も耳に届き始める。


「起きてください」


 ゆっくりと、ローゼは瞼を持ち上げた。


「気が付きましたか? 気分はどうですか?」


 語りかけて来ていたのは、どうやらこの少女らしい。

 フワリとした赤い髪が、綺麗に肩の上で切り揃えられた少女。歳は、弟と同じか少し下に見えた。


「ここは……」


 ローゼは視線だけで周囲を見回してみる。

 周りは高い木々に囲まれた場所だった。


「トウロウ高地の深部ですよ。貴女、ボロボロでここで倒れていたんです」


「トウロウ高地……」


 記憶を呼び起こす。

 咆哮を受けて落ちた先が、どうやら木々に囲まれた場所で助かったようだ。

 空色を見ても、アレから時間はそう経過していないように見えた。

 ならば、あの八つ目の竜種はまだ近くにいる可能性がある。


「だ、駄目だよ……こんな所にいちゃ、早く逃げて」


 この少女も、八つ目の竜種に見つかれば無事では済まない。

 今の自分では誰かを護れる程の力がない為、早くこの場所を離れろと呼びかける。

 そして八つ目の竜種が気になり、ローゼ自身もその場から立ち上がろうとした。


「動いては駄目です! 貴女、魔力欠乏の症状が出ています。それに、酷い熱も出ているんですよ!?」


 立ち上がろうとするが、赤毛の少女に止められる。


「魔力欠乏……」


 酷い身体の倦怠感に、ようやく気付いた。

 やはり、自分の魔力は既に限界に達していた。

 こうなってしまえば、魔力薬を飲んだとしても回復するには相当な時間が必要となってしまう。

 そして、魔力が尽きてしまった今、胸に宿る血晶華はローゼの血液を少しずつ吸い上げている。酷い高熱と、息苦しさ、それに頭痛と吐き気はソレによるものだ。

 立ち上がるのを少女に止められたが、自力で立ち上がることも難しそうだった。


「おい、騒ぐんじゃねーよ。見つかっちまうだろーが。フィリス、そんな無謀な馬鹿のことは放っとけよ」


 その声で、この場にもう一人いることに気付く。


「兄さん、その言い方はあんまりですよ。この方にも何か事情があるのでしょう」


「つってもそんなボロボロの奴を助けられる程、俺達にも余裕はねーぞ?」


「それは……ッ!?」


 そこで、近くの空から不気味な声が響いてくる。


「…………」


 八つ目の竜種の声だと、ローゼは確信する。


「貴女はもしかして、あの竜種と戦っていたのでは?」


「あの竜種と? ハッ! 馬鹿言えフィリス、あんなバケモンとやり合おうって馬鹿はこの世に存在しねーよ」


「…………」


 空から八つ目の竜種が不気味な声を響かせている中で、赤毛の少女に見つめられる。

 なんて答えたらいいのか分からず、ローゼは弱々しく微笑む。


「兄さん、この人を置き去りには出来ません。イナリまで連れて帰れませんか?」


「無理だな」


 少女の問いかけに男は即答していた。

『兄さん』と少女が呼んでいることから、この二人は兄妹なのだと分かる。


「あの竜種はマジでヤベー。見つかったら無事に逃げられるかどうかも怪しい。そんな状況でデカい荷物を増やせる訳ねーだろ」


 この兄の言うことが至極正しいのは、あの八つ目の竜種と戦っていたローゼ自身が一番理解出来た。

 それに、見ず知らずこの二人を危険に晒すことなど、ローゼには出来る筈も無い。


「兄さん、危険指定区域となっているこの場所に忍びこんだ以上、ある程度の危険は覚悟の上だった筈です」


「ソレとコレとは、また別の話だろ」


「ご、ごめんね……迷惑だよね? わ、私は大丈夫だから、助けてくれて……ありがとね?」


 二人の会話を遮るように、そう言いながら体を起こす。

 骨が軋み、背中に激痛が走るが、決して顔には出さない。

 ――チャラリと、首飾りが揺れた。


「冒険者……だったのです……ね――え?」


 ローゼの胸に揺れる冒険者である証を見て、少女は目を見開く。


「五角形……え、え?」


 どうやら、何度も見返し確認しているようだった。

 時に目を擦り、眉間に皺を寄せながら間近で確認してくる。


「五角形、ということは……一本線で初級、二本線で中級。三角形で上級だから……四角形で超級、ですよね。えっと、あれ? じゃぁ五角形は……"絶"級!?」


 少女が驚いている後ろで、兄である男も言葉を失っていた。


「なんの冗談だそりゃ……"絶"級冒険者なんて、間近で初めて見たぜ」


「"絶"級冒険者なのですか? 貴女はいったい――」


 少女が食い入るようにローゼの顔を覗き込んでくる。

 こんなボロボロの姿を見せてしまうことに恥ずかしさを覚えて顔を逸らす。


「と、とにかく……私のことは気にしないでいいから……大丈夫だから」


 空元気だ。

 本当は苦しくて、痛くて、辛かった。

 話すのも辛く、今すぐにでも目を閉じて横になりたい。

 しかし、そんなことが出来る状況ではなかった。


「に、似てる」


「え?」


 ローゼの顔を覗き込んだ少女がポツリと呟いた。


「貴女、私達の知り合いに凄く似ているのです」


「知り合い?」


「はい」


 少女とそんな会話を交わす。

 少女の後ろで座っていた男も、興味を示したようにコチラの様子を注意深く観察していた。


「失礼ですが、お名前を教えてもらってもよろしいでしょうか? とても、とても大切なことなので、"絶"級冒険者という立場だからと偽ることなく聞かせてもらいたいのですが」


「……ろ、ローゼだよ。間違いなく"絶"級冒険者のローゼだよ」


「ローゼ……さん。あの戦乙女。"絶"級冒険者、戦乙女ローゼ」


 ローゼは黙って頷いた。


「か、家名を聞かせてもらっても」


「ろ、ローゼ•アライオンだけど……」


「っは、戦乙女のフルネームなんて初めて聞いたぜ! なぁフィリス! こいつは良いぜ!」


 後ろの男が嬉しそうに立ち上がった。


「もしかして、貴女には弟がいらっしゃるのでは?」


 少女が、微笑みながら問い掛けてくる。

 後ろの男もさっきまでとは違い、楽しそうに笑っているように見えた。


「う、うん。シファ君っていうんだけど、どうして?」


 もしかしてこの二人は弟の知り合いなのだろうかと、首を傾げる。


「兄さん! 聞きましたよね!?」


「あぁ! なるほどな、アイツの強さの秘密が分かった気がするが、こんな偶然……いや、幸運があんのかよ!?」


「え、えっと……」


 勝手に盛り上がる二人について行けないローゼは、戸惑うばかりだ。


「すみません。気にしないで下さい。私はフィリスです」


「俺はガレス。兄妹で狩人(ハンター)をやっている」


 唐突に自己紹介を始める二人。


「貴女のことは、私達が必ずイナリへと連れて帰ります」


「え!? い、いや、大丈夫だよ。私のことは気にしないで」


 腕を少し動かすだけで泣きそうなくらい痛い。こんな御荷物を連れて、あの竜種から隠れてイナリまで帰るなどとは、まさに自殺行為にも等しい。

 この二人がどうしてこの場所にいるのかも分からないが、コレ以上迷惑をかける訳にもいなかい。


「俺達が勝手にやることだ。恩人に受けた恩を返す。ただソレだけのことだ。アンタのことは絶対に死なせない。俺の命に代えてもだ」


「ど、どうして……」


「貴女が死ねば、貴女の弟さんはさぞ悲しむのでは?」


「ッ!」


 弟の顔が浮かんだ。

 自分が死ねば、弟はどう思うのだろうか。

 冒険者として成長してはいるものの、やはりまだ心配な所が残る大切な弟。

 自分が死ねば、弟は間違いなく泣いてしまうんだろうなと思った。

 そして自分も、弟と会えなくなるのは嫌なのだ。


「ッッ――」


 なんとも言えない感情が湧き出て、何も言葉を返すことが出来なかった。


「安心しろや、俺達は不利な戦いにゃ慣れてる。逃げに徹するなら尚更だ。今までそうやって何度も生き延びて来たんだからよ」


 そう言いながら男はローゼの腕を引っ張り、肩を貸す形で担ぐ。

 逆の腕をフィリスが支え、二人でローゼを連れて歩き出すことにした。


 三人はゆっくりと歩き出す。


 そんなトウロウ高地の――近くの空で、八つ目の竜種の物と思える不気味な声が響いていた。

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― 新着の感想 ―
ローゼはここで1回リタイアか まあいつまでも弱体化した状態で苦戦する様を書いてても面白くないしね あとロンデルはいい加減自分が雑魚であることを自覚してそれ相応の振る舞い方を身に付けた方がいい
ローゼの復活とガレス兄妹の活躍まで楽しみに待っておこう
いつか必ずローゼが復活する時を切に願っています
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