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#114 不可解な竜

 

「――――――ォォッ!!」


 俺の姿を認めるや否や、火炎竜は大きな口内を晒し耳障りな声を上げる。そしてそのまま、鋭い牙が並ぶ口腔から赤黒い炎が放出された。


 不気味な光を帯びた炎が眼前へと迫る。

 霊槍で吹き飛ばすことも可能だが、姿勢を低くして前へと駆け出すことを選択した。

 直線的な炎の咆哮(ブレス)だが、轟音と共に迫ってくる光景は、不安定な心理状態だと恐怖を抱くには充分な迫力がある。

 でも、今の俺は不思議なくらい落ち着いている。

 火炎竜の咆哮を掻い潜り、一気に距離を詰めた。


 すかさず、聖剣(デュランダル)を取り出し、火炎竜の足を斬り付ける。

 充分に魔力を込めた、全力の一撃だ。


「ハァァッ!!」


 ザァンッ!! という音と共に伝わってくる確かな手応え。

 翼竜よりもふた回り程大きい巨体を支える大きな足が裂ける。


「――――!!!!」


 かなり効いているらしく、火炎竜が悲鳴を上げるのだが……。


「――? な、なんだ?」


 火炎竜からは一切の血が流れない。


 確かに斬った。いや、ちゃんと斬れている。

 この斬撃跡はたった今俺がつけた物だ。火炎竜の様子を見ても、確実に効いているのだと分かる。

 なのに、血は流れない。


「なんだコイツ……」


 火炎竜は血が流れないのか?


 背中の翼を大きく広げ空へと舞い上がる火炎竜を見ながら、そんな疑問を抱いた。


 いや、今はそんなこと考えている場合じゃない。

 空を覆う程に広げられた四つの翼がまた、不気味な光を放っている。

 ついさっきの光景を思い出す。

 奴の翼に描かれている魔法陣。アソコから放たれる火球が厄介だ。おそらく、直撃してしまえばただでは済まない。

 霊槍で消し飛ばすことは可能だと思うが……。


 チラリと、ルエル達のいる方へと視線を向ける。

 ラキアの腕の止血は完了しているよう。意識もハッキリしているように見えるが、あまり状態は良く無さそうだ。俺達が持っていた治療魔道具では、痛みまで無くすことは出来ないからな。


 火炎竜が狙っているのは俺だ。

 出来るだけ、ルエル達から距離を取るために走る。流石に四つもの火球を全て対処し切れる自信がない。


 少しでも、ルエル達に爆風が届かない所まで走れ!


 次第に、火炎竜の翼の光が強くなっていく。不気味に、より眩しく。


 そして――


 一際強く光ったかと思えば、翼から次々に火球が放たれた。全部で四つだ。


 即座に霊槍を取り出すが、動かしている足は止めない。

 迫りくる火球から決して目を離さず、狙うべき対象を絞る。

 まず一つ。俺の後方へと落下した火球が爆ぜた。


「クッ――」


 激しい爆風に体勢を取られるが、なんとか堪える。


 そして次に迫りくる火球は、今まさに俺の頭上へと落ちようとしていた。


「ふんっ!!」


 すかさず、右手に持つ霊槍を振り上げる。

 手に伝わってくる衝撃に、霊槍が弾け飛ばされそうになるが、グッと力を込めてそのまま振り抜いた。

 すると、火球は爆ぜることなく、跡形もなく霧散し消滅する。


 続く火球も直撃コースだ。

 体を捻り、そのままの流れでまた霊槍を振り抜き、火球を消し飛ばす。

 そして最後の火球は、俺の前方に落ちた。

 爆風を堪えながら、空にいる火炎竜へと視線を向ける。


 血走った目を見開き、ジッと滞空し動かない。


 おそらく、今の攻撃の後は少しの間だけ体の自由が効かなくなるようだ。

 ならば好機(チャンス)だ。今仕留める!


 足に魔力を集中しグッと踏ん張り、跳躍して火炎竜へと迫る。


 デカい。

 この巨体を仕留めるには――


 幻竜王(バハムート)だ。即座に収納空間から大剣を取り出した。

 圧倒的な攻撃力で、火炎竜を仕留める。そう思っての選択だった。

 しかし――


「――――――ォォォォオオッ!!」


 これまでに聞いたことの無い、耳を抉るかのような咆哮が火炎竜から発せられる。


「なっ!?」


 頭が真っ白になった。

 俺の目の前で大きな口を開けた火炎竜の口腔に、翼に描かれている物と同じ魔法陣が出現していたからだ。

 そして今まさに、その魔法陣から火球が放たれた。


 いくらなんでも間に合わない――直撃する。


 そう思った瞬間、ドロン――と、目の前に現れた青い炎。

 どこからともなく現れたその青い炎が、火炎竜の放った火球の全てを、引き受けてくれた。

 爆風を抜けて、俺はそのまま大剣を火炎竜の首へと叩き付けた。


 ドシィ……ンと、火炎竜は真っ逆さまに落ちていった。


 ◇◇◇


「ふぅ」


 倒れ伏した火炎竜に体重を預け、額に滲む僅かな汗を拭う。

 流石に少し疲れた気がする。

 危険指定レベル14。結構な強敵だったが……何とかなったみたいだ。

 ラキアの腕は残念だが、誰も死んでいない。


「シファ!!」


 他の冒険者達と協力してラキアに肩を貸しながら歩み寄ってくるルエルを見て、俺は立ち上がった。


「す、凄い……火炎竜をひとりで倒すなんて……」


 他の冒険者達は開いた口が塞がらないと言った様子だ。


「とにかく皆生きていて良かったよ。ラキア……その、大丈夫か?」


「あっはは。ごめんね、格好悪い所見せちゃったね……」


「そ、そんなことない! ラキアさんは僕を庇って……"初"級冒険者の僕なんかのために、右腕を……」


 そうだ。ラキアは火炎竜の攻撃からこの冒険者を庇ったんだ。それを格好悪いなんて思う奴はこの場にはいない筈だ。

 更に言えば俺の見立てでは、アソコでラキアが行動に出ていなければ、おそらくこの冒険者は……。

 いや、そのことを考えるのはやめよう。少なくとも今、みんな生きてるんだから。


「そう言ってもらえると私も頑張った甲斐があるよ。それに、後輩を護るのは先輩の役目でもあるしね」


 ラキアの言葉に、護られた冒険者が顔を伏せていた。


「さ、さぁ! とにかく早く帰りましょう。流石に今、また別の高レベルの敵に遭遇したら不味いわ」


 ルエルの言う通りだ。流石に洒落にならないからな。

 とは言え、火炎竜の討伐証明部位くらいは回収させてもらうが。


「よし、なら火炎竜の討伐部位をさっさと――」


 後ろを振り向いた。


「え――?」


 素頓狂な声が思わず漏れ出る。


「「「…………」」」


 他の皆は声を失っていた。


「あれ? 火炎竜は?」


 今の今まで、俺の後ろで倒れ伏していた火炎竜の姿が跡形もなく消え失せていたからだ。


「ちょ、火炎竜は?」


 あまりにも信じられない出来事に、思わずルエルに詰め寄った。


「し、知らないわ、どうして? さっきまでソコにあったじゃない!?」


 ルエルも俺同様、目の前の出来事に混乱している。


 絶対に討伐した。死体だった。動ける筈がない。いや、仮に動いて逃げたとしても、誰かが流石に気付く。


「な、なぁ……俺火炎竜討伐したよな?」


「え、えぇ」

「うん、間違いないよ。私も腕の痛みがきつかったけど、シファくんが火炎竜を倒す所はハッキリ見たよ」


 ルエルとラキア。そして他の冒険者達皆が肯定してくれる。

 しかし、肝心の火炎竜の姿はない。


「な、何がどうなってるんだよ……」


 ◇◇◇


 イナリへと帰ってくる頃には、日がかなり傾いていた。

 片腕が失くなってしまったラキアに代わり、翼竜の討伐証明部位は俺が組合へと持ち込み、報酬を受け取った。

 そして約束通りの報酬を分け合ってから、他の"初"冒険者達とは別れることになった。


「はぁ。今日は大変な一日だったね」


 イナリの街の片隅で、ラキアが苦笑いを浮かべている。


「こんなことを聞くのもなんだけど、失くした腕を治す方法ってないのか?」


 失くなってしまったラキアの右腕を見て、ついそんなことを聞いてしまう。

 片腕だと何かと不便だろうし……何より、これからの冒険者活動を大きく左右してしまう事態だ。

 怪我を治したり、体力を回復する魔法薬があるのは知っているが、腕の損失は……流石に魔法薬では治りそうにないな。


 しかし――


「有るには有るわ」

「うん」


 ルエルの返答に、ラキアも頷いた。


「え!? マジで?」


「えぇ。人体の欠損を修復してしまう最上位魔法薬――織姫の霊薬(エクシア)という魔法薬よ」


「エクシア?」


「うん。エクシア。でも恐ろしい額の魔法薬だよソレ。確か前に、王都のオークションで3億セルズの値がついたって聞いたよ」


「さ……さんおく?」


「うん……」


 何だソレ。

 流石に3億は、我が姉でも持ってないだろうな……。


「まぁでも、生きていればもしかしたら手に入るかも知れないからね。私は冒険者を辞めるつもりは無いよ!」


 グッと左手で握り拳を作るラキア。

 そんな彼女の様子を見ていると、こっちまで笑顔になってしまう。


「あ――そうそう、シファくんにちょっと聞きたいことがあったんだよね」


 ほんの少し、ラキアの視線が鋭くなった気がしたが、目を合わせてみるとソコにあるのはさっきまでの可愛いらしいものだった。

 気のせい……か?


「なんだ?」


「シファくんが使ってた魔法って、収納魔法の超高等応用技術――超速収納だよね?」


「そ、そうだけど……それがどうかしたか?」


 何故か一瞬ドキリとする。

 まるで何かを探られているような……そんな感覚があったが、考えてみれば、火炎竜と戦っている時に思いっきり使っていたし、超速収納が珍しい物だというのも事実だ。ただ単純に興味を持たれただけだろう。


「凄いねぇ!! 超速収納ってめちゃくちゃ難しいって聞くよ? 多分低級の冒険者で使えるのって君だけだよね?」


「た、多分な」


『ふーん』と軽く微笑みながら妖艶に目を細めるラキア。


「それとさ、火炎竜の最後の攻撃、アレはかなり危なかったよね?」


 火炎竜の最後の攻撃……と言うと、口から放たれた火球のことだ。確かに危なかった、と言うよりも、玉藻前が護ってくれなかったら無事では済まなかった筈だ。


「あぁ、かなり危なかったよ。肝が冷えたな」


「だよねー!!」


『あっははは』と愉快に笑うラキア。

 ほんと、笑い話で済んで良かったと思う。結局、火炎竜の死体が消えてしまったのは謎のままだが。


「あの火炎竜の攻撃を防いだ青い炎だけどさ――」


「――うん?」


「アレってもしかして玉藻――」


「シファ!!」


「うおっ!?」


 ラキアが何かを聞こうとする所だったが、ルエルが急に声を上げたせいで最後まで聞き取れなかった。


「シファ! そう言えばこの後も続けて何か依頼を受けようと話してたわよね私たち!」


「え?」


 そんな話は――


 してたような気もする。ことにする。


 ルエルの何かを訴えかけてくる瞳が、そうさせる。


「そういうことだから。ラキアさん今日はありがとう。右腕のことは残念だわ」


「気にしなくていいよ。こちらこそ、二人ともありがとうね。凄く助かったよ」


「行きましょうか、シファ」


 そう言いながら俺の手を取り、足早に進み出す。

 もう少しちゃんとした別れを言いたかったが、何やらルエルの様子がおかしい。

 俺は黙って、ルエルの後をついていくことにした。

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