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#116 《多忙なる冒険者組合》

 

「イナリ北部、イナリ山裏手にて翼竜、更に火炎竜に遭遇した模様です。シファ様の証言から、どちらも"狂暴化"状態にあったと思われます」


 昨日、冒険者組合にやって来たシファから聞いた内容を支部長紅葉へと報告する。

 音無は、玉藻前の監視という任務を紅葉から預かっているが、支部長である紅葉の側近としての業務も決して怠らない。

 こうして今日も、毎日の定期連絡を終えるとすぐにイナリ社へと向かわなければならない。とは言え、幻術により巧みに隠されたイナリ社にいる玉藻前を視認することは不可能で、僅かな気配すら感じ取ることは難しい。

 しかし逆に、それが玉藻前が変わらずイナリ社に潜伏している証明でもある。


「そして火炎竜ですが……討伐した後、討伐証明部位を回収しようとした時には、その姿は跡形もなく消えていたそうです」


「…………」


 紅葉は、黙って耳を傾けている。

 ソファにゆったりと体を預け、やる気無さそうにだらけているものの、話を聞く表情は真剣そのものだ。


「その火炎竜は、おそらく魔法により創造された物やな」


「はい。私もそう思います」


 というより、それ以外に可能性がない。

 魔力で様々な現象を起こす者がいれば、魔力で創造した武器で戦う者もいる。

 そして極稀に、魔力で魔物や魔獣を創造する者が存在する。その技能(スキル)は、"超速収納"と並ぶ超高難易度技能だ。


 ハアァ――と、紅葉は大きなため息を吐く。

 見ているだけでコチラのやる気も損なわれてしまいそうだが、紅葉はいつもこんな感じだ。

 面倒なことが大嫌いで、それが露骨に態度に出る。だが、何かと文句をつけつつも支部長としての仕事をしっかりこなしてくれることを音無は知っている。


「厄介やわぁ。一応、王都の組合にもこのことは報告しておいてくれる?」


 今現在、イナリには多くの冒険者と狩人が滞在している。

 報告にあった火炎竜も、悪質な狩人が絡んでいるのだと予想がつく。

 そして、山岳都市イナリが開放されれば、イナリ社を狙って多くの狩人がやってくることも予測出来ていたことではあるが、ここまであからさまな行動を取る狩人など、音無達の知る限りではそう多くない。

 更に、火炎竜の件にシファが絡んでいることで、音無は妙な胸騒ぎを覚えた。


「承知しました。紅葉様」


 深くお辞儀をしてから、支部長室を後にした。

 王都の組合に報告しろということは、紅葉は今回の件をかなり重く見ているのだと、音無は思う。と言うよりも、このイナリがまた封鎖されるようなことは絶対に阻止するための"保険"なのかも知れない。

 何故なら、今の王都の冒険者組合はおそらく――


 イナリ支部よりも大変な状況の筈だ。



 ◇◇◇



 王都グランゼリアという、大陸の中枢に存在する大都市の冒険者組合では、連日様々な依頼書が発行され、多くの冒険者が依頼任務へと従事する。

 そんな冒険者組合王都支部の組合員達は多忙であり、支部長を務めるカイゼルは更に忙しい。普段は支部長室に籠もりきりで様々な書類仕事をこなしているが、この日だけは受付のある一階へとやって来ている。

 理由は単純。普段の仕事よりも重要な仕事があるからというだけだ。


 冒険者組合にはいくつかの受付テーブルが据え付けられているが、その中のメイン受付にカイゼルが立っている。

 メイン受付とは別の受付テーブルでは普段通りの業務が組合員により進められているが、組合中央のメイン受付にカイゼルが立っている光景は、はっきり言って奇妙な物。

 更にその受付は、今日に限り特定の冒険者しか利用出来ないという状況が、何も知らずにやって来た冒険者達を余計に驚かせている。


(流石にこの依頼の受理を、他の組合員に任せる訳にもいかねーしな。っと、そろそろか)


 他の受付では普段通りの日常が送られている中で、カイゼルの立つ受付だけが異常な雰囲気を醸し出していた。


 ――カラリン。と、組合の扉が開かれる。


「来たか」


 組合にやって来た冒険者を見て、カイゼルはいよいよ始まるかと息をのむ。そして他の冒険者達はざわめき立つ。

 そんな中で、冒険者は堂々とカイゼルの待つ受付までやって来た。


「"超"級冒険者、ユエル・イグレインよ。指名依頼、竜種狂暴化の調査による招集に応じるわ」


「あぁ。御苦労様」


 差し出された依頼書を確認し、カイゼルはしっかりと依頼が受理されたことを伝える。

 大陸各地で確認されている竜種狂暴化の調査。その指名依頼の招集の日が今日だ。

 "上"級以上の冒険者の中で、更に選ばれた者にこの指名依頼が届いている。その任務についての説明会が今日、この王都(グランゼリア)で行われる段取りとなっている。


「お前さんが一番乗りだ。説明会は黒石離宮で行われる。この依頼書を離宮にいる王国騎士に見せれば通してもらえる手筈になっている」


「…………」


 再び依頼書を手渡すと、受け取ったユエルは依頼書を見つめてからクスリと笑った。


「なるほど。今回の依頼者は相当な大物のようね」


 カイゼルは苦笑を返すしか出来ない。

 王国騎士団との共同の依頼任務。そして説明会の場所が王国の所有物である離宮で行われるとなれば、自ずと依頼者の正体は絞られる。


(分かっていてあの余裕の態度か。おっかない女だな)


 組合から出ていく"超"級冒険者の背中を見ながら、カイゼルはそんなことを思う。


 そして少しして、更に冒険者がやって来る。


 カツ、カツとスラリと伸びた長い足で、真っ直ぐコチラに歩いてくる女性。

 冒険者どころか、組合員までもがその姿をしっかりと目に焼き付けようと食い入るように視線を注いでいた。


「"絶"級冒険者、エヴァ・オウロラです。えっと、コチラの受付で良かったんですよね?」


「あぁ、構わないぞ」


 "絶"級冒険者であり、歌い手でもある。『歌姫』と呼ばれる彼女のことを知らない者など、見つけるほうが難しい。

 人気で言えば、『戦乙女』よりも上だ。

 冒険者で最も忙しいと言われる彼女が、この依頼任務の招集に応じてくれたことは、良い意味で予想を裏切られたと言える。

 彼女が参加する高難易度依頼任務は、負傷者が激減する。


「ロゼはまだ来ていませんか?」


 小首を傾げる歌姫。あまりにも可愛い……と言うよりもあざとい。人に見られることに慣れている者ならではの所作は、支部長という地位に就くカイゼルであっても一瞬ドキリとさせられる。


「まだ来てないが……招集に応じなかった可能性もあるな」


「それは無いです」


 カイゼルの言葉をキッパリと否定する。


「"絶"級冒険者がこの手の依頼を断るのは有り得ません。ましてやロゼの場合は特にです」


 組合から絶対的な信頼を勝ち取っている"絶"級冒険者は、確かにこの手の依頼は断り難いという面がある。


「とにかく、ロゼよりも私の方が早くに着いたと言うことですね? なら良かったです。ロゼが来たら、私はもうとっくに着いて先に黒石離宮へと向かったと伝えておいて下さい」


「あ、あぁ」


『ふふふふ』と愉快に笑いながらエヴァは去っていく。

 どうしてそんなことをわざわざ伝えさせるのか、戦乙女と待ち合わせでもしていたのかとも思ったが、どうもそんな感じでも無いように思えた。

 暫く頭を捻ったが、明確な答を導き出すことは出来ない。


「"絶"級冒険者の考えることはよくわからん……」


 そんな結論に至る。


「さて」


 まだまだ今日は始まったばかり。招集されている冒険者は他にもやって来る。

 カイゼルはもう一度気合いを入れ直すのだった。

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