#122 イナリ山惨劇 急 前編
「どういうことだラキア……どうしてお前が俺達を攻撃するんだよ!」
聞かずにはいられなかった。
確かにルエルは、ラキアのことをあまり信用していなかったが……こいつは"上"級冒険者だ。特に敵対する理由も無ければ、攻撃される理由が思いつかない。
仮に、イナリ社の宝を狙っていたとしても、だからと言って俺達を攻撃してくる理由にはならない筈だ。
「うっざ。マジうざいよ君。何でわざわざ教えないと駄目なわけ? 自分で考えたら?」
馬鹿らしいと言わんばかりに、左手を軽く振るう。
あまりの態度の豹変ぶりに驚くが……俺はこのラキアが、冒険者を庇って片腕を失う所をこの目で見ている。現に今もラキアには右腕がない。
やっぱり……どうしても信じられない。
「だから冒険者は大っ嫌いなんだよね。ちょっとは騙されてるかも、とか思わないわけ? まぁ別に良いんだけどね」
「……"上"級冒険者、というのは嘘だったのか」
「あたり前でしょ」
「でもお前はあの時、火炎竜の攻撃から――」
火炎竜の攻撃から冒険者を庇った。そう言いかけた所で後ろを振り向いた。
そうだ。火炎竜だ。
突如現れたこの火炎竜の敵意は今、俺だけに向けられている。そして、あの時もいきなり現れたのは火炎竜だった。
「気付くの遅っ。どれだけ甘ちゃん野郎なの?」
あの時冒険者を庇ったのは、俺達のことを騙すための演出だった訳だ。
結局は初めから騙されていということだ。
俺達が見てきたラキアという人間の全てが、今目の前にいるコイツが作り出した演出だった。
「イナリ山に翼竜を誘い込んだのもお前か?」
「違うよ」
即答された。
コイツの言葉を信じることはもう出来ないが、後ろの火炎竜がラキアが創り出した物でなければ、他に仲間が存在するということになる。
勿論、この火炎竜もラキアが自身で創り出したという可能性も残されているが――
それはラキアの意識を奪ってしまえばハッキリすることだ。
「わかった。もうお前の言葉は信じない」
立ち上がり視線を向けた先には、ルエルが胸を抑えて蹲っていた。ポタポタと赤い血が滴り落ちているのが分かる。
時折咳き込む姿を見ると、無性に自分に腹が立ってくる。
ごめん、ルエル。
俺がもっと警戒心を持っていれば、こんなことにはならなかったのに。
ルエルも魔法薬は持っている筈だから死ぬことは無いが……あの傷はかなり辛い筈。
早く治療院まで連れて行ってやらないと。
「もう良いかな? 君には悪いけどさ、ちょっと死んで欲しいんだよね」
ダルそうな動作で、ラキアが魔法陣から何かを取り出した。
――長剣だ。だが、ついさっきルエルを傷付けた物でも、俺達が初めて会った時に目にした物とも違う。
黒と紫で装飾された不気味な長剣。間違いなく、俺が姉から渡されている様々な武器と同じように、魔法的な力が備わっているように見える。
「君は強いからねぇ。私は右腕も無いし、流石に本気出させてもらおうかなぁ」
腰を落とし、長剣を正面に構えてコチラを睨みつけてきた。
以前、護衛という形で行った魔獣討伐で、ラキアと翼竜の戦闘をこの目で見た。
ラキアの動きは俊敏で、翼竜を翻弄して終始圧倒していた。結局"上"級冒険者というのは嘘だった訳だが、コイツの実力は疑いようがない。あの時見せた実力が全力だとも思えないし、油断ならない相手だ。落ち着いて戦う必要がある。
だが――
「ごほっ、ごほっ……」
ルエルが傷付けられた。
それだけで、自分の中の何かが激しく脈打つような気がする。
そんな感情の昂りを何とか押さえつけて、ラキアを睨みつけた。
「あはっ! やる気満々じゃん。目がこわ――」
グッと魔力を足に込めて地面を蹴ると、瞬く間にラキアとの距離が詰まる。
途中に取り出した聖剣で、下からすくい上げるようにして斬りかかる。
一瞬、ラキアの口角が僅かに吊り上がるのが見えた。
その笑みの答えは、振り抜いた腕に何の手応えも感じさせない聖剣が物語っていた。
ラキアは、俺の剣戟を真上に跳躍して避けた。
「――ッ!?」
しかもただ避けただけじゃない。
体を様々な方向に回転させながらの跳躍。そして、今もなお回転を続けるラキアから一本の斬撃が飛んでくる。
巨大な、魔力の斬撃だ。
聖剣で弾けるか? いや、駄目だ。
即座に、収納から霊槍を取り出し振り抜いた。
斬撃と霊槍が激しくぶつかり合い、斬撃は閃光と共に消滅した。
「あっははは! マジで超速収納って反則だよね。君じゃなきゃ今ので死んでるよ」
空中で体を翻しながら、ラキアが高らかな笑い声を上げている。
ほんと、何がそんなに面白いんだか……。
「でもいいのかなぁ、私ばっかりに見惚れててさ」
そう言いながらラキアが着地したところで、周囲が陰に包まれた。
あぁそうだ。
俺の敵はラキアだけじゃない。
すぐに距離を取る。すると、今まさに俺が立っていた所に巨大な火炎竜が降り立った。
そして続けざまに、火炎竜は大きな口をガバリと開けて、咆哮を放ってくる。
赤黒い炎の息だ。まともに喰らうと辛そうだが、この程度なら霊槍でなんなく対処可能だ。
大きく霊槍を振るうと、赤黒い炎はその場で霧散していった。
火炎竜がうっとうしいな。先に討伐した方が良いか。
そう思った瞬間、ラキアが眼前に迫っていた。
素早い動作で長剣を振るってくる。
霊槍では物理的な攻撃を受けられない。すぐさま聖剣に持ち替え、ラキアの攻撃を受け止めた。
やっぱり、左手だけでは思うように力が発揮出来ないらしいが、動きが速い。力で俺が負けることは無いが……少しでも気を抜くと、あっという間に攻撃を喰らってしまいそうだ。
しかも、ラキアの背後の火炎竜が、大きな翼をひろげて魔法陣を展開しているのが見える。
あの魔法陣から繰り出される火球は、霊槍でなければ防げない。
「どうしたの? 私の後ろが気になるの? ほらほらぁ! よそ見してる暇あるのぉ!?」
更に、ラキアの攻撃が激しさを増した。
火炎竜の火球とラキアの攻撃を一度に対処するのは無理だ、とにかく一度距離を取る。
ラキアの攻撃を一度躱し、即座に炎帝を取り出す。最低限の動きを加え――ラキアの腹を撃ち抜いた。
小さな爆発が起こるが、伝わって来た手応えは人の体を殴った物ではなく、金属質な塊を殴った物だ。ラキアは――あの一瞬の間でも俺の攻撃を長剣の腹で受け止めて見せた。
だが、距離を取るのには成功した。大したダメージを与えないまでも、ラキアを突き放すには充分だった。
「……っふふ!」
笑い声だ。
「あっはは! ざーんねん!」
吹き出したように笑い出す。
俺の炎帝による攻撃を防いだことがそんなに可笑しいのかと思ったが……違った。
「ぐっ!!」
突如、俺の腹で小さな爆発が起こる。腹を殴られたような鈍い痛みと、爆発による衝撃に襲われる。
これは――炎帝の攻撃。
あのラキアの持つ長剣、やっぱり何かあった。
「これねぇ、蛇神――魔喰い蛇の素材で作られた長剣なんだ。まぁいちいち説明しないけどね」
すると――火炎竜の魔法陣が強い輝きを放ったかと思えば、火球が飛び出して来た。
やはり、数は五つ。
「今度こそ死んじゃいそうだね」
五つの火球が迫る。
とにかく、霊槍を取り出した。
次々に迫る火球を霊槍で斬り裂いていく。
しかし最後の一つが間に合わない。
直撃する――そう思った瞬間、目の前に大きな音を立てて氷の壁が出現した。
火球はその壁に激突し、諸共に掻き消えた。
「はぁ、はぁ、シファ……」
苦痛に顔を歪めながら、ルエルがコチラに手を向けている姿が目に入った。
渾身の力を振り絞り、俺を護ってくれたようだ。
「は? もう最悪! 良い所だったのに――」
一瞬にして、再び俺はラキアへ肉薄した。
火炎竜は今の攻撃後は反動で少しの間動けない。なら、その間にラキアを倒す。
「うざ。マジでうざい」
即座にラキアも長剣を振り抜いてくる。
動きは速いが集中すれば見える。
ラキアの持つ長剣の力は危険だ。さっきの現象が……長剣で受けられたことで起こったのなら、受け止めさせなければ良いだけだ。
収納魔法の速度は、集中力で大きく変化する。
集中しろ……もっと速く、ラキアが対応出来ない速度で武器を持ち替える。
そして――
炎帝による拳が、ラキアの胸を捉えた。
「ぐっ!!」
小さな爆発がラキアを吹き飛ばした。
なんとか体勢を立て直し着地するも、それなりのダメージになった筈。
「あっはは……マジ強いわ君。"初"級冒険者って絶対嘘じゃん」
そう言いながら、立ち上がった。
「でも、悪いけど……私達のために死んでよ!」
再び、ラキアが迫る。
体を回転させながら斬りかかってくるが、ラキアが左手に握る長剣を弾き落としてやる。
すると――
――パリィン! と、何かが砕けた音が響いた。
これは、なんだ? 左手だ。ラキアの奴、左手に何かを隠し持っていたらしい。
小瓶――? 中に入っていた液体が、飛び散る。白銀色に輝く液体が俺とラキアに降り注ぐ。
しかし、俺の体には何の変化もない。毒ではないようだ。
いったいなにが――ッ!?
ラキアの右肩に、見たこともないような魔法陣が三つ重なるようにして出現していることに気付いた。
何事かと驚いている間もなく――一瞬にして現れたラキアの右腕が、今まさに弾いた長剣を掴み取る。
そしてそのまま長剣は、俺へと振り下ろされた。
「ゔゔっ!!」
声にならない声が出た。
振り下ろされた長剣が、俺の上半身を斬り裂いた。
感じたことの無い熱さと痛みで、頭が思うように働かない。
「やるね。咄嗟に半歩下がって致命傷を避けたんだ」
なんとか視線を合わせると、やはり――失くなった筈の右腕がさも当然のように元通りになってる。
なにが、どうなった? もしかして――
「あれ? 教えたよね? 霊薬だよ。最上位の魔法薬。それ使ったんだよ? 理解できた? 確かに君とんでもない強さだけどさ、やっぱり"初"級冒険者だね」
あのとき話した人体の欠損部位も治療してしまう最上位の魔法薬。織姫の霊薬……持ってたのかよ。
「流石にもう終わりだね。流石にその状態じゃあれは受けきれないよね」
ラキアが視線を向ける先には……火炎竜が大きな口を開けて魔法陣を展開させている。
とりあえず、霊槍を取り出して立ち上がるが……果たして受け切れるのか。
魔力が、霊槍へ上手いように伝わらない。
でも……やるしかない。
やがて、激しい閃光と共に放たれた巨大な赤黒い火球が、一直線に迫ってくる。
霊槍を握る手に力を込めるも、震えるだけでいつものように握り締めることが出来ない。それでも、構えた。
そして火球に向かって腕を振り抜こうと、足を踏み出すが――俺の目の前は突如、別の光に支配された。
煌々と燃え盛る、青い炎の光に。
まるで壁のように出現した青い炎が、火球を呑み込んだのだ。
作者の都合で前後編になっちゃいました。ごめんね。




