#124 イナリ山惨劇《戦乙女の逆鱗》前編
ローゼが思っていた以上に、イナリ山の状況は悪かった。
山のあちこちで、冒険者が竜種と戦闘状態に突入している。そして冒険者達の戦況はあまり良くない。理由は簡単だ――翼竜などの低レベルな竜種に交じり、火炎竜や音速竜などの高レベルな竜種が出現しているからだ。
更に質の悪いことに、それらの高レベルな竜種は、何の前触れもなく唐突に現れる。
魔神種を除き、そんな現象は通常起こり得ない。間違いなく、魔法によって創造された物だ。つまりは魔力の塊だ。この竜種達を創造している者は、膨大な魔力を有しているのだと予想がつく。
結論――やはりこのイナリ山の現状は音無から聞いた通り、何者かによってもたらされた物。現在上位の冒険者達総出で行っている『竜種の狂暴化』という異常事態を利用していると確定させた。
そしてその何者か、というのはほぼ間違いなく『魔喰い蛇』の者。
ローゼは、可能な限りの竜種を討伐しながら山を進む。
ある人物の姿を探しながら、冒険者や狩人を助けて回った。
巨大なイナリ山。ローゼであっても、この山の中から目的の人物を探すのは容易ではない。
――せめて、方向だけでも分かれば。
そう思って何となく立ち止まった時。
ゴウッ! と、空高く立ち昇る青い炎が見えた。
「――!」
◇◇◇
ローゼが弟の下にたどり着いた時には、全てが終わっていた。
座り込む弟の前に、横たわる女性。
ローゼもよく知る――玉藻前だ。
血溜まりの上で眠る玉藻前の上半身には、斬撃によって出来た物と思われる痛々しい傷があった。そして何より、彼女の力の源とも言える九つの尾が、一つ残らず刈り取られていた。
弟は泣いていた。
見てみると、その弟にも大きな傷があることに気付いた。そして更には、弟の体の中で燻る他人の魔力の存在にも。
強力な呪毒となり、弟の体の自由を奪い体力と魔力を奪い続けているようだった。
ローゼの中で、グツグツと何かが沸き立つ。
この状況を見れば、なんとなくだが何があったのか想像出来る。
玉藻前は弟のことを慕っていた。弟も、玉藻前のことを可愛がっていた。
互いが互いを護ろうとしていたのだろう。そんな関係を利用し、玉藻前の命を奪った者が存在している。
ゆっくりと近付くと、弟はローゼの気配に気付いたのか、振り向きながら振り絞るように声を発した。
「何とかしてくれよ……ロゼ姉」
弟の泣き顔は、酷く堪えた。
なにより、自分ではない誰かが弟を悲しませたことが許せなかった。
「…………」
ローゼは、小瓶を取り出し放り投げた。
緩やかな放物線を描き、弟の頭上に到達した所で剣で一閃すると、パリンと砕け、中にあった金色の液体が弟とルエル、そして玉藻前へと降りかかる。
淡い光に包まれた弟とルエルの肉体から、たちまち負傷と状態異常が消え去った。
しかし――玉藻前には何の反応も示さない。
瀕死の状態でも息さえあれば、今の魔法薬は何かしらの反応を示した筈。この結果は、間違いなく玉藻前が死亡してしまったことを証明していた。
哀しみと怒りがこみ上げてくる。
「シファくん……」
弟と同じ目線になり語りかける。
「後は私に任せてよ」
そう言いながら、ローゼは自らの首輪を外した。
"絶"級冒険者であることを示す五角形の紋章が刻まれた首輪だ。そっと弟の手に預ける。
「ちょっと預かっててよ」
キョトンとする弟の顔を見てクスリと笑い出しそうになるが、とても笑える状況でもない。
それ以上に今は、黒い感情に支配されている。
「二人はここでタマちゃんのこと見ててあげてよ」
「ろ、ロゼ姉?」
「いい? 絶対にここを離れないでね」
そう強く釘を刺しておく。
自分が強く言えば、大好きな弟は言ったことを必ず守ると知っている。
「少ししたら、戻ってくるから」
そう言い残し、ローゼは二人に背を向けて歩き出した。
山岳都市イナリは、夕焼けに染められつつあった。
◇◇◇
「暗くなる前にこんな街とはさっさとおさらばしたいね」
山岳都市イナリでの大仕事を終えて、ラキアはイナリ山を駆ける。
危険指定レベル18の妖獣の討伐部位は、ギルドに更なる恩恵をもたらしてくれるだろう。
イナリでの仕事は大成功に終わったと言える。
だが、かなり大胆な作戦を取ってしまった。決定的な証拠は何一つ残していないとは言え、『魔喰い蛇』は冒険者組合に目をつけられているのは事実。追手がいないとも言い切れない……出来るだけ早く街から脱出したいと考えていた。
ラキアの言葉に同意だと、隣を走る男も頷いた。
男が創造した竜種は全て、何者かによって瞬く間に討伐された。
その疑いようのない事実だけが、二人を少しだけ焦らせている。
少しずつ暗くなりつつあるイナリ山を駆ける。
勿論、周囲への警戒を怠ることはない。魔物や魔獣と戦闘している時間も勿体ないため、遭遇は避けて進んでいる。
「「…………」」
二人は黙々と走る。
やけに静かなイナリ山が、何故か今になって不気味に思えた。
走っても走っても山を抜けない。これ程までにイナリ山が巨大なのだと、今更になって気付く。何故か恨めしくもあった。
言葉には出さないが、早く山を抜けてくれと、内心で思ってしまう。それほどまでに妙な雰囲気が漂っている気がした。
勿論、二人が走っているイナリ山は、つい先程まで竜種が暴れまわっていたことを除けば……いたって普通のイナリ山に違いない。
それでも何故か不気味に映るのは――言葉に言い表せない何かを感じているからだろう。
そんな不安から来るいつも以上の警戒心が功を成したのか、キラリ――と何かが視界の端で一瞬光ったのを見逃さなかった。
「っ! 伏せてっ!!」
「ッ!?」
勢いよく体を投げ出し、二人はその場に倒れ込んだ。
走っていた勢いを殺すことが出来ず、多少の傷を負うが構わない。
すると、二人のすぐ上を巨大な真空の刃が駆け抜けた。
バキバキバキィ――と、周囲の木という木が崩れ落ちていく。少しでも反応が遅れていたら、自分たちは今頃上半身と下半身が分かれていたことだろう。
何者かに狙われているらしい。追手であることに違いは無いが、理解出来ないことがある。
それは――この相手が自分たちのことを殺しに来ているということだ。
追手があるとすれば冒険者組合の人間もしくは冒険者だが、どちらの場合でもいきなり殺すという暴挙に出ることは考えられない。
ならば残っている可能性は――先程の冒険者の青年だ。
玉藻前を目の前で殺されたことに憤り、追いかけて来た。蛇神の長剣の呪縛をどうやって治癒したのかは分からないが、そんなことは別に構わない。追いかけて来たのならもう一度返り討ちにするまでだ。
人間を無駄に殺す趣味は無いので、多少痛めつけて今度こそ身動き取れなくした上で逃げれば良い。
――そう思った。
「狩人ギルド『魔喰い蛇』だね」
冷たい、女の声を聞くまでは。




