#14 姉の言っていたこと
鋭い眼光と、狂暴な牙の見え隠れする顎。
背には巨大な翼を持ち、鋭利な爪は刃物を連想させる。
強靭な鱗は、生半可な攻撃は弾き返してしまう。
さっきのコカトリスが可愛く見えてしまう程に巨大で、凶悪な竜種。翼竜だ。
「だ、駄目……。どうしてこんな所に危険指定レベル7の翼竜が……」
そう話すのはルエルだ。
目の前に降り立った翼竜を見上げ、明らかに動揺している。
そして――
「あ、あああ……アンタ達は、さ、先に帰ってなさい、わ、わた……わた、わたしが」
高飛車女の状態がかなり悪い。
俺達よりも翼竜に近い位置に立っているためか、持っている剣はガタガタと震え、足はよろついているし、何より逃げ腰だ。
とても、まともに戦える状況には思えないな。
「―――――――――――ッ!!」
そこにまた、翼竜が大きな顎を開き、鋭利な牙が歪に立ち並ぶ口内を晒して咆哮を木霊させる。
「ひっ!」
「きゃっ!」
俺達を敵、もしくは補食対象と認識しての威嚇だろう。
「あ、アンタ達は早く戻りなさいよ! 私がこいつを討伐するんだから!」
「り、リーネさん! でも……」
「早く行ってよっ!! 邪魔だって言ってるのよ!」
いつもと変わらない刺々しい口調。
しかし手足は震え、怯えているのが分かる。そんな状態ではまともに魔法や技能を行使するのも不可能だろう。
本人も分かっている筈。勝ち目など微塵もありはしないのだと。
なのに、強がって、声を荒げて俺達をこの場から追い出そうとする。
「ちょ……シファ? なにを」
ルエルの手を離し、前へ進む。
まるで俺達から、翼竜の気を引き付けようと声を上げる高飛車女の。その前まで。
「ちょ、ちょっとアンタ! なにしてんのよ! 邪魔だって言ってるでしょ!?」
「……足震えてんぞ」
「……震えて、なんかない! それより! 退きなさいよ! ねえ!」
高飛車女は、冒険者としての人間性はどうあれ、性格は悪い。そう思っていた。
でも、今日分かったことがひとつある。
高飛車女は、どうやら良い奴らしい。少なくとも、自分を犠牲にして他人を助け、護り、思いやることの出来る人間だ。
コカトリスの時だって、人に強い言葉を使ってはいるが、結局は助けるためだった。
そして今もコイツは、怯えながらも勇気を振り絞り、そこに立っている――
「リーネ……」
「え? 名前……な、なによ」
「俺は姉に育てられた。そんな姉のことを誰よりも尊敬しているし、大切に思ってる」
「…………」
「その姉が言っていたことがある」
随分昔のことに思えるが、姉の言ったことは全て記憶している。
『シファ君。嫌いな人でもね、悪い人じゃないなら、ちゃんと護ってあげるのが、冒険者なんだよ?』
俺は収納魔法で、ひとつの剣を取り出した。
身の丈ほどはある大きな剣。大剣という部類に入る。
黒と金を基調とした装飾の施された大剣だ。その大剣が今、俺の目の前に、魔法陣から出現し、地面に突き刺さった。
「な、なんなの? その剣……」
「大剣――幻竜王……」
「は? え? はぁ?」
「うそ……」
剣を地面から引き抜き、一歩、二歩と進む。
「――――――――――ッ!!」
そんな俺を見てか、翼竜が再び咆哮を上げたが、その咆哮には僅かに恐怖の感情が込められていた。
幻竜王。
かつて存在した、竜種の頂点に君臨していた竜王の名だ。
その竜の素材を元にこの剣が創られた。
そう姉は言っていた。そして――
『シファ君。この剣を使う時は要注意だよ。圧倒的な攻撃力と破壊力、さらに貫通力も兼ね備えているけど、幻竜王の魂が宿っちゃってるから。長時間の使用は危険だからね』
手にしてみて、その姉の言葉の意味を理解した。
大剣から伝わる幻竜王の意思と感情。なるほど、気を強く持っておかないと、逆に俺が大剣に使われそうになってしまう。
一歩、二歩と前進すれば、翼竜は同じだけ後退していく。
この大剣を恐れているらしい。
一介の竜種である翼竜と、竜種の頂点である幻竜の王では、力の差は歴然というわけだ。
そのまま、どこかに飛び去ってくれれば楽なんだが。
どうやら、そうもいかないらしい。
「――――――――――!!」
翼竜が大きく口を開いた。
さっきまでの威嚇の咆哮ではなく、これは咆哮だ。
つまりこいつは、逃げるのではなく攻撃を選択した訳だ。
「ちょっと!」
「シファ!!」
リーネとルエルの声を後ろに聞きながら、俺は大剣を掲げる。
「大丈夫だ」
翼竜の口腔から放たれた炎の咆哮。
「はあっ!!」
俺は大剣を振り下ろし、その炎の咆哮ごと――
――翼竜を剣戟にて分断した。
炎の咆哮は霧散し、翼竜の体は中心から綺麗にふたつに別たれ、地響きと共に地に伏した。
どうやら、無事に討伐できたようだ。
「うそ……」
そう声を漏らすリーネ。
目の前にいた翼竜が瞬く間に討伐されて消えた。それを理解して力が抜けたのか、リーネがその場にへなへなと座り込む。
「……おい、大丈夫か?」
「…………」
まずいな。
極度の緊張から解放された反動なのか、リーネが茫然とした表情で俺を見つめている。
心なしか頬も赤い。
少し休ませてやりたいが、そうもいかない。
俺達も早く教官と合流しなければいけないのだ。
ここは深層で、今回の俺達の行動は明らかに命令違反。ユエル教官になんて言われるか……。
「おい高飛車、休ませてやりたいが早く戻った方がいい。手を貸してやるから立ってくれ」
そう言って、座り込むリーネに手を伸ばす。
「……ネ」
「は?」
「リーネ。さっきもそう呼んでたでしょ。高飛車はやめて」
なんだこいつ。
急にしおらしくなりやがった。
お前そんなキャラじゃねーだろ! やめろよ、可愛く見えてしまうだろーが!
「お、おう。リーネ、早く戻るぞ」
「……うん」
ともあれ、早く戻らないといけないのは事実。
ちゃんとリーネの名を呼ぶと、素直に俺の手を取ろうとするが――
「はいはい! リーネさんには私が手を貸してあげる。さぁ、リーネさん?」
割って入るようにしてルエルがリーネの手を掴んだ。
「はぁ!? いらないわよ! 自分で立てるんだから! 触らないでよ!」
「あっそ? じゃあ自分で立ってもらえる?」
「ふんっ!」
……お前らは本当に仲が悪いのな。
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