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#137 《戦乙女の竜種調査 壱》

 

「――さま!」


「――さま! いらっしゃいましたら返事をして下さい!」


 窓の隙間から差し込む気持ちの良い日の光に誘われてか、はたまた扉を激しく叩きながら叫ぶ声に邪魔されてなのか、心地の良い睡眠は少しずつ覚醒へと至った。


「ローゼ様! いらっしゃったら、扉を開けて下さい!」


「……んぁ?」


 部屋の外で騒いでいる女性は、どうやら自分に用があるらしいと気付き、体を包み込んでいた柔らかな布団に別れを告げるため、起き上がる。

 金色の長い髪がハラリと垂れ下がった。

 ぼーっとした視線で部屋の扉を見てみると、誰かが部屋の扉を強めにノックしている様子だ。

 ココは山岳都市イナリの高級旅館『松』。だというのに、なんとも無礼な客が来たものだと唇を尖らせる。


「はぁい。今出ますよぉ」


 先日、大好きな弟と買物デートを楽しみ、昨日も気分良く眠りについたと思ったら、今日は朝っぱらから何事だと彼女は少しご機嫌斜めになってしまった。


 人前に出るための最低限の身嗜みを整え、彼女は部屋の扉へと向かう。胸元にはキラリと光る、彼女が"絶"級冒険者である証の首飾りが揺れていた。


 ガチャリと部屋の扉を押し開けた女性は――"絶"級冒険者、ローゼ・アライオンである。


「ローゼ様!」


「は、はい!」


 切羽詰まった表情で部屋の前に立ってる女性。

 格好から察するに、冒険者組合に勤める女性。受付員だろうと判断出来る。


「お休みのところ申し訳ありません! 組合に、ローゼ様を訪ねて来られた騎士団の方がお見えなのです。本来なら、"絶"等級であられるローゼ様をこのような形でお呼び立てするのは失礼だと承知しているのですが……」


「騎士団……あ――」


『騎士団』という言葉を聞いて合点がいく。

 どうやら、この組合員がこれほどまでに慌てているのは自分に責任があるらしい。


「ごめんね。すぐに向かうって伝えておいてくれる?」


「承知しました!」


 ローゼの言葉を聞いて、安心した組合員は静かに扉を閉じて去っていった。

 気配が遠ざかっていくことを確認してから、ローゼは再び部屋へと戻り、"絶"級冒険者としての装備を整える。

 普段なら準備はこの程度で充分だ。強いて言うなら、任務の途中に誰かを助けるために必要になるかも知れない回復薬をいくつか持っていくだけ。

 しかし、今回は魔力薬を含む回復薬を充分な数だけ手に取り、ポーチに詰め込んだ。誰か他人を助けることもあるかも知れないが、自分で使う可能性も考えての準備だった。


「……ッ」


 自分の胸元にそっと手を当ててみるとたしかに感じる。

 吸血姫(ルシエラ)に埋め込まれた(呪い)、血晶華の種だ。

 ――ドクン、ドクンと僅かに脈打つこの種は、今もローゼの魔力を少しずつ吸い上げ、養分としている。そして魔力が少なくなれば、次に血を吸い始める。そうなってしまっては、流石のローゼも日常生活に支障が出てしまうため、その前に休息を取り自身の魔力を回復させることに努めなければならない。


「よしっ! 準備完了。行きますか」


 とは言え、この呪いは大好きな弟のために自分のわがままを通してしまった結果だ。後悔などあるはずがない。ならば、自分はこれまで通り最強の"絶"級冒険者であり続けるだけだ。


 さして最後に、弟と買い物に行った時に選んだ『白石桜の長剣』を忘れずに腰に差しておく。魔力的な力は宿っていないが、鉱石としての等級が高い『白石』と、イナリ特産品である『桜』を素材にして製造された長剣だ。


「♪」


 ローゼは、鼻歌混じりに部屋の扉を開き、高級旅館『松』を後にした。


 ◇◇◇


 街に出てみると、随分と高い位置まで日は昇っていた。どうやら少しばかり寝過ぎてしまったようだが、こればかりは仕方がない。

 なにせ魔力消費が激しいため、いつも以上に睡眠は深くなってしまう。

 時刻は昼食時間の少し前、といった所だ。


 今日の昼ご飯は何を食べようかな? なんてことを考えながら、冒険者組合の扉を押し開き、中へと足を踏み入れる。


 ひとり、またひとりと、他の冒険者達の視線がローゼに浴びせられる。

 注目されることにももうすっかり慣れてしまっているため、顔色一つ変えずに受付へと足を進めた。

 ソコには、冒険者組合には全く似つかわしくない、王国の紋章があしらわれた鎧を身に纏う男性が立っていた。


「ローゼ様! お待ちしておりました!」


 まず、先程部屋まで押しかけてきた組合員がそう言いながら丁寧に腰を折る。

 やはり、受付嬢だったようだ。


「ん?」


 そして受付嬢の言葉に誘われるように、受付の前に立っていた鎧を纏う男――王国騎士の男が振り返った。


「チッ、ようやく来たか。大事な任務中だということを忘れないでもらいたいな」


 綺麗に整えられた茶髪と端正な顔立ち。誰がどう見ても美青年であることに違いないが、この偉そうな態度が全てを台無しにしてしまっている。

 ローゼも、まだ起きたばっかりだと言うのに早くも疲れてしまいそうだとため息がこぼれる。


「ローゼ様、一応確認のため申し上げます。コチラは王国騎士団第二部隊隊長のロンデル様です。ローゼ様との合同任務、『竜種調査』のために本日イナリに到着されました」


「う、うん。わかってるよ」


「貴様、わかっているのか? この任務は王女殿下直々の依頼であり、指揮を執っておられるのは我等が総団長クレア様だということを!」


「分かってるってば。でも私は冒険者だし? 別にクレアがどうとか気にしてないよ? まぁクレアの頼みだからこの依頼を引き受けたっていうのはあるけどね」


「貴様っ、総団長を呼び捨てに――」


「ま、まぁまぁ! お二人ともその辺りで! ロンデル様、ローゼ様は先の竜群との戦闘でひどく疲れていらっしゃいますので、充分な休息は必要だったと思います」


「――ッ! まぁいいさ。キチンと依頼をこなしてくれるのならな」


 遅れて登場してきたローゼに対して、怒りを隠せないでいたロンデルだったが、受付嬢の言葉を聞いてどうにか矛を収める。


「うん。私もごめんね? ちょっと疲れが残ってたのかも、気付いたらこの時間になっちゃった」


 本当は竜種との戦闘での疲れなど何一つ残っていないが、魔力消費による疲れは本当に取れていない。なので、ソレを言い訳に謝罪をする。


「済んだことなどもういい。それより、イナリ周辺での竜種の状況を確認させてもらおうか」


 そう言って、ロンデルは受付へと向き直る。

 そしてローゼも一歩前へ進み、ロンデルの横に並ぶ形で受付へと対面する。

 これからローゼが従事するイナリでの竜種調査任務において、彼とは協力し、助け合っていかなければならない。ならば適切な距離感を保たなければ任務に支障が出てしまうだろう。ロンデルも、そのことはしっかりと理解している様子だった。


「はい。イナリ周辺でも狂暴化した竜種の目撃情報が後を絶ちません」


「特に狂暴化が多く見られるのは、翼竜と聞いているけど、間違いないの?」


 王都で受け取った今回の依頼任務の概要書を取り出し、書類を確認しながら質問するローゼ。


「はい。翼竜に関しては、出現数も急増し、共喰いの報告も上がっております」


 そう答えながら、受付嬢は二束の書類をローゼとロンデルへ手渡した。


「コチラが、組合で把握しているイナリ近辺での竜種の状況をまとめた報告書になります」


 受け取ると、厚みのある書類の束だということが分かる。

 竜種の狂暴化は、新たな幻竜王(バハムート)の誕生を示唆している可能性があるため、今回のこの任務は極めて重要な物だ。冒険者組合も、この任務のための協力を惜しむことはない。


「竜種が多く目撃されるようになったのは、イナリ北側のトウロウ高地です。そして――」


 受付嬢の言葉を聞きながら、渡された書類に目を通していくローゼとロンデル。

 ソコには、目撃されるようになった竜種について事細かに記されている。種族、危険種族レベル、場所、そして狂暴化していたか否か、どのような行動を取っていたかどうかなど……とにかく、把握出来ている情報がまとめられていた。


 そこでふと、比較的新しい日付で書き足されたと思える一文を見つける。


「――アラシ山上空に黒い鱗に覆われた竜種の目撃情報あり……これは?」


「はい。ソレはつい先日、冒険者からもたらされた情報なのですが……アラシ山の上空を旋回する黒い竜と思われる影を見た、と言った物です。残念ながら、ハッキリと姿までは捉えることが出来なかったそうです」


「黒い鱗か。黒い竜と言えば、危険指定レベル23の皇帝竜という奴が存在していたが、まさかそのようなことはあるまい。見間違いではないのか?」


 ロンデルも、ペラリと報告書を捲りながら会話に参加する。


「最上位種の一つである皇帝竜がこのイナリに姿を現す可能性は低いですが、今は特殊な状況です。そう楽観視することは危険かも知れません」


「そうだね。もしコレが皇帝竜なら、勿論放っておくことも出来ないし、しっかり準備して調査にいかないとね」


 ローゼはイナリ周辺の情報が詳細に記された地図を取り出した。


「アラシ山か……トウロウ高知を抜けた先の大きな山だよね」


「はい。イナリ山よりも高く、険しい山です。トウロウ高地も、広大で危険指定種が多数生息しております。調査に行かれるのなら、充分お気をつけて下さい」


 最後に、受付嬢はローゼとロンデルに皮袋を手渡す。

 中には組合で購入することが出来る様々な状態異常を治療する回復薬が詰め込まれていた。


「ありがと。遠慮なく使わせてもらうよ」


 受付嬢から必要な話を聞き終えた二人は、受付に背を向けて歩き出す。

 王国騎士団第二部隊隊長ロンデルと、"絶"級冒険者である戦乙女が並んで歩く姿は、他の者の目には奇妙な光景に見える。


 周囲からの視線が集中する中で、ローゼは冒険者組合を後にしたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] シファがいつ姉を超えるのかは作者さん次第だと思うけどこの感じだと相当先になりそうだな... 少なくともローゼが完全復活した後かな
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