#113 異常
俺達に目配せをして、軽く頷くラキア。
ラキアが翼竜と戦闘を行うとなれば、その騒ぎを聞きつけて近くの魔物や魔獣が寄ってくることが考えられる。
ラキアはこの広場で翼竜を討伐するつもりのようで、俺達は広場を囲う形で配置につく段取りだ。
しかしまだ動けない。
翼竜はコチラの存在に気が付いていない。動くとなれば、ラキアが翼竜に先制を仕掛けた後だ。
スッ――とラキアが手を伸ばし、小さな魔法陣が出現する。僅かな光が放たれるが、昼間ということもあり目立つことはない。
だが、ほんの僅かな違和感に気が付いたのか、翼竜がピクリと反応し鋭い視線がコチラに向けられた。
「…………」
魔法陣から取り出した長剣を握り締め。ラキアが身を更に屈める。勿論俺達もだ。翼竜の視界に俺達は写っていない筈だ。
グッと暫くこらえると、コチラヘの興味を失った翼竜は視線を別の方向へと移した。
そして――
「ッ!!」
ダンッ!! と力強く地面を蹴り、木の陰から勢いよく飛び出すラキア。姿勢を低くし、長剣を下後方へ構え、可能な限り風の抵抗を失くしている。
翼竜へと、まさに一直線に向かうが――
グルン――と、翼竜が首の向きを変える。
まるで待っていたと言わんばかりに、大きな口腔を晒け出している。
「咆哮だ!! 俺達も散ろう!」
翼竜は俺達の気配に気付いていた。
知らぬ振りを決め込み、獲物が自ら飛び出してくる時を窺っていた。
何の威嚇動作もなく、速攻にも等しい咆哮が何よりの証拠だ。
この位置では、俺達まで咆哮を浴びてしまうためすぐさま散り散りとなることにした。"初"級とは言え全員が冒険者だ。皆が状況に応じた動きを取ってくれた。
「――――ッ!!」
耳を突くような激しい咆哮とともに放たれた翼竜の炎の息は、ついさっきまで俺達のいた場所を焼き飛ばす。
「ふぅ……大丈夫かルエル?」
咄嗟にルエルの手を掴んで飛び出してしまった。
「え、えぇ大丈夫よ。は、放してくれる?」
「あぁ」
掴んでいた柔らかい手をやんわりと放すと、ルエルはその手をもう片方の手で優しく擦った。心なしか照れているように見える。
「ラキアは今の咆哮を避けることが出来たのかな……」
「どうかしら。あの距離からの回避はかなり難しいように思えるわ」
もしラキアが戦闘不能になってしまっていたら、あの翼竜は俺が討伐することになる訳だが……。
チラリと、翼竜の方へと視線を向けると――
ザンッ! という斬撃音の後に俺の耳に飛び込んで来る翼竜の叫び声。
「――――――――ッ!!」
咆哮ではなく、悲鳴にも似た叫び声だ。
「あっはは! 思ったより硬いじゃーん」
そしてヒラリと空中で体を翻し、そのまま軽快に地面に着地するラキアの姿が目に入った。
彼女の体には傷一つどころか、汚れすら付いていない。
更に――ドシャリと、ラキアの後方に落ちた巨大な物体は、翼竜の翼だった。
遠くの茂みに隠れている冒険者が大きな口を開けて驚いている姿が見えた。
「流石は"上"級冒険者だな」
「えぇ。あのリーネさんのお姉さんだって少し前までは"上"級冒険者だったのだから、これぐらいは当たり前なのかも知れないわね」
「さて、これで空には逃げられなくなったから、後はずっと私のターンだよね」
ラキアが悠々とした態度で翼竜との距離を詰めていく。
片方の翼を失った翼竜は空を飛ぶことが出来ない。とは言え、『空』という優位性を失ってしまった翼竜がどんな行動に出るかは予想することは難しい。
基本的に竜種は高い知能を持っているらしいし、俺がこれまで出会った翼竜もそうだった。空から様子を窺ったり、相手を威嚇して様子を窺ってみたりと、状況に応じた行動に出る魔獣だ。
しかし――
「な、なんだ?」
ラキアが相対している翼竜が取った行動は、俺が知る翼竜の物とは程遠かった。
「――――――ッ!!」
大きな口を開けて、けたたましい叫び声を上げながらラキアを捕食しようと襲いかかる。知能なんて微塵も感じられず、ギョロリとした瞳孔は血走っていた。
「あはっ、狂ってるね!」
ただ、対象を捕食しようと襲いかかる魔獣だ。
動きは単調で読み易く、ラキアの攻撃を避ける素振りも見せない。攻撃を受けても構わず喰らいつこうとしている。
「き、狂暴化?」
思わずそんな言葉が出た。そう、まさに狂暴化していると言えるような状況だからだ。
「シファ! 魔物よ!」
くそ。翼竜とラキアの様子も気になるが、俺達の本来の仕事はこの場所に魔獣を近付けさせないことだ。
それに、あの様子じゃラキアが翼竜に食べられてしまうことも無さそうだ。
「あぁ。さっさと倒してしまおう」
翼竜から視線を外し前を見ると、こちらに近付いてくる複数の影があった。
ゴブリンだ。低レベルの魔物。知能が低いからか、翼竜がいるこの場にもお構い無しに突っ込んでくる。
ルエルと共に、ゴブリンを迎え討つ。
◇◇◇
「いやー、ありがとね。上手くいったよー!!」
翼竜は無事に討伐された。
片方の翼は切断され、もう片方の翼もひしゃげている。巨体に幾つもの斬撃が浴びせられた跡が残っていることから、この翼竜はやはり最後まで暴れ回ったのだと予想がついた。
「思ったよりしぶとかったからさ、ちょっと焦っちゃったよ」
そう言いながらおどけて見せるラキアだが、傷一つなく服装も乱れていなければ、汗一つかいていない。
「あれ? どうしたのシファくん、そんなに私のこと見つめて。もしかして、お姉さんの強さに惚れちゃったりした?」
「いや、そういう訳じゃないけど……」
凝視していたのがバレていたようだ。
いつもならここでルエルの肘打ちでも飛んで来る所だが、今回は飛んで来なかった。
「レベル7の翼竜。うん、これなら充分の報酬が貰えるよ。他の魔獣の討伐部位もあるから、それなりの仕事にはなったよね」
他の冒険者達も満足そうな表情だ。
間接的とは言え、危険指定レベル7の翼竜の討伐に貢献したのだから、その喜びも大きいらしい。
でも、俺は素直に喜べない。
ラキアを必死に捕食しようとしていたさっきの翼竜の姿が、目に焼きついて離れない。
流石に異常だろ……あの翼竜は。
「なぁラキア。この翼竜、なんだか様子が変じゃなかったか?」
「え? 変って言うと?」
「少し戦闘の様子を見てたんだけど、片方の翼を斬られたあと、なんというか……必死の形相と言うか、無茶苦茶と言うか、なんか異常に狂暴になっていたように見えてさ」
ラキアは顎に指を添えて少し考えた素振りを見せる。先程の戦闘を思い出しているのだろう。
「うーんごめん。あんまり覚えてないや、戦闘中は私も必死になってるからさ。もしかしたら、翼を斬られて逃げられなくなったから、翼竜も必死になったんじゃないかな」
「必死に……か」
「そうそう」
ふと疑問に思った。
翼竜はたしかに必死になっていたようだが、ラキアも必死だったのだろうか。俺にはかなり余裕があるように見えたが……。とは言え、ラキアなりにアレで必死だったのかも知れないか。
「さてと! それじゃ翼竜の討伐証明部位も回収したし、撤収だよ撤収!! さっさと帰ろう!!」
「「おおー!」」と、冒険者達から掛け声が上がる。
一仕事終えたと実感する。
――そんな時。
不意に、陰が差した。
「「ん?」」
まだ日が落ちるには早い。ついさっきまで明るかったのだから、この陰が出来た理由は他にある。
皆が一斉に空を見上げると同時に、ズー……ンと足から伝わってくる地響き。
そして目の前には、翼竜のひと回りもふた回りも大きな巨体。
「ひっ――」
一人の冒険者が、乾いた悲鳴を漏らす。
「あ、あり得ない! こんな所にいる筈がない! どうして!?」
別の冒険者が震えた声でそんなことを口にしている。
「シファ! 危険指定レベル14、火炎竜よ!」
「火炎竜……」
赤黒い表皮に、背には4本の翼。
この竜が登場してから、場の温度が急激に上昇しているようだ。
ギラリと獲物を捉えた歪な瞳は――血走っている。
「火炎竜は炎帝の渓谷の奥にしか存在しない筈よ! なのにどうして」
「みんな! 散って!!」
「――ッ!」
すぐさま聞こえてきたラキアの声に反応し、皆が散り散りに広がる。
「火炎竜を街に連れて行く訳にはいかない! 遭遇してしまった以上、少なくとも撃退する必要がある!」
全員に聞こえるようにラキアが声を上げている。
冒険者達の表情がみるみると青ざめていくのが分かった。
危険指定レベル14だ。レベル7の翼竜とは違う。いくら"上"級冒険者のラキアと言えども、ひとりで倒すのは無理かも知れない。
なら、皆が力を合わせる必要がある。
低レベルの魔獣や魔物を相手にするのとでは、難易度が桁違いだ。
「む、無理だ……勝てっこない」
へなへなとその場に座り込むひとりの冒険者。
戦意を喪失してしまっている。そしてそんな姿を見せられた他の冒険者達も、徐々に足から力が抜け落ちていっているようだ。
逃げることを諦めた獲物を見過ごすわけもなく、火炎竜が動く。
背中にある四つの翼を大きく広げた。その翼には、魔法陣にも似た奇妙な紋章が描かれている。
「馬鹿っ!」
俺より近くにいたラキアが、ヘタれてしまった冒険者の方へと咄嗟に駆け出した。
俺も向かおうかと思ったが、火炎竜の翼が奇妙な輝きを発している。何かしらの攻撃を行おうとしているのは明白だ。そして、俺とルエルも決して安全とは言えない位置にいる。
なら――
「ルエル!!」
「きゃっ!」
無我夢中でルエルに覆い被さる。
どんな攻撃が来るのか分からない以上、こうするしかない。
そして激しい轟音と共に翼から放たれたのは、赤黒い火球だった。
それぞれの翼から一つずつ放たれた火球が、辺り一面を焼いた。だが、狙いはデタラメのようだ。
やはりこの火炎竜も、さっきの翼竜と同じように冷静さを失っているように見える。
そのおかげもあり、伏せていた俺とルエルは爆風を浴びるだけに留まった。
しかし――
「う、あぁ……」
「ら、ラキアさん! そんな……」
ラキアの僅かなうめき声と、冒険者の悲痛な声が聞こえてきた。
「う、うそ」
あちらの状況に気が付いたルエルが、堪らず口を覆う。
冒険者を庇って今の火球を浴びてしまったようで、ラキアの片腕が消し飛んでしまっていた。
「…………」
片腕を失ってしまった冒険者。
初めて見る光景に、俺の心臓も激しく脈打っているような気がする。
どうすればいい?
ラキアを担いで早く逃げた方がいいのか?
でも逃げたとしてもこの火炎竜は追いかけてくるのか? なら討伐しなきゃ駄目だ。けどラキアが……。
火炎竜と戦ってる間ラキアは持つのか? 手負いのラキアと他の冒険者を護りながら火炎竜を討伐するのに、いったいどれくらいかかる?
…………。
初めての状況に考えが纏まらない。
「シファ!」
「――!?」
そんなキツい声とは裏腹に、優しく頬に添えられたルエルの手は、ヒンヤリと冷たく心地が良かった。
「大丈夫よ。止血する治療魔道具は持っているわ。ラキアさんが死ぬことはないわ」
「あ、あぁ」
「ラキアさんは冒険者を庇った。どうやら私の考え過ぎだったみたい。あんなことを言っておいてなんだけど、私じゃまだ火炎竜には勝てないわ」
何故か、心の中までヒンヤリと冷たい何かが流れてくるような気がした。嫌な感じではなく、心地の良い物だ。
「しっかりと深呼吸してみて。大丈夫、今の攻撃の反動か、火炎竜はジッとしているわ」
大きく息を吸って吐くと、心臓の音が小さくなっていくのが分かった。
「私はラキアさんと他の冒険者を護るから、火炎竜は貴方に任せて大丈夫ね?」
参った。本当にルエルはいつだって冷静だな。
玉藻前の時もそうだったように、アツくなってしまいそうな俺を優しく冷やしてくれるんだよな。
「あぁ、任せてくれよ。ただ倒せば良いだけなら、余裕だよ」
「お願いね」
ルエルは、ラキアの下へと走っていった。そして他の冒険者達を集め、火炎竜から距離を取った。
「――――!!」
そんな彼等に、火炎竜はすぐさま赤黒い炎の咆哮を放つ。
迫り来る咆哮に恐怖する冒険者とは裏腹に、ルエルの表情は何一つ変わらない。
まるで、火炎竜の咆哮を俺が霊槍で消し飛ばすことを理解しているようだった。
「お前の相手は俺だ」
投擲した霊槍が火炎竜の咆哮を消し飛ばすと、ギラリと血走った目が俺に向けられた。




