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#139 《戦乙女の竜種調査 参》

 

 咄嗟に収納魔法を使用するが、あまりにも遅い。

 とは言っても、一般的な収納魔法に比べれば並外れた速度ではあるのだが、普段のローゼ自身の感覚からすれば呆れるくらいには遅かった。

 いつもなら、この程度の事態には難なく対処していた筈だが彼女の焦る感情とは裏腹に、少しずつ収納魔法陣が形成されていく。


(だ、駄目っ……間に合わない)


 頭上で巨大な翼を広げる黒い竜種は、自身の周囲の景色を歪ませる程の魔力を漲らせている。凶悪な牙が立ち並ぶ口腔をローゼに向かって晒していることから、咆哮(ブレス)を放とうとしていることは明白だ。

 魔力が可視化されるほどに凝縮され、遂には口腔の奥に収束を始める。

 そんな光景を、ローゼはただ見つめることしか出来ない。


「――ッ!!」


 対処方法を考えている時間などなく、視界を黒い光が覆い尽くす。

 竜種の禍々しい黒い咆哮が、周囲の空間を歪ませながら真っ直ぐにローゼへと襲いかかった。

 反射的に身体をよじり、目を閉じる。


氷雪姫(イクシード)の盾よ!!」


 成す術の無い状況で聞こえてきたのは、王国騎士ロンデルのそんな言葉と、黒い竜種の咆哮(ブレス)が何かに激突している衝撃音だ。

 恐る恐る目を開ける。ローゼの目の前には煌びやかな装飾が施された巨大な盾が出現していた。

 どうやら、目の前の盾が竜種の攻撃からローゼを護ってくれたようだ。


 しかし――


 ――ピキリと


 目の前の巨大な盾に一筋の亀裂が走る。

 今も尚、激しい咆哮の衝撃に晒され続けるこの盾が程なくして砕け散るのは明白に思えた。


「何をしているっ! 退がれ!」


 ロンデルの叫び声にハッとする。

 巨大な盾と自らの咆哮により、黒い竜種の視界にローゼの姿は映っていない。

 すぐさまローゼは地面へ着地し、竜種との距離を取る。ソレに続くようにロンデルも近くまでやって来た。

 程なくして、ロンデルが創り出した巨大な盾は激しい音を響かせながら砕け散る。ただ、盾としての役目は果たし、竜種の咆哮は見事に防いで見せた。


「馬鹿な……私の盾がこうも簡単に……」


 しかし、ロンデルとしては自分の魔法()にかなりの自信があったらしく、目の前で起こった事実に震えている。創り出した盾が、いとも容易く砕かれた現実を受け入れられない様子だった。


「……」


 そして、目の前の現実を受け入れられないのはローゼも同じだ。

 広げた自分の両手を見つめる。

 胸に埋め込まれた血晶華の種の影響で、魔力量が著しく低下しているのは分かっていたつもりであり、『超速収納』の練度も低下していることも理解していた。

 しかしまさか、実戦でこれ程の不便さを痛感することになるとは思ってもみなかった。


(いや……)


 上空からドシリと降り立つ謎の黒い竜種を見やる。


 血晶華により弱体化していたとしても、並大抵の魔獣や魔物になら難なく対処出来る。

 ローゼがこれ程までに危機感に晒されているのは――目の前のこの竜種が尋常な存在ではないということだ。


「この竜種はいったい何だ!?」


 王国騎士団のひとつの部隊長を任せられているロンデルは、決して魔獣や魔物について詳しくないという訳ではない。

 部隊長として、これまで数々の魔獣――竜種とだって戦ってきた。そんなロンデルでも、目の前の竜種は記憶の中にあるどの竜種とも特徴が合致しない。

 ならば、"絶"級冒険者であるローゼなら自分の知らない竜種の知識を持っているかも知れない。そう思って隣に立つ彼女に問い質した。


「……」


 しかし、ローゼは首を横に振るだけ。


「分からない。見たことがないよ」


 答えはローゼも同じだった。


 そして、血晶華の影響で弱体化してしまったとはいえ先のような失態を見せてしまったのは、目の前のこの竜種が危険な存在だからなのだと、ローゼは理解した。


 間違いなく、討伐しておく必要のある存在だ。調査だのなんだのと言っている状況ではなかった。


「ここで討伐する。悪いけど、手伝ってくれる?」


 ローゼは腰を落とし、収納魔法から長剣を取り出した。

 取り出したのは、水輪の剣――リヴァイエ。

 透き通るような青色を基調とした剣身に、白色の装飾が施された綺麗な長剣だった。


「ふん。"絶"級最強だのなんだのと言われているようだが、先のあの体たらくぶりを見る限りでは……所詮冒険者などそんなものか」


 ロンデルも盾と剣を取り出し、竜種を睨みつけながら構える。

 今回の竜種調査任務において二人は編成(パーティー)を組んでいる以上は協力関係にあるが、先のローゼの動きを見たロンデルはどこか不満そうだった。と言うよりかは『期待外れ』、そんな感情が見て取れる。


「貴様、本当にあの鳳凰を討伐したのか? とてもそうは思えんな」


「今は良いでしょそんなこと……」


 胸に埋め込まれた血晶華の種は、今もローゼの魔力を吸い続けているため本来の実力の半分も出せているかは怪しいが、そんなことを話している場合でもない。

 とにかく今は、今出せる力で対処するしかない。


「とにかく、私が斬り込むから貴方はあの黒竜の攻撃を防いで」


 コチラの様子を窺っていた黒い竜種も、どうやらそろそろ動き出しそうだと、ローゼは腰を深く落とし構える。


 すると――先に黒い竜種が動いた。


 バサリと、翼を大きく広げる。巨大な体躯を持っている黒い竜種が、更に数倍大きくなったかのように錯覚するほどだ。それ以上に圧もあった。


「――ッ!!」


 だが、そんなことよりも……二人は目の前の光景に目を見開く。


 いつの間にか、二人を囲むようにして無数の大小様々な魔法陣が姿を現している。


「走って!!」

「チィッ!」


 ひとつのひとつの魔法陣から、膨大な魔力を感じ取れる。

 咄嗟に走り出した二人がたった今まで立っていた場所に、魔力の砲弾が雨のように降り注ぐ。

 少しでも反応が遅れていたら、無事で済まなかったことは明白だ。


「このまま仕掛ける!」


 二人は、互いに一定の距離を保ちながら竜種との距離を詰める。

 まず懐へと飛び込んだローゼだが、すぐに竜種は巨体を半回転させ大木のような尾を横薙ぎに振り抜いてきた。


「ッ!」


 跳躍し、振り抜かれた尾を回避する。

 竜種の尾は、轟音と激しい衝撃波を周囲に撒き散らし空振りに終わる。


 そしてローゼは、跳躍した勢いを利用し全身を回転させながら、水輪の剣を連続で振り抜いた。

 水輪の剣は、ローゼの魔力を水の刃へと変貌させる。

 鋭利な水の刃は、本来の剣の何倍もの鋭さとなり対象へと襲いかかる。

 無数の水の刃が、黒い竜種に表皮を斬り刻むべく暴れ回るが――


「――ΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧΧッ!!」


「ッ!?」


 黒い竜種が大きな口腔を晒し、耳を塞ぎたくなるような咆哮を木霊させる。咆哮(ブレス)ではなく、威嚇目的のための物のようだが、ローゼとロンデルが咄嗟に両手で耳を塞ぐ程だった。瞬間、両手を塞いでしまった行動に『しまった』と言う感情が生まれるが、ソレ以上に目の前の光景の衝撃の方が大きかった。


「そ、そんな……」


 水輪の剣で生み出した無数の水の刃が、今の竜種の咆哮により跡形もなく霧散してしまったのだ。

 黒い竜種の咆哮――ただの叫び声が、水輪の剣の水の斬撃を消滅させた。いくらローゼの魔力が著しく低下しているとはいえ、叫び声だけで攻撃を無効化させてしまうなど、あってはならないことだと嘆きたくなるが、状況は更に動く。

 ローゼも今は稽えている暇は無いと、頭の中を切り替えた。


 再び黒い竜種が、咆哮(ブレス)を放つ構えを取っている。


「ロンデル!!」


「分かっている!!」


 後方で構えていたロンデルの名を叫ぶ。


氷雪姫(イクシード)よ!」


 右手を伸ばし、そうロンデルが口にすると、跳躍していたローゼの足下に氷の足場が出来上がる。


氷雪姫(イクシード)の盾よ!」


 続けて左手を伸ばしながら叫べば、ローゼの目の前にまた、巨大な氷の盾が出現する。

 程なくして、その氷の盾に黒い竜種の咆哮が激突する。

 一時の防御。

 先は、黒い竜種の咆哮を防ぎ切り、すぐさま砕け散った氷の盾だが、今回の咆哮も防ぎ切ってくれるとは限らない。


 ――ピキッ、ピキリと、少しずつ氷の盾に細かい亀裂が走っていくのが分かる。


「……」


 そして――


 ――バリィン!! と激しい音と共に氷の盾が砕け散ったと同時にローゼは氷の足場を蹴り、再び跳躍する。

 今も咆哮を放ち続けている黒い竜種の姿が見えた。


「ッ!!」


 そして、腰に差していた白石桜の長剣を勢いよく投擲する。

 真っ直ぐに投げられた白石桜の長剣は――黒い竜種の左の瞳に見事に突き立った。


「Χ##Χ#ΧΧ#Χ##Χ#ΧΧ###ッ!???」


 痛みからか、驚いたからなのか、黒い竜種は頭をぶんぶんと振りながら、叫び声にも似た悲鳴を上げている。

 ――カラリンと、その拍子に白石桜の長剣が抜け落ちる。


「奴め、逃げる気だぞ」


 大きな翼を広げて、空へと上がる黒い竜種。

 どうやら今は、完全に戦意を失ってしまっているようだった。


「お、追わなくていいよ……」

「……」


 かなり危険な謎の竜種。

 本来なら、出会ったこの場で討伐したいのが本音だ。

 しかし――


「はぁ、はぁ、はぁ……ッ! ゲホッ」


 あまりにも魔力と体力に余裕がない。

 こんな状況で追えば、返り討ちにあってしまう可能性すらあった。


「貴様、調子が良くないのか?」


「いや、うん。ちょっとね……でも大丈夫、調査任務は続けられるよ」


「しかし、今の竜種は明らかに危険だ。まさ、今のが幻竜王(バハムート)ではないだろうな?」


 "絶"級冒険者のローゼと王国騎士団部隊長のロンデルが知らない、危険な竜種。ならば可能性として挙げられるのが幻竜王だと、ロンデルはそう言いたいのだろう。


「私の知っている幻竜王とは違ったね。もし、今のが新しい幻竜王だったら、私達は今頃食べられちゃってるかも」


「ふんっ」


 黒い竜種が飛び立って行った空を見て、ローゼは皮肉ぶってそう言った。


「調査任務は続行だけど、少し慎重に進んだ方が良いかもね」


 二人は、少しの休憩を取ってから進行を再開することにした。

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