#140 《戦乙女の竜種調査 肆》
「――ふぅ」
事前に準備していた上級魔力薬を飲み干した。
念の為に多めに用意しといた魔力薬だが、既に残りは少ない。
魔力薬を飲めばとりあえず魔力は回復する。しかし、体内の血晶華の種が常にローゼの魔力を吸収しているため全快とはならない。
魔力が残り少なくなってしまえば、血晶華は次に血の吸収を始めてしまう。そうなってしまえばローゼと言えども、まともに戦闘を行うことは難しい。そのため、自分の魔力量にはいつも以上に意識を向けておく必要がある。
「貴様。そんな調子で大丈夫なのか? 調査任務は始まったばかりなんだぞ」
トウロウ高地に入り、謎の竜種と遭遇し戦闘があったとはいえ、ロンデルの言う通りこの調査任務は始まったばかりだ。
今回の調査はこのトウロウ高地と、謎の黒い竜種の目撃情報のあったアラシ山。
まずはこの高地を調査するにあたり、初めに休憩場所に選んだこの湖を拠点とすることを二人で決めた。
そして、活動方針を決めた矢先にゴクゴクと魔力薬を飲み干すローゼを見て、ロンデルは何か言いたいことがありそうな様子だった。
「無理をしなければ問題ないよ。心配しないで」
「ふん。足手まといにだけはなるなよ」
そして話題は、自然と先程の謎の黒い竜種のことへと移る。
「さっきの黒い竜種が、冒険者組合からの情報にあった『黒い鱗に覆われた竜種』というやつか?」
「まだ断定は出来ないけど、その可能性は高そうだよね」
ローゼは少し苦笑する。
目撃情報にあった竜種に、危険指定レベル23の皇帝竜の可能性を考えていたが、明らかに違ったからだ。
危険指定レベル23の皇帝竜は、その危険レベルからも分かるように非常に危険な存在だが――
「あの黒い竜種は……皇帝竜よりも明らかに危険だよ」
「……そうだな」
実際に相対した二人は先の謎の黒い竜種を、そう評価した。
(あの竜種、叫び声だけで水輪の剣の斬撃を……)
先程の光景を思い出す。
水輪の剣は、ローゼの魔力を様々な形態へと変化させることが出来る。膨大な魔力を利用し、魔力の波を生み出すことも可能だが……水輪の剣の性質上、斬撃を創り出し非常に貫通力の高い攻撃を繰り出すことで、本来の性能のひとつを発揮するとも言える。
そんな斬撃を、ただの叫び声だけで掻き消されてしまった光景は、はっきり言って悪い夢でも見ているようだった。
(それだけ、私の魔力量が落ちてるってことだよね……)
ただ、魔力量が減少してしまっていたとは言え、あの斬撃には十分な魔力が込められていた。そんな斬撃を、叫び声だけで掻き消してしまったあの竜種は、ソレだけ危険な存在ということの証明にもなっていた。
「とりあえずさっきの竜種は『魔黒竜』と呼ぶことにしよう。推定危険指定レベルは24以上と見ておいた方がいいね」
「24だと!? 馬鹿な! 幻竜王に迫るレベルではないか!」
「あの竜種、魔黒竜は私の攻撃を叫び声だけで無効化して見せたし、貴方の防御魔法も簡単に破壊していた。アレが全力だとも思えないし、もしかしたら危険度はまだ上がるかも知れない」
『ロンデルの防御魔法を簡単に破壊していた』
ローゼのこの言葉を聞いて、ロンデルも先程の光景を思い出してしまう。
創り出した氷の盾を、いとも簡単に破壊されてしまった光景だ。
「『氷雪姫の盾』って言ってたよね? 私の記憶では、貴方達の総団長――クレアが使っていた魔法だと思うんだけど?」
ローゼはクレアのことをよく知っている。
彼女の人間性、そして使う魔法も。
そんな彼女と同じ魔法を、ロンデルが使用していたことが気になってしまった。
クレアは王国騎士団のトップである総団長であり、部下から崇拝にも似た尊敬を得ていることも知っている。
部下であるロンデルが、クレアに憧れて同じ魔法を習得した可能性も考えたが、そんな簡単に扱える魔法ではない。
(ま、練度はかなり劣っているみたいだったけど……)
同じ魔法でも中身は随分違うかったなという言葉は、胸の内にしまっておいた。
「その通りだ。先の魔法は、クレア様の魔法そのものだ」
そう言いながら、ロンデルは徐に何かを取り出した。
「宝石?」
ロンデルが取り出したのは、神秘的な輝きを放つ宝石のように見える丸い玉だった。
丸い玉からは、輝きと一緒に僅かに冷気のような物がユラユラと漏れ出ているが……その冷気のような物はクレアの魔力だと分かる。
「氷雪姫の宝石だ。今回、この作戦に参加している我々騎士団は皆、クレア様よりコレを預かっている」
「すごい魔力だね……ソレ」
魔法を行使している訳でもないのに魔力が可視化される程に漏れ出している現象は、とてつもない魔力が込められている証明だ。
「ふっ、当たり前だ。なんと言っても、あのクレア様がお作りになった物だからな」
まるで自分の事のように誇らしげな表情を見せるロンデル。
「この宝石には、見て分かるようにクレア様の魔力が込められている。身に付けていると、クレア様の魔法の一部を扱うことができるという物だ」
「ほえぇ、凄いね」
ローゼであっても、素直に感心してしまう。
(魔導具に、自分の魔法を封じ込めてるのかな……いや)
ロンデルの言葉から推察するに、扱える魔法は一つに限った物でもないのだろう。
現に、先の戦闘では大きな氷の盾と、足場を造って見せた。
(宝石自体が、クレアの魔法そのものと言ったほうが良いかもね)
王国騎士団の総団長様は、"絶"級冒険者に勝るとも劣らない規格外な存在だなと……改めて思ってしまう。
「それじゃ、もう少し休憩したら調査を再開しよ。トウロウ高知は広いからね」
高地の先に聳えるアラシ山に視線を向けながらそう言った。
トウロウ高地の調査が終われば、次はあのアラシ山の調査に向かわなければならない。
先を急ぎ、焦ってしまっては駄目だが……ゆっくりしている時間も無い。
謎の竜種――魔黒竜との遭遇が、二人の緊張感をより一層高くしたのだ。
◇◇◇
少しの休憩を取り、二人は行動を再開した。
日が暮れる頃には再びこの湖に戻ってくるか、野営に適した場所を見つけなければならないため、ゆっくりしている時間はあまりないからだ。
"絶"級冒険者のローゼ、王国騎士団の部隊長を任せられているロンデルの二人は順調にトウロウ高地の探索を進めていく。
途中、魔物や魔獣にもかなり遭遇し、戦闘が避けられない場合はコレを討伐しながら進む。
「やっぱり、かなり竜種の数が多いみたいだね」
白石桜の長剣を腰に戻し、たった今討伐したばかりの翼竜の死体を横目に見ながらそう話すローゼ。
「あぁ。だがココまで遭遇した竜種はほとんどが翼竜だ。翼竜程度では、大した脅威にはならんが……」
ここまでの調査では、冒険者組合から聞いていた話と一致していた。
翼竜が多く出現し、そして二人の姿を認めるや否や、何も考えずに襲いかかってくる様は、まさに狂暴化していると言えた。
「狂暴化し、馬鹿正直に突っ込んでくる竜種など、雑魚同然だな」
「……」
ロンデルの言う通り、本来は知能が高い厄介な竜種だが、狂暴化し攻撃性が増した竜種は、上位の冒険者達にとっては容易に討伐可能な存在に成り下がる。
とは言っても、野放しにしておけば確実に被害は拡大してしまうため、竜種の狂暴化という現象は放置することは出来ないのだが。
そんな中、ローゼはひとつ気になることがあるという風に、口を開く。
「竜種は全部が狂暴化してるのかな? さっきの黒い竜種――魔黒竜は狂暴化してるような雰囲気じゃなかったよね?」
「――! ふむ。言われてみればそうだな。奴は貴様の剣を左目に受け、逃げ帰っていった。狂暴化している竜種ではあり得ない行動だ」
狂暴化してしまった竜種は、まさに暴走する獣だ。
捕食対象を見つけると、敵を食い殺すか自分が動けなくなるまで止まらない。片方の目を潰されたからといって、逃げてしまうことなどあり得ない。
「あの竜種は狂暴化していなかった……ということは、狂暴化の原因はあの黒い竜種ということ?」
「竜種の狂暴化は、より上位の個体の出現により、その他の竜種が恐怖することによって起こる現象だという話もあったな。ならば、その可能性は十分考えられる」
過去に幻竜王が出現した時も、同じように竜種は狂暴化し、そして幻竜王が討伐されることで竜種は正常な状態へと戻った。
このことから竜種の狂暴化は、より上位の個体への恐怖によって発生する竜種独特の現象、若しくは幻竜王という個体が竜種へ何らかの影響を及ぼしていたと考えられている。
「とにかく、まだまだ調査する必要はあるね」
トウロウ高地の竜種狂暴化の原因が、あの黒い竜種――魔黒竜による物なのかは、現状判断がつかない。引き続き調査を進めようとローゼは話す。
「勿論だ。幻竜王の復活など万が一にもあってはならん」
「そうだね――ッ!?」
そんな二人の会話を遮るように。
「――ΧΧΧΧ#ΧΧ#Χ#Χ#っ!!!!」
「ΧΧΧ###Χ#Χ#ΧΧ###!?!?」
叫び声とも雄叫びとも取れる咆哮が、二人の耳飛び込んで来た。
「近いぞっ!」
「うんっ!」
二人は身を屈め、岩陰や木陰を進むようにして声の聞こえた方へと走る。
――すると。
「アレは――」
「大号竜……と火炎竜」
岩陰に身を隠しながら前の様子を覗うと、ソコには二体の竜種の姿があった。どちらも高レベルな危険な竜種だ。そしてその周囲は、木は薙ぎ倒され岩は砕け、荒れ果ててしまっている。
「共食いか……」
「……」
息を殺し、様子を観察する。
二体の竜種の瞳は血走り、ただひたすらに目の前の敵を喰うことだけを考えているような有り様だ。
火炎竜は、大きな翼から繰り出す火球を大号竜に浴びせながら突進し、喰らいつく。
喰らいつかれた大号竜だが、強靭な鱗が火炎竜の火球を無効化し、牙も通さない。
そんな光景を見ながら、ローゼとロンデルの二人は互いに見合わせ、頷き合う。
どうせなら共食いを続けさせ、残った方を叩くことにした。
――やがて、二体の竜種の共食いの決着がついた。
最終的に、魔法耐性の高い大号竜が火炎竜の鱗を喰い破り、息の根を止めた形だ。
先に翼を喰いちぎられた火炎竜は、その後一方的に蹂躙されることになってしまった。
「――よし、行くぞ!」
大号竜が火炎竜を捕食しようとしている今がまさに好機。
そう言わんばかりにロンデルが飛び出そうとする。
「――ッ! 待って!」
すぐさまローゼがソレを止めた。
「――何を……」
何故止める。そんな文句を言いたそうなロンデルの視線だったが、すぐにその視線は空へと移った。
「静かに」
遠くの空から勢いよく近付いてくる『何かの影』に、ロンデルも気付いたからだ。
そしてその影は、大きな地響きと共に大号竜の目の前へと降り立った。
「――ΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧッ!!!!」
火炎竜の捕食を中止し、乱入してき新たな竜種に対して、大号竜が威嚇の咆哮を木霊させている。
「――! 奴は!」
空からやって来た新たな竜種は、黒い表皮に覆われた巨大な竜種。左目は、鋭利な何かによって潰されたような形跡がある。
――間違いなく、二人が遭遇した謎の竜種、魔黒竜だった。
「で、でも、あの竜種……どういうこと?」
間違いなく、ローゼとロンデルが遭遇した――とりあえずローゼが魔黒竜と名付けた謎の竜種だ。その竜種がどういう訳か、この場へとやって来た。二人の存在は未だ気付かれてはいない。
しかし、ローゼもロンデルも、目の前の状況に理解が追いつかない。
「――###ΧΧ#」
魔黒竜よ叫び声のような咆哮が響く。
その咆哮は、二人が遭遇した時とは比べるべくもなく弱々しい。
今にも、共食いを始めようかという二体の竜種だが――
「あの魔黒竜……どうしてあんなにボロボロなの?」
二人が困惑していた理由は、魔黒竜が既に瀕死にも近いような有り様だからだ。
左目を潰したのはローゼだが、巨大な翼は千切られたような跡があり、丸太のような尾も半分ほど失われている。分厚い鱗も殆どが剥がれ、全身血だらけだった。
まるで、別の竜種との共食いに敗れ、逃げ延びて来たかのようだった。
「何がどうなっている……コレは」
「……?」
そんな状況を見守ることしか出来ない中、フッと一瞬、陰が差す。
そしてまたしても――とてつもない轟音と衝撃波がその場を襲った。
「なっ!?」
「っ!?」
土煙が上がり、思わず顔を背け目を細めた。
どうやら、魔黒竜の頭上に別の何かが落ちてきたようだった。
やがて視界が開け、状況を確認する二人。
「な、なんだ、アレは」
立っていたのは一体の竜種のみ。
黒い表皮に覆われてはいるが、先程の魔黒竜ではない。その魔黒竜は、たった今降り立った新たな竜種の足下で息絶え、捕食されている。大号竜も同様だ。
魔黒竜、大号竜を捕食しているのは――さらに一回り巨大な黒い竜種。特徴的なのは、不気味に光る八つの目と、背にある巨大な四つの翼。
フラフラと靡かせている尾は、長く、太い。
「アイツ……やばい」
見るからに異常。
「ロンデル、クレアに応援を――ッ!!」
常軌を逸した存在。
血晶華の呪を持ってしまった今の状態では、勝ち目があるようには思えない。そう判断し、王国騎士団総団長のクレアに応援を要請するようにロンデルに伝えようとするが、ほんの僅かな声量を感じ取ったのか――異常な竜種の首がグルンとコチラを向き、八つの視線が岩陰に隠れるローゼへと一斉に向けられた。
咄嗟に、両手で口を塞ぐローゼ。
息苦しい中、必死に声を押し殺し気配を消す。
ゆっくりと、異常な竜種が二人の方へと歩き出す。
竜種が近付いて、ようやくローゼは気付く。
この異常な竜種の周囲が、魔境化していることに。




